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3話
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結果だけを言えば、ウェスタは一人で三人を倒した。
アリッサの剣術を短剣でいなし、パルフェイヤの魔術はウェスタに当たる前に散乱する。
隔てる壁でもある様にその素振りなく弾き、ノノリーが連射する銃弾もその見えない壁に阻まれ落ちる。
疲れも見せず、時折ナイフを投げながら間合いを詰め、胸倉を掴み一気に投げ飛ばし、次へと向かう。
ウェスタ、アリッサの蝶篭から出された二羽の蝶は赤く青くと忙しなく色を変えながら試合範囲たる白く淡く発行するリングの上をひらりひらりと舞い踊る。
パルフェイヤの腕を掴み、大きく回転した後投げれば、高く結ばれた青い髪が大きく舞い、地に倒れているアリッサが叫ぶ声を背に掛け、最後の一人、ノノリーが小さく悲鳴を上げるのと、その肩が掴まれたのは殆ど同時だった。
重さを感じていないのか、軽々とノノリーもまた外野へと投げ出すと、ウェスタの伝言蝶がアリッサの蝶を食らった。
「お疲れ様でした、ウェスタ」
リングも消え、魔術防壁を消した一夏が杖を僅かに掲げた。
それに応える事もなく、ウェスタは蝶を籠へと誘う。
「アシュ。アシュ」
蝶から聞こえたガラ付いた声にビク、と肩を震わせた茶桜に、大丈夫ですよ、と一夏が笑う。
痛い、と傷の痛みを訴えながらも立ち上がった三人はウェスタが持つ蝶篭の蝶を指差した。
「アシュって、大陸違いじゃない! こいつ壊れてるんじゃないの? 同一大陸に参加者が居る場合、大陸は渡らないはずよ」
土の付いた頬をノノリーに拭われながら、アリッサが大きく叫ぶ。
その言にそうだな、と返すウェスタであるが、その声は僅かに弱い。
「いいわ、私からも直訴するわ。大会運営国に行くわよ。ここにはあの国もあるのに、そうやすやすと終える筈がないわ」
「あの国?」
思わず、オウム返しに問うた茶桜の声に、じろ、と睨むも肩を大きく跳ねさせごめんなさいぃ、と大きく頭を下げる姿に、先日召喚されたばかりの少女の言と知れば、いいのよ、とアリッサは本来の笑みを携える。
「昨日召喚されたばかりですもの。知らないのも当然ね。この大陸には、最果てにイヴァルトゥルトン大国があるの。イヴァルティはこの大陸一の強国で、魔法だけならどの国よりも強いわ。大会が始まってまだ三週間。こんなに速く優勝候補国が負けるなんてありえないわ!」
グ、と握りこぶしを作るアリッサの後ろ、二人もまたイヴァルトゥルトンが既に敗退しているとは考えていないらしく、アリッサの弁に頷いた。
「私は一度、先代に付き赴いた事がありますが、イヴァルトゥルトン大国の端、地図にもないような小さな町でさえ、正規護衛が模擬選で手こずっていました。首都には無論それ以上の実力者が居る事でしょう。そう考えれば、既に敗退しているとは考えずらいです。確認すべく、大会運営をしているセルバルト聖王国へ魚を送った方がいいでしょう」
そうだよ、とノノリーもまた頷くが、ウェスタは三人に首を降った。
「その必要はない。このままアシュへ向かう」
乱れた銀髪を手櫛で整え、武器を納めると、一夏と茶桜の横へと歩き、行くぞ、と声をかける。
「待ちなさい! これは神に捧げる大切な試合なのよ。同一大陸に勝者が一つとなるまで移動がないのが通例。しっかりと確認すべきだわ」
アリッサの強い声にも怯まず、ウェスタは肩を竦めた。
「今までの話しだ。それに、この蝶はセルバルト聖王国がどうこう出来る者じゃない」
「確かにプルテンの機械だけど、それならそれで主催国に話を通させるのが道理でしょう?」
歩き出したウェスタに続き、アリッサも歩き出す。
歩みながら四人で会話を続けるも、平行線をたどる話しに終わりは見えそうにない。
林の中の歩き方など知らぬ茶夏の様子を見守りながら、一夏がその隣を歩く。
いったい何故こんな事になってしまったのか、と今更の様に茶桜は想いを馳せる。
