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第5話 終わりの始まり
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その日の放課後。
終礼のチャイムが鳴り響くと同時に僕は逃げるように1人で教室を後にした。漫画を鞄に押し込み、誰とも目を合わせず、ただ静かな家へと帰るはずだった。 運命が牙を剥いたのは、校舎を一歩出た、その瞬間だった。
(……え?)
目の前に、突如として巨大な壁がそびえ立った。思わず足が止まる。見上げると、そこにあったのはコンクリートの壁などではない。185センチ、130キロを超える凄まじい肉の塊。高校1年生とは到底思えない異様な威圧感を放つ、猪瀬 剛だった。心臓が嫌な跳ね方をする。僕は彼のことを知っている。同じ中学校の出身だ。もちろん、空気のような存在だった僕のことなんて、向こうは認識すらしていないだろう。僕は本能的に危険を察知し、視線を地面に落とした。呼吸を止めて彼の脇をすり抜けようとした。
しかし、巨躯の影は僕を逃がしてはくれなかった。
「おい、白井。ちょっと話があるからついて来い」
背後から響いたのは、少し高めの、けれど神経を逆撫でするような鹿島の声だった。振り返る勇気さえない。鹿島もまた、同じ中学の出身だ。接点なんて一度もなかったはずなのに、今、その鋭い声の刃は明確に僕を捉えていた。
(逃げなきゃ……でも、足が……)
頭では分かっていても、膝が笑い、足の裏が地面に張り付いたように動かない。肺が酸素を拒絶し、血の気が引いていくのが自分でもわかる。鹿島と猪瀬がゆっくりと歩き出すが、僕はただ、金縛りにあったように震え、立ち尽くすことしかできなかった。僕の顔は、朝の光に透ける雲よりも真っ青になっていたはずだ。ついてこない僕の無様な姿を見て、鹿島がくすりと鼻で笑った。
「猪瀬。コイツ、ビビって動けねえみたいだぜ」
「それなら。お前が連れてこい」
猪瀬の地響きのような低い声が鼓膜を打つ。鹿島が歩み寄ってきて、僕の肩に馴れ馴れしく手を回した。はたから見れば、親しい友人がふざけ合っているように見えたかもしれない。だが、僕の肩に食い込む指先は冷酷で、逃走を許さない鉄の鎖だった。
「ほら、歩けよ、白井。楽しいお話しをしようぜ?」
抗う術などなかった。鹿島に背中を強く押され、僕は操り人形のように歩かされる。生徒たちの視線がある表通りを外れ、日の当たらない校舎の陰、誰も近寄らない古びた倉庫の裏へと。
(……っ、あ……!)
倉庫の裏、日の当たらないジメついた空間に、そいつはいた。長髪の茶髪を無造作に揺らし、壁に背を預けて立っている男。鳳 凱。175センチ、厚い胸板と逞しい肩幅を持つ筋肉質の体躯。身長も体重も猪瀬よりは下回っているはずなのに、僕の目には、彼が猪瀬よりも2回りも、3回りも巨大な怪物に見えた。立っているだけで周囲の空気が重く、鋭く変質するような圧倒的な威圧感。彼の横には、中性的な顔立ちに派手なピアスを光らせた蝶野 連が、退屈そうに爪をいじっていた。
この4人組は、僕と同じ中学校の出身だった。そして、地元では知らない者がいないほど有名な連中だった。彼らは、野球部の主力メンバーだった。誰もが羨む実力とスター性を持ち、全員が強豪校への推薦を手にしていた。けれど、その栄光は一瞬で消え失せた。1人の部員が、彼らから受けた執拗で残酷ないじめを苦に自ら命を絶ったからだ。その結果、推薦は取り消され、彼らはこの青天高校へと流れ着いた。
4人の頂点に君臨し、全ての糸を引いているのが鳳だった。表向きは爽やかで礼儀正しい、スポーツマンの皮を被ったイケメン野球少年。けれどその裏側には、気に入らない人間を文字通り再起不能に追い込むまで徹底的に叩き潰す、底なしの残虐性を秘めている。空気のような存在だった僕でさえ、彼が関わったという黒い噂を何度も耳にしていた。
鳳が、ゆっくりと僕の方に視線を向けた。 濁りのない、けれど感情の一切が抜け落ちたような冷徹な瞳。その瞳に見据えられた瞬間、僕は自分が蛇に睨まれた蛙どころか、まな板の上の肉塊になったような気がした。
「コイツが……白井か」
鳳の口から、僕の名前がこぼれる。それは挨拶でも呼びかけでもなかった。単に、これから壊す対象を識別しただけのような、無機質な響き。鹿島が鳳の前に進み出て、冷酷な笑みを浮かべて報告する。
「凱、連れて来たぜ。最近、雨野さんとデレデレ鼻の下伸ばして話してる、不快な野郎を」
鹿島の言葉が終わるか終わらないかのうちに、鳳の表情がふっと、和らいだ。だが、その微笑みこそが、地獄の蓋が開く合図だったんだ。
終礼のチャイムが鳴り響くと同時に僕は逃げるように1人で教室を後にした。漫画を鞄に押し込み、誰とも目を合わせず、ただ静かな家へと帰るはずだった。 運命が牙を剥いたのは、校舎を一歩出た、その瞬間だった。
(……え?)
