神様自学

天ノ谷 霙

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あかいろ

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※残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。


『…え』
人にとって、1日とはあっという間で、限りなく悠久に近いもの。永い時を生きる神様にとっては瞬きのように短い間だったとしても、そんな間に零れ落ちてしまう程に人というものは脆い。
私は、神社の裏手にある竹林の中で下唇を噛んでいた。
『な、にが…』
呆然と揺れる稲荷様の瞳には、赤黒い塊が映っている。ざっくばらんに切り刻まれた金の糸。白い土台を彩る青と紫のコントラスト。虚ろに宙を見つめる赤い双眸。投げ出された手足は、ぴくりとさえ動かない。
『どうし………』
稲荷様が惨状に顔を歪める。私は側にいたのに、何も出来なかった。伸ばした手は透き通って虚空を描き、こちらから干渉することは許されなかった。

目の前で少女が殺されるところを、ただ見ていた。

昨夜は風が酷く強かった。神社の管理の行き届いていない本殿はガタガタと震え、時折飛んでくる石にかろうじて残っていた障子も破られた。それは村でも同じことだった。子供達は母親に縋り付いて震え、父親は怒りを空に向かってぶつける。しかし誰も答えない。風はおさまるどころか勢いを増し、轟々と吹き付けて屋根を吹っ飛ばす。
「何故我らがこんな目に…」
「食料ももうない…」
「また畑が駄目になる…」
「お腹が空いた…」
「助けてくれ神様…」
「嗚呼、助けてくれ、神様───!!」
数年は放っておいた神に、今更ながらに頼る村人達。一度口にした神頼みが村中から叫ばれるようになるのには、そう時間は掛からなかった。まるで熱病にでも浮かされたかのような戦慄き。口々に呟く「神様」という声は、最近彼らが訪れていた神社を想起させた。
そして同時に、そこを寝床にしている異国風の少女も思い起こすこととなった。
「…あいつだ」
「あいつが神様の邪魔をしているんだ」
「あいつが来てから村はおかしくなった」
「あいつのせいで」
「あいつさえいなければ」
けたたましい憎悪に村中が包まれた。聞こえてくる心の音も耳を塞ぎたくなるような雑音ばかり。不規則に乱れる脈と、目を瞑りたくなるような醜い雑言。音に呑まれて吐きそうになる。そのくらいの強く理不尽な憎悪が、全て1人の少女に向かった。彼らは鋤や鍬を持って、ふらふらと神社に集まっていく。ボロ布を体に掛け、寒さに体を縮こまらせている少女を見つけ、更に怒りの炎を纏った。
「お前さえいなければぁぁあ!!!!!」
つんざくような怒号が響き渡り、少女は慌てて目を覚ます。しかし寝起きで眼前に迫った狂気をかわすことは出来ず、その小さな体でそのまま憎悪を一身に受けてしまった。
「………っが、ぁあ!」
血を吐いて転がるが、その先にも何かに取り憑かれたような村人。足を踏まれ、あり得ない方向に曲げられ、残忍な方法で贄とされていく。
私は、終始聞こえて来る彼らの心の音に狂いそうになり、手を伸ばすことが精一杯だった。少女と共に意識を失い、気が付いた頃には神社裏手の竹林で寝転がっていた。私の意識や記憶は、この少女と大方リンクしているらしい。
目が覚めた頃には、真っ赤に染まった少女の遺体が出来上がっていた。
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