お弁当食べた

櫟 真威

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珠絵の会社

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珠絵は印刷会社で経理事務をしている。
昼休み、弁当を広げていると、黒い大きな鞄を下げた男性が入ってきた。

「あら、お疲れ様です」

「毎度様です、信金です」

珠絵は立ち上がり、現金の入った袋と伝票を取ってくる。
男性は珠絵の弁当箱を見ていた。

「小深田さん、聞いたことがある名前だなと思ってました。
もしかして、香苗さんて」

「妹です。
あら、もしかしたら」

「涌井遼一です。
そう、この弁当箱だ」

世間は狭い。

「妹がお世話になっております」

「いえ、こちらこそ。
弁当、すごく美味しくて。
お二人とも料理得意なんですね」

香苗が気に入るはずだ。
礼儀正しく、快活。
上司の覚えもよかろう。

「母親を早く亡くしまして、甘えたところがありますが、真面目ないい子なんです。
よろしくお願いいたします」

「これは、ご丁寧に」

お互い頭を下げ、目が合って笑い合う。

「すみません、先走ってしまいました。
知り合ったばかりですものね」

「ええ。
でも」

涌井は少し考える素振りをし、思い切ったように口を開いた。

「実は俺、家族以外の料理は吐きそうで受け付けなかったんです。
無理に食べても苦しいので、満腹とか言い訳して残したり」

「あら」

「なので正直、あのイベントでの弁当も警戒してました。
でも、蓋を開けた時の匂いが、こう、旨そうで」

珠絵は嬉しくなった。
珠絵の料理は母の味だ。
香苗もその味で育った。
母を褒められたような気がした。

「嫁にするなら香苗さんを、と今は思っています」

「ありがとうございます。
……私が聞いてしまってよかったのかしら」

「そうでした。
本当ならお父様に」

そしてまた二人は笑い合った。

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