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第2話 ドゥーンと黒幕の翼人・マティーファ
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俺は半ば呆然としたまま、トワイのいる執務室を出た。
トワイがノエルと結婚する。だからノエルは俺とは来ない。
その事実を聞き、それから先、俺がトワイとどういう会話を交わしたのか、どんな表情と感情でそれを応酬したのか。そんな今しがたの出来事が、どこかひどく曖昧だった。
ただ、右の拳にじんとした痛みが走っているあたり、少々のいさかいはあったのだろう。
「あー……」
俺は廊下の天井を仰ぎ見る。
前線都市「ブルーフレア」は、パッケージングされた建材を王都から運び込み、わずか一昼夜で基礎をその都度つくりあげる、という工法でなされた急造都市だ。
ゆえに建材には木材が多く採用されており、「暮れずの黄昏」に貸し切られているこの館もまた、壁と床、天井には、板張りが多くなされている。
木材は優秀な建材だ。冬は暖気を溜め込み、夏は風を通して、室内の温度を調整してくれる。
季節が春ともなれば、外から流れてくる陽気はいつまでも留まり続け、住むものの居心地を保証してくれるはずだった。
しかし今、俺に木材の温かみを堪能するような余裕は存在しない。
たった今、慣れ親しんだギルドをクビになったのだから、それも無理ないことだが。
「これからどうすっかなー……」
思えば領地を出てからこちら、ずっと俺は、トワイとノエルと共に過ごしてきた。
戦闘となればトワイが前に出て、仕事があれば依頼人との交渉と折衝を俺がこなし、ノエルはなんか意味もなく笑っている。
そんな当たり前の流れが断ち切られた今、俺には、行動の指針が何もなくなってしまった。
せめてノエルがいてくれたなら、考えていたこともあったのだが──。
「あら、辛気臭い顔ね」
その時だった。トワイの部屋を出たばかりの俺に、横合いから声がかけられた。
左。すなわち館の出口とは反対方向、ギルド幹部の執務室や、軽食をつまむことのできる簡易食堂がある方角からだ。
「何か辛いことでもあったのかしら。お姉さんが元気づけてあげましょうか」
それは、炎に似た赤髪だった。
切れ長で、強い意志のこもる瞳もまた、髪と同じ赤の色を宿している。対し、主に術師系の開拓者が好むゆったりとした法衣は、ありふれたそれと違い、全身くまなく闇に溶かしたような黒色をしており、胸元が大きく開いていた。
極め付けは、その腰後ろから大きく飛び出した一対の翼だ。
鴉翼と呼ばれる黒のそれは、亜人種の中ではごくありふれたものだった。ただし手入れが行き届いているのか、育ちのよさゆえか、濡れたような輝きを放つ黒羽根は、ため息をつきたくなるほどの美しさをたたえている。それは、外部のものがギルド「暮れずの黄昏」のナンバースリーを語るとき、しばしば宝石に例えて伝えられるほどの逸品だ。
マティーファ・ギブソン。
たった今俺がギルドを追放された、その原因と思しき女だった。
》
鴉翼の女が、声を放つ。
「聞いているのかしら人間種。それとも、お姉さんの声なんて聞きたくもない、ってことなのかしら」
「……あー。てめェと出くわすくらいなら、窓から出ていきゃよかったな」
「は? 何それ、皮肉にもなってないわよ」
「また生え際後退したか」
「し、してないわよ! どこ見ていってんのアンタ文脈どうなってんのよ!」
相変わらず煽りがいのある女だ。それだけならそこそこ無害だったんだが。
俺は言う。
「たった今、このギルドからの追放告知を受けたところだ。セクハラなんていう、根も歯もない濡れ衣を着せられて、な」
「何言ってんの。根も歯もあるわよ。……全部事実なんだし?」
それはお前の中だけでの話だろうが。
「ふふ。ご不満かしら。でも、あなたにとってもこれでよかったんじゃない? ギルド、『暮れずの黄昏』。この街の中でもトップクラスの戦闘能力を有し、前線都市群全体でも序列第四位につける、屈指の実力派ギルド」
