【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との

文字の大きさ
91 / 126

82.聖女は慈愛に満ちてるなんて、嘘に決まってる

しおりを挟む
『なあ⋯⋯『どおりゃあぁぁ』とかは止めよう? 俺の中に残る、僅かな聖女への期待とか憧れが⋯⋯消えてなくなるんだわ』

(マズい⋯⋯ジルベルト司祭にも言われたら⋯⋯熊の文句になら前蹴りでも回し蹴りでも余裕で決める自信があるけど)

 カポエイラ・バトゥーキ・ムエタイ・ボクシング⋯⋯暇を見つけては他国の格闘技を調べまわるロクサーナの、特にお気に入りはカポエイラのハボジアハイアやパラフーゾ。

 メイアルーアジコンパッソからのヘヴェルサオン。テッカンコークワァーやテッカークワァーなどの蹴り技。

 タッマラーやパンソークといった肘打ち、ストレート・フック・アッパーや、コークスクリュー・ブローとクロスカウンター。



 魔法が使えなくなった時に身を守れるのは剣と体術。小柄な自分でも戦える方法を調べているうちに嵌ったが、本人的には少しだけ⋯⋯傍から見ると戦闘狂レベル。

 今では身体強化しなくてもデカいおっさんを吹き飛ばせるくらいに進化しつつある⋯⋯リューズベイで絡んできた臭いおじさんみたいに吹き飛ばせる。

(ジルベルト司祭が持ってる聖女のイメージって⋯⋯一般的に言われてる楚々として純粋とか?)

「ロクサーナに言っとかないといけない事があって⋯⋯魔導具の記録の事なんだけど⋯⋯」

「せ、聖女のイメージについて⋯⋯」

「「⋯⋯え?」」

 海に浮かんだ船の上でオールも2人の動きも止まり⋯⋯時折り、海の底から小さな気泡が現れては消えていく。



「えーっと、ジルベルト司祭からどうぞ」

「ロクサーナから⋯⋯いや、うん⋯⋯実はね、何か変化があったらピッピに記録するように頼んでて⋯⋯謝らないけど、報告はしとこうと思って」

 ロクサーナが何かしでかしそうな時は、魔導具で記録しておいて欲しいと頼んでおいたジルベルト。

『やるとしたら俺のいない時を狙うと思うんです。でも、この間目が覚めなくなったのが不安で⋯⋯』

【分かったの! ジルジルはロクサーナが心配なの~。だからピッピに手伝ってって言ってるのね~】



(ピッピ~⋯⋯私を売ったのは貴様かぁ! 通りで昨日の夜から姿が見えないと思ったよ~)

【ピッピ、お約束守る子なの~。でね、海だと役に立てないから~、逃げるっ!】
 
 ロクサーナに叱られるのを恐れて逃げ出したピッピは今、卵と並んでドラ美ちゃんの子守唄を聞いている最中。



「で、ロクサーナの話⋯⋯聖女のイメージがどうかした?」

「はっ! えーっと、そう! ジルベルト司祭は聖女にどんなイメージを持ってるのかなあと。ほら、普通は清楚で慈愛に満ち溢れてとか言うじゃないですか。でも、その⋯⋯私はちょっとぉ⋯⋯」

「俺の昔の話覚えてるよね?」

「あ、うん」

 何年もルイーズという名前で聖女見習いを強制されていた⋯⋯と言うジルベルト司祭の驚愕の過去。

「と言うことは⋯聖女の実態なら、俺と2人だけで修練してきたロクサーナより詳しいって事。聖女見習いの修練は紛れもない『女の園』だったからな~」


 ジルベルト司祭の心の動揺を表すように船が少し揺れ⋯⋯船底を叩く小さな音やチャプンチャプンと優しげな波の音も聞こえてきた。


『あら、司教様如何されましたの? えっ? もちろん覚えておりますわ! だってねえ、いつもお世話になっておりますもの。皆様もそうですわよね?』

『司祭様にそう言っていただけるなんて⋯⋯1日も早く皆様のお役に立てるよう、精進して参りますわ』


『クッソめんどくさい、アイツの名前なんか覚えてないっつうの。いちいち声かけてくんなよ~! 司教のくせにエロい目で見やがってさあ』

『たかが司祭が偉そうに、何様のつもりよ!? こっちは聖女になって枢機卿の目に留まるかもだし~、他国の王家に嫁入りとかするかもだし~。ったく、後で吠え面かかせてやるんだから⋯⋯覚えてやがれ』


「修練が進むうちに言葉遣いとか態度とか、どんどんひどくなってくんだよね。食堂だと修練場より酷くなるし⋯⋯あれって、先輩聖女から受け継ぐ伝統なのかもって気がしてるよ」

 女性魔法士見習いへの嘲笑や嫌味、女性魔法士へはマウントを取り、男性魔法士へは媚びと誘惑。

「聖女見習い同士の足の引っ張り合いとか虐めは凄かったからね~。掴み合いの喧嘩を見たこともあるし、聖女は⋯⋯ アーテーやエリスを信仰してるんじゃないかと思う時があるくらい」

 弱々しく笑ったジルベルト司祭は『強烈な人が多かったなぁ』と肩をすくめた。


 アーテーは狂気を神格化したと言われる破滅や愚行の女神で、エリスは殺戮の女神と同一視される不和と争いの女神。

 黒っぽい魚影が船の近くをゆっくりと通り過ぎるのを見ながら、ジルベルト司祭はオールを持ち上げた。

「そ、そんなにですか。それは予想以上に大変な⋯⋯聖女達の迫力とか凄いですもんね」

(それなら、私の戦いとか見ても引いたり呆れたりとかしないかも! 少しだけ、希望が⋯⋯もう、すっごく大事な話をしてるのに、さっきから五月蝿くない?)



 船底をノックしてから近くを泳いだんだから、かなり慎み深い態度だ⋯⋯などと思うはずもなく、船の上に仁王立ちしたロクサーナは、再び現れた魚影に狙いを定めて氷の槍を連発した。

「今話してんだからぁぁ、お利口に待ちやがれぇぇ!」


 パスッ、パスッ、パスッ⋯⋯


 慌てて向きを変え、海底に向かって消えていったのは、魚に擬態したグラウコス。

「くそっ、外したじゃん⋯⋯待ちきれないみたいだから、先にやっちゃいましょう」

 グラウコスが消えた方向を睨みつけたまま海に飛び込んだロクサーナは、ジルベルトが海に飛び込むのを待ち船を収納。

 身体強化した身体を結界で包んで、まっすぐグラウコスを追いかけた。

(結構早いな⋯⋯どうやって推進力を上げてる?)

 ロクサーナの後を追いかけるジルベルトも風魔法を使って速度を上げた。



 太陽の光が届くギリギリの所で待ち構えていたグラウコスが、嘲笑うように口元を歪めて皮袋の口を開いた。

【ば~か! おんなじ手に引っかかりやがんの~、ゴボゴボ】

「ば~か! おんなじ手しか使えないでやんの~」

 ボコンと音を立てて上へ上がってきた巨大な気泡が、ロクサーナの全身を包み込んだ。

 ジルベルト司祭は気泡を避け、ロクサーナの斜め後ろで詠唱を終わらせてチャンスを狙っている。

「うっわ~、これが伝説のセイレーンの歌かあ、めちゃめちゃ凄いじゃん! こりゃ惑わされるわ~。
伝令役はへっぽこの大間抜けだけど、こんな素敵な歌を聴いたのははじめてです! 感動しましたってセイレーンに伝えてね~。
あと、とんだカス野郎のいい使い道を思いついたスキュラに、お陰で楽しいひと時でした、流石ですって伝えといてね~。
バカだから忘れたとか言うなよ⋯⋯そん時はお仕置き確定だから」

 思いっきり煽りまくるロクサーナの思惑に乗せられたグラウコスが、青い顔をますます青くして布袋を構えた。

【なんでこの間みたいに気を失わない? 死なない? まま、まだ残ってるんだからな! 次こそってか、なんで普通に喋ってんだよおぉぉぉ】

「ふふん! それはぁ、私がぁ、結界を張れるからで~す。予言しかできない、どこぞの元漁師とは違うんだよな~。攻撃と防御のどっちもオーケーなんで~⋯⋯真下にいると潰しちゃうよ?」

 煽りが終わると同時に大量の氷の槍がグラウコスに向かった。

【あぎゃあぁぁ!】

しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。

バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。 瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。 そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。 その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。 そして……。 本編全79話 番外編全34話 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)
恋愛
エレナは一度死に戻り、二度目の人生を生きることになった。 一度目は親友のマリアンヌにあらゆるものを奪われ、はめられた人生。 今回は関わらずにいこうと、マリアンヌとの初めての顔合わせで倒れたのを機に病弱と偽り王都から身を遠ざけることにする。 人生二度目だから自身が快適に過ごすために、マリアンヌと距離を取りながらあちこちに顔を出していたら、なぜかマリアンヌの取り巻き男性、死に戻り前は髪色で呼んでいた五人、特に黒いのがしつこっ、……男たちが懐いてきて。 一度目の人生は何が起っていたのか。 今度こそ平穏にいきたいエレナだがいつの間にか渦中に巻き込まれ――。

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない

あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。 王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。 だがある日、 誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。 奇跡は、止まった。 城は動揺し、事実を隠し、 責任を聖女ひとりに押しつけようとする。 民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。 一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、 奇跡が失われる“その日”に備え、 治癒に頼らない世界を着々と整えていた。 聖女は象徴となり、城は主導権を失う。 奇跡に縋った者たちは、 何も奪われず、ただ立場を失った。 選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。 ――これは、 聖女でも、英雄でもない 「悪役令嬢」が勝ち残る物語。

婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」 そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。 ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。 誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。 周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」 ――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。 そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、 家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。 だが、彼女の予言は本物だった―― 数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。 国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、 あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。 「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」 皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、 滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。 信じてもらえなかった過去。 それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。 そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。 ――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...