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本音Flower 結佑人
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声の主は稲森だった。秋のイチョウ色の髪に、紅葉のようなオレンジにも赤にも見える瞳。丸くて大きな目が、俺をじぃっと見つめた。
「藤上くん?」
はっと我にかえる。そうだ、花の香りがして思考を止めると、声が俺を貫いたんだ。よく分からないけれど、そのくらい酷く、強く、鈍い痛みが全身に走ったようだった。
「あ、ぁあ…。何?」
「…月は、雲に隠されたくないから、太陽に訴えて光を貰おうとしている。けれど藤上くんは今、月を隠そうとしている雲。どうして?」
月、雲、太陽。稲森の言っている意味がよく分からなかったけれど、なんとなく夏目漱石を思い出した。今では似たような言葉も出て来たあの有名な言葉。
「月明かりの下、輝くものもあるのにそれを踏み躙ってしまうの?それだとどんなに美しく強い花でも枯れてしまうのよ」
また、同じ香りが風に乗って鼻孔をくすぐった。俺は段々と飲み込まれていくような錯覚を見始めた。稲森の言葉の世界は、奥が深すぎて怖くなる。けれど惹かれる何かがあるから、会話を繋いでしまうのかもしれないな、と思った。
稲森から、さっきより強い香りがした。差し出された手に持っていたのは、ジャスミンの花だった。白くて、小さくて、可愛らしい花だった。
そうだった。あの花は、ジャスミンだ。
俺は口の中で呟いた。その様子を観察しながら、稲森は俺にジャスミンの花を渡し、また口を開いた。
「ジャスミンの花言葉は素直。気立ての良さ。いくら気立てが良くたって、優しいと言ったって、その花がどこでも咲くとは限らないの。ジャスミンは寒さに弱い。人の心だって、凍ってしまったら弱くなってしまうものなのよ」
俺はその言葉を脳内で何度も繰り返しながら花を見ていた。香りと言葉がくるくると回る。ふと顔を上げると、そこにもう稲森の姿は無かった。
何故だろう。あんなにも苦しかった悩みが何事もなかったかのように軽くなって、今なら本音を伝えられそうな気になった。
まぁ、あの子は部活動に所属していないから、学校にいないのだけれど。
俺は今から帰るのも微妙な時間だな、と笑いながらリュックに教科書を詰めた。ふと思い出し、本にジャスミンの花を入れて栞がわりにしようと手を伸ばすと、そこにジャスミンの花は無かった。少し探したが見当たらなかった。
また廊下の方から、少し弱くなったジャスミンの香りのする風が吹き抜けて行った。
「藤上くん?」
はっと我にかえる。そうだ、花の香りがして思考を止めると、声が俺を貫いたんだ。よく分からないけれど、そのくらい酷く、強く、鈍い痛みが全身に走ったようだった。
「あ、ぁあ…。何?」
「…月は、雲に隠されたくないから、太陽に訴えて光を貰おうとしている。けれど藤上くんは今、月を隠そうとしている雲。どうして?」
月、雲、太陽。稲森の言っている意味がよく分からなかったけれど、なんとなく夏目漱石を思い出した。今では似たような言葉も出て来たあの有名な言葉。
「月明かりの下、輝くものもあるのにそれを踏み躙ってしまうの?それだとどんなに美しく強い花でも枯れてしまうのよ」
また、同じ香りが風に乗って鼻孔をくすぐった。俺は段々と飲み込まれていくような錯覚を見始めた。稲森の言葉の世界は、奥が深すぎて怖くなる。けれど惹かれる何かがあるから、会話を繋いでしまうのかもしれないな、と思った。
稲森から、さっきより強い香りがした。差し出された手に持っていたのは、ジャスミンの花だった。白くて、小さくて、可愛らしい花だった。
そうだった。あの花は、ジャスミンだ。
俺は口の中で呟いた。その様子を観察しながら、稲森は俺にジャスミンの花を渡し、また口を開いた。
「ジャスミンの花言葉は素直。気立ての良さ。いくら気立てが良くたって、優しいと言ったって、その花がどこでも咲くとは限らないの。ジャスミンは寒さに弱い。人の心だって、凍ってしまったら弱くなってしまうものなのよ」
俺はその言葉を脳内で何度も繰り返しながら花を見ていた。香りと言葉がくるくると回る。ふと顔を上げると、そこにもう稲森の姿は無かった。
何故だろう。あんなにも苦しかった悩みが何事もなかったかのように軽くなって、今なら本音を伝えられそうな気になった。
まぁ、あの子は部活動に所属していないから、学校にいないのだけれど。
俺は今から帰るのも微妙な時間だな、と笑いながらリュックに教科書を詰めた。ふと思い出し、本にジャスミンの花を入れて栞がわりにしようと手を伸ばすと、そこにジャスミンの花は無かった。少し探したが見当たらなかった。
また廊下の方から、少し弱くなったジャスミンの香りのする風が吹き抜けて行った。
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