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6.準備は大変

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「今のソフィーの資産と毎月の給料からするとここを買うのが精一杯。工事費用や初期費用を見積もってみてギリギリか少し足りないくらい。
事業の方の剰余金はあるけどこの先何があるかわかんないからこっちの事業には一切使わない。どうしてもやりたいならここをなるべく安く修繕することね」

「いいじゃん、リフォームなら得意だし。資金足りないなら特別ボーナス目指して頑張るし。それより、これだけ広かったらいっぱい遊べるねー」

「はあ、そう言うと思ったから契約は済ませといた。後は勝手にやっちゃって。但し会社の方の手を抜いたら箒持って追いかけ回すからそのつもりで」


 目の前にあるのは使われなくなって随分経ったらしい二階建ての一軒家。柵は壊れ窓には板が打ち付けてあり前庭は草がぼうぼうに生えて、2階まで蔦の絡まっている外観はさながらお化け屋敷のよう。

「はあ、素敵! こんなとこがあるなんて想像以上じゃん。うーん、どこから手をつけようかなあ・・」

 錆びついた鍵を開けて中に入ると薄暗い屋敷の中に幾つもの光の筋が差し込み埃が舞っている。床は土埃でジャリジャリと音を立てソフィーとハンナは澱んだ空気にくしゃみを連発した。
 広いホールの正面には二階に上がる階段があり、左手には3部屋あって多分応接室と居間と音楽室だったと思われる。右手には食堂・厨房・使用人用の小部屋。

「高位貴族様の隠れ家だったらしいわよ。資金繰りに困って売りに出したものの買い手がつかなくて長いこと放置されてたって。ここって平民街が近いからお貴族様には不満だし、平民にとってはデカ過ぎるってとこらしい」

「そうか、貴族の隠れ家・・それでこの作りなんだ。じゃあテラスとか庭も広そうね。
暖炉もあるし厨房や食堂は磨けばそのまま使えそうだね。一番広い部屋をみんなの遊び場にして、残りの部屋にはお昼寝用のベッドを置いてもう一つはどうしようかなあ」

 2階に上がると左は大きな主寝室で右には客室が4つ。屋根裏部屋と地下室を覗いた後屋敷の裏手に回ると予想以上の広さの庭が広がっていた。

「凄い、木登り出来るじゃん。秘密基地作ったりバーベキューしたり、後は・・犬小屋作んなきゃね」

 広いテラスには白い支柱で支えられた屋根があり床板が朽ちていた。ギシギシと不気味な音を立てるテラスからソロソロと庭におり、手入れされず伸び放題になっている芝生を歩いた。テラスの正面は雑草だらけで花壇があったらしい場所には野生化した薔薇が蔓を伸ばしている。その向こうには崩れかけた噴水や四阿が見える。

「うーん、噴水かあ。危ないから修理しても水は入れれないね。無くしちゃう方が広くなって良いかなあ」

「夏の水遊び用に使えるかもよ」


 ハンナは保育学校に難色を示しながらも資金計画や弁護士との折衝に奔走し、通常の業務と同時並行で着々と準備を進めてくれた。そのお陰でソフィーは家庭を持ち働く人達を訪ねて意見を聞いたり図書館で勉強する時間が出来ているが、ハンナが過剰労働になっているのではないかと不安になった。

「ねえ、大変じゃない? 保育学校担当の従業員を雇った方がいいと思うんだけど」

「学校が軌道に乗ったら考えるわ。ドーンと特別手当もらうつもりだから気にしないで」

 黒い顔でニマニマと笑うハンナの宣言にソフィーは思わず息を止めた。

「うっ! がっ頑張る・・特別手当より従業員の給料の方が安い気がするのは気のせいかなあ」

「当然でしょー。ガッツリ頂く予定だからしっかり働いてよ。貴族街の外れの例のアパートが売りに出されるみたいよ。競売にかけられるから上手くいけばかなり買いたたけるかも」

「えー、あそこってヤバいやつでしょ。ほら・・ベルメス子爵のタウンハウスが近いからトラブルだらけで。そこよりもラグドール商会の裏手のアパートの方がいいと思う」

「勿論そっちも狙う。大体あれを見つけてきたのってソフィーじゃん」

「両方とも場所はかなり良いから手掛けたらかなりの利益になると思ったの。商会裏の物件は問題ないけどあっちは現地調査して見たら最悪だった。グレッグから報告来たの?」

 グレッグはソフィーの会社【ソラージュ不動産】専属の調査員の1人。ステラの執事だったマシューの甥でサントス子爵家の四男。マシューの話ではグレッグは学生時代に放蕩が過ぎて卒業と共に家を追い出されたらしい。その後、広い交友関係と諜報能力を買われステラから様々な仕事を請け負っていたと言う。
 ソフィーが貸家をはじめたばかりの頃突然現れた押しかけ社員の1人。

「なあ、俺を雇えよ。アンタみたいな世間知らずには俺みたいなのが役に立つぜ」

「えーっと、お給料払えないから無理かもです」

 当時はまだ2軒目の貸家をリノベーション中で金銭的に余裕がなく調査員が必要とも思えなかった。

「当面は依頼があった時だけの契約でいい。本業は他にもあるから金には困ってないしな」

「じゃあ、何かあった時には連絡しますね」

「おう、いつでも颯爽とお嬢様の元に駆けつけるぜ」

 長身で鍛え上げられた体躯のグレッグはソフィーを見下ろしながらニヤリと笑った。

「マシューさんにありがとうって伝えて下さい」

「なんだ、思ったより頭の回転は悪くなさそうじゃん」


 そんなグレッグにソフィーはベルメス子爵と子爵令息について調査依頼していた。

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