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第七章 ただいま準備中

04.会心の一撃にご用心

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 ギルドの裏口から階段を登った先にあるのはレオンの部屋。ミリーがドアノブを睨みつけていると、1階から機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。

「⋯⋯って言われてさあ。ここで聞いた通り説明したら前よりいい金額で契約できたんだ」

「お役に立てて光栄です。今後とも商人ギルドをよろしくお願いしますね」

 お礼を言っていたのはミリーが初めてギルドに足を踏み入れた時に、不機嫌丸出しで対応した『虎』みたいなおばさん職員の声。

 1階から届く騒めきを例えて言うなら、景気のいい市場や商店街に似ている。不満を抱えた人達が醸し出すイライラした気配や苛立たしげな音ではなく、余裕を感じる落ち着いた空気やキビキビとした足音。

(同職ギルドとの関係が上手くいってるって熊が言ってたし、商人ギルドの活気も戻ってるみたい)

 ぼけっと耳を澄ませているミリーの目の前で、バンっと勢いよくドアが開いた。

「グハッ! い、いったーい」

 ドアの前に立っていたミリーが額を抑えてしゃがみ込んだ。

「うわっ! すまん、いつまで経っても入ってこねえからなんかあったのかと。まさかドアの前に突っ立ってるとは⋯⋯大丈夫か!?」

 しゃがみ込んでいるミリーの顔を覗き込み、真っ赤になった額を見たレオンが慌ててミリーを抱き上げ、部屋の中に飛び込んだ。

「シモン、直ぐに医者を呼んでこい! ミリーが⋯⋯ミリーの額が割れちまった。意識がないかもしれねえ。このままじゃ死んじまう」

「ええっ! 分かった。直ぐに行ってく⋯⋯」

「待って! お医者さんなんていらないから。割れてないし意識もあるし、まだ死なないし。とにかく無駄遣いしないで! 大丈夫だから、降ろして。降ろせぇぇ」

「「無駄遣いって」」

「でも、額だけじゃなくって顔まで赤くなってきてる。傷が残ったら大変じゃねえか。他にもお⋯⋯」

「だ~か~ら~、降ろしてって言ってるの! どうせ残念顔なんだから傷なんて気にする必要ないの! それよりも熊に捕獲された鮭になったみた⋯⋯」

「可愛い顔に傷ができたらダメに決まってんじゃねえか。それにな、生きた鮭はこんなに可愛くねえ。おわっ、あ、暴れるな!」

 動揺しすぎたのかレオンの本音がダダ漏れになっているのは言葉だけではなく、がっしりと抱え込んだ態度にも現れている。

「「「⋯⋯は?」」」

 驚いた3人に見つめられ益々ドツボにハマっていくレオンは、顔から首がミリーとお揃いになり⋯⋯。

「え? あっ! いや、チビすけが珍しく大人しいからその。ちっこいのも可愛⋯⋯顔中真っ赤だし、暴れるから落ちないようにぎゅっと⋯⋯いや、危険防止にだな」

 誤魔化しきれなかったよう。

「ロリコン! 変態! イリス、助けてえ。熊が、熊が変態に変身してるよお。熊締めの必殺技で窒息しちゃうよぉ。熊が生き締めしようとしてくるぅぅ」

 ミリーが顔中(今は首も追加で)真っ赤なのは、生まれて初めてのお姫様抱っこをされているから。実里の時も合わせて人生初の経験にパニックになっていた。

「レオン、まずはミリーをソファに降ろして。派手にドアがぶつかったから、額が赤くなっているだけかもしれないわ。
顔は⋯⋯レオンがステイ待て出来れば落ち着くんじゃないかって気がしてるわ。熊にステイが出来るのかは分からないけど、頑張ればいけるんじゃないかしら」

 この部屋の中で唯一冷静なイリスの指示で、レオンがソファに座った⋯⋯抱き込んだミリーを膝に乗せて。

「イリス、もしかしてなんだけど、レオンってミリーの事が好⋯⋯」

「さて、それは当人にしか分からない事だし、詮索するのは粋じゃないわ。どちらにせよ本人は無意識みたいだから放っておきましょう」

 熊の生態はよく知らないからと呟いた。

「うん、そだね。なんか⋯⋯いや、なんでもない。ミリー、ぶつけたのは額だけ?鼻とかは大丈夫?」

「鼻もおでこも大丈夫。違う部分が大丈夫じゃないけど。メンタルとか微かな希望とかがダメそう。熊、腕を退けてくれないと降りれないで~す」

「俺のせいだから⋯⋯赤いのが治るのを待つか医者を呼ぶか、好きな方を選べ」

 自分が開けたドアで小さな子供が怪我をしたのが大きなショックだったらしい。責任感が強すぎるのも考えものだと、ミリーは大きな溜め息を吐いた。

「取り敢えず熊をなんとかしてくれないかなあ。半分間違ってるけど、イリスの言葉なら通じそう」

 前半の『ミリーをソファに降ろす』は出来なかったが、後半の『ステイ』はできているとも言える。

(半分じゃなくて、4分の1成功にしとく。放せは『ドロップ』だっけ? 熊と犬は別の種だけど)

「わたくしの言葉よりミリーの方がいいと思う。試してごらんなさい」

「⋯⋯そうかなぁ。責任感じて落ち込んでる動物ってどう扱えば良いのか分かんないけど。く~ま~! よ~く聞いてね~。私の顔が赤いのはあ」

「赤いのは?」

「熊のお膝に座ってるのが恥ずかしいからで~す」

「⋯⋯へ? なんでこんなの普通に⋯⋯」

「あ~、そこからかあ。仲良し熊ファミリーの一員には分かんないかもだけど、お膝抱っこされたのって生まれて初めてなの。乳母のマーサは別だけど、彼女が側にいたのは3歳までだし。慣れてないの。熊ファミリーには普通でも、私の暮らしにそういうベタベタ~とか、ほのぼの~とかはかけらもないから、すっご~く恥ずかしいの」

「⋯⋯マジか。ちょっと想像ができねえ」

 三つ子の魂百までと言うが、幼い頃の習慣というのは気付かない時に現れるもの。ウザくて逃げ出したくなるほどベッタリで、甘々な家族に囲まれて育ったレオンにとって、ごく当たり前の行動パターン。

《 怪我をしたミリーが心配⇨大丈夫だ分かるまで近くで様子を見ていたい⇨膝に乗せる 》

「だからね、さっさと手を離しやがれぇぇぇ」

「んー、無理。いや、チビすけの話は理解した。んでも医者にも見せねえまんまでいて、傷が残ったら悔やみきれん。ぶつけたのは額でも時間が経ったら他にも痛いところが出てくるかもしれねえし。
ほら、額をぶつけたって事は鼻は確実にぶつけてる。今んとこ鼻血は出てねえが、暫くは様子を見ねえと」

「うわぁ! 言っちゃったぁ」

「はぁ、デリカシーのかけらもない言い方ねえ」

「⋯⋯じゃあ、も~っと近くで確認してくれるかなあ。熊が手を離してくれたら顔を近づけれるからね~」

 ニッコリと笑ったミリーがヨイショと言いながらレオンの膝の上で膝立ちになり、両手でレオンの顔を固定。叫び声と共にレオンの鼻に頭突きを喰らわした。

「デコより鼻が低くて悪いかぁぁ」

「グホッ!」



 幸いにも骨は折れていなかったが、豪快な鼻血を垂らしたレオンは神妙な顔で頭をさげている⋯⋯両方の鼻に詰め物をしたまま。

(おかしいなあ。大事な話をしようと思って、覚悟を決めてきたのに)

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