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日常編
123 実践訓練
大自然の風を感じながら、贅沢に整えられたこの空間でまったりしようとしていた矢先に聞こえてきた「鍛錬」という単語。一瞬、幻聴でも聞こえたかな、と思うほどに場違いなその言葉は幻聴でもなんでもなく、柔らかな微笑みを浮かべるアルトさんから発されたものに間違いは無かった。
なんでもないことのように言ったアルトさんは、実際、その通りに普段の様子と全く変わったところはない。まるで、こんなにうろたえている私のほうがおかしいといわんばかりの態度で、動き出す私を待っている。今朝の、突然「紅葉狩りに行く」と言い出した時の姿と今の姿が重なったように錯覚したその時、アルトさんの微笑みの奥にほんの少し「してやったり」とでもいうような、いたずらっぱい表情が見えたような気がした。……アルトさんは、はじめからそのつもりで私を紅葉狩りへと連れ出したのだと、確信した。
「ほら、行くよ?」
アルトさんの視線から逃げるように、助けを求めて周囲へ視線を巡らせる。しかし、私に救いは無かった。
ミカンの近くに陣取って、木の上でお昼寝を始めてしまったライくん。ハンモックにゆらゆらと揺られて、私とは真反対の方を向くカイルさん。どこまでも自由奔放なホムラとコタロー。シエルに至ってはアルトさんのそばに控えて、はじめから私につく気はないという姿勢だ。もしや、みんなグルだったのか……?と勘ぐっても仕方がないだろう。
ここで駄々をこねてもどうにもならないことはわかっているのに、なんだか素直に動く気にはならない。こんな、騙し討みたいな形はひどいのではないだろうか。楽しかった気持ちが一気に急降下した私はやさぐれモードである。途端にむすーっとしだした私に、アルトさんは焦りを見せ始めた。
「チ、チナちゃん……?ほら、今日は鍛錬って言っても、魔物討伐だから!久しぶりの実践だよ?……チナちゃんのかっこいいところ、見たいな~?」
自分でも騙し討ちをした自覚があるのか、必死に私を持ち上げようとするアルトさん。それでも頑として動かず、目も合わせない私に焦れたアルトさんは、私の腕を引くという強硬手段に出た。
「アルトさん」
「……はい」
引かれる腕を軽く引き返してアルトさんを振り向かせ、静かな声で呼びかければ、さすがにまずいと思ったのか、これまで聞いたことのないほどの弱々しい声が返ってきた。
「あのね、たしかにわたしはたんれんをいやがることもあるけど、にげだしたことはないでしょ?」
「そうだね……」
「わたしがにげまわってるならわかるけど、そうでもないのにこんなだましうちみたいなかたちはひどいとおもう」
「ごめん……」
「こういうのはもうやめてね?たのしいサプライズはすきだけど、こんなかたちでたんれんはしたくない」
「うん、わかった。……ごめんね?」
本気で反省している様子のアルトさんを見て、私も溜飲を下げる。俯いてしまったアルトさんを、今度は私が引っ張った。先導はシエルがしてくれるようだ。
「ほら、きりかえていくよ!」
にっこり笑って見上げれば、アルトさんも笑みを浮かべる。手は繋いだまま、今度は並んで歩き出した。
私にしてはあっさりと引き下がったのには、理由があった。ひとつはもちろん、アルトさんがちゃんと反省している様子で、もうこんなことはしないだろうと思えたこと。それと、実はずっと気になっていたのだ。ーーまるで、順番待ちをしているように絶妙な距離を保ったまま集まっている、数種類の魔物の気配が。
決して、お互いは認識できない位置にいながらも、これだけ近いところにこれだけの数の魔物が集まるなんて、自然ではほとんどありえないことだろう。それも、なんだか弱い魔物順に並んでいるような形で……。