目の前に、突如として巨大な壁がそびえ立った。思わず足が止まる。見上げると、そこにあったのはコンクリートの壁などではない。185センチ、130キロを超える凄まじい肉の塊。高校1年生とは到底思えない異様な威圧感を放つ、猪瀬 剛だった。心臓が嫌な跳ね方をする。僕は彼のことを知っている。同じ中学校の出身だ。もちろん、空気のような存在だった僕のことなんて、向こうは認識すらしていないだろう。僕は本能的に危険を察知し、視線を地面に落とした。呼吸を止めて彼の脇をすり抜けようとした。
しかし、巨躯の影は僕を逃がしてはくれなかった。
「おい、白井。ちょっと話があるからついて来い」
背後から響いたのは、少し高めの、けれど神経を逆撫でするような鹿島の声だった。振り返る勇気さえない。鹿島もまた、同じ中学の出身だ。接点なんて一度もなかったはずなのに、今、その鋭い声の刃は明確に僕を捉えていた。
(逃げなきゃ……でも、足が……)
頭では分かっていても、膝が笑い、足の裏が地面に張り付いたように動かない。肺が酸素を拒絶し、血の気が引いていくのが自分でもわかる。鹿島と猪瀬がゆっくりと歩き出すが、僕はただ、金縛りにあったように震え、立ち尽くすことしかできなかった。僕の顔は、朝の光に透ける雲よりも真っ青になっていたはずだ。ついてこない僕の無様な姿を見て、鹿島がくすりと鼻で笑った。
「猪瀬。コイツ、ビビって動けねえみたいだぜ」
「それなら。お前が連れてこい」
猪瀬の地響きのような低い声が鼓膜を打つ。鹿島が歩み寄ってきて、僕の肩に馴れ馴れしく手を回した。はたから見れば、親しい友人がふざけ合っているように見えたかもしれない。だが、僕の肩に食い込む指先は冷酷で、逃走を許さない鉄の鎖だった。
「ほら、歩けよ、白井。楽しいお話しをしようぜ?」
抗う術などなかった。鹿島に背中を強く押され、僕は操り人形のように歩かされる。生徒たちの視線がある表通りを外れ、日の当たらない校舎の陰、誰も近寄らない古びた倉庫の裏へと。
(……っ、あ……!)
倉庫の裏、日の当たらないジメついた空間に、そいつはいた。長髪の茶髪を無造作に揺らし、壁に背を預けて立っている男。鳳 凱。175センチ、厚い胸板と逞しい肩幅を持つ筋肉質の体躯。身長も体重も猪瀬よりは下回っているはずなのに、僕の目には、彼が猪瀬よりも2回りも、3回りも巨大な怪物に見えた。立っているだけで周囲の空気が重く、鋭く変質するような圧倒的な威圧感。彼の横には、中性的な顔立ちに派手なピアスを光らせた蝶野 連が、退屈そうに爪をいじっていた。
この4人組は、僕と同じ中学校の出身だった。そして、地元では知らない者がいないほど有名な連中だった。彼らは、野球部の主力メンバーだった。誰もが羨む実力とスター性を持ち、全員が強豪校への推薦を手にしていた。けれど、その栄光は一瞬で消え失せた。1人の部員が、彼らから受けた執拗で残酷ないじめを苦に自ら命を絶ったからだ。その結果、推薦は取り消され、彼らはこの青天高校へと流れ着いた。
4人の頂点に君臨し、全ての糸を引いているのが鳳だった。表向きは爽やかで礼儀正しい、スポーツマンの皮を被ったイケメン野球少年。けれどその裏側には、気に入らない人間を文字通り再起不能に追い込むまで徹底的に叩き潰す、底なしの残虐性を秘めている。空気のような存在だった僕でさえ、彼が関わったという黒い噂を何度も耳にしていた。
鳳が、ゆっくりと僕の方に視線を向けた。 濁りのない、けれど感情の一切が抜け落ちたような冷徹な瞳。その瞳に見据えられた瞬間、僕は自分が蛇に睨まれた蛙どころか、まな板の上の肉塊になったような気がした。
「コイツが……白井か」
鳳の口から、僕の名前がこぼれる。それは挨拶でも呼びかけでもなかった。単に、これから壊す対象を識別しただけのような、無機質な響き。鹿島が鳳の前に進み出て、冷酷な笑みを浮かべて報告する。
「凱、連れて来たぜ。最近、雨野さんとデレデレ鼻の下伸ばして話してる、不快な野郎を」
鹿島の言葉が終わるか終わらないかのうちに、鳳の表情がふっと、和らいだ。だが、その微笑みこそが、地獄の蓋が開く合図だったんだ。
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