気まぐれ令嬢と微笑みの調停役〜お兄様もいるよ！

クラリスの大いなる我儘

不穏

数日後、ルシアンが憂いていた事態が徐々に現実のものとなり始めた。

クラリスが街を歩くたびに、彼女の美しさに目を奪われる者が増えていった。その中には、ただの好奇心や賞賛から来るものもあれば、何か他の意図を持って近づく者もいた。初めは気づかぬふりをしていたクラリスだが、次第に彼女を尾ける人物が目立つようになった。しばらくはその気配に気づかなかったものの、ある日、クラリスが歩いていると、気づいたときにはすでに数人の男たちが彼女の周りに集まっていた。

彼女が不安げに振り向くと、その場にいた数人の男たちは、彼女に何かを話しかけようとし始めた。言葉にされることはなかったが、彼らの視線には好奇心と欲望が混じり、明らかに不安な雰囲気が漂っていた。クラリスは少し足を止め、周囲の状況を確認する。

その瞬間、ルシアンが駆け寄り、彼女を守るようにその場に入った。「クラリス、少しこっちに来て。」彼は声を低くして、彼女を引き寄せようとしたが、男たちのひとりがにやりと笑いながら、足を踏み出して遮った。

「おや、こちらの青年は誰だ？　お嬢さんの守り人かな？」

ルシアンの表情は冷ややかで、内心では苛立ちを感じていた。だが、冷静さを保ちながら、その男の目をしっかりと見据えた。「あなたたちは、少し騒がしすぎますね。お嬢さんを困らせるつもりなら、今すぐにでもお引き取り願います。」

その言葉に男たちは一瞬、言葉を飲み込んだが、すぐにまた挑発的に笑い合って、態度を強気に出す。「どうした、ただの友人か？　そんなに守りたいなら、どうしてもっと力を見せてくれないんだ？」

その瞬間、ルシアンは冷静に一歩踏み出し、低い声で言った。「君たち、もしもう一度、彼女に触れたら、後悔することになる。」

男たちはその言葉を聞いて、何かを感じ取ったのか、少し引き下がるように見えた。しかし、ルシアンの心の中では、まだ完全に安心できるわけではなかった。このまま静かに済むはずがない、と確信していた。

「クラリス、行こう」と、ルシアンは静かに言い、クラリスの手を取ると、その場を離れた。だが、男たちの視線は依然として背後からついてきていた。

その夜、ルシアンはガイウスに事態を報告するため、彼の屋敷を訪れた。

ガイウスは執務室で書類を整理している最中で、ルシアンが入ってくると、驚くことなく顔を上げた。「どうした、ルシアン坊主？ 今日は随分と急いでいるようだな。」

「ガイウス様、実は……」ルシアンは少し言葉を選んだ後、冷静に続けた。「クラリスの周りで、少し変わったことが起きています。数日前から、彼女を尾ける人物が現れ、今日、ついにその人物たちが彼女に近づきました。男たちが数人集まり、少し危険な雰囲気が漂っていました。」

ガイウスの顔が一瞬で険しくなった。「何だと？ その男たちの正体はわかったのか？」

「現時点では、まだわかりません。ただ、彼らの視線と行動に、良からぬ意図が見え隠れしていたのは確かです」と、ルシアンは続けた。「クラリスは無事でしたが、次回のことを考えると心配です。何か、事前に手を打った方がいいと思います。」

ガイウスはしばらく黙って考え込んでから、重々しくうなずいた。「分かった。すぐに手配をする。ルシアン、お前も気をつけろ。何かあったらすぐに知らせろ。」

「もちろんです、ガイウス様」とルシアンは答え、ガイウスに敬意を払って一歩引いた。

その後、ガイウスはすぐに手を打ち、クラリスの安全を守るために動き出した。ルシアンもまた、クラリスを守るためにできることを考えながら、引き続き彼女の傍に寄り添う決意を新たにしていた。





「経国の美女、王子を誑かす――」その噂が街中を駆け巡る頃には、クラリスもその内容を耳にしていた。最初はただの戯言だと思っていたが、次第にその噂が真実味を帯びていき、王子との婚約が囁かれ始めた。クラリス自身も驚き、戸惑いの中で自分の立場がどうなってしまうのかを考える時間が増えていった。

ある日、クラリスが街を歩いていると、またしても不審な人物に囲まれることがあった。今度は数人の女性が、彼女に興味津々で近づいてきた。彼女たちの会話の中で、「婚約するのだろうか？」と囁かれ、クラリスの顔色がわずかに変わった。その言葉がどれほどの影響力を持っているのか、彼女にはまだ完全には理解できていなかったが、周囲の注目がさらに過熱していることだけは感じ取れた。

その時、ルシアンがすぐに駆けつけ、クラリスを守るように彼女の手を取った。「クラリス、無理に歩かない方がいい」と、優しく促す。

「ええ、分かっているわ」とクラリスは答えるが、どこか引きつった笑顔を浮かべながら、彼女の瞳は遠くの景色を見つめていた。

ルシアンはその視線に気づき、心の中でため息をつく。だが、彼女を守るためには、こうして微笑みを絶やさず、平静を保つしかないと自分に言い聞かせるのだった。

その後も、クラリスに対する異常な興味を持った人物は少しずつ増えていった。噂はますますエスカレートし、とうとう経国の王子と婚約するだろうという話が現実味を帯びてきた。クラリスの周囲にはいつも誰かがいるようになり、彼女を尾ける者、彼女に近づこうとする者も増えていった。どこに行くにも、ルシアンやガイウスが共に歩くことが当たり前のようになった。

数日後、また一つの危険が迫った。クラリスが街の広場に立ち寄った際、突然周囲を囲まれてしまったのだ。数人の男たちが、彼女に近づこうとし、明らかに挑戦的な態度を見せた。彼女は動揺しながらも、冷静を装ってその場から離れようとしたが、道を遮られてしまった。

その時、ガイウスが現れた。彼はその場に駆けつけると、瞬時にその男たちを圧倒するような威圧感を放った。「おい、お前たち、何をしている！」その声は轟くように広場に響き渡り、男たちは一瞬でその場を離れた。

クラリスはそのままガイウスの隣に立ち、ほっとした表情を浮かべる。「お兄様、助かったわ」と、顔を見上げて微笑んだ。

ガイウスは軽く笑いながら、「当然だろう、クラリス。お前を誰にも近づけさせるわけにはいかない」と言いながら、その手をそっとクラリスの肩に置いた。

その後、ルシアンが近づいてきた。「ガイウス様、事が大きくなりすぎているようです。婚約の噂は次第に多くの人々に広まってきています。何か手を打つべきでは？」

ガイウスはしばらく黙って考えた後、確信を持ったように頷いた。「お前が言う通りだ。こんなことに我々が巻き込まれるわけにはいかない。だが、クラリスの安全が最優先だ。」彼はすぐに、信頼できる部下に指示を出し、秘密裏に警護の強化を決定した。

その夜、再びクラリスが危険な目に遭うことが予見される中、ガイウスとルシアンは互いに協力し、彼女を守るためにできる限りの手を尽くすことを誓った。

クラリスが危険な状況に直面する度、ガイウスとルシアンが駆けつけ、彼女を守る。その繰り返しの日々が、少しずつクラリスの心にも影を落としていった。彼女はどんなに守られても、次第にその重圧を感じ、もどかしさを覚えていた。しかし、それでも、二人が彼女のそばにいてくれることが、何よりも支えとなっていた。