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1章
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しおりを挟む教室に不安な空気が漂う中、ドアが開いて北村先生が入ってきた。普段通りの姿だが、その足取りは少しぎこちなく、表情にはどこか疲れがにじんでいる。
「おはよう、みんな」
先生はいつものように微笑みかけたが、その笑顔にはどこか張り詰めた違和感があった。
七海はその様子に気づき、席から立ち上がった。
「先生!ちょっと聞いてください!さっき颯太が…」
「何かあったの?」
先生が足を止めて七海を見る。だが、七海が続きを言おうとしたその瞬間だった。
ポタッ。
教室が静まり返る中、赤い液体が先生の鼻先から床に垂れた。
「せ、先生…鼻血が…」
陽菜が震える声で呟くと、先生は手で鼻を押さえることもせず、ぼんやりとした目で天井を見上げた。そして、ケタケタと甲高い笑い声を上げた。
「消える…全部消える…赤い光が全部飲み込む…」
先生の口から吐き出されたのは、颯太が先ほど言っていたのとほとんど同じ妄言だった。
「先生!どうしたんですか!」
七海が声を上げるが、先生はそれには答えず、笑いながら壁に向かって手を伸ばす。
「ああ、来る…大きな影が来る…逃げられない…何もかもが…飲み込まれる…」
「先生、やめてください!」
海斗が駆け寄ろうとするが、七海が彼の腕を掴んで止めた。
「お兄ちゃん!待って!何かおかしい!」
先生は鼻血を垂らしながらケタケタと笑い続け、その目には狂気じみた光が浮かんでいた。子どもたちは全員、体が硬直して動けなかった。
「先生、聞いてください!」
陽菜が恐る恐る声をかけるが、先生は突然、笑いをピタリと止めた。そして、子どもたちをじっと見つめ、低い声で呟いた。
「君たちも…いずれ見えるだろう。赤い光を…黒い影を…」
その言葉を最後に、先生はふらりと倒れ込んだ。
「先生!」
七海が駆け寄ると、先生は目を閉じ、静かに眠るように横たわっていた。だが、鼻血がまだ少し流れている。
「これ、どうすればいいの?」
陽菜が震えた声で言うと、悠人が小声で呟いた。
「…先生までこうなるなんて、本当に何かが起きてるよ」
海斗は冷静さを保とうと深呼吸し、周囲を見回した。
「まず大人たちにこのことを話すべきだ」
「でも、みんな教えてくれないんじゃない?」
七海が不安げに言うと、海斗は拳を握りしめた。
「だったら、俺たちで調べるしかない」
先生が横たわる中、教室の空気は異様な静けさに包まれていた。全員が胸の奥に何か得体の知れない恐怖を抱えていた。
何が起きているのか。赤い光とは何なのか。島に一体何が起きているのか――
先生は教室の床でゆっくりと目を開けた。最初は状況がわからない様子で、ぼんやりと天井を見上げていたが、すぐに顔を手で覆い、起き上がった。
「…あれ?私…どうしてここに…?」
先生の声は少し震えていた。
「先生、大丈夫ですか?」
七海が恐る恐る尋ねる。
「ええ、大丈夫よ。少し疲れてただけ…」
先生は顔をこすりながら、ふと手の感触に気づいた。鼻血の跡が手にべっとりとついているのを見て、顔色が青ざめた。
「…私、鼻血が出てたの?」
子どもたちは誰も答えられず、ただ静かに頷いた。先生は小さく息を吐き、ハンカチを取り出して鼻を拭った後、全員に向けて頭を下げた。
「怖い思いをさせたわね。本当にごめんなさい」
謝る先生の顔はどこか引きつっていて、目にはまだ動揺が残っているように見えた。それでも、無理に笑顔を作りながら言葉を続ける。
「でも、大丈夫だから。心配しなくていいわ。ただちょっと…疲れがたまってただけなのよ」
その笑顔は明らかに取り繕ったものだった。
七海が口を開きかけたが、その手を海斗がそっと引いた。
「やめろ」
海斗が小声で言うと、七海は不満そうな顔をしながらも口をつぐんだ。
陽菜もまた、さっきの颯太の異変を伝えようかどうか迷っていたが、先生の不自然な態度が何かを拒んでいるように見え、言葉を飲み込んだ。
「本当に大丈夫なんですか…?」
悠人が静かに尋ねると、先生は再び笑顔を作り、「ええ、大丈夫よ」と繰り返した。
だが、その笑顔の裏にある異様さを、子どもたちは敏感に感じ取っていた。
「さて、気を取り直して、授業を始めましょうか」
先生は鼻血を拭いたハンカチをポケットに押し込み、黒板の前に立った。
「えっ、普通に授業するの?」
七海が小声で呟くと、陽菜が「でも、先生がそう言うなら…」と答える。
海斗は腕を組みながら、先生の背中を鋭い目で見つめていた。
「じゃあ、今日は社会の時間。島の歴史について復習するわよ」
先生はまるで何事もなかったかのように、黒板に島の地図を描き始めた。
その間も、子どもたちは誰も集中できなかった。さっきの異変、そして先生の不可解な振る舞いが頭から離れないのだ。
颯太も、自分が何かおかしなことをしたのではないかという疑念を抱きながら、いつもより静かにノートを開いていた。
教室に漂う奇妙な空気の中、授業は進んでいった。しかし、子どもたちの心には不安と違和感が積み重なり、その答えを求める気持ちだけが強くなっていくのだった。
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