39 / 48
39.アリシアは演技派
しおりを挟む
「親が縁談を決めてしまったら子供はそれに従うしか。それが貴族のしきたりですもの」
諦めきって肩を落としたエリーを見ながらアリシアは溜息を漏らした。
「エリーはもっと気概のある娘だと思ってたのに、簡単に諦めてしまうなんてとても残念ね。子爵令息は元々ミリーとの婚約を望んでいたの。でもミリーは高位貴族としか結婚したくないからって、エリーの振りをして恋人だった子爵令息に会ってあなたとの婚約を決めさせたそうよ」
「そんなの詐欺だわ」
「ミリーやサイラスがどんな人間かわかっているでしょう? 諦めるならこの先も覚悟しなくてはね」
教え諭すように話すアリシアにマイラが首を横に振った。
「嫌、やっぱり・・嫌です。何か、何か方法を考えます。レバントの宿を出る時もう二度とあの人達に振り回されないって決めたんです」
「ではどうするの?」
「子爵様には・・私は一度もお会いした事はないとお手紙を書いてその後平民になって働きます」
「皇太子様の事は?」
「平民になる事をお手紙に書いて指輪をお送りします。今でさえ力不足な私ですから平民になってしまったらもうお会いできません。いつか帝国に行って少しでもお役に立てるように頑張ります」
「ねえお母様、もういいでしょう?」
いつまでもエリーを追い詰めるアリシアの態度に我慢しきれなくなったマイラが口を挟んだ。
「大切な事ですからね。人の助けを待つだけの人なら途中で逃げ出してしまうでしょう。エリーの覚悟を知らなくてはいけなかったのだからそんなに怒らないでちょうだい」
話の意味がわからないエリーはハンカチで涙を拭きながら俯いていた。
「エリー、あなたの親権は私が持っているの」
弾かれたように顔を上げたポカンと口を開けたエリーの前ではさっきまで厳しい顔をしていたアリシアが一転していつもの優しい顔をしていた。
「?」
「2年前に正式に手続きを済ませたのだけどサイラス達はすっかり忘れて婚約の話を進めてしまったの」
茶目っ気たっぷりにウインクしたアリシアを見ながらマイラは態とらしく大きな溜息をついた。
「つまりね、お馬鹿サイラスが決めた婚約は無効って事」
エリーはポカンと口を開けマイラを見つめた。
「お母様が先手を打っておいたのだけど、たった2年で忘れるなんて呆れて物が言えなかったわ」
エリーがアリシアを見るとにっこり笑って頷いた。
「だったら私はもうお父様やお母様の言う事聞かなくてもよくてお兄様やミリーに振り回されなくていいんですね?」
「そういう事ね」
頷き笑う2人を前にエリーは一度止まっていた涙がまた流れはじめた。
「あら、泣くのはまだ早くてよ。もう一つ報告があるの。クラティア王国の事は知ってるかしら?」
「はい、確か帝国の東に位置する国で同盟国の一つです。帝国とは貿易が盛んで質の良い毛織物と絹の生産が盛んな国です」
「よくお勉強しているようね。その国のリズバード公爵夫人とわたくしは昔からの知り合いで、この度エリーを養女として迎えていただく事になったの」
「?」
エリーはキョトンと首を傾げた。リズバード公爵はクラティア前国王の年の離れた弟で外務大臣として長年政務に携わっている。アリシアは絹織物の貿易を拡大しようとしていたリズバード公爵と知り合い、その後夫人と友好を深めていた。
「他にも何人か候補はいらしたのだけど、帝国との関係を考えるとリズバード公爵家が一番なんじゃないかと思ったの。それに公爵様と夫人は恋愛結婚でとても仲睦まじくていらっしゃるし」
切れ者として有名な公爵とおっとりした夫人の間には三男一女の子供がおり、近々嫡男に家督を譲り引退後は政務も離れ楽隠居する予定だと豪語しているが、まだ年若い国王から引き止められているので隠居生活は当分先になるのではないかと噂されている。
「エリーが勉強をはじめてからお母様はあちこち調べ回っておられたのよ。エリーに必要な身分を準備しなくちゃって」
オーモンド公爵やモブレー公爵と同等かそれ以上の力を持つ王侯貴族で、帝国と友好関係にありベルトラム侯爵家とその派閥に迎合する意見を持っていないか批判的な考えを持っている事が条件。人探しは困難を極めアリシアの広い人脈を持ってしても2年以上の月日を要した。
