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史上最高の聖女伝説
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とある異世界に存在する歴史ある国イーセ=カーイ王国では、普段は強固な封印を施されている神殿の奥の間で聖女召喚が行われようとしていた。
選ばれし十二人の神官がゆったりとした純白のローブに身を包み、等間隔で円の中心に向かって立っている。それ以外の人物は王であろうと立ち入り禁止だ。
イーセ=カーイ王国の聖女召喚といえば、この国のみならず世界中で知られた一大イベントであり、この十五年の間、身分の上下も種族の違いも関係なく誰もが待ち望んでいた。
十五年前に先代聖女が崩御した折などは、誰もが悲しみのどん底に突き落とされたものだ。聖女は全ての人の心の支えでもあった。
今日、儀式のために必要な星の並びがようやく巡ってきたのだ。
グレゴリオ聖歌に似た独特の詠唱が続けられ、荘厳な空気の張り詰めた儀式の場とは対照的に、街は誰も彼もが仕事を放り出してお祭り騒ぎの真っ最中だった。
人々の顔は皆明るい。
まだ宵の口だというのにおっさんどもはアルコールに浸食され、普段はガミガミ言うおばちゃん達も今日は似たようなものだ。子供達は事情をよく理解していないながらもはしゃぎ回り、若者はノリと勢いで恋人をゲットしようと浮き足立っていた。
そんな地上の有象無象を眺めていたショーカーン神は、周囲の三千世界を見渡して、聖女にふさわしい存在を見繕い始めた。神官達がこの日にこの詠唱をしている間だけ、異世界の聖女を探すことができる。異世界間の召喚は神にとって厳しい制約のあるものだった。
聖女適性の高い者には、それだけ多くの聖女パワーを持たせることができる。持たせた聖女パワーが多いほど、世界を幸福に導くことができるのだ。
やがてある一点で視線を止めると、驚きと喜びの混じった声で呟いた。
「おや、これはまた稀に見る聖女適性の持ち主だ」
ショーカーン神はその世界の神と交渉するために世界を渡った。
「聖女? うちにそんな子いたの?」
「かつてない聖女適性の持ち主だ。対価は多めに支払うのでぜひともこちらに迎えたい」
地球を管理する神は首を傾げた。彼はショーカーン神の古い知り合いだったが、以前に会ったときは地球の神ではなかった。
ショーカーン神が聖女候補を指し示すと、地球神は目を丸くしてから、納得したように頷く。
交渉は思いのほかとんとん拍子に進み細かい条件まで詰め、双方が納得のいく結果となった。
佐藤聖子さん(23歳・独身)は、そこそこ美人で性格も良いのに年齢とお一人様歴がイコールで結ばれていた。決してモテないわけではないが、彼女は動物を愛しすぎて人間の男性まで気が回らないのだ。
そして動物愛が突き抜けた結果、動物園の飼育員に就職した。
先輩飼育員の鈴木君は聖子さんに気があるようだが、安定のヘタレパワーを発揮し続けている。
聖子さんはもちろん気がつかない。
そんな聖子さんはカピバラの給餌をしている最中に、突如白い光に包まれた。
神官達の喉がそろそろ辛くなってきた頃、とうとう聖女が儀式の場へと降り立った。
召喚の光よりもなお神々しい聖女の力が、あまねく世界に放たれる。
その場にいた神官、扉の前で待ちわびていた王侯貴族、出会う人々は次々と聖女の虜になった。
「おお、聖女様……心が洗われるようだ」
「なんと慈愛に満ちたまなざしだろう」
「癒されるー!」
「聖女様、尊すぎてマジしんどい」
一目見るだけでもあらゆるストレスをぬぐい去り邪念を吹き飛ばす、それこそが聖女パワーの真骨頂だった。一部妙な念を持つものが現れたようだが特に害はない。
