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笑顔の理由
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先日彼女が死んだ。5年付き合っていて3年前から同棲もしていた彼女が死んだ。俺は自分の中の何処かで何かが崩壊する音を聴きながら彼女の白く冷たくなった顔を見た。死因は過労死だった。過労死といっても通常の痩せ細る感じでは無く、精神的なものや睡眠不足などだった。彼女は俺といるときはいつも笑っていた。仕事から疲れて帰ってきたら優しく笑って迎えてくれた。俺が上司に押し付けられた仕事を家でもしなくてはいけなくて、苛立っているときはさりげなく温かいミルクを持ってきてくれた。俺は3日後のクリスマスの日にプロポーズするつもりでいた。指輪もプロポーズのフレーズもクリスマスプレゼントも全て用意して、来る日来る日を楽しみに過ごしていた。彼女も俺にクリスマス楽しみだねってあのいつもの優しい笑顔で言ってくれたのに。涙も出てこない、言葉も出ない。悲しいという言葉だけじゃ全然足りないし、悲しみよりどうしようもない虚しい自分への怒りが勝っていた。
なにもしてあげられなかった。いつももらってばかりだった。
それでも彼女は笑ってくれた。支えてくれた。なのに俺は彼女の抱えているものすらも知らなかった。
彼女はノイローゼで不眠症があったと医者に告げられた。知らなかった。なにも。
寝る時は同じベッドだったから彼女が先にベッドの中で気持ちよさそうに寝息をたてているのを俺は何度も見ていた。たびたび彼女が残業で遅く、俺が先にベッドに入る日があった。だけど、彼女はどんな日でも俺より早く起きていた。毎日俺のために朝食を作ってくれていた。
俺はなにを見ていたんだ。俺は一体彼女のなにを知った気でいたんだろう。
社会人になって出会った。同僚がセッティングした合コンに数合わせで呼ばれて、同い年が俺と彼女だけでなんとなく隣に座って喋って彼女の優しい笑顔に惹かれた。彼女の笑顔が大好きだった。だから合コンが終わったあとにも何度か会って、その二か月後に告白した。クリスマスだった。告白するとき、笑顔や優しいところが好きなのだと伝えた。そしたら彼女は赤面して、頷いてくれた。優しい笑顔がいつもよりもっと優しく見えた。
彼女の誕生日は俺より早くて、三月の終わりで俺のは八月だ。俺たちは今年で30で、結婚する頃合いだった。だから俺は、クリスマスに、この特別の日に、夜景の見えるレストランで告白したあの日のように似合わない台詞でプロポーズする予定だった。
幸せだったのは俺だけだった。俺が明日は楽しみだと眠りについている時彼女は明日がこないでほしいと願っていたのだと、そう思うと俺は自分を憎いと思わずにいられなかった。
俺は葬儀の時、ずっとしたを向いていた。彼女の親は俺を責めなかった。逆に泣いて慰めてくれた。俺は彼女の両親に顔向けできず、はい、ありがとうございます。と小声で何度も繰り返した。
あれから6年たった。
俺は1人仕事に没頭する毎日を送っていた。久々の休日に物の整理をするために物置を漁っていると一冊のノートを見つけた。見慣れないピンク色のノートで、開くと綺麗な字で日記が綴られていた。俺の字ではないことは一目でわかった。彼女の字だった。
ドクンと音が鳴った。俺の心臓の音が増す。彼女の日記を一ページ一ページ大切にめくった。最後になるにつれ彼女の字が細く弱くなっていった。そして俺もその細い字がぼやけて見えなかった。6年前に流せなかった大量の涙が目から溢れた。
日記には、辛い苦しい寝れない仕事へ行きたくないと書かれていた。そして必ず日記の1日の終わりには俺のことが書かれていた。美味しそうに俺が彼女の作ったご飯を食べているところ、疲れているだろうと部屋の掃除をしてくれたり、買い物に行ったりしてくれること。記念日には必ず花束と彼女が好きだった美味しいケーキを買ってきてくれるなどと。唯一の日々の癒しだと。俺が帰ってくることだけが楽しみだったこと。
初めて俺は俺を許してしまった。
6年間一度だって彼女を、彼女の死を忘れることはなかった。
新しい彼女も、生き物を飼うこともしなかった。
彼女がいなくなって寂しくて辛い、彼女の死が開けた穴を埋めることもなかった。
おれは自分が許せなかった。
そして、6年後の今、彼女の数十冊の日記を読むことで俺は今年の有給を過ごした。
何度も読み返した。
何度も泣いた。
彼女は辛いだけじゃなかったんだと知って、おれは初めてなにもしてやれなかった自分を許すことができた。
ごめんね
ありがとう。
End.
