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第2話 ここは天国だった
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心臓が、張り裂けそうなほどに脈打っている。いや、実際には無機質なスチールと合板でできた僕に、心臓なんて器官はない。鼓動の音など、1回だって鳴りゃしないんだ。それでも、僕には確かに感じるのだ。ドクドクと、脳の奥まで突き上げてくるような、熱く高い鼓動が。朝日の差し込む教室に現れた雨野 雫は、まさに地上に降りた女神そのものだった。僕は彼女の所作に、いつも目を奪われていた。そして、今日もだ。ここで1つ、記憶を訂正しなきゃいけない。かつて、この教室に1番最初に足を踏み入れていたのは僕だった。僕は誰よりも早く登校し、彼女の席とは正反対の、廊下側最後尾の席に座って漫画を読んでいた。僕は教室のオブジェだった。クラスの誰も、僕がいつ来て、いつ帰るのかなんて気に留めない。
そして今、僕は文字通り本当のオブジェになったわけだけど……。
生前の僕は、彼女が来ると、漫画を読む手を止めてずっと彼女を見ていた。視線が合わないように、呼吸を殺して、盗み見るように。けれど今は違う。隠れる必要も、後ろめたさを感じる必要もない。こうして顔を向けて、堂々と彼女を見ていられる。そんな自分を、少し悲しいようで、それでいて最高に幸せだと思う、複雑な感情が渦巻いていた。
彼女は迷うことなく、僕の方へ歩いてくる。当然だ。ここは彼女の席なのだから。距離が縮まる。5メートル、3メートル、1メートル。僕の心臓らしきものは、もう限界だった。しかし、そんなパニック寸前の状況でも、僕はどこか冷静に自分を分析していた。(僕は椅子だ。椅子に感覚神経なんて存在しないはずだ)だとしたら、これから起こる奇跡はどうなる?彼女のあの……キュートなお尻が、僕の顔とも言える座面に乗った時。僕は彼女の柔らかい肌の感触を、温もりを感じることができるのだろうか。僕の不安と期待は、どんどんおかしな方向へと加速していく。
彼女が、机にカバンを置いた。そして、彼女の手が伸びてくる。細く、しなやかな指先が、僕の背もたれを掴んだ。
(――っ!)
もし僕が人間だったら、顔が真っ赤に茹で上がっていただろう。 実際には無機質な椅子のままで、何1つ色は変わらない。けれど、背もたれを通じて伝わってくる、彼女の掌の柔らかさと、確かな体温が僕の興奮を最高潮に達せさせる。 そして、次の瞬間、ついに彼女の重みが僕の全てに預けられる。
ふわりと、まるで絹のクッションが優しく沈み込むような、それでいて、柔らかい果実が僕の上にそっと乗ったかのような、甘美な重みが僕の顔、いや座面へと伝わった。
(ああ……っ!)
僕は叫んだ。声なき叫びが、僕の内部で弾けた。硬いはずの座面が、彼女の曲線に合わせて柔らかく変形するような錯覚。制服の薄い生地一枚隔てただけの、夢にまで見た彼女のキュートなお尻の感触が、僕の全存在を覆い尽くしたのだ。温かい、柔らかい。そして、驚くほどに吸い付くような密着感。僕の意識は、その幸福感の波に溺れてしまう。僕はいつまでも、この至高の感触を堪能していたかった。けれど、僕はすぐに新たな、そして抗いがたい魅惑の誘惑に襲われることになる。
お尻の感触に全神経を集中させるあまり、僕はもう1つの大事な特権を見落としていたのだ。
(……なんだ、この景色は)
目の前に広がるのは、眩いばかりの光を放つ、彼女の白い柔肌。僕の意識となる目は、椅子のパーツであればどこへでも移動できる。僕は視点を座面の下、脚の部分へと滑らせた。そこには、きゅっと引き締まった芸術品のように細い足首から、滑らかなカーブを描いて伸びる、白磁のようなふくらはぎがあった。朝の光を弾くその肌は、透き通るほどにきめ細やかで、一滴の淀みもない。彼女のスカートは少し短めで、座ったことでわずかに持ち上がっている。その裾からは、ふっくらとした、けれど凛とした強さを秘めた太ももが、その秘められた領域を少しだけ覗かせていた。
(すごい……。以前の僕なら、こんな絶景、遠くから目を細めて見るのが精一杯だったのに)
だが、今の僕は違う。