聖女の来臨が布告され、お祭り騒ぎだったものがさらに進化した先は馬鹿騒ぎ。さすがに聖女も馬鹿につける薬は持っていない。
翌朝、正気に返ったものから順に、聖女面会予約の受付に殺到した。貴族、平民に関係なく厳正な受付順。聖女の前ではすべての民が平等なのだ。
イーセ=カーイ王国の王都に向けて、人々は長い巡礼の道を踏みしめる。
聖女のおわす聖地への旅は、一生に一度は行きたいという人々の憧れだった。
巡礼の道のそこかしこで、お土産用聖女グッズの数々が売り出されている。
それらには聖女の似姿――カピバラのイラストが入っていた。
異世界へと連れ去られた聖女サクラちゃん(カピバラ・めす・2さい)は、当初こそ環境の変化に戸惑ったが、やがてマイペースにごろごろもでーんと暮らしていた。たくさんの人が毎日遠巻きに見てゆくが、特に気にしない。
ひとえに専属お世話係となった聖子さんの努力の賜物だった。
神二柱直々にヘッドハンティングされ、異世界とらばーゆしたのだ。聖子さんは「サクラちゃんを異世界人に任せられない!」と言って全力で随行を希望した。それはもう神達も引く勢いで。
イケメン神官や貴族が聖子さんにアプローチを試みたようだが、やはり華麗にスルーされている。
「疑問なんだけど、これって聖女召喚と言うより聖獣召喚じゃないの?」
サクラちゃんと聖子さんの様子を窺いに来た地球神が問う。
「昔は人間の女性だったんだが、だんだん調子に乗るなどして問題が起きてな。試しに動物を送ってみたらその方がうまく回った。今は名前だけが残っている状態だ」
「なるほどねー。今度どっかから勇者召喚の要請が来たら猫でも送ってみようかな」
「だが、世話係の女性まで付けてもらってよかったのか? 最近地球から異世界に行く者が続いているらしいが大丈夫なのか」
「神を介さない召喚は共通ルールが無いからどうしようもないね。異世界に行きたがっている人間が増えすぎて、その意識が変な波動になって引っ張られちゃうんだ。でも問題ないよ。うちの世界、元々もうすぐ終了予定だから」
選ばれし十二人の神官がゆったりとした純白のローブに身を包み、等間隔で円の中心に向かって立っている。それ以外の人物は王であろうと立ち入り禁止だ。
イーセ=カーイ王国の聖女召喚といえば、この国のみならず世界中で知られた一大イベントであり、この十五年の間、身分の上下も種族の違いも関係なく誰もが待ち望んでいた。
十五年前に先代聖女が崩御した折などは、誰もが悲しみのどん底に突き落とされたものだ。聖女は全ての人の心の支えでもあった。
今日、儀式のために必要な星の並びがようやく巡ってきたのだ。
グレゴリオ聖歌に似た独特の詠唱が続けられ、荘厳な空気の張り詰めた儀式の場とは対照的に、街は誰も彼もが仕事を放り出してお祭り騒ぎの真っ最中だった。
人々の顔は皆明るい。
まだ宵の口だというのにおっさんどもはアルコールに浸食され、普段はガミガミ言うおばちゃん達も今日は似たようなものだ。子供達は事情をよく理解していないながらもはしゃぎ回り、若者はノリと勢いで恋人をゲットしようと浮き足立っていた。
そんな地上の有象無象を眺めていたショーカーン神は、周囲の三千世界を見渡して、聖女にふさわしい存在を見繕い始めた。神官達がこの日にこの詠唱をしている間だけ、異世界の聖女を探すことができる。異世界間の召喚は神にとって厳しい制約のあるものだった。
聖女適性の高い者には、それだけ多くの聖女パワーを持たせることができる。持たせた聖女パワーが多いほど、世界を幸福に導くことができるのだ。
やがてある一点で視線を止めると、驚きと喜びの混じった声で呟いた。
「おや、これはまた稀に見る聖女適性の持ち主だ」
ショーカーン神はその世界の神と交渉するために世界を渡った。
「聖女? うちにそんな子いたの?」
