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残業のお供
しおりを挟む――――王国陸軍・アルテマ駐屯地。
遊撃連隊の長を務める女性騎士、アルマ・フォルティシア中佐は、南方より届いた上質なコーヒーの香りを部屋に漂わせていた。
時刻はちょうど日付が変わった頃、寝不足気味の彼女はコーヒーを流し込まねばやってられないとばかりに飲み干す。
正直に言えばしんどいのだが、愛しい部下のためを思えば自身の睡眠時間などいくらでも削れた。
重いまぶたを擦りながら書類を片付けていると、執務室の扉が軽くノックされた。
「入れ」
木製の扉が開けられる。
「やあ"アルマ"――――っと失礼、フォルティシア中佐」
入ってきたのは、高身長な若い金髪の男。軍服に包まれたその男を見て、フォルティシアは走らせていたペンを置く。
「今はわし1人しかおらぬ故、そのクソ気持ち悪い言い方ではなく普通に呼んでくれて構わぬ。で、"激辛料理店の店長"が何の用じゃ?」
さも自分の部屋のようにソファーへ腰掛けた金髪眼鏡の男、イグニス・ハルバードへ、フォルティシアは目線を向けた。
「ただの報告だよ、君が送ってくれた亜人のバイトがよく働いてくれていると伝えに来たまでだ。アルマこそこんな夜分遅くまで精が出るじゃないか」
「ちーとばかし仕事が増えただけじゃよ......」
「ふむ、っというと?」
「今日部下の1人に、急いで研修許可を出さねばならんのじゃ。快諾した手前こなさねばなるまいて」
『冒険者ギルドへの研修許可証』と書かれた紙に、フォルティシアは再びペンを走らせる。
「それはまた......、相変わらず部下には優しいことで。激辛料理のチケットを押し付けなければ理想の上司だぞ?」
イグニスはフォルティシアの机に近づくと、自分のマグカップにコーヒーを注いだ。
「良いコーヒーを手に入れた日にちゃっかり現れおって。で、ウチのミーシャの様子はどうじゃ?」
「さっきも言った通り、彼女は実に優秀な労働者だよ。料理の感想も言ってくれるし大助かりだ。怪しい動きは全く見られない」
それを聞いたフォルティシアが、安堵の息を吐く。
「なら良かったわい、もしものことを想定していたが......杞憂に終わって何よりじゃ」
「あぁ、実に嬉しいよ。ミーシャがもし不穏な動きを見せていたなら――――僕はその場で彼女を"殺さなければならない"。元テロリストとはいえ、従順な子のようで良かった」
アクエリアスで引き入れたキャットピープルの少女ミーシャは、バイトともう1つ、万が一を考えた監視のためイグニスが経営する店の従業員として送っていた。
むしろ、バイトは建前で監視こそが本命。
ミーシャが再び暴発しようものなら、彼、イグニス・ハルバード中佐が手を下すという条件で彼女を王都に置いているのだ。
それもあってか、ここ数日はフォルティシア自身も落ち着けなかった。
「10年前の事件があるからの......、上も慎重じゃ。でもとりあえず安心できたわい、ミーシャ程の者は大抵が冒険者になってしまうからのー」
トントンと仕上げた書類を纏めたフォルティシアは、コーヒーを啜るイグニスのマグカップを奪い取った。
「んっ、んっ――――ふう、おぬしの私物は相変わらず堅いというかシンプルでつまらんの~。もちっと柄とかこだわらんのかえ?」
「そのつまらん柄のマグカップで飲むコーヒーは美味いのか?」
「美味いに決まっておろう、なんじゃ? いまさら間接キスごときで恥ずかしくなったか?」
飲みかけだったコーヒーを目の前で飲み干され、少し怪訝な表情のイグニスに空のマグカップを返す。
「お前のバカは士官学校時代から健在だな、恩師が見たら泣くぞ?」
「や~っぱしつまらんヤツじゃおぬし、では引き続き頼むぞ。"近衛連隊長"さんや」
「任されましたよ、遊撃連隊長殿」
軽く会釈した激辛料理店 店長。もとい、王国軍 特別近衛騎士連隊隊長イグニス・ハルバード中佐は、執務室を後にした。
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