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第6章

第14話 ディーセン街中行脚3

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―――前回のあらすじ―――
長旅から帰着した挨拶回りはひとまず終えたディーゴ。
しかしまだのんびりはできない。
―――――――――――――

-1-
 翌日もディーセンの街中行脚は続く。
 石巨人亭のオヤジさんに聞いた、使い魔登録をするためだ。
 ついでに魔槍に書いてあった魔法陣の解読具合も聞いてみよう。
 漆黒虎のヴァルツを連れ出し、魔術師ギルドに向かう。

「いらっしゃいませ、魔術師ギルドにようこそ。本日はどのような要件ですか?」
「冒険者のディーゴってもんだが、この虎を使い魔として登録したいんだ。やり方を教えてもらえるかな」
 そう言って受付の女性にヴァルツを見せつつ頭を撫でる。
「それは漆黒虎ですね。飼われているのですか?」
「飼ってるというか、旅先でついてきた」
「そうでしたか。ディーゴ様は冒険者と仰いましたね、冒険者手帳はお持ちですか?」
「ああ、ここに」
 そう言って冒険者手帳を差し出す。受付嬢は冒険者手帳を受け取ると、ぱらぱらとめくって中身を確認した。
「ディーゴ様は精霊使いなんですね。使い魔登録の魔法は学術魔法になりますので、登録に当たって料金が発生しますが構いませんか?」
「幾らくらいかかる?」
「そうですね、漆黒虎ということで大型の使い魔になりますから、半金貨3枚になります」
 地味にするんだな。
「ここで払えばいいか?」
「いえ、使い魔登録の魔法は失敗するときもありますので、その時は半額になりますから、終わった後であちらのカウンターで払っていただくことになります」
「わかった」
「ところでディーゴ様は使い魔についての注意事項などはご存じですか?」
「いや、それについては全く」
「でしたら事前に講習がありますので、17番の部屋にお入りください」
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして」
 受付嬢に礼を言って、17番の部屋に入る。

 17番の部屋の中には、ひとの良さそうなおばちゃん魔術師がいた。
「こんにちは。使い魔登録かしら?」
「ええ。ただ注意事項とか知らないので、事前に講習を、と」
「なるほどね。じゃあそこに座ってくれる?使い魔について説明するから」
「わかりました」
 そう言って、学校にあるようなシンプルな椅子と机に着席する。
 そして講習が始まったが、まぁ内容的には以下の通りごく一般的というか大体がイメージ通りのものだった。

1、使い魔とは術者と対象の生物を肉体的、精神的につなぐ行為である
2、使い魔が傷を負えば、術者にも痛みとなってダメージが来る
3、意識を集中することで、使い魔の五感を術者でも感じ取ることができる
4、魔法を使うにあたって、使い魔の魔力・精神力を流用して魔法を発動させることができる
5、使い魔となると対象の生物の知能が少し上がり、ある程度人語を理解するようになる
6、使い魔は術者に基本的には絶対服従
7、使い魔とは一時的に繋がりを切ることもできる。意識すれば再びつながることが可能
8、街中では使い魔であることが分かるように一目でわかる印をつける
9、使い魔が起こしたトラブルは術者がその責を負う
10、使い魔との繋がりを切った場合は、2、3、4、6の項目が無効になる
11、使い魔は術者1人につき1匹だけ使役可能

 ただ意外だったのは、使い魔にしても一時的に繋がりを切ることもできるということだ。
 ヴァルツには俺と一緒に最前線で戦ってもらうことになると思うが、ヴァルツが受けた傷まで俺もダメージを受けていたらポーションがいくつあっても足りん。
 無理をさせるつもりはないが、こいつ、トゲを2回も踏み抜くようなドジっだし。
 それに、緑小鬼や豚鬼の喉笛を食いちぎる感覚は、あまり共有したくない。
 日頃は繋がりを切って自由にさせておいて、ここぞというときに感覚を共有するようにした方がいいかもしれん。

 講習が終わると使い魔契約の儀式に入る。
 床に書かれた二つの魔法陣にそれぞれが入り、呪文の詠唱が始まると、意識の中にもう一人の自我ができるような気がして軽いめまいがした。
 なんか形容しがたい、けれども決して不快ではない感覚が体を包み、吸収されるように消えた。
「はい、終わりました。使い魔契約の魔法は成功です」
 おばちゃん魔術師に言われてヴァルツを見ると、向こうもこっちを見て首を傾げていた。
〈いったい何が起きたのだ?〉
 ヴァルツの考えが念話のように頭に響いてきた。
《使い魔契約と言って、俺とお前さんの結びつきが強くなった、ということだな》
 そうヴァルツに意識を返す。
〈……これは兄弟の声か?〉
《兄弟って、お前さんは俺のことをそう思ってたのか。まぁその質問の答えは、はい、だ》
〈そうか。これからは兄弟と話せるようになるのか。それはありがたい。よろしく頼むぞ、兄弟〉
《こっちこそよろしくな》
 そう言って頷きあう俺とヴァルツ。
「初めの話し合いは済んだかしら?」
「ええ、互いによろしく、と」
「そう。よかったわね。あたしもこんな大物の使い魔契約なんて久しぶりだからちょっと緊張しちゃって」
「やっぱ珍しいですか?」
「そうねぇ、10年くらい前に馬を使い魔にした人はいたけど、それ以降は猫とか梟とか、いいとこ大型犬くらいだったかしらねぇ。なんにしても、強くて頼りになりそうな使い魔じゃない。おめでとう」
「ありがとうございます」
「この子の名前は何ていうの?」
「ヴァルツ、と呼んでます」
「そう、ヴァルツっていうの。強そうなご主人様だけど、お前もちゃんとお守りするのよ?」
 おばちゃん魔術師はそう言ってヴァルツの頭を撫でると、ヴァルツもがるっ、とそれに返した。
「じゃあ、使い魔契約はこれで終わり。料金は受付で言われたカウンターに払ってね」
「はい。どうもありがとうございました」
 おばちゃん魔術師に礼を言って、カウンターで半金貨3枚を払った。

-2-
 でもまだここに用事が残ってんだよな。
 半金貨を払った後、再び受付に行く。
「使い魔登録は終わりましたか?」
「ああ、無事に終わった。んで、別件でまた用事があるんだけど、魔槍の件で話が聞きたいから、レッケントさんがいたら呼んでもらえるかな?前に魔法陣の解読を依頼したディーゴといえば分かってくれると思う」
「レッケントさんですね?少々お待ちください」
 受付嬢が消えて、しばらくするとレッケント氏を連れて戻ってきた。
「おお、ディーゴ殿。長い間連絡もせずに申し訳ない」
「いえ、こちらもちょっと長旅をしていましたから」
「では個室の方に行こうか。今の時点で分かったことを説明しよう」
「分かりました」
 レッケント氏に先導されて、個室の一つに入り席につく。
「さて、おぬしから預かった紙に書いてあった魔法陣だが、なかなか難航しておってな」
「ほう」
「射出系の武器ではないか、ということでそちらの方面から調べてみたところ、どうやら3種類の魔法を組み合わせた魔法陣ではないか、という推論にたどり着いた。
 キモとなっておるのは礫系の魔法の魔法陣じゃな。ちなみに魔法陣に関する知識はあるか?」
「残念ながら全く」
 生憎そっち方面は完全な門外漢なのよ。同じ魔法使いといっても、文法をこねくり回し詠唱や魔法陣を使ったりする学術魔法は技術職、自然の中で感覚的に精霊の力を使う(借りる)精霊魔法は営業職くらいの違いがある。俺の場合は後者だ。
 レッケント氏はちょっと残念そうな表情をしたが、すぐに表情を改めると言葉をつづけた。
「では専門的な話は端折って、結論から先に言おうか」
「お願いします」
「うむ。恐らくではあるが、精霊に関する何かを魔槍の筒の中に入れることで、その精霊に見合った弾丸、礫的なものを射出することができる魔法具らしいということが分かった」
「精霊に関する何か、ですか?」
「うむ、それが何か、そこまでは分からんかった。ただ預かった魔法陣の中に『精霊』を意味する単語が、古代の魔法語でいくつか書かれておったのでな」
「なるほど」
「それと、術晶石に書かれていたという魔法陣だが、こっちは全くわからんかった。なにせ初めて見る術式でな、見当もつかん。随分調べてみたが、『魔法』を意味する単語と『読む』を意味する単語が書いてある程度しかわからんかった。力不足で申し訳ない」
「いえ、こちらこそ解読を丸投げしている状態ですので」
「してどうする?これからも魔法陣の解読を続けるか?」
「いえ、とりあえずそっちは一旦休止して結構です。あとは実物を使ったトライ&エラーで弾丸になりそうなものを色々調べてみます」
「わかった。ではよろしく頼む。結果が何かわかったら教えてくれ」
「ええ、必ず」
 レッケント氏と握手をして別れる。
 精霊に関する何か、か。手元にあって弾丸になりそうなのは……精霊鉱と精霊石だが、まずはもっと手軽に入手できそうなものから試してみるか。