ふふ、とマティーファはまるで我が事であるかのように自慢げに笑い、
「王都の集計する討伐数ランキングで、『都市級』以上のカテゴリにおいて、不動の一位を守り続けているのもまた有名な話よね?」
知っている。というかその集計報告と各種申請の手続きだって、俺がやっていた仕事だ。
「そんな大規模ギルドの中枢に居座り続けるのは、あなただって荷が重かったでしょう? 何せ、主力と呼ばれるメンバーの中で都市級魔獣を単騎で相手取れないのは、あなたただひとり。せめて皆の役に立とうと、斥候や裏方業務にいそしむ姿は、まあ──可愛かったけれど? いつまでもそうされるのも、ちょっと……鬱陶しかったのよねぇ」
鴉翼の女は、口端を釣り上げる独特の笑みを浮かべながら、本当に満足そうに、俺の失墜を喜ぶ。
「……グダグダと口の多い女だな、テメェは。大体、俺を追い出して、その斥候や裏方業務は大丈夫なのか?」
俺がそう言うとマティーファは、まるで不意をつかれでもしたかのように、目を丸くした。
しかしそれも束の間、
「く、ふ。ふふふふふあはははハハハハハハ!」
大口を開けて、笑い出した。
「ハ、ハハ、あははははははは! ばぁーーーーーーっかじゃないの! それでマウントとったつもり! あははっははは、本っ当ーーーーーーに愚物だわ、あなた! 想像以上!」
そう言ってマティーファは、腹を抱えて笑い続ける。
背に生えた翼は、威嚇をする猫の背のように逆立ち、ばさばさと音を立てながら、激しくうちわのように揺さぶられた。
「くくっ、ふ。はぁーーーー、おかしい。あんた、自分の立場が本当にわかってないのね? ……あんたはね、幼馴染であるトワイライトによる、『お情け』でこのギルドに居座れていたに過ぎないの。それで重荷を感じているようなら、こちらから引導を渡してあげるのも人情かと思ったのだけれど……そう、わかってなかったの」
なら、とマティーファは言った。
「はっきり教えてあげる。あなたがこのギルドでできていたことなんて、何もない。斥候? 裏方? そんなのはね、いくらでも替えのきく消耗品でしかないのよ。なんならあなた、例えば王立学院出身の文官に、事務能力でかなうとでも思っていて?」
さすがにそこまでは、思わない。王立学院とは、国内、つまりは大陸でも最高峰を誇る教育機関だ。100年前に人口が激減したこの大陸において、文字や数学を解する文官の育成は、特に力が入れられている事業のひとつでもあるのだ。
「前線都市のトップギルドを切り盛りする事務官は、王都でも引く手数多の人気職よ。あっちの人事局の紹介であれば、経歴にも問題のない文官が、月──そうね、手取りで40万ほど保証すれば、喜んで働きにきてくれる」
それは、俺がこれまで報酬として受け取っていた金額の、その何分の一にも満たない金額だ。
「戦場での働きにしてもそうよ? 斥候? 現地調査? そんなもの、あなたがやらなくても誰かがやれる。特に最近は、キャスリンたちの一派が優秀よねぇ」
キャスリンは、ここ最近になってギルドに入ってきた、幽鬼系種族の呪言使いだ。
うちでの歴こそ浅いが、長くフリーの開拓者パーティを率いていた経験が買われ、あまり自己主張をしない類似種族たちを引っ張る立場として、様々な戦働きをしてくれている。
大規模な「討伐」任務こそ未経験だが、幽鬼と言う種族特性と、陣式・音式問わない呪言の組み合わせは、戦場において、あらゆることを可能にする。
それは、俺が担っていた戦場調査という任においても、遺憾なく発揮されることだろう。
「わかるぅ? あんたがこれまでしてきたことなんて、貢献でもなんでもないのよ。ただ、誰にでもできる仕事を与えられて、誰にでもできることを淡々とこなしていただけ。他の誰よりも良い待遇を、分不相応に与えられて、ね」
そう言ってマティーファは、まるで裏路地を走るドブネズミでも見るかのような、あからさまな視線を、俺へと向けてきた。
「……」
俺が「暮れずの黄昏」でしてきた働きは、全て替えのきくものだ。そんなことは、俺にだってわかっている。
このギルドにおける主力は、トワイやマティーファのような本物の「英雄」であって、俺ではない。
