転生したら椅子だった

ninjin

文字の大きさ
2 / 9

第2話 ここは天国だった

しおりを挟む
 心臓が、張り裂けそうなほどに脈打っている。いや、実際には無機質なスチールと合板でできた僕に、心臓なんて器官はない。鼓動の音など、1回だって鳴りゃしないんだ。それでも、僕には確かに感じるのだ。ドクドクと、脳の奥まで突き上げてくるような、熱く高い鼓動が。朝日の差し込む教室に現れた雨野 雫は、まさに地上に降りた女神そのものだった。僕は彼女の所作に、いつも目を奪われていた。そして、今日もだ。ここで1つ、記憶を訂正しなきゃいけない。かつて、この教室に1番最初に足を踏み入れていたのは僕だった。僕は誰よりも早く登校し、彼女の席とは正反対の、廊下側最後尾の席に座って漫画を読んでいた。僕は教室のオブジェだった。クラスの誰も、僕がいつ来て、いつ帰るのかなんて気に留めない。

 そして今、僕は文字通り本当のオブジェになったわけだけど……。

 生前の僕は、彼女が来ると、漫画を読む手を止めてずっと彼女を見ていた。視線が合わないように、呼吸を殺して、盗み見るように。けれど今は違う。隠れる必要も、後ろめたさを感じる必要もない。こうして顔を向けて、堂々と彼女を見ていられる。そんな自分を、少し悲しいようで、それでいて最高に幸せだと思う、複雑な感情が渦巻いていた。

 彼女は迷うことなく、僕の方へ歩いてくる。当然だ。ここは彼女の席なのだから。距離が縮まる。5メートル、3メートル、1メートル。僕の心臓らしきものは、もう限界だった。しかし、そんなパニック寸前の状況でも、僕はどこか冷静に自分を分析していた。(僕は椅子だ。椅子に感覚神経なんて存在しないはずだ)だとしたら、これから起こる奇跡はどうなる?彼女のあの……キュートなお尻が、僕の顔とも言える座面に乗った時。僕は彼女の柔らかい肌の感触を、温もりを感じることができるのだろうか。僕の不安と期待は、どんどんおかしな方向へと加速していく。

 彼女が、机にカバンを置いた。そして、彼女の手が伸びてくる。細く、しなやかな指先が、僕の背もたれを掴んだ。

 (――っ!)

 もし僕が人間だったら、顔が真っ赤に茹で上がっていただろう。 実際には無機質な椅子のままで、何1つ色は変わらない。けれど、背もたれを通じて伝わってくる、彼女の掌の柔らかさと、確かな体温が僕の興奮を最高潮に達せさせる。 そして、次の瞬間、ついに彼女の重みが僕の全てに預けられる。

 ふわりと、まるで絹のクッションが優しく沈み込むような、それでいて、柔らかい果実が僕の上にそっと乗ったかのような、甘美な重みが僕の顔、いや座面へと伝わった。

 (ああ……っ!)

 僕は叫んだ。声なき叫びが、僕の内部で弾けた。硬いはずの座面が、彼女の曲線に合わせて柔らかく変形するような錯覚。制服の薄い生地一枚隔てただけの、夢にまで見た彼女のキュートなお尻の感触が、僕の全存在を覆い尽くしたのだ。温かい、柔らかい。そして、驚くほどに吸い付くような密着感。僕の意識は、その幸福感の波に溺れてしまう。僕はいつまでも、この至高の感触を堪能していたかった。けれど、僕はすぐに新たな、そして抗いがたい魅惑の誘惑に襲われることになる。

 お尻の感触に全神経を集中させるあまり、僕はもう1つの大事な特権を見落としていたのだ。

(……なんだ、この景色は)

 目の前に広がるのは、眩いばかりの光を放つ、彼女の白い柔肌。僕の意識となる目は、椅子のパーツであればどこへでも移動できる。僕は視点を座面の下、脚の部分へと滑らせた。そこには、きゅっと引き締まった芸術品のように細い足首から、滑らかなカーブを描いて伸びる、白磁のようなふくらはぎがあった。朝の光を弾くその肌は、透き通るほどにきめ細やかで、一滴の淀みもない。彼女のスカートは少し短めで、座ったことでわずかに持ち上がっている。その裾からは、ふっくらとした、けれど凛とした強さを秘めた太ももが、その秘められた領域を少しだけ覗かせていた。

(すごい……。以前の僕なら、こんな絶景、遠くから目を細めて見るのが精一杯だったのに)

 だが、今の僕は違う。

 触れようと思えば届く距離。彼女が足を組み替えれば、その柔らかな肌が僕の脚(パイプ)に触れるかもしれないほどの至近距離で、彼女の美しさの全てを独占している。毛穴一つ見当たらない、桃の肌のような愛おしい、奇跡の質感。もし、今の僕に鼻があったなら、一瞬で鼻血が吹き出していただろう。ここはもう、学び舎の教室なんかじゃない。僕にとっては、神様が用意してくれた最高の天国だったんだ。

 ……けれど。この甘美な痺れに満ちた僕と彼女だけの天国は、あまりにもあっけなく終わりを告げることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

処理中です...