そもそも茶桜は、着物を着ていなかった。
昼から急に体調が悪くなり、早退し部屋に辿り着いた所までは記憶にあった。
先ほど見た魔法の様な戦いは無論、現実的ではないし、夢物語の作り話としか映らない。
夢を見ているのだと言われるのが一番しっくり来るが、風の冷たさも空気の臭いも、歩く振動も、足の裏から感じる土も何もかもが現実だ。
ありえない、ともう一人で幾度も繰り返した言葉をまた、胸の内だけで繰り返す。
兎に角一人にされる事がない様にしなければ、とどれだけを考えて前を歩くウェスタに付いて行く。
そんな茶桜の内情を知ってか、一夏がウェスタ、と声を掛けた。
「何だ、一夏」
銀の髪を揺らし、振り返ったウェスタにひ、と隣で茶桜が小さく悲鳴を上げた。
「もう少しゆっくり歩いて。茶桜さん、あまりこういった道は歩き慣れてないようですから」
わかった、と茶桜を見ながら一つ頷く。
それから、と一夏は自身の髪を一つ掴み、ウェスタへその先を向けた。
「もう少し優しいお顔で話しては? 怖い顔ばかりだと疲れてしまいますよ」
ちら、と一夏、茶桜を見、はぁ、と溜息を大きく吐く。
整えられた銀の髪が、葉の隙間を縫い降る光に反射し、水の様に煌めく。
それだけを見れば美しい。けれど、鋭い眼差しに連想するのは不良だ。
言動から乱暴さは感じないものの、その目と合う時、茶桜は肩をビクつかせる。
どこまでも気弱そうな茶桜は、殆ど自発的に発言をしていない。
ウェスタと一夏の言葉に応えはするが、おどおどと顔色を伺う仕草が印象深かった。
人々の声が聞こえ始め、宿があった町に戻ったのだと聴覚と視覚とで認識し、肩の力を漸く抜いた茶桜の様子を横で見ながら、一夏は僅かに思案した。
一夏もまた、生まれはこの世界ではない。
ウェスタに出会う前に教えられた話しでは、人口の一割程度は召喚された者だと言う。
今まで帰れた者はおらず、その術を知る者が居るとするならば、神かあるいはアルバ王だろうと世話役の老婆は言った。
帰る方法があるのなら、帰りたいという気持ちが強い。
しかし一夏の場合、帰れるならば、と付く。
こちらで過ごすうちにこちらにも愛着が出来てしまった故だった。
しかし茶桜はどうだろうか。
それは一夏にはわからない事だ。
しかし、先伸ばしする事なく、帰る事を諦めろと告げた方がいいだろう。
それが一夏の思う優しだ。
断固として譲らぬアリッサの意を汲み、町で合流したアリッサ達の仲間も共ない、移行は速い夕食の席に付いた。
アリッサが話しを通し、少々高いが個室で、十人はテーブルを囲む。
「お話しはわかりました。私もアリッサ様がおっしゃる通り、主催国へ魚を飛ばし、アシュへ向かわれるのが宜しいかと」
フェルノーが優しい声でウェスタへ進言するも、ウェスタは首を振るう。
「過程がどうであろうと、最終的に一チームになるまで戦うんだ。なら、そんな手間に時間を割く気はない」
「それはそうですが、大陸内戦では三日以内に指定の国へ入っていなければなりません。ここからですと」
ドン、とテーブルに地図を広げ、現在地を指でトントンと叩いた。
「シュルテイナから船か、エルベルセイナから飛行艇で行くかしか方法はありません」
どちらも一日くらいの道のりよ、と茶桜へ一夏が伝えれば、はぁ、と返る。
「アシュの港口はここ、レシュ。着陸口はアシュレ」
青色の丸が港で、赤い丸が空港か、と理解しながら、茶桜もまた話を聴く。
「船の場合、こちらとは反対に港があるので、四日程かかります。故に、エルベルセイナから向かうしかない」
トン、と机を叩く音が一つ響く。顔にかかる前髪を耳へかけ、フェルノーはウェスタを見た。
「アシュは他国を空からは受け入れない」
「それは、飛行艇が着陸出来ないと言う事ですか?」
一夏が問えば、そうだ、と返った。
「ウェスタ」
一夏の声に、はぁ、と息を吐き、フェルノーが広げた地図の中、赤い点をアシュレは指す。
「正確には、一部の国の飛行艇しか着陸許可を出していない。着陸許可を持つ国は樊籠、プルテン、セルバルト聖王国、イヴァルトゥルトン大国の四国。一番近いのはプルテンだが、この国に入る手続きは三日じゃすまない。だから、イヴァルトゥルトン大国から行く」