このギルドにおいて貢献を重ねていけるのは、優秀な文官や優れた種族特性を持った適正者であって、俺ではない。
そんなことは、わかっている。しかしだからこそ、俺はそんなものたちに置いて行かれないよう──トワイやノエルについていけるよう、努力を重ねてきたつもりだ。
たとえば、「虚構領域」に新たな古代遺産が生じたなら、寝ずに文献を読みとき、その仔細を探った。
例えば、複数ギルドの参加によって発令された、大規模討伐任務では、各ギルドが誇る優秀な交渉担当の間を駆けずり周り、戦場における有利なポジションを確保した。
他、各大臣への季節ごとの贈り物は欠かさないし、偏屈揃いの鍛治職人たちの懐柔には骨を折ったが、所詮ヤツらも男だった。
街道間の輸送を円滑にするため、各集落の代表者に対する接待は特に重要だ。ただ高級志向一辺倒、というだけでなく、年齢を重ねた権力者には、孫やひ孫と言った家族へと向けた外堀り埋めが、色々な意味で「効く」。
その甲斐もあって、俺も今ではこの都市において、一端の立場を築けたと、そう思っていた。
それが、少し優秀な「代わり」が着任すれば、風に吹かれて飛ばされてしまうような、砂上の楼閣以下のものであったとしても、だ。
「何か言い返さないのかしら?」
「……別に? まぁ、俺が分不相応な待遇を受けていたのは──事実だかンな」
ただ、
「これだけは言っておくぞ、マティーファ。……このギルドのこと、この都市のこと──そしてトワイのことを誰より知ってンのは、この俺だ。それを忘れて、『暮れずの黄昏』で仕事はできねェぞ」
「はいはい、そうね。肝に命じておきます。『黄昏』の新たなナンバーツーとして、ね?」
マティーファは、心底面倒くさそうに、手を振りながらこちらを一瞥し、
「わかったら、早いところ出て行ってくれるかしら。これから、あんたの代わりになる人員の面談があるの。ああ、それからお偉いさん方への挨拶にも行かなきゃね。忙しくなるわぁ」
そう言って、俺の横を通り、トワイの執務室の扉を開けて中へと入っていった。
鍵のかかる音が、わざとらしく木霊した。
俺は半ば呆然としたまま、トワイのいる執務室を出た。
トワイがノエルと結婚する。だからノエルは俺とは来ない。
その事実を聞き、それから先、俺がトワイとどういう会話を交わしたのか、どんな表情と感情でそれを応酬したのか。そんな今しがたの出来事が、どこかひどく曖昧だった。
ただ、右の拳にじんとした痛みが走っているあたり、少々のいさかいはあったのだろう。
「あー……」
俺は廊下の天井を仰ぎ見る。
前線都市「ブルーフレア」は、パッケージングされた建材を王都から運び込み、わずか一昼夜で基礎をその都度つくりあげる、という工法でなされた急造都市だ。
ゆえに建材には木材が多く採用されており、「暮れずの黄昏」に貸し切られているこの館もまた、壁と床、天井には、板張りが多くなされている。
木材は優秀な建材だ。冬は暖気を溜め込み、夏は風を通して、室内の温度を調整してくれる。
季節が春ともなれば、外から流れてくる陽気はいつまでも留まり続け、住むものの居心地を保証してくれるはずだった。
しかし今、俺に木材の温かみを堪能するような余裕は存在しない。
たった今、慣れ親しんだギルドをクビになったのだから、それも無理ないことだが。
「これからどうすっかなー……」
思えば領地を出てからこちら、ずっと俺は、トワイとノエルと共に過ごしてきた。
戦闘となればトワイが前に出て、仕事があれば依頼人との交渉と折衝を俺がこなし、ノエルはなんか意味もなく笑っている。
そんな当たり前の流れが断ち切られた今、俺には、行動の指針が何もなくなってしまった。
せめてノエルがいてくれたなら、考えていたこともあったのだが──。
「あら、辛気臭い顔ね」
その時だった。トワイの部屋を出たばかりの俺に、横合いから声がかけられた。
左。すなわち館の出口とは反対方向、ギルド幹部の執務室や、軽食をつまむことのできる簡易食堂がある方角からだ。
「何か辛いことでもあったのかしら。お姉さんが元気づけてあげましょうか」
それは、炎に似た赤髪だった。
切れ長で、強い意志のこもる瞳もまた、髪と同じ赤の色を宿している。対し、主に術師系の開拓者が好むゆったりとした法衣は、ありふれたそれと違い、全身くまなく闇に溶かしたような黒色をしており、胸元が大きく開いていた。
極め付けは、その腰後ろから大きく飛び出した一対の翼だ。
鴉翼と呼ばれる黒のそれは、亜人種の中ではごくありふれたものだった。ただし手入れが行き届いているのか、育ちのよさゆえか、濡れたような輝きを放つ黒羽根は、ため息をつきたくなるほどの美しさをたたえている。それは、外部のものがギルド「暮れずの黄昏」のナンバースリーを語るとき、しばしば宝石に例えて伝えられるほどの逸品だ。
マティーファ・ギブソン。
たった今俺がギルドを追放された、その原因と思しき女だった。
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鴉翼の女が、声を放つ。
「聞いているのかしら人間種。それとも、お姉さんの声なんて聞きたくもない、ってことなのかしら」
「……あー。てめェと出くわすくらいなら、窓から出ていきゃよかったな」
「は? 何それ、皮肉にもなってないわよ」
「また生え際後退したか」
「し、してないわよ! どこ見ていってんのアンタ文脈どうなってんのよ!」
相変わらず煽りがいのある女だ。それだけならそこそこ無害だったんだが。
俺は言う。
「たった今、このギルドからの追放告知を受けたところだ。セクハラなんていう、根も歯もない濡れ衣を着せられて、な」
「何言ってんの。根も歯もあるわよ。……全部事実なんだし?」
それはお前の中だけでの話だろうが。
「ふふ。ご不満かしら。でも、あなたにとってもこれでよかったんじゃない? ギルド、『暮れずの黄昏』。この街の中でもトップクラスの戦闘能力を有し、前線都市群全体でも序列第四位につける、屈指の実力派ギルド」
ふふ、とマティーファはまるで我が事であるかのように自慢げに笑い、
「王都の集計する討伐数ランキングで、『都市級』以上のカテゴリにおいて、不動の一位を守り続けているのもまた有名な話よね?」
知っている。というかその集計報告と各種申請の手続きだって、俺がやっていた仕事だ。
「そんな大規模ギルドの中枢に居座り続けるのは、あなただって荷が重かったでしょう? 何せ、主力と呼ばれるメンバーの中で都市級魔獣を単騎で相手取れないのは、あなたただひとり。せめて皆の役に立とうと、斥候や裏方業務にいそしむ姿は、まあ──可愛かったけれど? いつまでもそうされるのも、ちょっと……鬱陶しかったのよねぇ」
鴉翼の女は、口端を釣り上げる独特の笑みを浮かべながら、本当に満足そうに、俺の失墜を喜ぶ。
「……グダグダと口の多い女だな、テメェは。大体、俺を追い出して、その斥候や裏方業務は大丈夫なのか?」
俺がそう言うとマティーファは、まるで不意をつかれでもしたかのように、目を丸くした。
しかしそれも束の間、
「く、ふ。ふふふふふあはははハハハハハハ!」
大口を開けて、笑い出した。
「ハ、ハハ、あははははははは! ばぁーーーーーーっかじゃないの! それでマウントとったつもり! あははっははは、本っ当ーーーーーーに愚物だわ、あなた! 想像以上!」
そう言ってマティーファは、腹を抱えて笑い続ける。
背に生えた翼は、威嚇をする猫の背のように逆立ち、ばさばさと音を立てながら、激しくうちわのように揺さぶられた。
「くくっ、ふ。はぁーーーー、おかしい。あんた、自分の立場が本当にわかってないのね? ……あんたはね、幼馴染であるトワイライトによる、『お情け』でこのギルドに居座れていたに過ぎないの。それで重荷を感じているようなら、こちらから引導を渡してあげるのも人情かと思ったのだけれど……そう、わかってなかったの」
なら、とマティーファは言った。
「はっきり教えてあげる。あなたがこのギルドでできていたことなんて、何もない。斥候? 裏方? そんなのはね、いくらでも替えのきく消耗品でしかないのよ。なんならあなた、例えば王立学院出身の文官に、事務能力でかなうとでも思っていて?」