こんなこと、アルトさんやカイルさんにだってできない。できるとすれば……神獣くらいなものだろう。そして、今私達をその魔物のところまで案内しているのは、元神獣であるシエルだ。シエルは器用にも、神獣特有の威厳あふれる気配を完全に遮断している。私から見ても、今のシエルはただの弱々しい動物のようにしか感じない。ここまで抑え込めるのは、さすがというほかない。
そんなことを考えているうちに、魔物が見えるところまでやってきていたようだ。促されるままに木々の影に隠れ、討伐対象を観察する。
ここから目視できる距離にいるのは、額に角を生やしたツノウサギの一種、コルピッドだ。その数、十二羽。
コルピッドは、鋭い角を持っているが攻撃の威力はさほど高くない。額の角はあくまで「窮地に追い込まれた際の最後の防衛手段」といった役割らしい。その代わりというように、回避能力は他に追従を許さないほど優れている。
最もやっかいなのは、頭上で主張している大きな両耳だ。あの大きな耳で、どんなに小さな音も即座に拾い上げる。そして、僅かな音の違いを判断し、自分に害を成す可能性があると分かればすぐさま逃げ出してしまうのだ。体の小ささと、素早い動きも相まって一瞬でも目を離せば次の瞬間にはいなくなっている、なんてことも珍しくはない。そもそも、見つけつことさえ難しい魔物である。
今も私達は、ギリギリ目視できる程度の位置にいながらも、息を殺すようにして身を潜めている。ここからは、ほんの僅かでも音を立てることは許されない。
さて、そんな魔物をどうやって討伐するのか。一番確実なのはここから魔法で狙い撃ちしてしまう方法だろう。魔法を使うのに詠唱を必要としない、私ならではの方法ではある。しかし、私の魔法の精度はまだまだ甘い。不規則に散らばる十二羽のコルピッドに、同時に魔法を的中させられるかは五分五分といったところか……。そんな不確実な方法は取りたくない、というのが正直なところだ。
ならば、他にいい方法はあるだろうか……?声も出せないこの状況では、アルトさんにアドバイスを求めることだってできやしない。どうすればいいか、なにか使えるものはないか、と視線を巡らせていた私は、ある一点で視線が止まった。
それは、今もなお気配を消し続けているシエルだ。気配どころか、存在そのものまで薄く感じるその姿に、数日前のある光景が重なった。
なんでもないことのように言ったアルトさんは、実際、その通りに普段の様子と全く変わったところはない。まるで、こんなにうろたえている私のほうがおかしいといわんばかりの態度で、動き出す私を待っている。今朝の、突然「紅葉狩りに行く」と言い出した時の姿と今の姿が重なったように錯覚したその時、アルトさんの微笑みの奥にほんの少し「してやったり」とでもいうような、いたずらっぱい表情が見えたような気がした。……アルトさんは、はじめからそのつもりで私を紅葉狩りへと連れ出したのだと、確信した。
「ほら、行くよ?」
アルトさんの視線から逃げるように、助けを求めて周囲へ視線を巡らせる。しかし、私に救いは無かった。
ミカンの近くに陣取って、木の上でお昼寝を始めてしまったライくん。ハンモックにゆらゆらと揺られて、私とは真反対の方を向くカイルさん。どこまでも自由奔放なホムラとコタロー。シエルに至ってはアルトさんのそばに控えて、はじめから私につく気はないという姿勢だ。もしや、みんなグルだったのか……?と勘ぐっても仕方がないだろう。
ここで駄々をこねてもどうにもならないことはわかっているのに、なんだか素直に動く気にはならない。こんな、騙し討みたいな形はひどいのではないだろうか。楽しかった気持ちが一気に急降下した私はやさぐれモードである。途端にむすーっとしだした私に、アルトさんは焦りを見せ始めた。
「チ、チナちゃん……?ほら、今日は鍛錬って言っても、魔物討伐だから!久しぶりの実践だよ?……チナちゃんのかっこいいところ、見たいな~?」
自分でも騙し討ちをした自覚があるのか、必死に私を持ち上げようとするアルトさん。それでも頑として動かず、目も合わせない私に焦れたアルトさんは、私の腕を引くという強硬手段に出た。
