姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています

もちもちほっぺ

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封印解除から数日が経った。
公爵邸の庭は、日に日に変わっていった。

花壇の土がほぐれて、色を失っていた草に緑が戻り始めた。石畳の隙間から小さな花が顔を出した。

枯れかけていた木に葉が茂り始めた。

庭師が「旦那様、土が全然違います。何をされたんですか」と目を丸くして報告に来た。

リリアーナは毎朝庭に出た。
虫が増えた。以前より明らかに多く、リリアーナが歩くところに必ず現れた。
蝶々はほとんど毎日、どこからともなく現れてリリアーナの周りをひらひらと舞った。

クライドは毎朝、庭を散歩した。
目を逸らす回数が、以前より増えた。



その日の午後、クライドが書斎で書類を読んでいると、執事が入ってきた。

「旦那様、ご報告があります」

「なんだ」

「屋敷の東の棟の廊下で、侍女姿の女を捕縛しました」

クライドは書類から顔を上げた。

「侍女姿の?」

「はい。当屋敷の侍女ではないことが確認されました。懐に、小さな手帳を持っておりまして」

執事は続けた。

「リリアーナお嬢様の日々の行動が、細かく記されておりました」

クライドは立ち上がった。

「どこにいる」

「東の棟の控え室に」

「連れてこい」

執事が頭を下げて出ていった。
クライドは机の上の書類を脇に寄せた。

スパイだ。

リリアーナの行動を記録していたスパイが、公爵邸に入り込んでいた。
誰が寄越したか、考えるまでもなかった。



執事が控え室に女を連れてくる前に、別の知らせが来た。

今度は調査員だった。

ルシアンが手配した、ベルテ侯爵家の実態調査のために屋敷内に出入りしていた人間だった。
息を切らして書斎に飛び込んできた。

「アルスター様、大変です」

「何があった」

「イザベラ様が」

調査員は続けた。

「侯爵家の庭で、虫を、その、お口に」

クライドは少しの間、調査員を見た。

「……虫を」

「はい。毛虫を、一匹、お口に入れられて」

「それで」

「激しく嘔吐されて、全身に発疹が。今も庭で倒れておられて、侍女たちが騒いでいます」

クライドは額に手を当てた。

「それを、お前が目撃したのか」

「はい。調査のために庭に出ておりましたところ、イザベラ様が一人で茂みに向かわれて、虫を手に取られて、それから——それから!」

「わかった」

クライドは遮った。

「続けろ」

「嘔吐の後、イザベラお嬢様が叫ばれまして」

「何と」

調査員が少し躊躇った。

「……リリアーナ様が毒虫を教えた、と」

書斎に沈黙が落ちた。
クライドは黙っていた。

「その場に侍女が数人おりまして、全員が聞いております。それから」

調査員は続けた。

「イザベラ様が虫を食べることを知っていたのは、誰かから聞いたからではないかと思われまして。公爵邸に出入りしていたスパイから情報が流れていた可能性が」

「ああ」

クライドは静かに言った。

「そのスパイなら、今頃東の棟の控え室にいる」

調査員が目を丸くした。

「捕縛した」

クライドは続けた。

「ベルテ家から寄越された侍女姿の女だ。リリアーナの行動を記録した手帳を持っていた」

調査員は少しの間、クライドを見ていた。

「……つまり」

「イザベラ・ベルテは、スパイから『リリアーナが晩餐の後に中庭で虫を食べている』という情報を得て、美容効果があると判断して自分も食べようとした」

クライドは続けた。

「そして失敗した。その失態を隠すためにリリアーナのせいにしようとして、スパイを使っていた事実を自分で暴露した」

書斎に、また沈黙が落ちた。

調査員が「……自爆ですね」と呟いた。

「ああ」

クライドは静かに言った。

「見事な自爆だ」



ルシアンに知らせを送った。
返事はすぐに来た。

「タイミングがいい。断罪の準備を進める。お前はリリアーナ嬢に話すか」

クライドは少し考えた。

話さなければならない。

でも今日は、まだいい。
今日のリリアーナは庭で蝶々と遊んでいた。芋虫を食べて、バッタを追いかけて、土に指を入れて、嬉しそうな顔をしていた。

その顔を、今日は壊したくなかった。
「明日にする」とだけ返した。



夕食の席で、リリアーナはメープルシロップの話をしていた。

「今日のバッタにかけてみたんですが、やっぱりナッツのお菓子みたいで。封印が解けてからのバッタは特に香ばしくて、メープルシロップとの相性が——」

「そうか」

「クライド様も——」

「いらん」

「まだ言っていません」

「いらん」

リリアーナは少し笑った。
クライドはリリアーナを見た。

明日、ベルテ家のことを話す。イザベラのことも話す。
でも今夜は、このままでいい。

「クライド様、どうかされましたか」

「なんでもない」

「なんか、こちらをじっと見ておられるので」

「気のせいだ」

「そうですか」

リリアーナは首を傾けた。

「今日のカナブンは特によかったんです。封印解除後は全体的に風味が増していて——」

「そうか」

「クライド様も——」

「いらん」

リリアーナがまた笑った。
クライドは視線を自分の皿に落とした。

明日になれば、色々と動き出す。

でも今夜は、このままでいい。
暖炉の火が、柔らかく食堂を照らしていた。

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