随分長い間殆どアリシアと会えなかった理由を知ったエリーはアリシアに飛びついた。
「お祖母様ありがとう。なんて言って感謝の気持ちを伝えたらいいのか」
「途中でほんの少しでも成績が落ちたり泣き言を言ったら放っておくつもりでした。でも本当に良く頑張っていたからわたくしも少しお手伝いしたくなったのよ」
アリシアが各国の情報と有力貴族の内情や思想を調べて飛び回っている間、マイラは帝国の妃教育に必要な情報と資料を集め家庭教師として最適な人材を探し回った。
そのお陰でエリーは以前帝国で妃候補の家庭教師を務めた教師から最低ラインはクリアしたと言うお墨付きを貰っている。
「さて、準備が整ったところで皇太子殿下を含め勝手放題していた人達に反撃しましょう」
諦めきって肩を落としたエリーを見ながらアリシアは溜息を漏らした。
「エリーはもっと気概のある娘だと思ってたのに、簡単に諦めてしまうなんてとても残念ね。子爵令息は元々ミリーとの婚約を望んでいたの。でもミリーは高位貴族としか結婚したくないからって、エリーの振りをして恋人だった子爵令息に会ってあなたとの婚約を決めさせたそうよ」
「そんなの詐欺だわ」
「ミリーやサイラスがどんな人間かわかっているでしょう? 諦めるならこの先も覚悟しなくてはね」
教え諭すように話すアリシアにマイラが首を横に振った。
「嫌、やっぱり・・嫌です。何か、何か方法を考えます。レバントの宿を出る時もう二度とあの人達に振り回されないって決めたんです」
「ではどうするの?」
「子爵様には・・私は一度もお会いした事はないとお手紙を書いてその後平民になって働きます」
「皇太子様の事は?」
「平民になる事をお手紙に書いて指輪をお送りします。今でさえ力不足な私ですから平民になってしまったらもうお会いできません。いつか帝国に行って少しでもお役に立てるように頑張ります」
「ねえお母様、もういいでしょう?」
いつまでもエリーを追い詰めるアリシアの態度に我慢しきれなくなったマイラが口を挟んだ。
「大切な事ですからね。人の助けを待つだけの人なら途中で逃げ出してしまうでしょう。エリーの覚悟を知らなくてはいけなかったのだからそんなに怒らないでちょうだい」
話の意味がわからないエリーはハンカチで涙を拭きながら俯いていた。
「エリー、あなたの親権は私が持っているの」
弾かれたように顔を上げたポカンと口を開けたエリーの前ではさっきまで厳しい顔をしていたアリシアが一転していつもの優しい顔をしていた。
「?」
「2年前に正式に手続きを済ませたのだけどサイラス達はすっかり忘れて婚約の話を進めてしまったの」
茶目っ気たっぷりにウインクしたアリシアを見ながらマイラは態とらしく大きな溜息をついた。
「つまりね、お馬鹿サイラスが決めた婚約は無効って事」
エリーはポカンと口を開けマイラを見つめた。
「お母様が先手を打っておいたのだけど、たった2年で忘れるなんて呆れて物が言えなかったわ」
エリーがアリシアを見るとにっこり笑って頷いた。
「だったら私はもうお父様やお母様の言う事聞かなくてもよくてお兄様やミリーに振り回されなくていいんですね?」
「そういう事ね」
頷き笑う2人を前にエリーは一度止まっていた涙がまた流れはじめた。
「あら、泣くのはまだ早くてよ。もう一つ報告があるの。クラティア王国の事は知ってるかしら?」
「はい、確か帝国の東に位置する国で同盟国の一つです。帝国とは貿易が盛んで質の良い毛織物と絹の生産が盛んな国です」
「よくお勉強しているようね。その国のリズバード公爵夫人とわたくしは昔からの知り合いで、この度エリーを養女として迎えていただく事になったの」
「?」
エリーはキョトンと首を傾げた。リズバード公爵はクラティア前国王の年の離れた弟で外務大臣として長年政務に携わっている。アリシアは絹織物の貿易を拡大しようとしていたリズバード公爵と知り合い、その後夫人と友好を深めていた。
「他にも何人か候補はいらしたのだけど、帝国との関係を考えるとリズバード公爵家が一番なんじゃないかと思ったの。それに公爵様と夫人は恋愛結婚でとても仲睦まじくていらっしゃるし」
切れ者として有名な公爵とおっとりした夫人の間には三男一女の子供がおり、近々嫡男に家督を譲り引退後は政務も離れ楽隠居する予定だと豪語しているが、まだ年若い国王から引き止められているので隠居生活は当分先になるのではないかと噂されている。
