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崩れる、とは膝から力が抜け、そこから地へと落ちる事なのだと知った。
信じていた、とは言わない。
信用していた、とも言わない。しかし、疑う事のなかったそれが、嘘しかなかったのだと、私は漸く知った。
容器から中の者を移すのは、その容器ではない。
嫌がおうなしに移される為に取り出される感覚も、きっと初めての事ではないのだ。
移されれば忘れてしまうのかも知れない。覚えているのなら、私は覚えているはずだ。
――嫌だ。
それは私が消えるからだろう。兎に角嫌だ、と強く思った。
死ぬ訳ではないと説明し、私を移す彼は次の容器に残る中身に興味もなく、それを空ける事をしない。容器の鮮度を保つため、と当たり前に答えたそれは、彼女を私が殺すのと同意だと、そう言われているのと何が変わるのか。
ーー嫌だ。
死にたい訳ではない。現に、今のままでも私は死なないのだから、このままでいいではないか。そうは思うも、どうすればいいのかはわからない。
グ、と掴まれた腕に引かれ、今の器との結合を解かれ終えても、私はどうすればいいのか判らなかった。
どうすれば、とふわふわとした感覚のままに体を捻り、腕を捻る。周りには今まで刃を交えた幾多の目が、強い目が私の前を、手を握り私を引き摺る男を睨んでいる。実体はないくせ、物質へと干渉する男――この世界の創造主に注がれていた。
「姉さん!」
創造主の使い、今まで主と思い使えていた可愛らしい少女――主使に拘束された男の声は一層強く響いた。
私はこれから彼の姉を殺すのか。殺し、今までの様にその事を忘れ、また寿命が来れば、より良い器が見つかれば移される。
「嫌です」
グイ、と腕を引き、足に力を入れる。僅かばかり引かれる速度は落ちたが、引かれる事に変わりはしなかった。
「私は私です! 私は今を生きている! 私は死にたくない!」
記憶が消されるのなら、私が死ぬのと同じだと、そう訴える声にも何も、何も創造主たる男は応えない。
ただただ美しいだけの創造主は一切の変化なく、微笑を携えるのみである。肖像画がそこにあるだけの様に変わらぬ姿に恐怖を感じてか、背がビクビクと震えた。
「シュリ!」
彼らが破壊した扉の方から声が響き、見慣れた赤髪の少女が肩で息をしながら、しっかりとした足取りでこちらへと近づいて来る。それは、共に彼らと戦った仲間であった少女だった。今まで創造主、シュリと戦っていた彼らは少女の登場に顔を歪ませ、緊張が広がった。
「これはどういう事だ、シュリ!」
ズイ、と少女は愛鎌をシュリへと向けた。
今まで殺し合いをしていた彼らに見向きもせず、真っ直ぐにシュリへと髪と同じく赤く燃える瞳を向ける。返答によっては殺す、と殺気立ちながら。
「お前は何をしている! レムルースは、……アルクスはその身で生きる事を望んでいる。俺が転生後も お前に協力したのは、彼女を守りたいからだ。それを邪魔するならば、お前との縁もこれまで、だ!」
ザ、と私の腕を掴んでいる方の腕を鎌が切、勢いのままに倒れかけた私の肩を掴み、庇う様にして少女は背へと私を押した。
「カルロス、今のレムルースの意識は眠っている。まだ魂には休息が必要なんだ。守らなければならない」
平坦な声でシュリがカルロスを見つめる目は、美しい黄金に輝いている。明るい室内を照らす光がキラキラと瞳の中で煌めき、魅了するように辺りを呑み込む。
「己惚れるな! お前は神にでもなったつもりか? お前は、レムルースの為だと彼女を言い訳に我儘を貫くガキだ」
大きく叫ぶカルロスとは対称的に、こて、と首を傾げ、わからない、と口を開いく。
「どうして邪魔をするんだ?」
まぁ、どうでもいいけど、とシュリが切られた腕を再構築し、天へと掲げる。
「待て!」
大きく展開された陣が目に入る。
金色に輝くその文字が、私から、私を引き剥がす。
ずる、と忘れかけていた抜ける感覚が襲い、嫌、と叫んだ声は響かずに、崩れる体を見た。
「来い!」
響いたのは、倒れたアルクスの身体よりも奥、姉を助けようと足掻く少年からだった。
姉より薄い黒の髪を振り乱し、焼け焦げた衣服と、血の流れる体。
主使の拘束の下、何とか顔だけは起こしているが、今にも倒れそうな、まだ丸みを残す青白い顔をした男の声だった。
「姉さんに入るくらいなら俺の中に来い!」
力強い声が、また響く。その声の必死さにか、ニヤ、とカルロスが笑った。
先ほどまで敵だった少女は身の長けよりも長く大きい鎌を軽々と肩へと担ぎあげ、シュリの元から一歩、後退する。
「気に入った!」
首を軸に鎌を回し目前で横に伸ばせば、赤い陣が展開される。
「シュリ、俺はお前を親友だと思っている」
だから、とカルロスは鎌を地へと刺し下ろす。
「野郎共! 着地は何とかしろ!」
ドゴ、と鎌が刺さった床がまず、割れた。
それからはあっという間に床に大穴が空き、カルロスが立てた鎌から後ろは崩れ落ちる。
満身創痍なこんな状態では、と思いながら、あっという間に見えなくなった、天空に捕らわれたままの姉を思うその身の中で、私へと伸びる白い手を取った。