「アルトさん」
「……はい」
引かれる腕を軽く引き返してアルトさんを振り向かせ、静かな声で呼びかければ、さすがにまずいと思ったのか、これまで聞いたことのないほどの弱々しい声が返ってきた。
「あのね、たしかにわたしはたんれんをいやがることもあるけど、にげだしたことはないでしょ?」
「そうだね……」
「わたしがにげまわってるならわかるけど、そうでもないのにこんなだましうちみたいなかたちはひどいとおもう」
「ごめん……」
「こういうのはもうやめてね?たのしいサプライズはすきだけど、こんなかたちでたんれんはしたくない」
「うん、わかった。……ごめんね?」
本気で反省している様子のアルトさんを見て、私も溜飲を下げる。俯いてしまったアルトさんを、今度は私が引っ張った。先導はシエルがしてくれるようだ。
「ほら、きりかえていくよ!」
にっこり笑って見上げれば、アルトさんも笑みを浮かべる。手は繋いだまま、今度は並んで歩き出した。
私にしてはあっさりと引き下がったのには、理由があった。ひとつはもちろん、アルトさんがちゃんと反省している様子で、もうこんなことはしないだろうと思えたこと。それと、実はずっと気になっていたのだ。ーーまるで、順番待ちをしているように絶妙な距離を保ったまま集まっている、数種類の魔物の気配が。
決して、お互いは認識できない位置にいながらも、これだけ近いところにこれだけの数の魔物が集まるなんて、自然ではほとんどありえないことだろう。それも、なんだか弱い魔物順に並んでいるような形で……。
こんなこと、アルトさんやカイルさんにだってできない。できるとすれば……神獣くらいなものだろう。そして、今私達をその魔物のところまで案内しているのは、元神獣であるシエルだ。シエルは器用にも、神獣特有の威厳あふれる気配を完全に遮断している。私から見ても、今のシエルはただの弱々しい動物のようにしか感じない。ここまで抑え込めるのは、さすがというほかない。
そんなことを考えているうちに、魔物が見えるところまでやってきていたようだ。促されるままに木々の影に隠れ、討伐対象を観察する。
ここから目視できる距離にいるのは、額に角を生やしたツノウサギの一種、コルピッドだ。その数、十二羽。
コルピッドは、鋭い角を持っているが攻撃の威力はさほど高くない。額の角はあくまで「窮地に追い込まれた際の最後の防衛手段」といった役割らしい。その代わりというように、回避能力は他に追従を許さないほど優れている。
最もやっかいなのは、頭上で主張している大きな両耳だ。あの大きな耳で、どんなに小さな音も即座に拾い上げる。そして、僅かな音の違いを判断し、自分に害を成す可能性があると分かればすぐさま逃げ出してしまうのだ。体の小ささと、素早い動きも相まって一瞬でも目を離せば次の瞬間にはいなくなっている、なんてことも珍しくはない。そもそも、見つけつことさえ難しい魔物である。
今も私達は、ギリギリ目視できる程度の位置にいながらも、息を殺すようにして身を潜めている。ここからは、ほんの僅かでも音を立てることは許されない。
さて、そんな魔物をどうやって討伐するのか。一番確実なのはここから魔法で狙い撃ちしてしまう方法だろう。魔法を使うのに詠唱を必要としない、私ならではの方法ではある。しかし、私の魔法の精度はまだまだ甘い。不規則に散らばる十二羽のコルピッドに、同時に魔法を的中させられるかは五分五分といったところか……。そんな不確実な方法は取りたくない、というのが正直なところだ。
ならば、他にいい方法はあるだろうか……?声も出せないこの状況では、アルトさんにアドバイスを求めることだってできやしない。どうすればいいか、なにか使えるものはないか、と視線を巡らせていた私は、ある一点で視線が止まった。
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