神様自学

天ノ谷 霙

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人間

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否守いなもり様の言葉に、稲荷様をはじめ神々の世に生きるモノが平伏する。ふぅ、と言葉を区切った否守様が、虹様の方を向いて何かに気が付いたような顔をした。
「稲荷」
「はい」
呼ばれた稲荷様が顔を上げると、先程までの威圧的なオーラは何処へやら、否守様は穏やかに微笑んだ。
「リーロを見て、何かに気付きませんか」
「…?」
稲荷様はリーロの方へ顔を向け、じっと目を凝らす。いつの間にか落ち着いたリーロは、自身より上位の存在であろう稲荷様の視線に背筋を伸ばし、静かに言葉を待っていた。
「…? 何か、いる…?」
稲荷様は首を傾げて、ぽつりと呟いた。その返答に否守様は満足そうに頷き、リーロに向けてぱちりと指を鳴らした。瞬間、リーロの姿がぶれて空気が歪んだ。リーロの隣の時空がぐにゃりと曲がり、人影が現れる。驚いた空色の瞳がこちらを見つめ、ぱちぱちと瞬いた。
「…ヒト!?」
「この姿に、見覚えはありませんか?」
驚愕の声に、努めて冷静な否守様の声が返る。稲荷様はまじまじと彼を見つめて、何かに気付いたように私の方を見た。
「夕音の……榊原 羅樹か…!?」
「は、はいっ」
羅樹が返事をして、稲荷様が改めてそちらを見つめる。否守様が虹様に視線を向け、言葉を継いだ。
「夕音様の、決断よ」
稲荷様に向けて、真っ直ぐ紡がれる。
「夕音様が稲荷を追うと決めた時、羅樹様を置いて行かない選択をした。夕音様にとって羅樹様も稲荷も同じくらい大切で、そして優先するのはいつだってその時悲しんでいる者だから、どちらも抱える選択肢を手に取った。貴方が思ってたように夕音様は"稲荷を忘れて羅樹様と共に笑い合う"ことはなく、かといって"羅樹様を蔑ろにして稲荷を追う"こともなかった。ね、これで分かるでしょう、稲荷」
私は羅樹も稲荷様も捨てられなかった。どちらも大事だから、私の手から零れるのが許せなかった。
だって、私は我儘なのだ。
強欲なのだ。欲しいものは手に入れたいのだ。
私は、ヒトなのだ。
ヒトがその身に宿した罪業は、今も脈々と私達に受け継がれていて。その業はよく私の中に馴染んでいる。
私は羅樹を諦めきれなくて、離れて傷付けたことがあったとしても好きだと伝えることを選んだ。友人が誰かに進む時、それが上手く行くことを願ってたくさんの行動に出た。虹様が禁忌に手を出していると聞いて、その心を知りたいと願った。せん様が傷付くと知って、その儀式をどうにかしようと奔走した。稲荷様と恋音こいねさんの過去を知って、その心が通い合えば良いとお節介をした。
だって、羅樹と両思いになりたくて。
友達には幸せになってほしくて、虹様を想うリーロの心を叶えたくて、扇様に傷付いて欲しくなくて、稲荷様と恋音さんのすれ違いが悲しくて。
全部、全部私のためなのだ。私の我儘なのだ。
だから私は選べない。選ばない。
強欲で、我儘で、全部叶えるまで怒りが収まらない。
そんな"人間"なのだ。
人の間で生きる、ただ1人のヒトなのだ。
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