「その通り」
フェルノーが大きく頷き、地図をなぞる。
「エルベルセイナからイヴァルトゥルトン大国へ入り、そこからアシュへと入るしかない。イヴァルトゥルトン大国へは一日あれば良いだろう。問題は、イヴァルトゥルトン大国の入国審査だ。プルトン程ではないにしろ、あちらも時間がかかる。蝶が鳴たのが今日の夕刻。明日の朝一でエルベルセイナへ向かったとして、イヴァルトゥルトン大国の着陸口に付くのは一日半後。そこからアシュレまでは二十時間程。つまり、入国手続きと出国手続きに掛けられる時間は半日しかない」
そうですね、と一夏が頷く。
ウェスタは頷く事もなく、説明を続けるフェルノーを見ていた。
「イヴァルトゥルトン大国の入国手続きは、速ければ一時間もかからないだろう。だが、今は儀式試合の最中。観光者も増える時期だ。この時期では最悪一日かかる」
「そう言えば、この町へ来る最中、どこも混んでいましたね」
一夏がポン、と手を叩く。
この時期はどこもそうよ、アリッサが頷く。
「でも、この辺りは空いている方よ? 空いててこれだもん。三日以内にアシュに入るだなんて無理よ!」
ビシ、とウェスタを指差すアリッサに、お行儀が悪いです、とパルフェイヤが注意を飛ばす。
「確かに、イヴァルトゥルトンへの入国手続きは時間がかかる。だが、俺と一夏は既に手続きを済ませてある」
「はぁ?」
声に出したのはアリッサだけだったが、他の面々も意味がわからないとウェスタを見つめた。
「イヴァルトゥルトンは天使の血を引き者の入国を許さない。輸血を行っていない限り、入国手続きにかかる時間は数分だ。俺と一夏は一度イヴァルトゥルトンで入国手続きを行っているから、再検査で済む。問題は」
そこで一度言葉を切、茶桜を見た。
「茶桜は召喚された。その事は昨日連絡を入れてある。召喚された奴らは検査を受ける必要はない。故に」
「入国手続きにかかる時間は数分で済む、と?」
今まで沈黙を守っていたアルベルが声を出す。
静かに頷いたウェスタに、まさか、と首を降った。
「ありえん。確かにイヴァルティは悪魔を祖とする吸血鬼が大半を占める国だ。故に天使を敵視し、一切の入国を認めてはいない。だが、だからと言って一度外へ出た者を天使でないと、その理由だけでやすやすと再入国を許すなど、ありえん」
そうです、とアルベルの弁に強く頷き同意し、ノノリーも口を開く。
「イヴァルティは、イヴァルトゥルトン大国はそんな生易しい国ではありません。再入国審査が簡単になるなんて、どこでそんな洞話を聞いたのかは知りませんが、イヴァルトゥルトン大国は入国審査の結果が出るまではけして入国を許しません。その間、担当官に従わなければ死罪もやむなしとなっています。そんなばかげた話しを信じてギリギリの選択をするより、確実な方法――主催国への抗議を行った方がいいです!」
一夏が、あらあら、と茶桜の手を取り、引き寄せた。
ピリ、と空気が張り詰めたのだと茶桜が気付いたのは、ウェスタが黙れ、と命じた声を聴いた後だった。
「イヴァルトゥルトン大国が天使を許さないのは、天使が危険な存在だと知っているからだ。イヴァルトゥルトン大国が入国審査中の違反者を処罰するのは、自国の安全の為。イヴァルトゥルトン大国が敵だと、国として公言しているのは天使のみ。天使以外には交友的な国だ。どの国よりも優しい、誰よりも優しい人達がいる」
待ちなさい、とアリッサが手を上げた。
「待ってよ。待ちなさいよ。その言い方、まさか、イヴァルトゥルトン大国の――悪魔なの?」
「違う」
ピシャリ、と否定し、俺は、と一度視界を閉じた。
横顔しか見る事は叶わなかったが、その横顔が泣いている様だと茶桜は感じた。
「俺の国は、八年前に滅んだ」
静かな声で、ウェスタは答えた。
八年前に滅んだ国は一つしかない。
一番新しい戦争は、この大陸で起こった。
イヴァルトゥルトン大国とアリッサの自国、アポディアの間、独立して間もない小国は八年前、神の怒りで滅んだ。
