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1章
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しおりを挟む陽菜が夕方、学校から帰宅すると、家の中は妙に静まり返っていた。いつもなら、診療所の仕事を終えた母親がキッチンで夕飯の支度をしている時間だ。弟たちの笑い声が聞こえることも多い。
けれど今日は、玄関を開けても物音一つしなかった。
「ただいま…」
陽菜は不安そうに声をかけるが、返事はない。
「お母さん?」
陽菜は廊下を進みながら再び呼びかけた。ふと、奥の部屋から何かを引きずるような音が聞こえた。
「お母さん?」
少し震えた声で近づくと、廊下の向こうに人影が現れた。
それは、陽菜の母だった。だが、彼女の顔は蒼白で、うつろな目が陽菜を見ている。その鼻からは赤い血が一筋、頬を伝って垂れていた。
「お母さん!」
陽菜は駆け寄ろうとしたが、母はふらふらと足を引きずるように近づいてくる。その姿は、いつも元気で優しい母とはまるで別人のようだった。
「…光が…赤い光が…近づいてくる…逃げなさい…」
母の声は低く、今にも消え入りそうだった。
「お母さん、どうしたの?何言ってるの?」
陽菜は震える声で問いかけるが、母は答えず、突然ケタケタと笑い始めた。その笑い声は不気味で、陽菜の背筋を凍らせた。
「全部消えるのよ…赤い光が全部飲み込む…逃げられない…」
「お母さん!やめて!」
陽菜は涙声で叫んだが、母は耳を貸さず、笑い続けた。
やがて、母はその場に崩れるように座り込み、頭を抱えた。そして突然、笑い声がぴたりと止まり、顔を上げた時には、いつもの母に戻っていた。
「陽菜…?」
母は呆然とした顔で、鼻から流れる血に気づき、慌てて手で押さえた。
「私…どうしたの…?」
「お母さん!さっき変なこと言ってたよ!赤い光とか…!」
陽菜が訴えると、母は困惑した表情を浮かべたが、すぐに取り繕うように微笑んだ。
「ごめんね…ちょっと疲れてただけよ。怖い思いをさせて、本当にごめんなさい」
「でも…」
陽菜が言いかけると、母はその言葉を遮るように優しく頭を撫でた。
「大丈夫だから。気にしなくていいのよ」
その笑顔は明らかに無理をしているように見えた。
母はその後、何事もなかったかのように振る舞い始めた。夕飯を用意し、弟たちを迎え入れる。だが、陽菜にはその姿がどうしても異様に見えた。
「お母さん、本当に大丈夫なのかな…?」
陽菜は自分の部屋に戻ると、小さな声で呟いた。
そして、あの赤い光という言葉が頭から離れなかった。先生、颯太、そして今度は母。島に起きている異変が、自分たちの家族にも及んできている――その確信が、陽菜の中に芽生えていた。
「何が起きてるの…?」
陽菜は窓の外を見つめながら、静かにそう呟いた。外にはいつものように静かな島の夜が広がっていたが、陽菜の心は落ち着かなかった。
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