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グレゴリウス、追放される。
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「グレゴリウス。本日をもって、お前の近衛騎士団長の任を解き、国外追放とする」
威厳に満ちた艶のある声が、玉座の間に響く。
「へ……今、何と……?!」
グレゴリウスは、予想だにしなかった自身の処分に思わず顔を上げる。
「お前の近衛騎士団長の任を解き、国外へ追放すると言ったのだ、グレゴリウス!」
「つ、追放……お、お待ちください、ヒルダ王、それではあまりにも道理が……!」
言葉の意味が理解できない。
そう言った表情をありありと浮かべ、グレゴリウスは口を開く。
「グレゴリウス。今回の戦は決して負けるわけにはいかなかったがゆえ、妾わらわはお前に近衛兵を含む400の精鋭兵の指揮を任せたのだぞ……!」
悔いるように、一つ一つの言葉を絞り出すように発するヒルダ王。
苛立ち、後悔、戸惑い、それら全てを内包するような低い声である。
ヒルダ王の足元に膝まずき、最敬礼の姿勢をとりながら近衛騎士団長、いや、たった今その任を解かれた元近衛騎士団長のグレゴリウスは震えていた。
◇
先日の話である。
長引く連合軍との戦争に終止符を打つべく、グレゴリウスは将として軍勢を率いて前線へと向かっていた。
国を出発してから4日目。
谷をあと一つ越えれば、間もなく前線に到着するところまで来ていた。
「時間がない……」
グレゴリウスはそう呟くと、黒馬の手綱を引き、後ろに続く400人を振り返った。
「全軍に告ぐ。この谷を抜け、敵軍の右翼側面を強襲することができれば、我が軍の劣勢を跳ね返すことができる!ゆめゆめ遅れをとるでないぞ!!」
ーーうおおおおぉぉぉぉ!!ーー
雄叫びに近いグレゴリウスの檄が飛び、それに地鳴りのような歓声で応える精鋭兵達。
「突撃だあぁっっ!!」
グレゴリウスが剣を振り上げながら、400の軍勢を率いて細い谷へと吸い込まれていく。
この狭い谷で、敵の挟み撃ちや崖の上から攻撃をされれば、グレゴリウスの軍はひとたまりもない。
とにかく駆け抜ける速さが勝負なのである。
◇
グレゴリウスが馬を走らせること数刻。
ようやく谷も終わりに差し掛かり、戦場にて展開する布陣を頭に思い浮かべながら、いよいよとグレゴリウスが気を引き締めようとした時。
「ん?何だあれは?」
グレゴリウスは前方に横たわる『何か』を目に留める。
汚れた布にくるまれた、微かに蠢く小さな『何か』……
敵の罠、あるいは暗殺者が潜んでいる可能性もある。
そう察して馬のスピードを緩めるグレゴリウス。
その『何か』はグレゴリウスが近づくにつれて、徐々に鮮明になる。
「子ども……?!」
茶色く汚れた布がパサリとはだけ、姿があらわになったそれは、人間の子どもであった。
「と、とまれ」
グレゴリウスは反射的にその言葉を口にしていた。
「止まれ止まれ!!全軍止まれ!!」
グレゴリウスは咄嗟に手綱を引き絞り、馬を静止させる。
このまま自軍が突っ走れば、間違いなくこの幼い子どもは、軍馬に踏みつぶされて死んでしまうのだ。
◇
「なぜそこで止まる!!グレゴリウス!!」
軍の先頭を走るグレゴリウスの異変に気づき、副将・サイゼルが叫びながら走ってくる。
「う……」
ボロ布から這い出るように、幼い子どもが憔悴しきった顔を上げた。
