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5話
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観光客で賑わうとの言葉の通り、飛行艇も満員に近く、降口は人波でごった返していた。
人波に続き荷物を受け取り停留所から抜け出せば、ヨーロッパを思わせる街並みが広がっていた。
石造りの建物や、鉄筋コンクリートだろう建物と、見た目に差は感じられない。
「ウェスタ!」
人波をかき分け、迷惑そうな目を向けられるも気にせずにタックルするように飛び付いた人は、ウェスタの首に手を回し、満点の笑みでその頬に頬を寄せた。
ふんわりと動きに合わせて揺れる髪は一つにまとめられ、僅かに黄みを持つ髪は桃色。
瞳までは茶桜の位置から解らないが、染めているとは思えぬ程に自然な色の髪を揺らし、ウェスタと同じコートをまとった女性――少女は恋人の様にウェスタと抱擁を交わしている。
恋人なのかと思い一夏を見れば、一夏もパチパチと目を瞬いていた。
「エイル嬢、戯れはそれまでだ」
ぐい、と首根っこを捕まえ、飛び付いた少女を引き剥がすと、ウェスタの上から下までをじろりと見渡し、ふむ、と一つ頷いた。
ふんわりとした少女とは対称に、背筋をピンと伸ばし、腰に剣を携えている女性は赤い。
髪も、目も、衣服も赤く、しかしその格好はロリータの様にフリルが飾られ、頭にはウサギの飾りを付けている。
「ウェルメリオ様、お久しぶりです」
赤色で身を包んだ女性に深く礼をすれば、良い、と片手を軽く上げた。
恰好に違和感を感じながらも、着物よりはましかもしれない、と茶桜は思い直す。
「あ、ウェルメリオ様だ!」
「ほんとぉだ! ウェルメリオ様!」
飛行艇の停留所ともなればそれなりに人も多く、その一人が声を上げれば名を聞いた人波が一斉に動き、ウェスタの目前へ立つウェルメリオへと注がれる。
それに慣れた様に手を振り応え、こっちだ、とウェスタ達三人を先導する。
あちこちから上がる声は高く、きゃっきゃ、とそこかしこで聞こえる声援に応えながら誘導された先に止められていたのは、馬車の様だった。
馬ではなくアシカの様な動物が繋がれてはいたが、馬車同様にこのアシカが引くのだろう。
恐らく、と困惑が隠しきれない茶桜に、あれは猫車ですよ、と笑い手を引く。
アシカにしか見えませんよね、と交えながら連れ立って乗り込む。
「着くまでに話せる所まで話してしまいましょう」
見た目以上に広々とした部屋で、中央に置かれたテーブルの上に置かれたカップに、ウェルメリオにエイル嬢と呼ばれた少女がお茶をそれぞれのカップへと注ぐ。
「私はウェルメリオ・ロッソ。イヴァルトゥルトン王の側近を務めている。そしてこちらが」
「テュール・エイルです。ウェルメリオ様の所でお世話になっています」
ウェルメリオの隣へ腰を落ち着け、ウェスタから連絡は受けていますよ、と茶桜を見た目は、青葉の様に若々しい緑だった。
「茶桜さんには、簡単な検査で良い、と王もおっしゃっておられます。茶桜さんは本国預かりとなりますので、私達と同様、イヴァルトゥルトン大国にて席を置いて頂く事となりますね。アシュへの入国の際に必要になる物も準備は出来ていますから、今日は王へ謁見して頂き、直ぐにでも出立となるでしょう」
王? と聞き返した茶桜に、そうだ、と簡単に頷いたのはウェルメリオである。
そんな簡単に会える者なのかと隣を見れば、一夏もまたぽかんとした顔をしていた。
ウェスタも少々戸惑いはあるようだが、一夏程の驚きはない。
「王がそう望まれた。他国は知らんが、我がイヴァルトゥルトンの王は絶対だ。王が望む。それだけで十分なのだ」
ニコリとウェルメリオが微笑んだ横、テュールもまた、まぁあの王ですからね、と微笑んでいた。
それよりお茶が冷めますよ、とカップを傾けて見せた。
それに倣いウェスタも自身のカップを持つ。
はぁ、と大きく息を付き、一夏が、それを見茶桜もカップを取る。
薄赤い色の飲み物から香るのは、紅茶の様だった。
一口飲めば見た目の通り紅茶の味がした。
「そうだ。兄が会いたがっていたぞ。こちらの予定は伝えたからな。タイミングが合えば会う事になるだろう」
先生が、とウェスタがやや大きな声を上げれば、そうだな、とやはり面白いらしく、クク、と肩を揺らした。
「兄がな、この大陸には骨のある奴がいないと嘆いていてな。時間がない事はあちらも同じだろうが、一試合はあると心得ろ」
ウェルメリオの言葉に、ウェスタは複雑そうな顔を向ける。
それに諦めろとウェルメリオはお茶のおかわりを催促した。
テュールがポットから新しいお茶を注ぎ入れる。
コポコポとカップの中で踊る紅茶の匂いを嗅ぎながら、茶桜は二人の会話に耳を傾ける。
どうやらウェルメリオの兄、アーガレスがウェスタの身元引受人らしく、アーガレスの元で剣術を学びながら生活していたらしい。
その話は一夏も初耳の様で、時折気になった事を質問している。
テュールもまた、久しぶりにウェスタと合う事を喜んでいる様子で、何それと旅先での話を聞きたがった。
茶桜はぼんやりと、疎外感程でもなく、けれど話しの輪に入ってまで話す事もなく、紅茶を飲みながら外の様子を眺め、通勤中に電車の中で曲を聞く様に。
景色は大きく変わらずに、街並みはテレビや雑誌で見たヨーロッパとやはり似ている。
紅茶をもう一口飲みこみ、あぁこれは現実なのだと、急に悲しくなった。僅かに緩んだ目元に、ウェルメリオは口元を指で閉じた。
一夏はそれに、僅かに目を泳がせ、しかしそれ以上はせず会話へと戻る。
それぞれの心中などお構いなしに、室内は紅茶の香りに包まれ続けていた。
猫車が着いたのは、見上げる程に高い城の前だった。
頭から動物の耳や、角を生やした者達や、背に羽を持つ人々を見、やはり茶桜は混乱する。
猫車の中で零れた涙は簡単に拭える程であったが、涙腺が緩んだのか泣いてしまいそうだった。
おはようございます、こんにちは、と挨拶と共に出迎えられ猫車から降りた第一歩。
カツ、とブーツと玄関ホールの床が鳴った音は固くハッキリとしていた。
「あぁウェスタ! 待ちくたびれたよ」
穏やかな落ち着いた声がウェスタを呼び、軽く手を振りながら歩いて来る男は柴犬の様に人懐っこい笑みで足取りも軽くウェスタの方へと歩く。
その歩みは遅く、手を繋ぐ白い少女の歩調に合わせている様だった。
「陛下!」
ギョ、と目を開き、慌ててウェルメリオが片膝を付けば、習いテュール、ウェスタも片膝を付く。
少女が制するように手を僅かに上げると、そうだね、と男性がうん、と頷いた。
「楽にしなさい。どうせここには、僕らしかいないのだからね」
堅苦しいのは苦手だしね? と少女に笑えば、勿論、と少女も笑みで返す。
それならば、と立ち上がったウェルメリオに、お迎えご苦労様、と少女が労う。
ところで、と柔らかそうな髪を揺らしながら、男性が立ちつくす二人へと視線を向けた。
「君達が一夏と、茶桜かな? はじめまして。僕の事はヴィレインと呼んでくれるかい。そしてこちらが」
「アルバです」
子供特有の高い声は落着きを払い、銀の髪に透き通る肌の白さ、身に纏う衣服も白く、目もまた白い白の少女は二人を見上げ、歓迎します、とそれぞれの手を取った。
「え? あの?」
戸惑い声を上げ、思わずウェスタを見た茶桜に、その様に、と答えられてはそれ以上の事は出来ない。
一夏もまた困惑しながらもウェスタに頷き、少女の好きにさせている。
「行きましょう? 皆も着いて来て」
誰か、お茶を運んで頂戴、と命令しなれた声に近くに控えていた黒いドレスの女性が頭を下げた。
今回の儀式はどうでしたか、と少女がウェスタに問いながら、それに大袈裟な程丁寧に、一つの言葉にも気を使い答える様はこの白い少女がただの少女ではないと物語る。