「エリーが勉強をはじめてからお母様はあちこち調べ回っておられたのよ。エリーに必要な身分を準備しなくちゃって」
オーモンド公爵やモブレー公爵と同等かそれ以上の力を持つ王侯貴族で、帝国と友好関係にありベルトラム侯爵家とその派閥に迎合する意見を持っていないか批判的な考えを持っている事が条件。人探しは困難を極めアリシアの広い人脈を持ってしても2年以上の月日を要した。
随分長い間殆どアリシアと会えなかった理由を知ったエリーはアリシアに飛びついた。
「お祖母様ありがとう。なんて言って感謝の気持ちを伝えたらいいのか」
「途中でほんの少しでも成績が落ちたり泣き言を言ったら放っておくつもりでした。でも本当に良く頑張っていたからわたくしも少しお手伝いしたくなったのよ」
アリシアが各国の情報と有力貴族の内情や思想を調べて飛び回っている間、マイラは帝国の妃教育に必要な情報と資料を集め家庭教師として最適な人材を探し回った。
そのお陰でエリーは以前帝国で妃候補の家庭教師を務めた教師から最低ラインはクリアしたと言うお墨付きを貰っている。
「さて、準備が整ったところで皇太子殿下を含め勝手放題していた人達に反撃しましょう」
91
あなたにおすすめの小説
「お姉さまみたいな地味な人を愛する殿方なんてこの世にいなくってよ!」それが妹の口癖でした、が……
四季
恋愛
「お姉さまみたいな地味な人を愛する殿方なんてこの世にいなくってよ!」
それが妹の口癖でした。
妹は謝らない
青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。
手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。
気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。
「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。
わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。
「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう?
小説家になろうにも投稿しています。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました
つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。
けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。
会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!
パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。
妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?
百谷シカ
恋愛
「すまない、シビル。お前が目覚めるとは思わなかったんだ」
あのあと私は、一命を取り留めてから3週間寝ていたらしいのよ。
で、起きたらびっくり。妹のマーシアが私の婚約者と結婚してたの。
そんな話ある?
「我がフォレット家はもう結婚しかないんだ。わかってくれ、シビル」
たしかにうちは没落間近の田舎貴族よ。
あなたもウェイン伯爵令嬢だって打ち明けたら微妙な顔したわよね?
でも、だからって、国のために頑張った私を死んだ事にして結婚する?
「君の妹と、君の婚約者がね」
「そう。薄情でしょう?」
「ああ、由々しき事態だ。私になにをしてほしい?」
「ソーンダイク伯領を落として欲しいの」
イヴォン伯爵令息モーリス・ヨーク。
あのとき私が助けてあげたその命、ぜひ私のために燃やしてちょうだい。
====================
(他「エブリスタ」様に投稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる