18 / 42
左遷太守と不遜補佐・18
しおりを挟む
「覚えてるよ。でも仕える身だろ? お前の家に叛意があるなら別だけど」
「…………」
この太守にしては、よく言葉を知っている、と別の方向から感心してしまった。いや、いまはそうではない。そうではなくて。
「……太守さま、お戯れが過ぎます。どうか下ろしてください。わたしは元より乗馬が得手ではありませんし、おっしゃる通りに……その、重い……のでしょう」
「ほいっ」
これまた安易に地へおろされる。
二本の足がしっかりと地を踏んでいることの、なんともいえない安堵感。
「よし、今晩は野宿にするか」
「はあ?」
またも突拍子もない言をする赤伯に、青明は心底からの疑問を声に乗せた。もう何度目だろうか。
「どっちみち馬はもう少し休ませてやらないとお前が乗れないし、この辺りの夜間の様子を知るにもいい機会だろ」
赤伯が作りたいのは人も住める農場である。そのために、近辺で野性動物などがどのように活動するのか見ておきたかったのもまた本意だ。ただ戯れに野宿がしたいと言っている訳ではなかった。
青明にとってこれが初めての野宿だった。言ってみれば名家のお坊っちゃんである青明だ。
右も左も分からず、ほとんどの支度を赤伯がしたが、今ばかりは青明も素直に薪拾いを手伝った。
「あっという間に暗くなったなー」
ぱちぱちと、焚き火が鳴いている。その火に炙られているのは、赤伯が捕ってきたうさぎだった。
器に盛り付けられたものではなく、骨を持ってかぶりつくことに抵抗はあったが、さすがに空腹には耐えられず、お坊っちゃんは歯を立てた。
「お前さ、言ってたよな」
食事と、周辺の見回りを終えた赤伯は、狭い敷き布の上にごろりと横になり、口を開いた。
布が敷かれているとはいえ、やはり青明にとっては地面へ横になることは相当の抵抗があるのか、膝を抱えた姿勢のまま赤伯を見やる。
「太守に夢見てる、って」
ああ、なんだかもう遠い記憶のようだが確かに、就任当日の会った直後にそんなことを言った。
膝頭に顎を乗せて、青明は静かに耳を傾けた。
「……お前の言うとおりだよ。俺は守備隊希望だったけど、心から憧れてるのは『太守』だ」
「楽な任でもないでしょうに……」
「へへ、ああ本当に……本当に大変なんだな」
ここにきて初めて、赤伯が弱弱しい声を出した。
同時に青明は、一切そちらを向かないと決める。
「俺が育った都市の太守サマは本当にすごい人だった」
ま、太守サマって言うか太守のおじさんって感じだったんだけどさ。と笑っているが、覇気がないのが痛いほど伝わった。
「もともと俺のうちは穀物農をしてたんだ。だけど父さんが事故にあって、脚を悪くした……母さんと姉さんとまだ小さい俺の三人で家を支えられるのか、すげえ不安だったし、父さんは自分のことを責めて笑わなくなった」
「…………」
この太守にしては、よく言葉を知っている、と別の方向から感心してしまった。いや、いまはそうではない。そうではなくて。
「……太守さま、お戯れが過ぎます。どうか下ろしてください。わたしは元より乗馬が得手ではありませんし、おっしゃる通りに……その、重い……のでしょう」
「ほいっ」
これまた安易に地へおろされる。
二本の足がしっかりと地を踏んでいることの、なんともいえない安堵感。
「よし、今晩は野宿にするか」
「はあ?」
またも突拍子もない言をする赤伯に、青明は心底からの疑問を声に乗せた。もう何度目だろうか。
「どっちみち馬はもう少し休ませてやらないとお前が乗れないし、この辺りの夜間の様子を知るにもいい機会だろ」
赤伯が作りたいのは人も住める農場である。そのために、近辺で野性動物などがどのように活動するのか見ておきたかったのもまた本意だ。ただ戯れに野宿がしたいと言っている訳ではなかった。
青明にとってこれが初めての野宿だった。言ってみれば名家のお坊っちゃんである青明だ。
右も左も分からず、ほとんどの支度を赤伯がしたが、今ばかりは青明も素直に薪拾いを手伝った。
「あっという間に暗くなったなー」
ぱちぱちと、焚き火が鳴いている。その火に炙られているのは、赤伯が捕ってきたうさぎだった。
器に盛り付けられたものではなく、骨を持ってかぶりつくことに抵抗はあったが、さすがに空腹には耐えられず、お坊っちゃんは歯を立てた。
「お前さ、言ってたよな」
食事と、周辺の見回りを終えた赤伯は、狭い敷き布の上にごろりと横になり、口を開いた。
布が敷かれているとはいえ、やはり青明にとっては地面へ横になることは相当の抵抗があるのか、膝を抱えた姿勢のまま赤伯を見やる。
「太守に夢見てる、って」
ああ、なんだかもう遠い記憶のようだが確かに、就任当日の会った直後にそんなことを言った。
膝頭に顎を乗せて、青明は静かに耳を傾けた。
「……お前の言うとおりだよ。俺は守備隊希望だったけど、心から憧れてるのは『太守』だ」
「楽な任でもないでしょうに……」
「へへ、ああ本当に……本当に大変なんだな」
ここにきて初めて、赤伯が弱弱しい声を出した。
同時に青明は、一切そちらを向かないと決める。
「俺が育った都市の太守サマは本当にすごい人だった」
ま、太守サマって言うか太守のおじさんって感じだったんだけどさ。と笑っているが、覇気がないのが痛いほど伝わった。
「もともと俺のうちは穀物農をしてたんだ。だけど父さんが事故にあって、脚を悪くした……母さんと姉さんとまだ小さい俺の三人で家を支えられるのか、すげえ不安だったし、父さんは自分のことを責めて笑わなくなった」
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる