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15,いざ、ステージへ!①

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 第一ミッション披露ステージ、当日。

 練習生たちは朝からバスに乗り込み、撮影の行われるホールへ向かった。初日は指示もあり離れて座っていたが、いまやそうではない。皆、好敵手でありながらも大切な仲間へと変化して、座る距離感も近づいている。

「兄さん、その制服似合ってますね」

 もちろん……ともいうべきか、ジュヌはソルセの隣を確保した。あまり近づかないようにしたいものだが、チームが同じだとなかなか避けるのも難しい。
 とはいえこの数日の彼は、練習にしっかり打ち込んでいた。シュマの指摘、そしてソルセとの対話で、意識が変わったのだろう。それを思うと、邪険にしていまうのも違う。

(まあ、慕ってくれるのは……ありがたいけれど)

 バスで隣に座ってくるのも、食事の際に食堂で隣に座ってくるのも……特に被害のあるわけでもなし。まるでヒヨコのようにソルセを慕う彼を、甘んじて受け入れはじめていた。

「ありがとう。ジュヌも……似合ってるよ」

 正直、この台詞を言ってしまっては喜ばせるだけとは目に見えている。しかしその返しをしないのもどこか不自然に感じられた。何より、恐らく本当に、誰よりもこの『制服』がジュヌには似合っている。

 彼らが身に纏うのは、番組が用意した制服調の衣装だ。品のよいネイビーブルーのブレザーに、シャツ、ベージュのスラックスというセットである。
 胸元を飾るのはネクタイ、リボン、ループタイなどスタイリストがそれぞれに似合うものを見繕っている。ジュヌはネクタイをエルドリッジノットに結び、ソルセはアメジスト調の石がブローチのように嵌められたループタイを下げていた。
 今日はこの制服を着て、いままで必死に練習をしてきたテーマソングを披露するのだ。

「え……兄さん、いま……俺のこと、褒めた?」
「……まあ、ね」

 ジュヌは、ピンクオークルの頬をじんわりと染めて視線を下げる。
 彼と過ごすようになって数日だが、彼はいつもそうだ。ソルセのことでなにかを思うと、こうして頬を染めて視線を落とし気味にする。
 それを、うかつにも可愛いと思ってしまった自分に嫌気がさした。――あの晩、この可愛らしいところをもっと見たいと思って、一夜の過ちにいたったのを忘れてしまったのか、と自問自答をしながら、同時に自責する。

「あ、SNS確認しなきゃ」

 それを振り払うようにタブレットを取り出すと、与えられたSNSアカウントを見に行く。
 ソルセが初めて投稿したのは昨日のことだ。『明日はよろしくお願いします。全力で挑みます』自撮り写真《セルカ》と共にアップしたコメントはシンプルで月並みだが、それがすべてだ。

 視聴者からの反応やコメントが届いている。中にはもちろん、ソルセを責める声があった。むしろ、そういったコメントの方が圧倒的に多い。

『年齢詐称してまだアイドル続けるのか』
『またなにか嘘をつくつもり?』
『こんなことをして恥ずかしくないんですね』

 今朝、SNSをチェックしているスタッフに削除しようかと聞かれたが、あからさまに危険なもの以外(たとえば危害をくわえそうなもの。……さすがになかったけれど)そのままにしておくように頼んだのだ。

(過去は消えないからね。それに……)

 あの偽り続けた過去ですべてを失ったと思ったが、そうでもなかったらしい。

『年齢の件から知ったけど、こうしてまた出られるなんて勇気ある。応援します』
『現場、行きます! ソルの新しいパフォーマンスが楽しみ!』
『挽回する姿を見せてください』

 炎上から彼の存在を知った人も、ソルの時代を知る人もいてくれたのだ。
 ……ちなみにこの【現場】とはファンによる用語で、今日のような発表ステージの場のことを指す。

「それにしても恐いわよね。いきなり投票もあるなんて」

 後ろの席でビボクが肩をすくめた。ステージを披露したその場でプロデューサー陣の評価があり、観覧者の投票がある。そして更に、パフォーマンスの動画を観た視聴者がインターネットを介して投票を行うのだ。

 総合的な票の発表はもちろん後日になるが、観覧者による数字は即日で知らされる。
 各各、胸に希望や不安……さまざまに抱きながらバスに揺られた。
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