救援の手を伸ばしたのは、イヴァルトゥルトン大国ただ一国のみ。
生き残った民は皆、イヴァルトゥルトン大国で保護されていると聞いている。
ウェスタから、アリッサは目を反らした。
責める声はない。
しかし、責められていると感じ、目を反らしたのだ。
ウェスタはそれ以上は何も言わず、殆ど食べ終えた夕食の中、水差しを取り、自分のコップへと注いだ。
その僅かな音に、アリッサの肩はビクリと上がる。
「これはシュリが……お前達が神と呼ぶ者が絶対の儀式だ。アイツを俺は、けして許さない」
先に戻る、と声だけを残し、ウェスタは部屋を出た。
しん、と静まりかえった部屋の中、はぁ、と息を吐いたのは茶桜だった。
一夏へと凭れかかり、怖かったです、としがみ付く。
「そうね、あんなウェスタ、久しぶりに見たわ」
私達も行きましょうか、と茶桜を抱え立たせると、今日の対戦相手達へと目を向けた。
「私は召喚されてしばらく、どこに行けばいいのかもわからずに彷徨っていたわ。声をかけもしたし、助けも求めた。でも、誰も何もしてはくれない。それが貴方の国の姿よ、アリッサ・ベルモ姫君。ウェスタに連れられて行ったイヴァルトゥルトン大国は優しい国だったわ。生きる術も、この世界の事も、私はイヴァルトゥルトン大国で教わった。それが、私達の違いなのね」
さようなら、と茶桜の手を引き、夕日も隠れ始めた町へと出る。風は少し冷たくなっており、町を歩く人の足も僅かに速い。
「ウェスタの事、どうか怖がらないでね。色々とあったみたいで、こう、焦れているの」
「えっと、条件反射というか、ビックリするというか、あの、頑張ります」
上手い返しが見つからず、しどろもどろと答えれば、それで十分よ、と笑った。
美女の笑みは心臓に悪い、と飛び跳ねた心臓の鼓動を押さえる様に胸を掴んだ茶桜は、しかし、と足元を見る。帰る事は出来るのだろうか、と。
アリッサの剣術を短剣でいなし、パルフェイヤの魔術はウェスタに当たる前に散乱する。
隔てる壁でもある様にその素振りなく弾き、ノノリーが連射する銃弾もその見えない壁に阻まれ落ちる。
疲れも見せず、時折ナイフを投げながら間合いを詰め、胸倉を掴み一気に投げ飛ばし、次へと向かう。
ウェスタ、アリッサの蝶篭から出された二羽の蝶は赤く青くと忙しなく色を変えながら試合範囲たる白く淡く発行するリングの上をひらりひらりと舞い踊る。
パルフェイヤの腕を掴み、大きく回転した後投げれば、高く結ばれた青い髪が大きく舞い、地に倒れているアリッサが叫ぶ声を背に掛け、最後の一人、ノノリーが小さく悲鳴を上げるのと、その肩が掴まれたのは殆ど同時だった。
重さを感じていないのか、軽々とノノリーもまた外野へと投げ出すと、ウェスタの伝言蝶がアリッサの蝶を食らった。
「お疲れ様でした、ウェスタ」
リングも消え、魔術防壁を消した一夏が杖を僅かに掲げた。
それに応える事もなく、ウェスタは蝶を籠へと誘う。
「アシュ。アシュ」
蝶から聞こえたガラ付いた声にビク、と肩を震わせた茶桜に、大丈夫ですよ、と一夏が笑う。
痛い、と傷の痛みを訴えながらも立ち上がった三人はウェスタが持つ蝶篭の蝶を指差した。
「アシュって、大陸違いじゃない! こいつ壊れてるんじゃないの? 同一大陸に参加者が居る場合、大陸は渡らないはずよ」
土の付いた頬をノノリーに拭われながら、アリッサが大きく叫ぶ。
その言にそうだな、と返すウェスタであるが、その声は僅かに弱い。
「いいわ、私からも直訴するわ。大会運営国に行くわよ。ここにはあの国もあるのに、そうやすやすと終える筈がないわ」
「あの国?」
思わず、オウム返しに問うた茶桜の声に、じろ、と睨むも肩を大きく跳ねさせごめんなさいぃ、と大きく頭を下げる姿に、先日召喚されたばかりの少女の言と知れば、いいのよ、とアリッサは本来の笑みを携える。
「昨日召喚されたばかりですもの。知らないのも当然ね。この大陸には、最果てにイヴァルトゥルトン大国があるの。イヴァルティはこの大陸一の強国で、魔法だけならどの国よりも強いわ。大会が始まってまだ三週間。こんなに速く優勝候補国が負けるなんてありえないわ!」
