神様自学

天ノ谷 霙

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3月3日 恋使

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恋音こいねはオレンジ色の光の中に蹲ったまま、吐き出すようにポツリと呟く。
『私は、ヒトが、嫌いよ…!』
冷たく言い放たれた言葉に、私は頷きを返す。目の前にいる稲荷様は答えを予想していたのか、眉を寄せて苦しそうな顔をしながらも納得したような顔をしていた。知っていることをもう1度聞かされたとでも言うような顔に、私はふっと笑って首を振る。

「いつまでそうして目を逸らしているの」

私の声がはっきりとその場に落ちる。風の流れが止まり、その場の時間すらも止めてしまったかのようなピタリと、その空気が固まった。
「そうだよ、認めるのは怖いよ。だって貴方がヒトのことを嫌いじゃないって認めたら、ヒトが嫌だからと逃げて来たこの何十年何百年が、何の為にあったのか分からなくなるもの。稲荷様と仲違いした理由も、そこから逃げ出した理由も、全部失ってしまうもの。恋音が最初から同じ気持ちだったなら、この空白の年月もなかった筈だから」
私の言葉に、光が熱を帯びる。悔しさ、苛立ち、罪悪感、恐怖、たくさんのものが入り混じって熱く変化していく。
そうだよ。私だって、そう思って目を逸らした。
「何で最初からそう思えなかったの。あの時少しでも歩み寄っていれば、今は変わっていたかもしれないのに」
『…さい』
「少しでも状況を見て、知っていれば。考えの違いや環境を分かっていれば、こんなことにはならなかったのに」
『うるさい!うるさいうるさいうるさいッ!!!』
オレンジ色の光が暴れ出す。痛いくらいに指の間で熱を帯び、悶え苦しんでいる。
きっと全部、自問自答したことだろう。自分に聞いて、そんなことは出来なかったと当時を思い出して、どうしようも無いことに気付いて絶望して、それでも"もしも"を考えて、想像と現実の齟齬に苦しんだ筈だ。
気持ちの種は、ずっとそこにあったのだろう。
私はその発芽の手伝いをするだけ。少しだけその種に向き合う時間を作るだけ。
"恋使コイツカイ"なんて名ばかりの役職。私に授けられた時は、恋をきっかけに世界を見たからその名前になっただけ。もしかしたら恋音を救いたいと思った稲荷様も、恋や愛に近い程に強い想いを持っていたからこんな名前になったのかもしれない。けれどその役は根を張って、多くの心や感情を咲かせるようになった。
それらはいつだって、"晴れ"た時が1番綺麗に見えるから。
だから教えよう。恋音のその葛藤は無駄じゃない。長く続いた雨のせいで、少し芽が出て来るのが遅くなってしまっただけ。芽の出し方を思い出せないだけ。どんな花を咲かそうとしたのか、忘れてしまっただけ。

そんな誰かの為に、恋使わたしはいるのだから。
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