神様自学

天ノ谷 霙

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9月19日 泣かない彼女

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※暴力表現があります。苦手な方は注意してください。

震える明を前に、どうすべきなのか思考が止まる。飛行機が飛び去る音が聞こえ、周りが明るくなったのを感じたが、私は動けない。謎の緊張感に、鼓動が早くなる。痛いくらいに脈打っているのが自分でもよくわかる。
「…っぉ…え…」
明が、苦しそうに嗚咽を漏らす。汗が頬を伝って、目が虚ろになっている。
「…っ…明…」
私は無意識に、明の手をとった。ぎゅっと、優しく包み込むように握ろうと思った。その瞬間、何か記憶が流れ込んでくるような感覚とともに、明は目を見開いて私の手をはたいた。食べかけの溶けたアイスが床に落ちる。じわじわと痛む手よりも、彼女が怯えたような表情をして手を庇ったことに衝撃を受けた。はっと我に返った明が、私から少し目を逸らしながら、ごめん、と小さな声で言った。
流れ込んできた幻覚。明の前に立つ男。見たことのない制服。照れた様子もなく「好きだ」と言い、明が断ると激昂して明を壁に叩きつけた。明のことを本気で想っているようには見えなかった。"美人な明"だから、告白したように見えた。壁に頭や体をぶつけて痛めている明が立ち上がるのよりも早く、男は明を蹴飛ばした。明の表情が苦痛に歪む。血がワイシャツに滲んだのを見て、男は舌打ちした。
「…ちょっと美人だからって、チョーシ乗ってんなよな。他の奴に言ったら、わかってるよな」
ぐちゃぐちゃになった髪を乱暴に引っ張り、顔を上げさせて言う。脅迫だった。
明が私から目を逸らしている間に、明の記憶が脳内で再生された。それでも明は泣かなかった。泣きそうに顔を歪めるけれど、泣かなかった。今も、目の前で明の涙は流れていない。それは、安心出来る状況にいないからではないか。泣いたら、もっと自分が危険な目にあうと、無意識に気付いているから泣けないのではないか。そして、それが癖になって、他人ひとの前で泣けないのではないか。
私は、明にハンカチを差し出した。それに気付いた明が、戸惑いながら手を出した瞬間。私は明の手を握った。叩かれても解けないように、覚悟を決めてしっかりと。予想通り、明は私の手を叩いた。私の手が少しだけ赤く染まり、明が我に返る。さっきと同じ。違うのは、手が離れていないこと。
「…っゆ、ぅ…」
「明」
私の声に反応して、びくりと肩を震わせる。私はじんじんと痛む手のことなんか考えずに、明のことばかりを考えた。どのような痛みを感じたのか。泣かないと決めた時の心情とか。
私の周りで花が散る。濃い黄色の花弁。真ん中が実のようにオレンジ色に膨らんでいる、5枚の花弁を持った離弁花。ヒペリカムの花だ。
明の目がヒペリカムの花に奪われる。私はそれを見て、静かに口を開く。
「ヒペリカム。花言葉は『悲しみは続かない』」
ひらひらと舞う黄色が、太陽の光のように温かく私達の周りを包む。
「苦しさの中でもすぐに前を向けるのは明の良いところだよ。でも、たまには立ち止まって良いんだよ。ほら、受け止めるから」
ぎゅっと、明を抱きしめた。そして初めて、明は声をあげて泣き始めた。
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