グ、と握りこぶしを作るアリッサの後ろ、二人もまたイヴァルトゥルトンが既に敗退しているとは考えていないらしく、アリッサの弁に頷いた。
「私は一度、先代に付き赴いた事がありますが、イヴァルトゥルトン大国の端、地図にもないような小さな町でさえ、正規護衛が模擬選で手こずっていました。首都には無論それ以上の実力者が居る事でしょう。そう考えれば、既に敗退しているとは考えずらいです。確認すべく、大会運営をしているセルバルト聖王国へ魚を送った方がいいでしょう」
そうだよ、とノノリーもまた頷くが、ウェスタは三人に首を降った。
「その必要はない。このままアシュへ向かう」
乱れた銀髪を手櫛で整え、武器を納めると、一夏と茶桜の横へと歩き、行くぞ、と声をかける。
「待ちなさい! これは神に捧げる大切な試合なのよ。同一大陸に勝者が一つとなるまで移動がないのが通例。しっかりと確認すべきだわ」
アリッサの強い声にも怯まず、ウェスタは肩を竦めた。
「今までの話しだ。それに、この蝶はセルバルト聖王国がどうこう出来る者じゃない」
「確かにプルテンの機械だけど、それならそれで主催国に話を通させるのが道理でしょう?」
歩き出したウェスタに続き、アリッサも歩き出す。
歩みながら四人で会話を続けるも、平行線をたどる話しに終わりは見えそうにない。
林の中の歩き方など知らぬ茶夏の様子を見守りながら、一夏がその隣を歩く。
いったい何故こんな事になってしまったのか、と今更の様に茶桜は想いを馳せる。
そもそも茶桜は、着物を着ていなかった。
昼から急に体調が悪くなり、早退し部屋に辿り着いた所までは記憶にあった。
先ほど見た魔法の様な戦いは無論、現実的ではないし、夢物語の作り話としか映らない。
夢を見ているのだと言われるのが一番しっくり来るが、風の冷たさも空気の臭いも、歩く振動も、足の裏から感じる土も何もかもが現実だ。
ありえない、ともう一人で幾度も繰り返した言葉をまた、胸の内だけで繰り返す。
兎に角一人にされる事がない様にしなければ、とどれだけを考えて前を歩くウェスタに付いて行く。
そんな茶桜の内情を知ってか、一夏がウェスタ、と声を掛けた。
「何だ、一夏」
銀の髪を揺らし、振り返ったウェスタにひ、と隣で茶桜が小さく悲鳴を上げた。
「もう少しゆっくり歩いて。茶桜さん、あまりこういった道は歩き慣れてないようですから」
わかった、と茶桜を見ながら一つ頷く。
それから、と一夏は自身の髪を一つ掴み、ウェスタへその先を向けた。
「もう少し優しいお顔で話しては? 怖い顔ばかりだと疲れてしまいますよ」
ちら、と一夏、茶桜を見、はぁ、と溜息を大きく吐く。
整えられた銀の髪が、葉の隙間を縫い降る光に反射し、水の様に煌めく。
それだけを見れば美しい。けれど、鋭い眼差しに連想するのは不良だ。
言動から乱暴さは感じないものの、その目と合う時、茶桜は肩をビクつかせる。
どこまでも気弱そうな茶桜は、殆ど自発的に発言をしていない。
ウェスタと一夏の言葉に応えはするが、おどおどと顔色を伺う仕草が印象深かった。
人々の声が聞こえ始め、宿があった町に戻ったのだと聴覚と視覚とで認識し、肩の力を漸く抜いた茶桜の様子を横で見ながら、一夏は僅かに思案した。
一夏もまた、生まれはこの世界ではない。
ウェスタに出会う前に教えられた話しでは、人口の一割程度は召喚された者だと言う。
今まで帰れた者はおらず、その術を知る者が居るとするならば、神かあるいはアルバ王だろうと世話役の老婆は言った。
帰る方法があるのなら、帰りたいという気持ちが強い。
しかし一夏の場合、帰れるならば、と付く。
こちらで過ごすうちにこちらにも愛着が出来てしまった故だった。
しかし茶桜はどうだろうか。
それは一夏にはわからない事だ。
しかし、先伸ばしする事なく、帰る事を諦めろと告げた方がいいだろう。
それが一夏の思う優しだ。
断固として譲らぬアリッサの意を汲み、町で合流したアリッサ達の仲間も共ない、移行は速い夕食の席に付いた。
アリッサが話しを通し、少々高いが個室で、十人はテーブルを囲む。