よほど酷い仕打ちを受けたのであろう。
細く痩せ細った子どもの身体中刻まれた、無数の拷問の傷跡。
その様子を見たサイゼルは、グレゴリウスがなぜ馬を止めたのかを理解する。
「人間の子どもなど捨ておけグレゴリウス!早くこの谷を抜けねば、我らの命さえ危ういのだぞ!」
「わ、分かっておる…!全軍、この子どもを踏みつぶさずに、気をつけて進むのだ!」
グレゴリウスが声を張り上げ、足を止めた軍団に伝令を飛ばす。
「おじ……ちゃ…ん……、ボクを……殺さない……の?」
子どもがか細い声を上げ、すがるような目でグレゴリウスを見つめる。
「……殺さぬ。殺さぬから、さっさとここから去れ、人間の子よ。もし動けないのであれば、しばらくそこにいろ。必ず、迎えに来る」
グレゴリウスが馬から降りて近づくと、子どもはビクッと怯えるように身を縮こめる。
「うむ。かなり弱っているな。これでしばらく辛抱してくれ」
そっと子どもの頭を撫でるように触れ、グレゴリウスは上級回復魔法『ハイヒール』を唱えた。
子どもの体の傷が見る見る消え、腫れあがった顔のあざが引いていく。
痛みがなくなった子どもは、驚きに目を見開いた後、堰を切ったように泣き始めた。
(体の傷は癒せるが、この子の心の傷は決して癒せまい……)
グレゴリウスは肩を落として、再び人間の子どもの頭を優しく撫でる。
……その時である。
人間の子どもはハッと顔を上げると、グレゴリウスの手をパシリと払い除け、突然駆け出した。
「お、おい……どこへ…」
グレゴリウスに呼びかけに振り返った子どもの目。
その純粋で小さな瞳に宿っていたのは、『絶望』の色であった。
「おじ……ちゃん、は……はや……く、逃げ………」
声を震わせながら口を開く子ども。
だがその言葉は、とうとうグレゴリウスに届くことはなかった。
ーードオオォォン!!ーー
「ーーーツツ!!?」
グレゴリウスの目の前で、眩い閃光が放たれたかと思った次の瞬間、グレゴリウスと周囲の兵達を灼熱の爆風が襲った。
至近距離からの爆風をもろに受けたグレゴリウス。
(しまった、敵襲かっ?!)
爆風で巻き上げられる粉塵。
爆発に巻き込まれたに違いないあの子どもを、グレゴリウスは必死で探した。
だが、グレゴリウスがそのことに気が付いたのは、すぐ後のことだ。
辺り一面の血溜まりと、飛び散ったおびただしい肉片。
あの幼い子どもの体が、爆発したのだということを……
「崖上から敵襲!!崖上から敵襲!!」
誰かが大きく叫ぶ声がした。
舞い上がった砂埃に視界を遮られた谷底に、悲鳴と怒号が鳴り響く。
ズドンズドンという落石の音と、矢が空を切り裂き地面に突き立てられる音が、グレゴリウス率いる精鋭兵達の心に恐怖を掻き立てる。
明らかに、この谷越えルートは待ち伏せられていたのだろう。
子どもを足止めに使い、全軍の進行がわずかに遅れるこのタイミングを見計らって子どもを自爆させ視界を奪い、奇襲を仕掛けられたのである。
「全軍!急いで谷を越えろ!!」
グレゴリウスは声を振り絞る。
被害の状況はわからない。
谷を越えたところで待ち伏せされれば、全滅する可能性もある。
だがこの長い谷を引き返したとしても、戻る道中には、ひたすら崖上から攻撃を浴び続けることになるだろう。
前進のみ、生還の道がある、そうグレゴリウスは考えたのだ。
「全軍前進!谷を抜けろ!全軍前進!」
グレゴリウスはそう叫びながら、馬を走らせた。
(子どもまで犠牲にするのか……人間めぇっ!!)
