終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん

文字の大きさ
8 / 84

8

しおりを挟む
スマホの画面は、無機質な通信不能のメッセージを繰り返していた。

何度かけ直しても、同じアナウンスが流れるだけ。

「……嘘だろ」

心臓が妙にうるさく感じるほど、部屋は静まり返っていた。

ほんの数分前まで、母は普通に話していたのに。

父は確かに、異変を見せていた。でも、まさか──母に噛みつくなんて。

手が震える。

本当に、そんなことが起こったのか?

いや、実際にこの目で見た。

父が母に襲いかかる瞬間を、スマホ越しとはいえ、確かに。

「……くそっ!」

思わずスマホを床に叩きつけそうになり、なんとか踏みとどまる。

何をすればいい?

今から実家に向かうか?

──いや、無理だ。

都内はすでに混乱し始めている。

電車は止まり始め、道路は渋滞。

今から郊外の実家まで行くのは、ほぼ不可能だ。

それに、もし本当に父が発症したのだとしたら──

「……」

呼吸が荒くなるのを感じた。

冷静になれ。考えろ。

母は無事なのか?それすら分からない。

だが、仮に助かったとしても、噛まれた以上、助かる保証はない。

「……」

考えたくないことが、頭の中をぐるぐると回る。

逃げるべきなのか?何かできることはあるのか?

考えがまとまらないまま、スマホの画面を見つめていた。

そのとき、通知が震えた。

──**「通話入れ」**

グループチャットには安田のメッセージが何件も並んでいる。

「……」

俺は、無言のままヘッドセットをつけ、通話に入った。

「おせえよ、三浦!」

安田の声が飛び込んでくる。

「……」

「おい、どうした? なんかあったのか?」

「……いや」

言葉が出てこない。

「三浦?」

斉藤が不審そうに声をかける。

「……親父が、母さんを噛んだ」

一瞬、沈黙が落ちた。

「……は?」

「さっき、テレビ電話してたんだよ。で、親父がいきなり……」

口に出しながら、自分の声がかすれているのが分かった。

「あのさ、マジで言ってる?」

安田の声が、冗談めいていない。

「……本当だ」

「親父さん、なんか様子おかしかったのか?」

「最初は普通だった。でも、途中から急に……」

俺はその光景を思い出す。

父の顔色の悪さ。焦点の合わない目。そして、母に噛みついた瞬間。

「……信じたくないけど、もう無理だ」

「お前……大丈夫か?」

高橋が、珍しく口を開いた。

「分からん」

頭がぐちゃぐちゃだった。

「……でも、これで確信した」

「確信?」

「もう、終わりだ」

「……」

誰も何も言わなかった。

それぞれが、何かを悟ったように沈黙する。

「……おい」

安田が、低い声で言った。

「じゃあ、もう決まりだな」

「決まり?」

「三浦、お前も逃げる準備しろ」

「……分かってる」

「もう、時間がねえ。今のうちに、できることを全部やっとけ」

「具体的には?」

「まず、部屋の防御。ドアの鍵、バリケードの準備。あと、食糧と水。できればガスボンベとかの備蓄も増やしておけ」

「……分かった」

「あと、お前、どこに逃げるつもりだ?」

「……」

まだ決めてなかった。

今のままでは、マンションに籠城するしかない。

だが、それがどれだけ安全かは分からない。

「俺の家は一軒家だから、いずれ出なきゃヤバいかもしれん」

安田が言った。

「でも、お前んとこはオートロック付きマンションだろ? なら、しばらくは持つかもしれねえ」

「確かにな……」

だが、問題は物資だ。

ずっと篭城するなら、それ相応の備えが必要になる。

「……まだ、逃げる先は考えてる最中だ」

「なら、それも早めに決めとけ。時間はねえぞ」

「……分かってる」

通話を終え、俺はしばらく無言で天井を見上げた。

実家の両親は、もう……

「……くそっ」

俺は、ベッドを拳で殴った。

悔しいとか、悲しいとか、そんな単純な感情じゃない。

ただ、無力感だけが心に広がる。

何もできなかった。

何の役にも立たなかった。

ただ、スマホ越しに、母が襲われるのを見ているだけだった。

だが、泣いてる場合じゃない。

これから、自分が生き延びることを考えなければならない。

「……準備だ」

俺は、立ち上がった。

──まずは、できる限りの備えを固める。

ここからが、本当の地獄の始まりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...