「お話しはわかりました。私もアリッサ様がおっしゃる通り、主催国へ魚を飛ばし、アシュへ向かわれるのが宜しいかと」
フェルノーが優しい声でウェスタへ進言するも、ウェスタは首を振るう。
「過程がどうであろうと、最終的に一チームになるまで戦うんだ。なら、そんな手間に時間を割く気はない」
「それはそうですが、大陸内戦では三日以内に指定の国へ入っていなければなりません。ここからですと」
ドン、とテーブルに地図を広げ、現在地を指でトントンと叩いた。
「シュルテイナから船か、エルベルセイナから飛行艇で行くかしか方法はありません」
どちらも一日くらいの道のりよ、と茶桜へ一夏が伝えれば、はぁ、と返る。
「アシュの港口はここ、レシュ。着陸口はアシュレ」
青色の丸が港で、赤い丸が空港か、と理解しながら、茶桜もまた話を聴く。
「船の場合、こちらとは反対に港があるので、四日程かかります。故に、エルベルセイナから向かうしかない」
トン、と机を叩く音が一つ響く。顔にかかる前髪を耳へかけ、フェルノーはウェスタを見た。
「アシュは他国を空からは受け入れない」
「それは、飛行艇が着陸出来ないと言う事ですか?」
一夏が問えば、そうだ、と返った。
「ウェスタ」
一夏の声に、はぁ、と息を吐き、フェルノーが広げた地図の中、赤い点をアシュレは指す。
「正確には、一部の国の飛行艇しか着陸許可を出していない。着陸許可を持つ国は樊籠、プルテン、セルバルト聖王国、イヴァルトゥルトン大国の四国。一番近いのはプルテンだが、この国に入る手続きは三日じゃすまない。だから、イヴァルトゥルトン大国から行く」
「その通り」
フェルノーが大きく頷き、地図をなぞる。
「エルベルセイナからイヴァルトゥルトン大国へ入り、そこからアシュへと入るしかない。イヴァルトゥルトン大国へは一日あれば良いだろう。問題は、イヴァルトゥルトン大国の入国審査だ。プルトン程ではないにしろ、あちらも時間がかかる。蝶が鳴たのが今日の夕刻。明日の朝一でエルベルセイナへ向かったとして、イヴァルトゥルトン大国の着陸口に付くのは一日半後。そこからアシュレまでは二十時間程。つまり、入国手続きと出国手続きに掛けられる時間は半日しかない」
そうですね、と一夏が頷く。
ウェスタは頷く事もなく、説明を続けるフェルノーを見ていた。
「イヴァルトゥルトン大国の入国手続きは、速ければ一時間もかからないだろう。だが、今は儀式試合の最中。観光者も増える時期だ。この時期では最悪一日かかる」
「そう言えば、この町へ来る最中、どこも混んでいましたね」
一夏がポン、と手を叩く。
この時期はどこもそうよ、アリッサが頷く。
「でも、この辺りは空いている方よ? 空いててこれだもん。三日以内にアシュに入るだなんて無理よ!」
ビシ、とウェスタを指差すアリッサに、お行儀が悪いです、とパルフェイヤが注意を飛ばす。
「確かに、イヴァルトゥルトンへの入国手続きは時間がかかる。だが、俺と一夏は既に手続きを済ませてある」
「はぁ?」
声に出したのはアリッサだけだったが、他の面々も意味がわからないとウェスタを見つめた。
「イヴァルトゥルトンは天使の血を引き者の入国を許さない。輸血を行っていない限り、入国手続きにかかる時間は数分だ。俺と一夏は一度イヴァルトゥルトンで入国手続きを行っているから、再検査で済む。問題は」
そこで一度言葉を切、茶桜を見た。
「茶桜は召喚された。その事は昨日連絡を入れてある。召喚された奴らは検査を受ける必要はない。故に」
「入国手続きにかかる時間は数分で済む、と?」
今まで沈黙を守っていたアルベルが声を出す。
静かに頷いたウェスタに、まさか、と首を降った。
「ありえん。確かにイヴァルティは悪魔を祖とする吸血鬼が大半を占める国だ。故に天使を敵視し、一切の入国を認めてはいない。だが、だからと言って一度外へ出た者を天使でないと、その理由だけでやすやすと再入国を許すなど、ありえん」
そうです、とアルベルの弁に強く頷き同意し、ノノリーも口を開く。
