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第一章 偽の自分
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「さぁ、『笛音撃術』を使ってこの瓶を割れる者!」
笛術のカナン先生が言いましたが、誰も手を挙げません。
それもそのはず。
瓶を割るのは笛音撃術の中でも中等技術。
二年生でできる者など誰もいないかと思われました。
「それじゃあ……ジクル!」
誰も挙手しないので、先生が指名しました。
「ゲッ、俺かよ。絶対無理だよ」
ジクルは嫌々教壇の瓶の前に立ちました。
横笛に口をつけ、吹いて音を出します。
しかし、彼が瓶を正面にどれほど力を込めて、顔を真っ赤にして吹いても、その旋律は四方八方に飛び散り……誰もが耳を塞がずにはいれぬほどでした。
それなのに、瓶はビクともしません。
「もういい、やめなさい」
先生が止めると、ジクルはトボトボと自分の席へ戻ってゆきました。
教室内はひそひそ声でざわつきます。
「じゃあ、次は……リク。やってみなさい」
リクは、はっと顔を上げました。
教室の中のひそひそ声が全部止みました。
再び静寂に包まれます。
リクは教壇の瓶を見て……その場で横笛に口をつけました。
「おい、前に出てこなくてもいいのか……」
先生がそう言い終わらない瞬間のことです。
リクが横笛に口をつけて真っ直ぐ吹く息が、真っ直ぐな旋律を奏でました。
目を閉じ、最小限の息を横笛に送り、横笛からは微かな空気の振動とともに美しい音色が生じます。
その音色の旋律は飛び散ることはなく、ただ真っ直ぐ、鋭く、一直線に教壇の瓶へ届きます。
瓶はカタカタ揺れ始め、そして……
(パクンッ!)
微かな音を立てて真っ二つに割れました。
教室の皆が呆気に取られて見る中、
「お見事!」
先生が言うと、教室の皆はリクに向けて拍手を送りました。
(パチパチパチ!)
しかし、リクにとってはその拍手でさえも、どこか余所余所しく思えて……幼い頃からハーレンスト家の後継者として英才教育を叩きこまれた自分への社交辞令のようなものに思えて、やるせなくなるのでした。
放課後、リクはトボトボと寄り道をしました。
向かう先は、いつもの秘密の場所。
海に面した巨大な岩、それには大きな穴が空いています。
その穴を降りてゆくと、白い砂浜となっており、穴はトンネルのように海へと繋がり、波がその繋がった穴から砂浜へよせては返しています。
岩の大きな穴からは天窓のようにオレンジ色の夕陽が降り注ぎ、そこから見える蒼い海は神秘的に美しくて……リクは気分の沈んでいる時には必ずここへ来るのです。
笛術のカナン先生が言いましたが、誰も手を挙げません。
それもそのはず。
瓶を割るのは笛音撃術の中でも中等技術。
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ジクルは嫌々教壇の瓶の前に立ちました。
横笛に口をつけ、吹いて音を出します。
しかし、彼が瓶を正面にどれほど力を込めて、顔を真っ赤にして吹いても、その旋律は四方八方に飛び散り……誰もが耳を塞がずにはいれぬほどでした。
それなのに、瓶はビクともしません。
「もういい、やめなさい」
先生が止めると、ジクルはトボトボと自分の席へ戻ってゆきました。
教室内はひそひそ声でざわつきます。
「じゃあ、次は……リク。やってみなさい」
リクは、はっと顔を上げました。
教室の中のひそひそ声が全部止みました。
再び静寂に包まれます。
リクは教壇の瓶を見て……その場で横笛に口をつけました。
「おい、前に出てこなくてもいいのか……」
先生がそう言い終わらない瞬間のことです。
リクが横笛に口をつけて真っ直ぐ吹く息が、真っ直ぐな旋律を奏でました。
目を閉じ、最小限の息を横笛に送り、横笛からは微かな空気の振動とともに美しい音色が生じます。
その音色の旋律は飛び散ることはなく、ただ真っ直ぐ、鋭く、一直線に教壇の瓶へ届きます。
瓶はカタカタ揺れ始め、そして……
(パクンッ!)
微かな音を立てて真っ二つに割れました。
教室の皆が呆気に取られて見る中、
「お見事!」
先生が言うと、教室の皆はリクに向けて拍手を送りました。
(パチパチパチ!)
しかし、リクにとってはその拍手でさえも、どこか余所余所しく思えて……幼い頃からハーレンスト家の後継者として英才教育を叩きこまれた自分への社交辞令のようなものに思えて、やるせなくなるのでした。
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向かう先は、いつもの秘密の場所。
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その穴を降りてゆくと、白い砂浜となっており、穴はトンネルのように海へと繋がり、波がその繋がった穴から砂浜へよせては返しています。
岩の大きな穴からは天窓のようにオレンジ色の夕陽が降り注ぎ、そこから見える蒼い海は神秘的に美しくて……リクは気分の沈んでいる時には必ずここへ来るのです。
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