信じていた、とは言わない。
信用していた、とも言わない。しかし、疑う事のなかったそれが、嘘しかなかったのだと、私は漸く知った。
容器から中の者を移すのは、その容器ではない。
嫌がおうなしに移される為に取り出される感覚も、きっと初めての事ではないのだ。
移されれば忘れてしまうのかも知れない。覚えているのなら、私は覚えているはずだ。
――嫌だ。
それは私が消えるからだろう。兎に角嫌だ、と強く思った。
死ぬ訳ではないと説明し、私を移す彼は次の容器に残る中身に興味もなく、それを空ける事をしない。容器の鮮度を保つため、と当たり前に答えたそれは、彼女を私が殺すのと同意だと、そう言われているのと何が変わるのか。
ーー嫌だ。
死にたい訳ではない。現に、今のままでも私は死なないのだから、このままでいいではないか。そうは思うも、どうすればいいのかはわからない。
グ、と掴まれた腕に引かれ、今の器との結合を解かれ終えても、私はどうすればいいのか判らなかった。
どうすれば、とふわふわとした感覚のままに体を捻り、腕を捻る。周りには今まで刃を交えた幾多の目が、強い目が私の前を、手を握り私を引き摺る男を睨んでいる。実体はないくせ、物質へと干渉する男――この世界の創造主に注がれていた。
「姉さん!」
創造主の使い、今まで主と思い使えていた可愛らしい少女――主使に拘束された男の声は一層強く響いた。
私はこれから彼の姉を殺すのか。殺し、今までの様にその事を忘れ、また寿命が来れば、より良い器が見つかれば移される。
「嫌です」
グイ、と腕を引き、足に力を入れる。僅かばかり引かれる速度は落ちたが、引かれる事に変わりはしなかった。
「私は私です! 私は今を生きている! 私は死にたくない!」
記憶が消されるのなら、私が死ぬのと同じだと、そう訴える声にも何も、何も創造主たる男は応えない。
ただただ美しいだけの創造主は一切の変化なく、微笑を携えるのみである。肖像画がそこにあるだけの様に変わらぬ姿に恐怖を感じてか、背がビクビクと震えた。
「シュリ!」
彼らが破壊した扉の方から声が響き、見慣れた赤髪の少女が肩で息をしながら、しっかりとした足取りでこちらへと近づいて来る。それは、共に彼らと戦った仲間であった少女だった。今まで創造主、シュリと戦っていた彼らは少女の登場に顔を歪ませ、緊張が広がった。
「これはどういう事だ、シュリ!」
ズイ、と少女は愛鎌をシュリへと向けた。
今まで殺し合いをしていた彼らに見向きもせず、真っ直ぐにシュリへと髪と同じく赤く燃える瞳を向ける。返答によっては殺す、と殺気立ちながら。
「お前は何をしている! レムルースは、……アルクスはその身で生きる事を望んでいる。俺が転生後も お前に協力したのは、彼女を守りたいからだ。それを邪魔するならば、お前との縁もこれまで、だ!」
ザ、と私の腕を掴んでいる方の腕を鎌が切、勢いのままに倒れかけた私の肩を掴み、庇う様にして少女は背へと私を押した。
「カルロス、今のレムルースの意識は眠っている。まだ魂には休息が必要なんだ。守らなければならない」
平坦な声でシュリがカルロスを見つめる目は、美しい黄金に輝いている。明るい室内を照らす光がキラキラと瞳の中で煌めき、魅了するように辺りを呑み込む。
「己惚れるな! お前は神にでもなったつもりか? お前は、レムルースの為だと彼女を言い訳に我儘を貫くガキだ」
大きく叫ぶカルロスとは対称的に、こて、と首を傾げ、わからない、と口を開いく。
「どうして邪魔をするんだ?」
まぁ、どうでもいいけど、とシュリが切られた腕を再構築し、天へと掲げる。
「待て!」
大きく展開された陣が目に入る。
金色に輝くその文字が、私から、私を引き剥がす。
ずる、と忘れかけていた抜ける感覚が襲い、嫌、と叫んだ声は響かずに、崩れる体を見た。
「来い!」
響いたのは、倒れたアルクスの身体よりも奥、姉を助けようと足掻く少年からだった。
姉より薄い黒の髪を振り乱し、焼け焦げた衣服と、血の流れる体。
主使の拘束の下、何とか顔だけは起こしているが、今にも倒れそうな、まだ丸みを残す青白い顔をした男の声だった。
「姉さんに入るくらいなら俺の中に来い!」
力強い声が、また響く。その声の必死さにか、ニヤ、とカルロスが笑った。
先ほどまで敵だった少女は身の長けよりも長く大きい鎌を軽々と肩へと担ぎあげ、シュリの元から一歩、後退する。
「気に入った!」
首を軸に鎌を回し目前で横に伸ばせば、赤い陣が展開される。
「シュリ、俺はお前を親友だと思っている」
だから、とカルロスは鎌を地へと刺し下ろす。
「野郎共! 着地は何とかしろ!」
ドゴ、と鎌が刺さった床がまず、割れた。
それからはあっという間に床に大穴が空き、カルロスが立てた鎌から後ろは崩れ落ちる。
満身創痍なこんな状態では、と思いながら、あっという間に見えなくなった、天空に捕らわれたままの姉を思うその身の中で、私へと伸びる白い手を取った。
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