ハズレ職業【フリーター】を授かった少年は、王都で騙されて多額の借金を背負う。しかし、修復スキルでガラクタを修復して最下層の泥底から成り上がる

ninjin

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第46話 トビーの幻影

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 ナーデルが退室した後、部屋には巨漢のボルゴとファビアンだけが残された。ボルゴはソファに深く沈み込んだまま、ファビアンを品定めするようにじっと見つめていた。その表情には、先ほどのナーデルのような駆け引きの熱はなく、氷のような静かな怒りが満ちていた。やがて、ボルゴは低い声で口を開いた。

 「ヴァレリウス様は、なぜ、お前のような小者をよこしたのだ」

 その言葉は静かであったが、一言一言に冷徹な圧力が込められていた。

 「俺たち黄金の蜘蛛は、ヴァレリウス様へ逆らうつもりなど毛頭ない。しかし、この泥底における最高幹部会に、お前のような格下の者をよこすことは、黄金の蜘蛛全体に対する冒涜だと受け取るぞ」

 ボルゴは、自身とファビアンの間に存在する埋めがたい地位の差を突きつけ、静かながらも絶対的な怒りを表明した。ファビアンは、その言葉に顔の奥がカッと熱くなるのを感じたが、即座に感情を制御した。ここで怒りを露わにすれば、ヴァレリウスの威厳に泥を塗ることになる。ファビアンは慎重に言葉を選びながら、ボルゴを睨み返した。

 「本来なら、ヴァレリウス様を支える7つの支配座セプテム・ソリアの1人、リヒター様が来られる予定だったのですが」

 ファビアンは、ヴァレリウスの名を持ち出すことで、この交渉の重要性を主張した。リヒターとは、話術士の上位互換であるレア職業【交渉人】を持つ、ヴァレリウスを頂点とする組織黒き太陽ソル・ニゲルの幹部クラスの男だ。

 「しかし、急な要件が入ったとのことで、私が急遽、要件を伝えに来たのです。私の言葉はリヒター様の言葉、それはすなわちヴァレリウス様の言葉だと、受け取って頂きたい」

 しかし、ボルゴは一切聞く耳を持たなかった。

 「それが敬意を欠いていると言っているのだ」

 ボルゴは重々しくソファーから立ち上がった。その巨体が動くたび、部屋の床が微かに揺れる。

 「俺たち黄金の蜘蛛を、単なるヴァレリウス様の金蔓かねづると思っている証拠だ。俺たちは、リヒター様、もしくはそれに相応しい立場のあるお方が来なければ、これ以上、話をするつもりはない」

 ボルゴはそう言い捨てると、一切の不機嫌な態度を隠さず、扉に向かって歩き出した。ファビアンの怒りを押し殺した視線を無視し、ボルゴは来客室から出て行った。部屋には再び、ファビアン1人だけが残された。

 「糞ったれがぁッ!」
 『ダンッ!』

 ファビアンは、黒檀のテーブルを拳で思い切り叩きつけた。怒りのあまり顔は歪み、呼吸は荒い。

 「俺を……バカにするなッ!」

 誰もいなくなった部屋で、ファビアンの怒号が虚しく響いた。

 今回の会談は、ファビアンにとって千載一遇のチャンスだった。7つの支配座セプテム・ソリアの1人であるリヒターの代理として、泥底の幹部会を取り仕切る。ここでボルゴやナーデルを抑え込み、成果を上げれば、ヴァレリウス様への大きなアピールになるはずだった。だが、結果は散々だった。ボルゴには「小者」と吐き捨てられ、交渉の席に着くことすら拒否された。この無様な結果をヴァレリウス様に報告すれば、その責任は全て代理として無能だったファビアンに降りかかる。

 「くそっ……! なぜだ、なぜ俺の話を聞かない!」

 ファビアンはギリリと歯を噛み締めた。脳裏に過ぎるのは、あの憎きライバルであるトビーの顔だ。

 トビーが生きていた頃、彼もまた幾度もリヒターの代理として、この幹部会に出席していた。ボルゴでさえも、トビーに対しては意見をせず、従順にその決定に従っていたのだ。トビーは利益という、裏社会の言語を誰よりも流暢に話すことができた。対して、ファビアンの職業は経営士エコノーム

 ファビアンの能力は、収益性の高いビジネスモデルや組織の構造を設計・管理することだ。彼の経営士エコノームとしての手腕は確かであり、あの天女の食卓デア・ヒンメルターフェルの個室を使った高級接待システムを設計し、考案したのもファビアンだった。本来は紳士的な顧客をターゲットにした、高貴な高級料理店になるはずだったのだ。だが、それをトビーが改変した。

 「俺が作ったシステムを、アイツは……」

 トビーは個室に娼館の要素を取り入れ、ラブホテルのような内装に改変し、利益を爆発的に跳ね上がらせた。現在の娼館の資金循環モデルの基盤も、トビーのその改変によって完成されたものだ。

 ファビアンが作ったシステムを、トビーは穢し、そして遥かに大きな金を生み出した。ファビアンは仕組みを作る頭脳で優っているはずなのに、常にトビーの影に隠れ、出し抜かれていたのだ。

 「アイツがいなくなって、やっと俺の時代が来たと思ったのに……」

 ファビアンはテーブルに手をつき、ガクリと項垂れた。

 「これでは……以前と何も変わらないじゃないか」

 誰もいない豪華な来客室で、ファビアンは敗北感と劣等感に打ちひしがれ、落胆した表情で呟いた。
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