さすがにそこまでは、思わない。王立学院とは、国内、つまりは大陸でも最高峰を誇る教育機関だ。100年前に人口が激減したこの大陸において、文字や数学を解する文官の育成は、特に力が入れられている事業のひとつでもあるのだ。
「前線都市のトップギルドを切り盛りする事務官は、王都でも引く手数多の人気職よ。あっちの人事局の紹介であれば、経歴にも問題のない文官が、月──そうね、手取りで40万ほど保証すれば、喜んで働きにきてくれる」
それは、俺がこれまで報酬として受け取っていた金額の、その何分の一にも満たない金額だ。
「戦場での働きにしてもそうよ? 斥候? 現地調査? そんなもの、あなたがやらなくても誰かがやれる。特に最近は、キャスリンたちの一派が優秀よねぇ」
キャスリンは、ここ最近になってギルドに入ってきた、幽鬼系種族の呪言使いだ。
うちでの歴こそ浅いが、長くフリーの開拓者パーティを率いていた経験が買われ、あまり自己主張をしない類似種族たちを引っ張る立場として、様々な戦働きをしてくれている。
大規模な「討伐」任務こそ未経験だが、幽鬼と言う種族特性と、陣式・音式問わない呪言の組み合わせは、戦場において、あらゆることを可能にする。
それは、俺が担っていた戦場調査という任においても、遺憾なく発揮されることだろう。
「わかるぅ? あんたがこれまでしてきたことなんて、貢献でもなんでもないのよ。ただ、誰にでもできる仕事を与えられて、誰にでもできることを淡々とこなしていただけ。他の誰よりも良い待遇を、分不相応に与えられて、ね」
そう言ってマティーファは、まるで裏路地を走るドブネズミでも見るかのような、あからさまな視線を、俺へと向けてきた。
「……」
俺が「暮れずの黄昏」でしてきた働きは、全て替えのきくものだ。そんなことは、俺にだってわかっている。
このギルドにおける主力は、トワイやマティーファのような本物の「英雄」であって、俺ではない。
このギルドにおいて貢献を重ねていけるのは、優秀な文官や優れた種族特性を持った適正者であって、俺ではない。
そんなことは、わかっている。しかしだからこそ、俺はそんなものたちに置いて行かれないよう──トワイやノエルについていけるよう、努力を重ねてきたつもりだ。
たとえば、「虚構領域」に新たな古代遺産が生じたなら、寝ずに文献を読みとき、その仔細を探った。
例えば、複数ギルドの参加によって発令された、大規模討伐任務では、各ギルドが誇る優秀な交渉担当の間を駆けずり周り、戦場における有利なポジションを確保した。
他、各大臣への季節ごとの贈り物は欠かさないし、偏屈揃いの鍛治職人たちの懐柔には骨を折ったが、所詮ヤツらも男だった。
街道間の輸送を円滑にするため、各集落の代表者に対する接待は特に重要だ。ただ高級志向一辺倒、というだけでなく、年齢を重ねた権力者には、孫やひ孫と言った家族へと向けた外堀り埋めが、色々な意味で「効く」。
その甲斐もあって、俺も今ではこの都市において、一端の立場を築けたと、そう思っていた。
それが、少し優秀な「代わり」が着任すれば、風に吹かれて飛ばされてしまうような、砂上の楼閣以下のものであったとしても、だ。
「何か言い返さないのかしら?」
「……別に? まぁ、俺が分不相応な待遇を受けていたのは──事実だかンな」
ただ、
「これだけは言っておくぞ、マティーファ。……このギルドのこと、この都市のこと──そしてトワイのことを誰より知ってンのは、この俺だ。それを忘れて、『暮れずの黄昏』で仕事はできねェぞ」
「はいはい、そうね。肝に命じておきます。『黄昏』の新たなナンバーツーとして、ね?」
マティーファは、心底面倒くさそうに、手を振りながらこちらを一瞥し、
「わかったら、早いところ出て行ってくれるかしら。これから、あんたの代わりになる人員の面談があるの。ああ、それからお偉いさん方への挨拶にも行かなきゃね。忙しくなるわぁ」
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