◇
「近衛兵含む精鋭兵の死亡者184名、重症者51名……何か言い分があるなら聞こう。グレゴリウス」
グレゴリウスを見下ろし、ヒルダは続ける。
「お、恐れながら、ヒルダ王……」
「うむ?」
「私を追放などと……それではあまりに、あまりに……」
俯いていたグレゴリウスが声を震わせながら顔を上げる。
「あまりに!!私の罪が軽・す・ぎ・る・のではないですかあぁぁっ!!?」
グレゴリウスのあまりの剣幕に、ヒルダは少し沈黙をする。
そして、その魅惑的な細い脚を悩ましげに組み替えたあとに、妖艶な笑みを浮かべて喋り始めた。
「う、うむ、お前の言いたい事はわかる…… 人間の子どもを助けようとして、多くの精鋭兵を犠牲にしたなどと……本来なら国家反逆の大罪であり、軍法会議では即刻、死罪となる所業じゃ」
「で…では……私を死罪に……!」
「だからこそ、お前をここに呼んだのじゃ。グレゴリウス。長年、妾わらわに尽くした忠誠心の高いお前のこと。放っておけば自害する可能性もあるからな。もう一度言う、グレゴリウスよ。妾わらわらお前を国外追放すると申したのだ。死ぬ事は許さぬ。これは妾わらわからお前にする最後の命令だ」
ヒルダのその宣告に、グレゴリウスは号泣した。
命を長らえたことによる『安堵』の涙ではない。
王から受けた、深い慈悲に対する『感動』の涙でもない。
死んでいった屈強な部下達に対する無念。
そして『悔し涙』である。
近衛騎士団長としての最後の責任、死ぬことができなかったと言う悔しさ。
だがそれ以上に、我が王に対する不甲斐ない自分への悔し涙。
『冷酷』『残虐』の象徴として人間から恐れられ、幾多の凶悪な魔族の頂点に立つ絶対的支配者である女帝。
魔王ヒルダ。
その魔王ヒルダに『情け』などという甘ったるい言葉をかけさせた自分自身に、心底失望したのだ。
悔しくて悔しくて堪らないのだ。
「……グレゴリウスよ。お前が率いた軍を崖上から襲ったのは、連合の正規軍ではなく、冒険者ギルドから派遣された冒険者たちであったらしい」
「冒険者……」
その言葉を聞いたグレゴリウスは、怒りに打ち震える。
魔族の体内に存在する『魔石』をつけ狙う冒険者。
その『魔石』は人間界ではさまざまな武具や装飾品の素材となるため、高価で取り引きされる。
そして魔族であれば、たとえ子どもであっても容赦なく殺し、恍惚とした狂気の笑みを浮かべながら体をえぐり『魔石』を体内から取り出す非道な連中、それが冒険者なのだ。
(冒険者め……人間めぇ……!!)
「ゆけ、グレゴリウス!二度と我が魔王領に足を踏み入れることは許さぬ!お前はこれから『はぐれ魔族』として邪悪な人間どもが蔓延る世界で、思う存分楽し……いや、日々その罪を悔いるがいい!!」
「はっ!」
グレゴリウスは魔王ヒルダに深く一礼すると、背中から大きな黒翼を生やし、魔王城から飛び立っていった。
◇
ーー冒険者ギルドを壊滅まで追い込み、人間が支配する時代を終わらせ、魔が支配する暗黒の時代へと導いた魔王グレゴリウスーー
これはそのグレゴリウスの魔王譚の序章である。
威厳に満ちた艶のある声が、玉座の間に響く。
「へ……今、何と……?!」
グレゴリウスは、予想だにしなかった自身の処分に思わず顔を上げる。
「お前の近衛騎士団長の任を解き、国外へ追放すると言ったのだ、グレゴリウス!」
「つ、追放……お、お待ちください、ヒルダ王、それではあまりにも道理が……!」
言葉の意味が理解できない。
そう言った表情をありありと浮かべ、グレゴリウスは口を開く。
「グレゴリウス。今回の戦は決して負けるわけにはいかなかったがゆえ、妾わらわはお前に近衛兵を含む400の精鋭兵の指揮を任せたのだぞ……!」
悔いるように、一つ一つの言葉を絞り出すように発するヒルダ王。
苛立ち、後悔、戸惑い、それら全てを内包するような低い声である。
ヒルダ王の足元に膝まずき、最敬礼の姿勢をとりながら近衛騎士団長、いや、たった今その任を解かれた元近衛騎士団長のグレゴリウスは震えていた。
◇
先日の話である。
長引く連合軍との戦争に終止符を打つべく、グレゴリウスは将として軍勢を率いて前線へと向かっていた。