触れようと思えば届く距離。彼女が足を組み替えれば、その柔らかな肌が僕の脚(パイプ)に触れるかもしれないほどの至近距離で、彼女の美しさの全てを独占している。毛穴一つ見当たらない、桃の肌のような愛おしい、奇跡の質感。もし、今の僕に鼻があったなら、一瞬で鼻血が吹き出していただろう。ここはもう、学び舎の教室なんかじゃない。僕にとっては、神様が用意してくれた最高の天国だったんだ。
……けれど。この甘美な痺れに満ちた僕と彼女だけの天国は、あまりにもあっけなく終わりを告げることになる。
そして今、僕は文字通り本当のオブジェになったわけだけど……。
生前の僕は、彼女が来ると、漫画を読む手を止めてずっと彼女を見ていた。視線が合わないように、呼吸を殺して、盗み見るように。けれど今は違う。隠れる必要も、後ろめたさを感じる必要もない。こうして顔を向けて、堂々と彼女を見ていられる。そんな自分を、少し悲しいようで、それでいて最高に幸せだと思う、複雑な感情が渦巻いていた。
彼女は迷うことなく、僕の方へ歩いてくる。当然だ。ここは彼女の席なのだから。距離が縮まる。5メートル、3メートル、1メートル。僕の心臓らしきものは、もう限界だった。しかし、そんなパニック寸前の状況でも、僕はどこか冷静に自分を分析していた。(僕は椅子だ。椅子に感覚神経なんて存在しないはずだ)だとしたら、これから起こる奇跡はどうなる?彼女のあの……キュートなお尻が、僕の顔とも言える座面に乗った時。僕は彼女の柔らかい肌の感触を、温もりを感じることができるのだろうか。僕の不安と期待は、どんどんおかしな方向へと加速していく。
彼女が、机にカバンを置いた。そして、彼女の手が伸びてくる。細く、しなやかな指先が、僕の背もたれを掴んだ。
(――っ!)
もし僕が人間だったら、顔が真っ赤に茹で上がっていただろう。 実際には無機質な椅子のままで、何1つ色は変わらない。けれど、背もたれを通じて伝わってくる、彼女の掌の柔らかさと、確かな体温が僕の興奮を最高潮に達せさせる。 そして、次の瞬間、ついに彼女の重みが僕の全てに預けられる。
ふわりと、まるで絹のクッションが優しく沈み込むような、それでいて、柔らかい果実が僕の上にそっと乗ったかのような、甘美な重みが僕の顔、いや座面へと伝わった。
(ああ……っ!)
僕は叫んだ。声なき叫びが、僕の内部で弾けた。硬いはずの座面が、彼女の曲線に合わせて柔らかく変形するような錯覚。制服の薄い生地一枚隔てただけの、夢にまで見た彼女のキュートなお尻の感触が、僕の全存在を覆い尽くしたのだ。温かい、柔らかい。そして、驚くほどに吸い付くような密着感。僕の意識は、その幸福感の波に溺れてしまう。僕はいつまでも、この至高の感触を堪能していたかった。けれど、僕はすぐに新たな、そして抗いがたい魅惑の誘惑に襲われることになる。
お尻の感触に全神経を集中させるあまり、僕はもう1つの大事な特権を見落としていたのだ。
(……なんだ、この景色は)
目の前に広がるのは、眩いばかりの光を放つ、彼女の白い柔肌。僕の意識となる目は、椅子のパーツであればどこへでも移動できる。僕は視点を座面の下、脚の部分へと滑らせた。そこには、きゅっと引き締まった芸術品のように細い足首から、滑らかなカーブを描いて伸びる、白磁のようなふくらはぎがあった。朝の光を弾くその肌は、透き通るほどにきめ細やかで、一滴の淀みもない。彼女のスカートは少し短めで、座ったことでわずかに持ち上がっている。その裾からは、ふっくらとした、けれど凛とした強さを秘めた太ももが、その秘められた領域を少しだけ覗かせていた。
(すごい……。以前の僕なら、こんな絶景、遠くから目を細めて見るのが精一杯だったのに)
だが、今の僕は違う。
触れようと思えば届く距離。彼女が足を組み替えれば、その柔らかな肌が僕の脚(パイプ)に触れるかもしれないほどの至近距離で、彼女の美しさの全てを独占している。毛穴一つ見当たらない、桃の肌のような愛おしい、奇跡の質感。もし、今の僕に鼻があったなら、一瞬で鼻血が吹き出していただろう。ここはもう、学び舎の教室なんかじゃない。僕にとっては、神様が用意してくれた最高の天国だったんだ。
……けれど。この甘美な痺れに満ちた僕と彼女だけの天国は、あまりにもあっけなく終わりを告げることになる。
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