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第二章 ミッドランド侯爵家に産まれて
17.悩みは深く身を苛む
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(それよりも、なんとかしなきゃいけない事があるんだよなぁ)
粗食もボッチも慣れていた実里だからこそ『小銭を稼げてそこそこ順調満帆な暮らし』をしているミリーだったが、前々から頭を悩ましていた問題がより深刻化していた。
(畑の肥料が欲しい⋯⋯)
4歳の時から同じ畑でじゃがいもや人参などを育ててきたせいで土が痩せ、どんどん作物の出来が悪くなってきている。
(狭い畑だから三圃制 農業なんて無理だし、牛も飼えないから重量有輪犂 も不可能)
三圃制農業とは、土地を冬穀・夏穀・休耕地の3つに区分しローテーションしていく農法で、休耕地で家畜を育てる事で土地を肥えさせる。
重量有輪犂は牛に引っ張らせるための農具で、広範囲の農地を深く耕すことが出来る。
売り上げの全てを貯め続けているので、飼料を買うお金が全くないわけではないが、運び込むには問題がある。臭いという問題が。
異臭を嗅ぎつけられて畑の存在がバレてしまっては元も子もない。
(今では我慢できるようになってるけどさぁ、この世界って臭いじゃん。厩舎だってあるし、馬車に乗ってる時似たような物に遭遇する事もあるはずだし。
ならいけるんじゃねって思ったんだけど、無理だったんだよね~)
どうしても肥料が欲しい、とある日のミリーの暴挙。
『えーっとぉ、うん、ここならいけるっしょ』
ゴソゴソと皮袋から取り出した肥料をとある場所に放り込み、そっとその場を後にした。
この世界で使っている堆肥は牛糞で、肥料は鶏糞などの家畜の排泄物で出来ている。
『特に鶏糞は臭いんだよぉ。あっ、なんか手に臭いがついて⋯⋯くっ、くっさぁぁぁ!』
扉の陰で悶絶中のミリーの耳に怒鳴り声が聞こえてきた。
『くっせぇぇぇ!! 誰だこんな悪戯をした奴は! 出てきやがれ、ギッタギタに切り刻んでやる』
『りょ、料理長! ほ、ほ、包丁を振り回⋯⋯きゃあ!』
目を血走らせて包丁を振り回す料理長を、果敢にもメイドが捕まえようとして失敗。
ゴトン! パリーン⋯⋯
『⋯⋯きゃぁ! お、お、奥様のお気に入りの花瓶がぁぁ⋯⋯』
『何を騒いでい⋯⋯ぐえっ! な、なんなのこの臭い。早く、早くなんとかなさい』
あっという間に大惨事が勃発。
(教訓⋯⋯慣れない臭いには敏感。この時代の人達の嗅覚は異常だね~。嗅ぎ慣れた臭いの中から別の臭いを嗅ぎ分けるとは、人体の不思議これに極まれり!
混ざったら分かんないと思ったのに⋯⋯混ぜると危険、混ぜなくても危険。はぁ、これじゃ無理だな)
畑に撒けば風で臭いが広がるはず。屋敷に流れ込んだが最後、速攻で畑の存在を知られるのは確実だろう。
ミリーが肥料を放り込んだのはトイレ。所謂『ぼっとん便所』に人以外のブツを放り込んだだけだが、ここまで大騒ぎになるとは。
その後、徹底的な清掃が行われ、(短い間だったが)屋敷の中から嗅ぎ慣れたあの臭いが消えたのは言うまでもない。
(このまま経験を積んで、いずれは農民になるぞ~⋯⋯って思ってたのになぁ。経験不足の資金不足じゃ農民になれないじゃん。土地から離れられない農奴じゃ、今と変わんないし)
そしてふたつ目は⋯⋯これも前々から悩んではいたが、もう少し時間がある(あってくれ~)と思っていた将来への危機。
(『実里』の世界とは違って、このままだとお先真っ暗⋯⋯どうやって生きていけばいいのか)
この世界の貴族令嬢の将来への選択肢はほとんどないに等しい。
この世界では、親が家の為に利用できる結婚相手を見つけてくれる『政略結婚』が一番の勝ち組と言われている。
寄付金を出してもらって『女子修道院』に行くのが二番目の選択肢。寄付金の額によっては使用人も連れて行けて、娯楽や買い物もできて、かなり優雅に暮らせるから。