「イヴァルティは、イヴァルトゥルトン大国はそんな生易しい国ではありません。再入国審査が簡単になるなんて、どこでそんな洞話を聞いたのかは知りませんが、イヴァルトゥルトン大国は入国審査の結果が出るまではけして入国を許しません。その間、担当官に従わなければ死罪もやむなしとなっています。そんなばかげた話しを信じてギリギリの選択をするより、確実な方法――主催国への抗議を行った方がいいです!」
一夏が、あらあら、と茶桜の手を取り、引き寄せた。
ピリ、と空気が張り詰めたのだと茶桜が気付いたのは、ウェスタが黙れ、と命じた声を聴いた後だった。
「イヴァルトゥルトン大国が天使を許さないのは、天使が危険な存在だと知っているからだ。イヴァルトゥルトン大国が入国審査中の違反者を処罰するのは、自国の安全の為。イヴァルトゥルトン大国が敵だと、国として公言しているのは天使のみ。天使以外には交友的な国だ。どの国よりも優しい、誰よりも優しい人達がいる」
待ちなさい、とアリッサが手を上げた。
「待ってよ。待ちなさいよ。その言い方、まさか、イヴァルトゥルトン大国の――悪魔なの?」
「違う」
ピシャリ、と否定し、俺は、と一度視界を閉じた。
横顔しか見る事は叶わなかったが、その横顔が泣いている様だと茶桜は感じた。
「俺の国は、八年前に滅んだ」
静かな声で、ウェスタは答えた。
八年前に滅んだ国は一つしかない。
一番新しい戦争は、この大陸で起こった。
イヴァルトゥルトン大国とアリッサの自国、アポディアの間、独立して間もない小国は八年前、神の怒りで滅んだ。
救援の手を伸ばしたのは、イヴァルトゥルトン大国ただ一国のみ。
生き残った民は皆、イヴァルトゥルトン大国で保護されていると聞いている。
ウェスタから、アリッサは目を反らした。
責める声はない。
しかし、責められていると感じ、目を反らしたのだ。
ウェスタはそれ以上は何も言わず、殆ど食べ終えた夕食の中、水差しを取り、自分のコップへと注いだ。
その僅かな音に、アリッサの肩はビクリと上がる。
「これはシュリが……お前達が神と呼ぶ者が絶対の儀式だ。アイツを俺は、けして許さない」
先に戻る、と声だけを残し、ウェスタは部屋を出た。
しん、と静まりかえった部屋の中、はぁ、と息を吐いたのは茶桜だった。
一夏へと凭れかかり、怖かったです、としがみ付く。
「そうね、あんなウェスタ、久しぶりに見たわ」
私達も行きましょうか、と茶桜を抱え立たせると、今日の対戦相手達へと目を向けた。
「私は召喚されてしばらく、どこに行けばいいのかもわからずに彷徨っていたわ。声をかけもしたし、助けも求めた。でも、誰も何もしてはくれない。それが貴方の国の姿よ、アリッサ・ベルモ姫君。ウェスタに連れられて行ったイヴァルトゥルトン大国は優しい国だったわ。生きる術も、この世界の事も、私はイヴァルトゥルトン大国で教わった。それが、私達の違いなのね」
さようなら、と茶桜の手を引き、夕日も隠れ始めた町へと出る。風は少し冷たくなっており、町を歩く人の足も僅かに速い。
「ウェスタの事、どうか怖がらないでね。色々とあったみたいで、こう、焦れているの」
「えっと、条件反射というか、ビックリするというか、あの、頑張ります」
上手い返しが見つからず、しどろもどろと答えれば、それで十分よ、と笑った。
美女の笑みは心臓に悪い、と飛び跳ねた心臓の鼓動を押さえる様に胸を掴んだ茶桜は、しかし、と足元を見る。帰る事は出来るのだろうか、と。
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この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
予言姫は最後に微笑む
あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。
二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。
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