「かつてない聖女適性の持ち主だ。対価は多めに支払うのでぜひともこちらに迎えたい」
地球を管理する神は首を傾げた。彼はショーカーン神の古い知り合いだったが、以前に会ったときは地球の神ではなかった。
ショーカーン神が聖女候補を指し示すと、地球神は目を丸くしてから、納得したように頷く。
交渉は思いのほかとんとん拍子に進み細かい条件まで詰め、双方が納得のいく結果となった。
佐藤聖子さん(23歳・独身)は、そこそこ美人で性格も良いのに年齢とお一人様歴がイコールで結ばれていた。決してモテないわけではないが、彼女は動物を愛しすぎて人間の男性まで気が回らないのだ。
そして動物愛が突き抜けた結果、動物園の飼育員に就職した。
先輩飼育員の鈴木君は聖子さんに気があるようだが、安定のヘタレパワーを発揮し続けている。
聖子さんはもちろん気がつかない。
そんな聖子さんはカピバラの給餌をしている最中に、突如白い光に包まれた。
神官達の喉がそろそろ辛くなってきた頃、とうとう聖女が儀式の場へと降り立った。
召喚の光よりもなお神々しい聖女の力が、あまねく世界に放たれる。
その場にいた神官、扉の前で待ちわびていた王侯貴族、出会う人々は次々と聖女の虜になった。
「おお、聖女様……心が洗われるようだ」
「なんと慈愛に満ちたまなざしだろう」
「癒されるー!」
「聖女様、尊すぎてマジしんどい」
一目見るだけでもあらゆるストレスをぬぐい去り邪念を吹き飛ばす、それこそが聖女パワーの真骨頂だった。一部妙な念を持つものが現れたようだが特に害はない。
聖女の来臨が布告され、お祭り騒ぎだったものがさらに進化した先は馬鹿騒ぎ。さすがに聖女も馬鹿につける薬は持っていない。
翌朝、正気に返ったものから順に、聖女面会予約の受付に殺到した。貴族、平民に関係なく厳正な受付順。聖女の前ではすべての民が平等なのだ。
イーセ=カーイ王国の王都に向けて、人々は長い巡礼の道を踏みしめる。
聖女のおわす聖地への旅は、一生に一度は行きたいという人々の憧れだった。
巡礼の道のそこかしこで、お土産用聖女グッズの数々が売り出されている。
それらには聖女の似姿――カピバラのイラストが入っていた。
異世界へと連れ去られた聖女サクラちゃん(カピバラ・めす・2さい)は、当初こそ環境の変化に戸惑ったが、やがてマイペースにごろごろもでーんと暮らしていた。たくさんの人が毎日遠巻きに見てゆくが、特に気にしない。
ひとえに専属お世話係となった聖子さんの努力の賜物だった。
神二柱直々にヘッドハンティングされ、異世界とらばーゆしたのだ。聖子さんは「サクラちゃんを異世界人に任せられない!」と言って全力で随行を希望した。それはもう神達も引く勢いで。
イケメン神官や貴族が聖子さんにアプローチを試みたようだが、やはり華麗にスルーされている。
「疑問なんだけど、これって聖女召喚と言うより聖獣召喚じゃないの?」
サクラちゃんと聖子さんの様子を窺いに来た地球神が問う。
「昔は人間の女性だったんだが、だんだん調子に乗るなどして問題が起きてな。試しに動物を送ってみたらその方がうまく回った。今は名前だけが残っている状態だ」
「なるほどねー。今度どっかから勇者召喚の要請が来たら猫でも送ってみようかな」
「だが、世話係の女性まで付けてもらってよかったのか? 最近地球から異世界に行く者が続いているらしいが大丈夫なのか」
「神を介さない召喚は共通ルールが無いからどうしようもないね。異世界に行きたがっている人間が増えすぎて、その意識が変な波動になって引っ張られちゃうんだ。でも問題ないよ。うちの世界、元々もうすぐ終了予定だから」
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