国を出発してから4日目。
谷をあと一つ越えれば、間もなく前線に到着するところまで来ていた。
「時間がない……」
グレゴリウスはそう呟くと、黒馬の手綱を引き、後ろに続く400人を振り返った。
「全軍に告ぐ。この谷を抜け、敵軍の右翼側面を強襲することができれば、我が軍の劣勢を跳ね返すことができる!ゆめゆめ遅れをとるでないぞ!!」
ーーうおおおおぉぉぉぉ!!ーー
雄叫びに近いグレゴリウスの檄が飛び、それに地鳴りのような歓声で応える精鋭兵達。
「突撃だあぁっっ!!」
グレゴリウスが剣を振り上げながら、400の軍勢を率いて細い谷へと吸い込まれていく。
この狭い谷で、敵の挟み撃ちや崖の上から攻撃をされれば、グレゴリウスの軍はひとたまりもない。
とにかく駆け抜ける速さが勝負なのである。
◇
グレゴリウスが馬を走らせること数刻。
ようやく谷も終わりに差し掛かり、戦場にて展開する布陣を頭に思い浮かべながら、いよいよとグレゴリウスが気を引き締めようとした時。
「ん?何だあれは?」
グレゴリウスは前方に横たわる『何か』を目に留める。
汚れた布にくるまれた、微かに蠢く小さな『何か』……
敵の罠、あるいは暗殺者が潜んでいる可能性もある。
そう察して馬のスピードを緩めるグレゴリウス。
その『何か』はグレゴリウスが近づくにつれて、徐々に鮮明になる。
「子ども……?!」
茶色く汚れた布がパサリとはだけ、姿があらわになったそれは、人間の子どもであった。
「と、とまれ」
グレゴリウスは反射的にその言葉を口にしていた。
「止まれ止まれ!!全軍止まれ!!」
グレゴリウスは咄嗟に手綱を引き絞り、馬を静止させる。
このまま自軍が突っ走れば、間違いなくこの幼い子どもは、軍馬に踏みつぶされて死んでしまうのだ。
◇
「なぜそこで止まる!!グレゴリウス!!」
軍の先頭を走るグレゴリウスの異変に気づき、副将・サイゼルが叫びながら走ってくる。
「う……」
ボロ布から這い出るように、幼い子どもが憔悴しきった顔を上げた。
よほど酷い仕打ちを受けたのであろう。
細く痩せ細った子どもの身体中刻まれた、無数の拷問の傷跡。
その様子を見たサイゼルは、グレゴリウスがなぜ馬を止めたのかを理解する。
「人間の子どもなど捨ておけグレゴリウス!早くこの谷を抜けねば、我らの命さえ危ういのだぞ!」
「わ、分かっておる…!全軍、この子どもを踏みつぶさずに、気をつけて進むのだ!」
グレゴリウスが声を張り上げ、足を止めた軍団に伝令を飛ばす。
「おじ……ちゃ…ん……、ボクを……殺さない……の?」
子どもがか細い声を上げ、すがるような目でグレゴリウスを見つめる。
「……殺さぬ。殺さぬから、さっさとここから去れ、人間の子よ。もし動けないのであれば、しばらくそこにいろ。必ず、迎えに来る」
グレゴリウスが馬から降りて近づくと、子どもはビクッと怯えるように身を縮こめる。
「うむ。かなり弱っているな。これでしばらく辛抱してくれ」
そっと子どもの頭を撫でるように触れ、グレゴリウスは上級回復魔法『ハイヒール』を唱えた。
子どもの体の傷が見る見る消え、腫れあがった顔のあざが引いていく。
痛みがなくなった子どもは、驚きに目を見開いた後、堰を切ったように泣き始めた。
(体の傷は癒せるが、この子の心の傷は決して癒せまい……)
グレゴリウスは肩を落として、再び人間の子どもの頭を優しく撫でる。
……その時である。
人間の子どもはハッと顔を上げると、グレゴリウスの手をパシリと払い除け、突然駆け出した。
「お、おい……どこへ…」
グレゴリウスに呼びかけに振り返った子どもの目。
その純粋で小さな瞳に宿っていたのは、『絶望』の色であった。
「おじ……ちゃん、は……はや……く、逃げ………」
声を震わせながら口を開く子ども。
だがその言葉は、とうとうグレゴリウスに届くことはなかった。
ーードオオォォン!!ーー
「ーーーツツ!!?」
グレゴリウスの目の前で、眩い閃光が放たれたかと思った次の瞬間、グレゴリウスと周囲の兵達を灼熱の爆風が襲った。
至近距離からの爆風をもろに受けたグレゴリウス。
(しまった、敵襲かっ?!)
爆風で巻き上げられる粉塵。
爆発に巻き込まれたに違いないあの子どもを、グレゴリウスは必死で探した。
だが、グレゴリウスがそのことに気が付いたのは、すぐ後のことだ。
辺り一面の血溜まりと、飛び散ったおびただしい肉片。
あの幼い子どもの体が、爆発したのだということを……
「崖上から敵襲!!崖上から敵襲!!」
誰かが大きく叫ぶ声がした。
舞い上がった砂埃に視界を遮られた谷底に、悲鳴と怒号が鳴り響く。
ズドンズドンという落石の音と、矢が空を切り裂き地面に突き立てられる音が、グレゴリウス率いる精鋭兵達の心に恐怖を掻き立てる。
明らかに、この谷越えルートは待ち伏せられていたのだろう。
子どもを足止めに使い、全軍の進行がわずかに遅れるこのタイミングを見計らって子どもを自爆させ視界を奪い、奇襲を仕掛けられたのである。
「全軍!急いで谷を越えろ!!」
グレゴリウスは声を振り絞る。
被害の状況はわからない。
谷を越えたところで待ち伏せされれば、全滅する可能性もある。
だがこの長い谷を引き返したとしても、戻る道中には、ひたすら崖上から攻撃を浴び続けることになるだろう。
前進のみ、生還の道がある、そうグレゴリウスは考えたのだ。
「全軍前進!谷を抜けろ!全軍前進!」
グレゴリウスはそう叫びながら、馬を走らせた。
(子どもまで犠牲にするのか……人間めぇっ!!)
◇
「近衛兵含む精鋭兵の死亡者184名、重症者51名……何か言い分があるなら聞こう。グレゴリウス」
グレゴリウスを見下ろし、ヒルダは続ける。
「お、恐れながら、ヒルダ王……」
「うむ?」
「私を追放などと……それではあまりに、あまりに……」
俯いていたグレゴリウスが声を震わせながら顔を上げる。
「あまりに!!私の罪が軽・す・ぎ・る・のではないですかあぁぁっ!!?」
グレゴリウスのあまりの剣幕に、ヒルダは少し沈黙をする。
そして、その魅惑的な細い脚を悩ましげに組み替えたあとに、妖艶な笑みを浮かべて喋り始めた。
「う、うむ、お前の言いたい事はわかる…… 人間の子どもを助けようとして、多くの精鋭兵を犠牲にしたなどと……本来なら国家反逆の大罪であり、軍法会議では即刻、死罪となる所業じゃ」
「で…では……私を死罪に……!」
「だからこそ、お前をここに呼んだのじゃ。グレゴリウス。長年、妾わらわに尽くした忠誠心の高いお前のこと。放っておけば自害する可能性もあるからな。もう一度言う、グレゴリウスよ。妾わらわらお前を国外追放すると申したのだ。死ぬ事は許さぬ。これは妾わらわからお前にする最後の命令だ」
ヒルダのその宣告に、グレゴリウスは号泣した。
命を長らえたことによる『安堵』の涙ではない。
王から受けた、深い慈悲に対する『感動』の涙でもない。
死んでいった屈強な部下達に対する無念。
そして『悔し涙』である。
近衛騎士団長としての最後の責任、死ぬことができなかったと言う悔しさ。
だがそれ以上に、我が王に対する不甲斐ない自分への悔し涙。
『冷酷』『残虐』の象徴として人間から恐れられ、幾多の凶悪な魔族の頂点に立つ絶対的支配者である女帝。
魔王ヒルダ。
その魔王ヒルダに『情け』などという甘ったるい言葉をかけさせた自分自身に、心底失望したのだ。
悔しくて悔しくて堪らないのだ。
「……グレゴリウスよ。お前が率いた軍を崖上から襲ったのは、連合の正規軍ではなく、冒険者ギルドから派遣された冒険者たちであったらしい」
「冒険者……」
その言葉を聞いたグレゴリウスは、怒りに打ち震える。
魔族の体内に存在する『魔石』をつけ狙う冒険者。
その『魔石』は人間界ではさまざまな武具や装飾品の素材となるため、高価で取り引きされる。
そして魔族であれば、たとえ子どもであっても容赦なく殺し、恍惚とした狂気の笑みを浮かべながら体をえぐり『魔石』を体内から取り出す非道な連中、それが冒険者なのだ。
(冒険者め……人間めぇ……!!)
「ゆけ、グレゴリウス!二度と我が魔王領に足を踏み入れることは許さぬ!お前はこれから『はぐれ魔族』として邪悪な人間どもが蔓延る世界で、思う存分楽し……いや、日々その罪を悔いるがいい!!」
「はっ!」
グレゴリウスは魔王ヒルダに深く一礼すると、背中から大きな黒翼を生やし、魔王城から飛び立っていった。
◇
ーー冒険者ギルドを壊滅まで追い込み、人間が支配する時代を終わらせ、魔が支配する暗黒の時代へと導いた魔王グレゴリウスーー
これはそのグレゴリウスの魔王譚の序章である。
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