この場合の女子修道院での暮らしは人生を信仰に捧げる修道女達と違い、本人や家族の意向によりいつでも家に帰る事ができる。要は『行き遅れが家にいる』と言う醜聞を避けるためのもの。
完璧な礼儀作法を身につけた上に家名を利用できるなら、女主人の話し相手・客のもてなしの手助け・社交行事への同行などをする『レディズ・コンパニオン』への道が開けるが、これはかなり年齢を重ねたレディが殆どで、未婚か未亡人の上流階級出身ばかり。
女主人の寝室での世話・衣装選びや着付け・髪結いや旅行の準備と針仕事や帽子作りの技能があれば『レディーズ・メイド(侍女)』の道があるが、技能を学ぶチャンスがなさそうなので無理がある。
侍女をしていたと言う経歴は婚活や就活の役に立つため供給過多で、必要な親の伝手が望めない絶賛ネグレクト中の令嬢には可能性がない。
寝室の掃除やベッド・メイキングなどをする『メイド』なら可能性が期待できなくはないが、使用人の話ぶりからすると⋯⋯プライドの高そうなミッドランド侯爵達が許すとは思えない。
家庭教師から真面に学ぶ事が出来て、女子修道院で学ぶ事ができれば『ガヴァネス』への道が開けたが、これも供給過多なのでかなり狭き門であると同時に可能性はゼロ。
何よりも狭き門と言われているのは、特権階級でありながら有利な結婚のために王宮で働く『女官』だろう。仕事の内容はいわゆる秘書のような職務内容で、身の回りの世話などは行わない。勿論、一貴族令嬢として社交にも出席する。
(さて、困った⋯⋯どれもこれも可能性が低すぎて、ほぼ無理ゲーじゃん。いや~、あるにはある。ないかもだけどワンチャンあるかもしんない。やる⋯⋯やらない⋯⋯やる⋯⋯やらな⋯⋯やってやろうじゃん。女は度胸ってもんよ!)
粗食もボッチも慣れていた実里だからこそ『小銭を稼げてそこそこ順調満帆な暮らし』をしているミリーだったが、前々から頭を悩ましていた問題がより深刻化していた。
(畑の肥料が欲しい⋯⋯)
4歳の時から同じ畑でじゃがいもや人参などを育ててきたせいで土が痩せ、どんどん作物の出来が悪くなってきている。
(狭い畑だから三圃制 農業なんて無理だし、牛も飼えないから重量有輪犂 も不可能)
三圃制農業とは、土地を冬穀・夏穀・休耕地の3つに区分しローテーションしていく農法で、休耕地で家畜を育てる事で土地を肥えさせる。
重量有輪犂は牛に引っ張らせるための農具で、広範囲の農地を深く耕すことが出来る。
売り上げの全てを貯め続けているので、飼料を買うお金が全くないわけではないが、運び込むには問題がある。臭いという問題が。
異臭を嗅ぎつけられて畑の存在がバレてしまっては元も子もない。
(今では我慢できるようになってるけどさぁ、この世界って臭いじゃん。厩舎だってあるし、馬車に乗ってる時似たような物に遭遇する事もあるはずだし。
ならいけるんじゃねって思ったんだけど、無理だったんだよね~)
どうしても肥料が欲しい、とある日のミリーの暴挙。
『えーっとぉ、うん、ここならいけるっしょ』
ゴソゴソと皮袋から取り出した肥料をとある場所に放り込み、そっとその場を後にした。
この世界で使っている堆肥は牛糞で、肥料は鶏糞などの家畜の排泄物で出来ている。
『特に鶏糞は臭いんだよぉ。あっ、なんか手に臭いがついて⋯⋯くっ、くっさぁぁぁ!』
扉の陰で悶絶中のミリーの耳に怒鳴り声が聞こえてきた。
『くっせぇぇぇ!! 誰だこんな悪戯をした奴は! 出てきやがれ、ギッタギタに切り刻んでやる』
『りょ、料理長! ほ、ほ、包丁を振り回⋯⋯きゃあ!』
目を血走らせて包丁を振り回す料理長を、果敢にもメイドが捕まえようとして失敗。
ゴトン! パリーン⋯⋯
『⋯⋯きゃぁ! お、お、奥様のお気に入りの花瓶がぁぁ⋯⋯』
『何を騒いでい⋯⋯ぐえっ! な、なんなのこの臭い。早く、早くなんとかなさい』
あっという間に大惨事が勃発。
(教訓⋯⋯慣れない臭いには敏感。この時代の人達の嗅覚は異常だね~。嗅ぎ慣れた臭いの中から別の臭いを嗅ぎ分けるとは、人体の不思議これに極まれり!
