802 / 812
人間
しおりを挟む
否守様の言葉に、稲荷様をはじめ神々の世に生きるモノが平伏する。ふぅ、と言葉を区切った否守様が、虹様の方を向いて何かに気が付いたような顔をした。
「稲荷」
「はい」
呼ばれた稲荷様が顔を上げると、先程までの威圧的なオーラは何処へやら、否守様は穏やかに微笑んだ。
「リーロを見て、何かに気付きませんか」
「…?」
稲荷様はリーロの方へ顔を向け、じっと目を凝らす。いつの間にか落ち着いたリーロは、自身より上位の存在であろう稲荷様の視線に背筋を伸ばし、静かに言葉を待っていた。
「…? 何か、いる…?」
稲荷様は首を傾げて、ぽつりと呟いた。その返答に否守様は満足そうに頷き、リーロに向けてぱちりと指を鳴らした。瞬間、リーロの姿がぶれて空気が歪んだ。リーロの隣の時空がぐにゃりと曲がり、人影が現れる。驚いた空色の瞳がこちらを見つめ、ぱちぱちと瞬いた。
「…ヒト!?」
「この姿に、見覚えはありませんか?」
驚愕の声に、努めて冷静な否守様の声が返る。稲荷様はまじまじと彼を見つめて、何かに気付いたように私の方を見た。
「夕音の……榊原 羅樹か…!?」
「は、はいっ」
羅樹が返事をして、稲荷様が改めてそちらを見つめる。否守様が虹様に視線を向け、言葉を継いだ。
「夕音様の、決断よ」
稲荷様に向けて、真っ直ぐ紡がれる。
「夕音様が稲荷を追うと決めた時、羅樹様を置いて行かない選択をした。夕音様にとって羅樹様も稲荷も同じくらい大切で、そして優先するのはいつだってその時悲しんでいる者だから、どちらも抱える選択肢を手に取った。貴方が思ってたように夕音様は"稲荷を忘れて羅樹様と共に笑い合う"ことはなく、かといって"羅樹様を蔑ろにして稲荷を追う"こともなかった。ね、これで分かるでしょう、稲荷」
私は羅樹も稲荷様も捨てられなかった。どちらも大事だから、私の手から零れるのが許せなかった。
だって、私は我儘なのだ。
強欲なのだ。欲しいものは手に入れたいのだ。
私は、ヒトなのだ。
ヒトがその身に宿した罪業は、今も脈々と私達に受け継がれていて。その業はよく私の中に馴染んでいる。
私は羅樹を諦めきれなくて、離れて傷付けたことがあったとしても好きだと伝えることを選んだ。友人が誰かに進む時、それが上手く行くことを願ってたくさんの行動に出た。虹様が禁忌に手を出していると聞いて、その心を知りたいと願った。扇様が傷付くと知って、その儀式をどうにかしようと奔走した。稲荷様と恋音さんの過去を知って、その心が通い合えば良いとお節介をした。
だって、羅樹と両思いになりたくて。
友達には幸せになってほしくて、虹様を想うリーロの心を叶えたくて、扇様に傷付いて欲しくなくて、稲荷様と恋音さんのすれ違いが悲しくて。
全部、全部私のためなのだ。私の我儘なのだ。
だから私は選べない。選ばない。
強欲で、我儘で、全部叶えるまで怒りが収まらない。
そんな"人間"なのだ。
人の間で生きる、ただ1人のヒトなのだ。
「稲荷」
「はい」
呼ばれた稲荷様が顔を上げると、先程までの威圧的なオーラは何処へやら、否守様は穏やかに微笑んだ。
「リーロを見て、何かに気付きませんか」
「…?」
稲荷様はリーロの方へ顔を向け、じっと目を凝らす。いつの間にか落ち着いたリーロは、自身より上位の存在であろう稲荷様の視線に背筋を伸ばし、静かに言葉を待っていた。
「…? 何か、いる…?」
稲荷様は首を傾げて、ぽつりと呟いた。その返答に否守様は満足そうに頷き、リーロに向けてぱちりと指を鳴らした。瞬間、リーロの姿がぶれて空気が歪んだ。リーロの隣の時空がぐにゃりと曲がり、人影が現れる。驚いた空色の瞳がこちらを見つめ、ぱちぱちと瞬いた。
「…ヒト!?」
「この姿に、見覚えはありませんか?」
驚愕の声に、努めて冷静な否守様の声が返る。稲荷様はまじまじと彼を見つめて、何かに気付いたように私の方を見た。
「夕音の……榊原 羅樹か…!?」
「は、はいっ」
羅樹が返事をして、稲荷様が改めてそちらを見つめる。否守様が虹様に視線を向け、言葉を継いだ。
「夕音様の、決断よ」
稲荷様に向けて、真っ直ぐ紡がれる。
「夕音様が稲荷を追うと決めた時、羅樹様を置いて行かない選択をした。夕音様にとって羅樹様も稲荷も同じくらい大切で、そして優先するのはいつだってその時悲しんでいる者だから、どちらも抱える選択肢を手に取った。貴方が思ってたように夕音様は"稲荷を忘れて羅樹様と共に笑い合う"ことはなく、かといって"羅樹様を蔑ろにして稲荷を追う"こともなかった。ね、これで分かるでしょう、稲荷」
私は羅樹も稲荷様も捨てられなかった。どちらも大事だから、私の手から零れるのが許せなかった。
だって、私は我儘なのだ。
強欲なのだ。欲しいものは手に入れたいのだ。
私は、ヒトなのだ。
ヒトがその身に宿した罪業は、今も脈々と私達に受け継がれていて。その業はよく私の中に馴染んでいる。
私は羅樹を諦めきれなくて、離れて傷付けたことがあったとしても好きだと伝えることを選んだ。友人が誰かに進む時、それが上手く行くことを願ってたくさんの行動に出た。虹様が禁忌に手を出していると聞いて、その心を知りたいと願った。扇様が傷付くと知って、その儀式をどうにかしようと奔走した。稲荷様と恋音さんの過去を知って、その心が通い合えば良いとお節介をした。
だって、羅樹と両思いになりたくて。
友達には幸せになってほしくて、虹様を想うリーロの心を叶えたくて、扇様に傷付いて欲しくなくて、稲荷様と恋音さんのすれ違いが悲しくて。
全部、全部私のためなのだ。私の我儘なのだ。
だから私は選べない。選ばない。
強欲で、我儘で、全部叶えるまで怒りが収まらない。
そんな"人間"なのだ。
人の間で生きる、ただ1人のヒトなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』
本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」
かつて、私は信じていた。
優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な──
そんな普通のお兄ちゃんを。
でも──
中学卒業の春、
帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、
私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった!
家では「戦利品だー!」と絶叫し、
年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、
さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!?
……ちがう。
こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない!
たとえ、世界中がオタクを称えたって、
私は、絶対に──
お兄ちゃんを“元に戻して”みせる!
これは、
ブラコン妹と
中二病オタク姫が、
一人の「兄」をめぐって
全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──!
そしていつしか、
誰も予想できなかった
本当の「大好き」のカタチを探す、
壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる