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(13)脱出
どれだけの時間が経ったか判らない。眞哉は床に倒れたまま、動けなかった。頬は腫れ、全身に激痛が走る。頭部からは血が染み出し、目を開けると視界が赤く染まる。その時、ふと遠くから声が聞こえた。何だろう? もうどうでもいい。きっと父さんの声だ。眞哉は再び目を閉じた。混濁した意識の中、まるでお経のように、その声は響いた。
「…ったく、あんなんじゃ、もっと金貰わないと割に合わねえな。」
グラスに注がれる液体と、氷の音。 酒…?
母さんの声も聞こえた。
「…あなた、飲みすぎよ。声、大きいわ。」
彼女の声は低く、どこか緊張している。
「うるせえ! アイツが悪いんだよ!」
父さんの怒鳴り声と同時に、ガンとグラスをテーブルに叩きつける大きな音が響いた。
その大きな音を聞くと、眞哉は薄っすらと目を開けた。赤い視界の中、閉まり切っていないドアからリビングの光景が見える。
父さんはソファに座り、ウイスキーの瓶を手に持っていた。目が血走っている。母さんはテーブルの向かいで立ち、腕を組んでいた。
「…あなた、眞哉のこと…やりすぎよ。あれじゃ死んじゃうわ。」
母さんの声は小さく、だが父さんをなだめるような響きだった。しかし父さんは鼻で笑い、
「やりすぎ? お前だって奴に愛情ないだろ。第一、眞哉は俺の本当の子じゃねえんだから。」
その言葉が、眞哉の心を雷のように貫いた。
“え…?”
そして、父さんは酔った勢いで構わず続けた。
「アイツは、養育費稼ぎの金づるでしかねえんだよ! いい拾いものだろ!」
母さんはテーブルを叩き、
「やめて、言わないって約束したじゃない! そのお陰でうちは生活しているんだから。」
彼女の声には怒りと焦りが混ざっていた。父さんがグラスを煽り、
「約束? だったらまともになるよう教育せいや!」
と怒鳴った。そして瓶を床に叩きつけ、ガッシャーンとガラスが砕ける音が響いた。母さんは父さんをなだめようと近づき、
「もう寝て。話は明日…。」
と囁いた。父さんは舌打ちし、母さんが介抱しながら夫婦の寝室へと向かった。眞哉は、再び意識を失った。
そして翌日の朝、冷えた部屋の中で、眞哉は目を覚ました。部屋の扉はいつの間にか閉められており、足枷の鎖がカチャリと鳴る。そして何故だか判らないが、眞哉の体の上に毛布がかけられていた。痛みは大分引き、目を開けると視界も戻っている。ボロボロの体を抱え、眞哉の頭の中では、父さんの「本当の子じゃねえ」「金づる」という言葉が繰り返しループしていた。
“僕は一体誰なんだろう?”
母さんの冷たい目、妹の侮蔑、父親の暴力。それらが、すべて「家族じゃない」という言葉で繋がった。
“養育費…要は、お金欲しさに僕をどこからか連れて来たということなのか?”
涙が汚れた頬を伝い、冷たい床に落ちた。その時、リビングの方からガタガタと物音がした。
「椿もう出るぞ。」
父さんの声がする。今になって思い出したが、今日は母さんの兄「雄一」の法要の日だった。だから、父さんは帰ってきたんだ。今度は慌ただしく音が響いたと思ったら、ガレージから車の発進する音がした。家族がみんな出かける。
この瞬間、唯一の機会だと本能が告げた。
心臓が高鳴った。逃げるならチャンスは今しかない! アリスの顔が浮かんだ。徐々にアリスの思い出が甦る。
“偽の家族なんか捨て、アリスに会うため何でもしなければ!”
眞哉は力が戻ってくるのを感じた。そのためには、まずは足枷を外す必要があった。足枷の一方は眞哉の部屋の柱に鎖で結び付けてある。これを外すには工具が必要だ。眞哉は動ける範囲にあった庭の物置へ向かった。物置内の家捜しである。取り敢えず、使えそうなバールを見付け自分の部屋へ引き返した。
そして、柱から鎖を引きちぎろうと、柱と鎖の隙間へバールを差し込みテコの原理で思いっきり力を加えた。悪戦苦闘することおよそ30分、ようやく鎖の一部が壊れ自由の身になった。
眞哉は部屋を出た。足枷の鎖がジャラジャラと音を立て床を擦っているが、裸のまま、まずリビングへ向かった。テーブルの上には、父さんのウイスキーの瓶と割れたグラスがそのまま残され、酒の臭いが漂う。
“ほんとに誰もいない”
ただ、時間は限られている。バール探しと足枷外しで既に1時間近くを使ってしまった。急がなければ。
今度は夫婦の寝室へ向かった。アリスに会う前に、自分の出生の秘密も知っておきたかった。箪笥の引き出しを一つずつ開け中を漁る。何かないのか。手が震え、足枷もジャラジャラと鳴る。化粧品、母さんの古い写真、椿の通知表。だが、眞哉に関するものは何もない。焦りが胸を締め付ける中、箪笥の奥に鍵付きの差して大きくもない、A4サイズの書類なら何とか入りそうな簡易金庫を見つけた。
“これかも!”
鍵がかかっており、力ずくで開けようとしたが固い。とっさに、さっき使ったバールを差し込み、簡易金庫をこじ開ける。ガッコと音がし中に書類の束が現れた。心臓がバクバクと鳴り、汚れた手で書類を確認して行った。
その中から「養育合意書」なるものが出てきた。署名は、母さんと「今井雄一」という二人だ。雄一? これって、今日法要の母さんの兄じゃないか。書類を読み進めると「今井雄一の実子、今井眞哉については、佐々木紀子(旧姓今井紀子)およびその配偶者佐々木勇仁が養育する。その対価として、養育費月額40万円を支払うこととする。なお、今井雄一の死後は、今井雄一が指定した資産管理団体よりこれを支払う。」と記載されていた。
眞哉は、自分が養子で本当の父親は今井雄一だと悟った。では、本当の母親は? 書類を握りしめ、眞哉は床に座り込んだ。
“そうか僕は養子だったんだ…”
「…ったく、あんなんじゃ、もっと金貰わないと割に合わねえな。」
グラスに注がれる液体と、氷の音。 酒…?
母さんの声も聞こえた。
「…あなた、飲みすぎよ。声、大きいわ。」
彼女の声は低く、どこか緊張している。
「うるせえ! アイツが悪いんだよ!」
父さんの怒鳴り声と同時に、ガンとグラスをテーブルに叩きつける大きな音が響いた。
その大きな音を聞くと、眞哉は薄っすらと目を開けた。赤い視界の中、閉まり切っていないドアからリビングの光景が見える。
父さんはソファに座り、ウイスキーの瓶を手に持っていた。目が血走っている。母さんはテーブルの向かいで立ち、腕を組んでいた。
「…あなた、眞哉のこと…やりすぎよ。あれじゃ死んじゃうわ。」
母さんの声は小さく、だが父さんをなだめるような響きだった。しかし父さんは鼻で笑い、
「やりすぎ? お前だって奴に愛情ないだろ。第一、眞哉は俺の本当の子じゃねえんだから。」
その言葉が、眞哉の心を雷のように貫いた。
“え…?”
そして、父さんは酔った勢いで構わず続けた。
「アイツは、養育費稼ぎの金づるでしかねえんだよ! いい拾いものだろ!」
母さんはテーブルを叩き、
「やめて、言わないって約束したじゃない! そのお陰でうちは生活しているんだから。」
彼女の声には怒りと焦りが混ざっていた。父さんがグラスを煽り、
「約束? だったらまともになるよう教育せいや!」
と怒鳴った。そして瓶を床に叩きつけ、ガッシャーンとガラスが砕ける音が響いた。母さんは父さんをなだめようと近づき、
「もう寝て。話は明日…。」
と囁いた。父さんは舌打ちし、母さんが介抱しながら夫婦の寝室へと向かった。眞哉は、再び意識を失った。
そして翌日の朝、冷えた部屋の中で、眞哉は目を覚ました。部屋の扉はいつの間にか閉められており、足枷の鎖がカチャリと鳴る。そして何故だか判らないが、眞哉の体の上に毛布がかけられていた。痛みは大分引き、目を開けると視界も戻っている。ボロボロの体を抱え、眞哉の頭の中では、父さんの「本当の子じゃねえ」「金づる」という言葉が繰り返しループしていた。
“僕は一体誰なんだろう?”
母さんの冷たい目、妹の侮蔑、父親の暴力。それらが、すべて「家族じゃない」という言葉で繋がった。
“養育費…要は、お金欲しさに僕をどこからか連れて来たということなのか?”
涙が汚れた頬を伝い、冷たい床に落ちた。その時、リビングの方からガタガタと物音がした。
「椿もう出るぞ。」
父さんの声がする。今になって思い出したが、今日は母さんの兄「雄一」の法要の日だった。だから、父さんは帰ってきたんだ。今度は慌ただしく音が響いたと思ったら、ガレージから車の発進する音がした。家族がみんな出かける。
この瞬間、唯一の機会だと本能が告げた。
心臓が高鳴った。逃げるならチャンスは今しかない! アリスの顔が浮かんだ。徐々にアリスの思い出が甦る。
“偽の家族なんか捨て、アリスに会うため何でもしなければ!”
眞哉は力が戻ってくるのを感じた。そのためには、まずは足枷を外す必要があった。足枷の一方は眞哉の部屋の柱に鎖で結び付けてある。これを外すには工具が必要だ。眞哉は動ける範囲にあった庭の物置へ向かった。物置内の家捜しである。取り敢えず、使えそうなバールを見付け自分の部屋へ引き返した。
そして、柱から鎖を引きちぎろうと、柱と鎖の隙間へバールを差し込みテコの原理で思いっきり力を加えた。悪戦苦闘することおよそ30分、ようやく鎖の一部が壊れ自由の身になった。
眞哉は部屋を出た。足枷の鎖がジャラジャラと音を立て床を擦っているが、裸のまま、まずリビングへ向かった。テーブルの上には、父さんのウイスキーの瓶と割れたグラスがそのまま残され、酒の臭いが漂う。
“ほんとに誰もいない”
ただ、時間は限られている。バール探しと足枷外しで既に1時間近くを使ってしまった。急がなければ。
今度は夫婦の寝室へ向かった。アリスに会う前に、自分の出生の秘密も知っておきたかった。箪笥の引き出しを一つずつ開け中を漁る。何かないのか。手が震え、足枷もジャラジャラと鳴る。化粧品、母さんの古い写真、椿の通知表。だが、眞哉に関するものは何もない。焦りが胸を締め付ける中、箪笥の奥に鍵付きの差して大きくもない、A4サイズの書類なら何とか入りそうな簡易金庫を見つけた。
“これかも!”
鍵がかかっており、力ずくで開けようとしたが固い。とっさに、さっき使ったバールを差し込み、簡易金庫をこじ開ける。ガッコと音がし中に書類の束が現れた。心臓がバクバクと鳴り、汚れた手で書類を確認して行った。
その中から「養育合意書」なるものが出てきた。署名は、母さんと「今井雄一」という二人だ。雄一? これって、今日法要の母さんの兄じゃないか。書類を読み進めると「今井雄一の実子、今井眞哉については、佐々木紀子(旧姓今井紀子)およびその配偶者佐々木勇仁が養育する。その対価として、養育費月額40万円を支払うこととする。なお、今井雄一の死後は、今井雄一が指定した資産管理団体よりこれを支払う。」と記載されていた。
眞哉は、自分が養子で本当の父親は今井雄一だと悟った。では、本当の母親は? 書類を握りしめ、眞哉は床に座り込んだ。
“そうか僕は養子だったんだ…”
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