ヴィレインはそんなアルバを優しく見守っている。
ヴィレインが案内する形で重そうな扉の前、控えていたメイドが一礼し大きく扉を開けば、淡いグリーンと白で統一された室内が落着き迎えた。
「じゃぁ二人は僕と一緒にこっちだね」
行こうか、とヴィレインが一夏、そして茶桜を見つめ室内にある戸を開き手招く。
ちら、と一夏を見ればやはりウェスタを見、頷いた事を確認し行きましょう、と茶桜の手を引き戸へ潜った。
中扉で繋がった隣の部屋もまた落ち着いた――薄い青と白で統一されていた。
テーブルが中央付近に置かれ、椅子は三つ。
掛けて、と促されるままに腰を降ろせばさてと、とヴィレインが癖なのか、首を僅かに傾げた。
「まずは、イヴァルトゥルトンへようこそ。早速で悪いけれど、茶桜さんはどちらかな?」
「私です」
片手を少し上げ答えると、そうか、とテーブルに置かれたケースから一つ、ピアスを持ち上げた。
「一夏さんはもう持っていたよね?」
一夏の方を向き問う声に、はい、と髪に隠れた耳を出し見せればうん、と一つ頷く。
「これは言語変換を行ってくれる。最低限だけでは旅をするのに不便だからね。茶桜さんが僕の言葉を理解出来るのは、僕がこれを着け、君がわかる言葉でしゃべっているからなんだ。まだ全言語の変換は出来ないんだけど、ウェスタくんの言葉が判らないと不便だろう?」
どうぞ、と渡されたピアスは、ピアスにしては大きめな宝石が一つ飾られただけのシンプルな物だった。
一夏の物を見れば、石の色は赤く、茶桜の手にある物は透明で、良く良く見れば宝石だと思った物は石ではなく、変換機のカバーの様な物なのか、中に機械らしい物が僅かに見て取れた。
「君の血液をこの石に染み込ませれば登録は完了するんだ。着ける時に直接血液が入るから、少し痛いだけで後はおしまいだよ」
麻酔はいるかな、と問う表情は穏やかだが、拒否権は見当たらない。
「麻酔をして頂けますか? 確かに少し痛かったですから。それでいいかしら、茶桜さん?」
する、と入ったフォローにはい、と頷くとわかったよ、とヴィレインは頷き、ケースから湿った布を取った。
「耳をこちらへ」
髪を後ろへ掛け、ヴィレインへ耳を向けると、布で丁寧に耳たぶを拭かれた。
スゥーとアルコール消毒の様な感触がし、麻酔塗るからね、とクリームを塗られる。
「一夏さんと会うのははじめてだったかな?」
「はい、はじめてです」
そうか、そうか、とピアスを茶桜の手から受け取り貼り先を当てる。
耳たぶからは何も感じはしないが、視界に入ればやはり怖い、と目をつぶると、大丈夫だからね、と注射を怖がる子供の様に宥められた。
「はい、おしまい」
少しの痛みもなく終わった事に、耳へと指を伸ばせばひんやりと冷たく硬い石に当たった。
「うん、綺麗な黄色に染まったね」
人によって色が違うんだ、面白いだろう? と笑い、さてと、と先ほどよりも表情を固くし、茶桜を真っ直ぐに見たヴィレインに自然、背筋が伸びた。
「茶桜、君は元の世界に帰る事を諦めなければならない」
ハッキリと、ヴィレインは茶桜に告げた。
ぼんやりと、異世界から来たという一夏がここに居る事にもしや、と浮かんだ考えはあっさりと公定され、それでも、ここで返事を返す事も全ての希望を捨ててしまう事の様で何かを言う事は出来なかった。
唇を噛みしめ、握った拳に力が入り服に皺が寄った。
一夏もまた、ヴィレインからではないが告げられていた。
けして元の世界へ帰る事は出来ない、と。
一夏は未練らしい未練はない。
通販で買った服や、冷蔵庫の中身や、アパートの家賃に実家の両親、弟達。
友達や職場の人々と、思う事は多々あった。
二度と会えないのかと思えば伝えたい事もあったが、それは未練と呼べるほど強い物ではなかった。
気薄だったのだろう、と一夏は振り返る。
しかし、茶桜はどうだろうか。
帰りたい、と彼女は口にしなかった。
思いはしたのだろうと短い時間ではあったがそれは感じていた。
口に出してそれを否定されたら、と気弱そうな彼女はそう思い、言えずにいたのだろうとは想像するに容易い。
「茶桜は運が悪かった。この世界へ来てしまった運の悪さ。そして、儀式試合にエントリーされた運の悪さ。君の選択肢はとても少ない」
俯いた茶桜からヴィレインへ視線を移せば、穏やかな顔で僅かに悲しそうに茶桜を見ていた。
「伝えない事も、ない希望を持たせるのも、酷だとアルバは考えているし、僕も同意見だ。だからまず、伝えた。君はウェスタと共に儀式試合に臨む事になった。イヴァルトゥルトンの民ではないが、ウェスタはイヴァルトゥルトン預かりとなっている。君が今選ぶ事が出来るのは、ウェスタ預かりとなるか、イヴァルトゥルトン預かりとなるか、だ。ここまでは解ったかい?」
ゆっくりと上がった茶桜の頬は濡れ、眉は下がりに下がり静かに泣く茶桜に思わずその手を取った一夏の手を握った茶桜の手が温かった事に、ほ、と息を付く。
知らず、一夏も緊張していたらしいと息を吐き、手を握ったままヴィレインを見上げた。
「ウェスタ預かりの場合、ウェスタがイヴァルトゥルトン預かりである間だけはイヴァルトゥルトン大国として君を助けよう。あくまで、ウェスタが君についてイヴァルトゥルトンへ助力を求めた時と限定はされるが、彼は素気ないが優しいからね、気楽に我儘を言って困らせてあげるといい。一夏もウェスタ預かりだったかな?」
問われ、そうですと答えればじゃぁウェスタが許す限りは一夏とも一緒だね、と笑う表情はやはり穏やかだ。
「取り敢えず、今の生活に不便はまぁ、時々あるけどキャンプだと思えば何とかなるわね」
茶桜への言葉にようやく、そっか、と茶桜は答えた。
「お話し中に失礼いたします」
下から響いた声に思わず床を見るも誰もおらず、気のせいだったのかと顔を上げると、玄関ホールで見た黒いドレスの女性がヴィレインの隣に立っていた。
驚きに引っ込んだ涙、ぱちぱちと瞬きの度に細かな粒となって散った。
「茶桜様、宜しければこちらでお顔をお拭きくださいませ」
差し出されたタオルをはい、と受け取り、頬へと当てればふんわりとした極上の手触りに頬をぐりぐりと押さえつける様に涙を拭う。
「紹介しよう。彼女はオーヴィラ。陛下の側近の一人だよ」
ヴィレインの紹介に一礼だけし、これで失礼致します、と一礼すれば、床に足から呑まれ消えたオーヴィラに、一夏と茶桜は言葉なく瞬いた。
「驚いたかな? この世界は魔術が生きる世界だからね。早く慣れるといいね」
微笑んだヴィレイン優しい声で面白いなぁと頬杖を付いた。
人波に続き荷物を受け取り停留所から抜け出せば、ヨーロッパを思わせる街並みが広がっていた。
石造りの建物や、鉄筋コンクリートだろう建物と、見た目に差は感じられない。
「ウェスタ!」
人波をかき分け、迷惑そうな目を向けられるも気にせずにタックルするように飛び付いた人は、ウェスタの首に手を回し、満点の笑みでその頬に頬を寄せた。
ふんわりと動きに合わせて揺れる髪は一つにまとめられ、僅かに黄みを持つ髪は桃色。
瞳までは茶桜の位置から解らないが、染めているとは思えぬ程に自然な色の髪を揺らし、ウェスタと同じコートをまとった女性――少女は恋人の様にウェスタと抱擁を交わしている。
恋人なのかと思い一夏を見れば、一夏もパチパチと目を瞬いていた。
「エイル嬢、戯れはそれまでだ」
ぐい、と首根っこを捕まえ、飛び付いた少女を引き剥がすと、ウェスタの上から下までをじろりと見渡し、ふむ、と一つ頷いた。
ふんわりとした少女とは対称に、背筋をピンと伸ばし、腰に剣を携えている女性は赤い。
髪も、目も、衣服も赤く、しかしその格好はロリータの様にフリルが飾られ、頭にはウサギの飾りを付けている。
「ウェルメリオ様、お久しぶりです」
赤色で身を包んだ女性に深く礼をすれば、良い、と片手を軽く上げた。
恰好に違和感を感じながらも、着物よりはましかもしれない、と茶桜は思い直す。