混ざったら分かんないと思ったのに⋯⋯混ぜると危険、混ぜなくても危険。はぁ、これじゃ無理だな)
畑に撒けば風で臭いが広がるはず。屋敷に流れ込んだが最後、速攻で畑の存在を知られるのは確実だろう。
ミリーが肥料を放り込んだのはトイレ。所謂『ぼっとん便所』に人以外のブツを放り込んだだけだが、ここまで大騒ぎになるとは。
その後、徹底的な清掃が行われ、(短い間だったが)屋敷の中から嗅ぎ慣れたあの臭いが消えたのは言うまでもない。
(このまま経験を積んで、いずれは農民になるぞ~⋯⋯って思ってたのになぁ。経験不足の資金不足じゃ農民になれないじゃん。土地から離れられない農奴じゃ、今と変わんないし)
そしてふたつ目は⋯⋯これも前々から悩んではいたが、もう少し時間がある(あってくれ~)と思っていた将来への危機。
(『実里』の世界とは違って、このままだとお先真っ暗⋯⋯どうやって生きていけばいいのか)
この世界の貴族令嬢の将来への選択肢はほとんどないに等しい。
この世界では、親が家の為に利用できる結婚相手を見つけてくれる『政略結婚』が一番の勝ち組と言われている。
寄付金を出してもらって『女子修道院』に行くのが二番目の選択肢。寄付金の額によっては使用人も連れて行けて、娯楽や買い物もできて、かなり優雅に暮らせるから。
この場合の女子修道院での暮らしは人生を信仰に捧げる修道女達と違い、本人や家族の意向によりいつでも家に帰る事ができる。要は『行き遅れが家にいる』と言う醜聞を避けるためのもの。
完璧な礼儀作法を身につけた上に家名を利用できるなら、女主人の話し相手・客のもてなしの手助け・社交行事への同行などをする『レディズ・コンパニオン』への道が開けるが、これはかなり年齢を重ねたレディが殆どで、未婚か未亡人の上流階級出身ばかり。
女主人の寝室での世話・衣装選びや着付け・髪結いや旅行の準備と針仕事や帽子作りの技能があれば『レディーズ・メイド(侍女)』の道があるが、技能を学ぶチャンスがなさそうなので無理がある。
侍女をしていたと言う経歴は婚活や就活の役に立つため供給過多で、必要な親の伝手が望めない絶賛ネグレクト中の令嬢には可能性がない。
寝室の掃除やベッド・メイキングなどをする『メイド』なら可能性が期待できなくはないが、使用人の話ぶりからすると⋯⋯プライドの高そうなミッドランド侯爵達が許すとは思えない。
家庭教師から真面に学ぶ事が出来て、女子修道院で学ぶ事ができれば『ガヴァネス』への道が開けたが、これも供給過多なのでかなり狭き門であると同時に可能性はゼロ。
何よりも狭き門と言われているのは、特権階級でありながら有利な結婚のために王宮で働く『女官』だろう。仕事の内容はいわゆる秘書のような職務内容で、身の回りの世話などは行わない。勿論、一貴族令嬢として社交にも出席する。
(さて、困った⋯⋯どれもこれも可能性が低すぎて、ほぼ無理ゲーじゃん。いや~、あるにはある。ないかもだけどワンチャンあるかもしんない。やる⋯⋯やらない⋯⋯やる⋯⋯やらな⋯⋯やってやろうじゃん。女は度胸ってもんよ!)
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