それでもあなたは異世界に行きますか？

第1章

④勇者と夢と現実と

誰もいなくなり
静かになった殺風景な部屋
その中に響く唯一の音は……

｢…………くっ……っ！くそが！！！｣

虚しい
現代世界に疲れ果てた成人男性の戯言だけだった。

強く膝を掴む手は
小刻みに震えている。
跡が残りそうな程力みきったその手は
最悪跡が残るだけでなく爪がくい込んでしまいそうである。

『あなたにとっての異世界転生とは救済という名の逃げ口ということでよろしいですか？』

古崎乃々華から言われたその言葉に
俺はハッキリとした言い返しができなかった。
俺にとって異世界転生は逃げ口なんかじゃない。
言った通り、救済なんだ…

…そう、証明したい。

しかし、そんな俺の心の叫びを蹴飛ばすように、現実は想像以上に大きく冷たいのを俺は知っていた。

膝を握りしめ、そして唇をかみしめる…
そして、涙を流すしかない。
だが、そんな俺を助けてくれる声は当然ない。

ひとり虚しく
いつも通り、独り…虚しく
悔しさと寒さと虚しさの全てを
味わうしか無かった。

｢…帰るしか、無いのか…な｣

我ながら大人気ないともう
自分よりも若い女性から現実をたたきつけられるかのような厳しい的を得た言の葉
それを受け入れきれないまま、アタフタと言葉を失い、涙を浮かべることしか出来ない。
たぶん、今の自分の姿を見たら多くの人はこういうだろう。

｢クソガキかよ｣って。

独りじゃ何も出来ない
ダラダラと時間を貪り、不摂生な生活を続けるただの置物
そんな俺が抱いた希望が…異世界転生って…
そりゃ他の人からしたらクソガキのように思えるし、現実逃避だと言われても仕方がない。

『お前、いつここから出ていくの？』
ふと脳裏をよぎる、過去の記憶
信頼していた、とある存在からの言の葉が何故かこのタイミングで頭に浮かぶ。

嫌だった現実
そこからふとハマっていった異世界転生作品
夢のようなお話が、目の前まで来てるのに…あの嫌な現実に戻るしか…ないなんて…

「…俺には…もう」

たぶん乃々華さんの伝えようとしてきてくれたことはこれだ。
諦めろって
逃げるなって
現実を見ろ…って

………………でも

それなら俺は…現実に残れって言うなら

死んだ方が………マシだ。

ｶﾞﾗｶﾞﾗｶﾞﾗｯ
すると突然、閉じたはずの扉が開き
誰かが入ってくる。
ｶﾂｶﾂｶﾂ…と響くハイヒールの音
この音は……

「…………乃々…華さん………」

「……………中原さん…」

視線を上げ、扉の方を見る
そこに居たのは
少し息を切らした古崎乃々華本人だった。

……って、この部屋でこんなことしてる場合じゃなかった！

俺は乃々華さんの姿を見て思い出す。
今日は面談最後の日
これで異世界転生への許可が出なかった俺は、施設を出なければならない。
いくら自分の意気込みがあっても
施設の方が許さなければ異世界転生は出来ない。それが入所時の契約内容の一つである。

…いくらお金を払っても
いくら誠実にしていても、異世界転生を行う基準に達していなければ
施設の人に認められなければ夢は叶わない。
それが…ここのお約束だ。

「…すみません、もう少ししたら部屋に戻って部屋を片して…」

「中原さん」

するとその時
予想外の言葉を乃々華さん口にした。

「あ、あなたの異世界転生について、もっときかせて貰える？」

「…え？」

少しどもりながらも、乃々華さんから聞いた事のない声のトーンと共にこの言葉が部屋に響く。

なんか、これまでは冷たい人だと思っていた
冷徹で、人間味のないロボットみたいな人だと思っていた
でも、そんなことは無かった。
もしかしたら…本当にもしかしたら、俺のあの主張は彼女に届いていたのかもしれない。

予想外の猶予の時間
どうやら俺の夢はまだ、終わっていないらしい。