なにもしてあげられなかった。いつももらってばかりだった。
それでも彼女は笑ってくれた。支えてくれた。なのに俺は彼女の抱えているものすらも知らなかった。
彼女はノイローゼで不眠症があったと医者に告げられた。知らなかった。なにも。
寝る時は同じベッドだったから彼女が先にベッドの中で気持ちよさそうに寝息をたてているのを俺は何度も見ていた。たびたび彼女が残業で遅く、俺が先にベッドに入る日があった。だけど、彼女はどんな日でも俺より早く起きていた。毎日俺のために朝食を作ってくれていた。
俺はなにを見ていたんだ。俺は一体彼女のなにを知った気でいたんだろう。
社会人になって出会った。同僚がセッティングした合コンに数合わせで呼ばれて、同い年が俺と彼女だけでなんとなく隣に座って喋って彼女の優しい笑顔に惹かれた。彼女の笑顔が大好きだった。だから合コンが終わったあとにも何度か会って、その二か月後に告白した。クリスマスだった。告白するとき、笑顔や優しいところが好きなのだと伝えた。そしたら彼女は赤面して、頷いてくれた。優しい笑顔がいつもよりもっと優しく見えた。
彼女の誕生日は俺より早くて、三月の終わりで俺のは八月だ。俺たちは今年で30で、結婚する頃合いだった。だから俺は、クリスマスに、この特別の日に、夜景の見えるレストランで告白したあの日のように似合わない台詞でプロポーズする予定だった。
幸せだったのは俺だけだった。俺が明日は楽しみだと眠りについている時彼女は明日がこないでほしいと願っていたのだと、そう思うと俺は自分を憎いと思わずにいられなかった。
俺は葬儀の時、ずっとしたを向いていた。彼女の親は俺を責めなかった。逆に泣いて慰めてくれた。俺は彼女の両親に顔向けできず、はい、ありがとうございます。と小声で何度も繰り返した。
あれから6年たった。
俺は1人仕事に没頭する毎日を送っていた。久々の休日に物の整理をするために物置を漁っていると一冊のノートを見つけた。見慣れないピンク色のノートで、開くと綺麗な字で日記が綴られていた。俺の字ではないことは一目でわかった。彼女の字だった。
ドクンと音が鳴った。俺の心臓の音が増す。彼女の日記を一ページ一ページ大切にめくった。最後になるにつれ彼女の字が細く弱くなっていった。そして俺もその細い字がぼやけて見えなかった。6年前に流せなかった大量の涙が目から溢れた。
日記には、辛い苦しい寝れない仕事へ行きたくないと書かれていた。そして必ず日記の1日の終わりには俺のことが書かれていた。美味しそうに俺が彼女の作ったご飯を食べているところ、疲れているだろうと部屋の掃除をしてくれたり、買い物に行ったりしてくれること。記念日には必ず花束と彼女が好きだった美味しいケーキを買ってきてくれるなどと。唯一の日々の癒しだと。俺が帰ってくることだけが楽しみだったこと。
初めて俺は俺を許してしまった。
6年間一度だって彼女を、彼女の死を忘れることはなかった。
新しい彼女も、生き物を飼うこともしなかった。
彼女がいなくなって寂しくて辛い、彼女の死が開けた穴を埋めることもなかった。
おれは自分が許せなかった。
そして、6年後の今、彼女の数十冊の日記を読むことで俺は今年の有給を過ごした。
何度も読み返した。
何度も泣いた。
彼女は辛いだけじゃなかったんだと知って、おれは初めてなにもしてやれなかった自分を許すことができた。
ごめんね
ありがとう。
End.
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