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34. 走馬看花とも言う

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「どうやらサルーン嬢は参戦する事に決められたようですよ」

 昼休憩の邂逅から3日後、ビクトールの隣には嫋やかな笑みを浮かべたキャサリンがいた。今までの恋人のように腕にぶら下がってはおらず、ビクトールの左手に手を添えて静々と歩いている。

「普段ビクトールが選ぶタイプとは違うのに⋯⋯頑張ったのねぇ。しかもたった3日で目的地に辿り着いたなんて、その頭脳を別の方向に使えば王宮の女官なんて楽勝だったでしょうに。勿体無いわ」

 シエナがレースから抜けた代わりにキャサリンが現れたのだから喜んでいいはずなのにライラは浮かない顔をしていた。

「気に入りませんか?」

「理由は分かってるくせに。ノアは時々ひどく意地悪になるわ」



 キャサリンは先日の仕返しにビクトールを落としてライラに悔しいと言わせようとしているのは分かっている。

「婚約破棄が近づくより、その努力の矛先を健全な方に向けてくれた方が嬉しかったわ」

 キャサリンの台頭はライラが婚約破棄を後回しにしようかと考えはじめた矢先のことだったので益々気が重い。

「さっさと告発しておけばサルーン嬢の人生を歪ませずに済んだのかしら?」

「お嬢様が誘導したわけでも出会いを画策したわけでもありませんから、気になさる必要はかけらもないと思います。
落ちる人はいつか落ちるし、落ちない人は自力で踏みとどまるものです」

「どうしよう、ノアが真面な事を言ってるわ!!」

 ノアの頑張りでライラの空元気にほんの少し笑顔が混じりはじめたが、ライラを見つけたキャサリンがビクトールの耳元で何かを囁いた事で束の間の平和が破られた。


「ライラ! ライラ・プリンストン、貴様って奴は!!」

「はぁ」

 思わずガックリと肩を落としたライラが漏らしたため息をビクトールが目敏く見つけて怒鳴り声を上げた。

「た、ため息だと。貴様、俺様をバカにしてるのか!?」

「お久しぶりでございます」

 馬鹿をバカにするのは時間の無駄だと思いつつ優雅なカーテシーを見せたライラはキャサリンに向けてにっこりと微笑んだ。

「サルーン嬢も、ごきげんよう」


「貴様、態々一年の教室まで行ってキャサリン達を虐めてるそうだな⋯⋯そんな奴が生徒会なんかにいるなんてこの学園の恥だ、さっさと辞めてしまえ!!」

「生徒会役員は成績などを考慮して教師からの推薦で決まりますの。納得のいかない方は職員室か学園長室へ行かれるのが宜しいかと」

「去年退学した生徒のように貴様も退学すればいいんだ。下級生を虐める奴など退校処分が似合いだからな」

「では証拠を揃えた上で処分申請なさいませ。わたくしが本当に下級生のクラスに赴き虐めのような愚かな行為を行っていると証明できるのであれば、直ぐにでも退学にできるかもしれませんわ」

「ビクトール様、もう参りましょう。このような横暴な方に関わりを持つと不安が増すばかりですわ」

「ああ、もう一度言うがキャサリンやその友人を虐めるのは許さん。次にやったら即婚約破棄してやる。覚えておけ!」

「はい、しっかりと覚えておきます。では、ごきげんよう」


「相変わらず感じの悪い態度ですねえ」

「婚約破棄なんてされたら評判の悪いプリンストンを貰ってくれる家なんてないでしょうにねえ」

「あんな態度では修道院からも断られたりして」


 散々な悪口とゲラゲラ笑う品のない声を背にライラは正門に向かった。



「今回はパターンが違いますね」

「キャサリンは残念な子だけど頭が良いのよ。歴代の恋人達は色気を振りまいたり可愛く甘えたりしてたでしょう? ビクトールはそのパターンには食傷気味の可能性があるし、シエナ様のような女神系の雰囲気を醸すのも今はNGだって分かってるんじゃないかしら。
だから今回は高位貴族の横に並んでパーティーに出席しても遜色がなくてお歴々の方々が納得されるような楚々として控えめなご令嬢バージョンを狙ってるんだと思うわ。
そのパターンならビクトールに一番足りない品位を追加出来るでしょう?」

「ああ、確かに。今までの恋人達は大概顰蹙を買ってましたね」

「そう。これからは侯爵家嫡男として王侯貴族の集うパーティーにも出るからそれに見合った令嬢を横に置けば格が上がると思わせてるんだと思うわ」

「上手くいきますか?」

「さっきの様子からすると、少なくともビクトールを騙し切るくらいの時間は稼げそう。書類は常に身につけておいてね」

「勿論です。内ポケットに一通と予備が鞄にもあります」

「用意周到なのね、私も持ち歩こうかしら」



 それから9日後、紋章院に張っていた調査員から早馬が届いた。

「やっぱり⋯⋯それで、受付は済んだのかしら」

「はい、特に問題はないと言う事でそのまま受理されました」

「では、既に紋章保持者の変更は終わってるのね。書類を持参したのが誰か調べた?」

「はい、モグリの弁護士ベン・モートンでした。そのまま跡をつけておりますので依頼人が誰かは直ぐ知らせが来るはずです」

「弁護士ねえ⋯⋯彼女、私が思っていたより頭が悪いのか欲を掻いたのか」


 真面な人ならビクトールに関わらせたくないと今でも思っていたライラは残念な気持ちを通り越して腹が立ってきた。

「ジェラルド・ウェイン・ビクトール・サルーン⋯⋯本当にどうしてこんなに自分勝手な人が多いのかしら!! 破滅願望でもあるの!?
きっとサルーン嬢もビクトールも最後は悪いのは自分じゃないとか言うんだわ!」



 ビクトールは大した罪の意識もなく紋章印を押した紙のことを話したか見せびらかしたかしていたのだろうが、それの有効活用法を耳打ちすればビクトールの信頼を得るのは簡単だっただろう。

 ビクトールは『いずれ自分のものになる予定だから大した罪ではない』位に思っているのかもしれないが、彼が行った爵位の簒奪は極刑になるほどの大罪で唆した者や賛同した者も罪になる。

「ビクトールの周りにはそれほど知恵の回る人はいなかったから、多分黒幕はサルーン嬢だと思うわ。
たった3日でビクトールの隣まで行き着いたのはすごいなって思ってたけど、それだけで良しとしておけばよかったのに⋯⋯。
どれほどの罪か考えもせずにビクトールのご機嫌を取ったか知恵をひけらかしたのね。
道聴塗説 どうちょうとせつは怖いって教えてあげたかったわ」

 道聴塗説とは知識などの理解がいい加減で、しっかり自分のものになっていないことを言う。

「中途半端な知恵は破滅をもたらすなんて常識ですから、サルーン嬢の自業自得ですよ」




「明日、決着をつけるからデレクを呼んでくれる? 今夜のうちに彼に頼んでおきましょう」

 頭に血が上ったライラが開戦宣言をした。

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