 そしてまた受付に行く。
「ども」
「あら、用事はもう終わりましたか?」
 にっこり笑って受付嬢が答える。
「いや、もう一つ残ってんのよ。迷宮の中で何かが書かれた羊皮紙を見つけたんだけど、解読してもらうのはどこがいいかな」
「文献の解読でしたら3番のカウンターになりますね」
「そうか、ありがとう」
 受付嬢に礼を言って3番のカウンターに腰を下ろす。
「こんにちは、本日はどのような要件でしょうか」
 対面に座っている中年の魔術師に、荷物袋から羊皮紙の束を引っ張り出す。
「迷宮の中でこういった羊皮紙を見つけたんだけど、中に書いてある文字が読めなくてね。解読をお願いしたいんだが」
 そう言って丸まった羊皮紙を一つ広げて渡した。
「拝見します」
 中年の魔術師は羊皮紙を受け取ると、それに目を落とした。
「……ふむ、これはオーベンの文字ですね。古代文明期の民族の一つですよ。書いてある内容は……ふんふん、これは、薬の作り方ですね」
 やっぱりか。どうやらあの森の迷宮に住んでたのは、古代の薬師くすしだったようだな。
「翻訳しますか?」
「頼めるかな、あと7枚あるんだけど」
「大丈夫ですよ。書いてある量も少ないのでそれほど時間はかからないと思います。ちょっとお待ちになっていただけますか?」
「じゃあよろしく頼む」
「では番号札を渡しておきます。翻訳が終わりましたらお呼びしますので」
「わかった。よろしくお願いします」
 中年の魔術師にそう言って、待合席に腰を下ろす。
〈兄弟よ、今は何をしているのだ?〉
 退屈らしいヴァルツが話しかけてきた。
《拾ったもので読めない文字があったから、頼んで読んでもらってんの。もうちっと待ってくれるか》
〈俺はそろそろ腹が減ってきたのだが〉
《そうか、もう昼か。これが済んだらメシにしよう。肉でいいか?》
〈ああ。肉で頼む〉
 そんなことを言いあいながら時間を潰していると、番号を呼ぶ声が聞こえた。
 呼ばれたカウンターに行くと、解読を頼んだ魔術師が待っていた。
「お待たせしました。内容は8枚とも全部薬の作り方でしたね。翻訳したものがこちらになります」
 そう言って厚めの紙を8枚渡してきた。
 その場でざっと目を通してみたが……うむ、翻訳されても良くわからん。
 セレンシ病丸薬とか、緑膿病軟膏とか、聞いたこともない病名ばかりだ。
 どうせなら風邪の特効薬とか、水虫の軟膏の作り方とかなら大金になったのだが……。
「どうします?羊皮紙はこちらで買い取りますか?」
「いや、ちょっと当てがあるから羊皮紙も返してもらおうかな。で、翻訳料はいくらになる?」
「量も少ないですから、銀貨4枚で結構ですよ」
「ん、わかった。どうもありがとう」
 財布から銀貨を4枚出して支払う。これでここでの用事は終わりだ。
 世話になった受付嬢に軽く手を挙げて挨拶し、ヴァルツを連れて外に出る。
 まぁこの紙を持ち込むとなると……あそこだろうな。
 幾らになるかはわからんが、魔術師ギルドで十把一絡げで買われるよりは高値になるだろう……と思いたい。

 でもその前に、メシだメシメシ。
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