「あ、ウェルメリオ様だ!」
「ほんとぉだ! ウェルメリオ様!」
飛行艇の停留所ともなればそれなりに人も多く、その一人が声を上げれば名を聞いた人波が一斉に動き、ウェスタの目前へ立つウェルメリオへと注がれる。
それに慣れた様に手を振り応え、こっちだ、とウェスタ達三人を先導する。
あちこちから上がる声は高く、きゃっきゃ、とそこかしこで聞こえる声援に応えながら誘導された先に止められていたのは、馬車の様だった。
馬ではなくアシカの様な動物が繋がれてはいたが、馬車同様にこのアシカが引くのだろう。
恐らく、と困惑が隠しきれない茶桜に、あれは猫車ですよ、と笑い手を引く。
アシカにしか見えませんよね、と交えながら連れ立って乗り込む。
「着くまでに話せる所まで話してしまいましょう」
見た目以上に広々とした部屋で、中央に置かれたテーブルの上に置かれたカップに、ウェルメリオにエイル嬢と呼ばれた少女がお茶をそれぞれのカップへと注ぐ。
「私はウェルメリオ・ロッソ。イヴァルトゥルトン王の側近を務めている。そしてこちらが」
「テュール・エイルです。ウェルメリオ様の所でお世話になっています」
ウェルメリオの隣へ腰を落ち着け、ウェスタから連絡は受けていますよ、と茶桜を見た目は、青葉の様に若々しい緑だった。
「茶桜さんには、簡単な検査で良い、と王もおっしゃっておられます。茶桜さんは本国預かりとなりますので、私達と同様、イヴァルトゥルトン大国にて席を置いて頂く事となりますね。アシュへの入国の際に必要になる物も準備は出来ていますから、今日は王へ謁見して頂き、直ぐにでも出立となるでしょう」
王? と聞き返した茶桜に、そうだ、と簡単に頷いたのはウェルメリオである。
そんな簡単に会える者なのかと隣を見れば、一夏もまたぽかんとした顔をしていた。
ウェスタも少々戸惑いはあるようだが、一夏程の驚きはない。
「王がそう望まれた。他国は知らんが、我がイヴァルトゥルトンの王は絶対だ。王が望む。それだけで十分なのだ」
ニコリとウェルメリオが微笑んだ横、テュールもまた、まぁあの王ですからね、と微笑んでいた。
それよりお茶が冷めますよ、とカップを傾けて見せた。
それに倣いウェスタも自身のカップを持つ。
はぁ、と大きく息を付き、一夏が、それを見茶桜もカップを取る。
薄赤い色の飲み物から香るのは、紅茶の様だった。
一口飲めば見た目の通り紅茶の味がした。
「そうだ。兄が会いたがっていたぞ。こちらの予定は伝えたからな。タイミングが合えば会う事になるだろう」
先生が、とウェスタがやや大きな声を上げれば、そうだな、とやはり面白いらしく、クク、と肩を揺らした。
「兄がな、この大陸には骨のある奴がいないと嘆いていてな。時間がない事はあちらも同じだろうが、一試合はあると心得ろ」
ウェルメリオの言葉に、ウェスタは複雑そうな顔を向ける。
それに諦めろとウェルメリオはお茶のおかわりを催促した。
テュールがポットから新しいお茶を注ぎ入れる。
コポコポとカップの中で踊る紅茶の匂いを嗅ぎながら、茶桜は二人の会話に耳を傾ける。
どうやらウェルメリオの兄、アーガレスがウェスタの身元引受人らしく、アーガレスの元で剣術を学びながら生活していたらしい。
その話は一夏も初耳の様で、時折気になった事を質問している。
テュールもまた、久しぶりにウェスタと合う事を喜んでいる様子で、何それと旅先での話を聞きたがった。
茶桜はぼんやりと、疎外感程でもなく、けれど話しの輪に入ってまで話す事もなく、紅茶を飲みながら外の様子を眺め、通勤中に電車の中で曲を聞く様に。
景色は大きく変わらずに、街並みはテレビや雑誌で見たヨーロッパとやはり似ている。
紅茶をもう一口飲みこみ、あぁこれは現実なのだと、急に悲しくなった。僅かに緩んだ目元に、ウェルメリオは口元を指で閉じた。
一夏はそれに、僅かに目を泳がせ、しかしそれ以上はせず会話へと戻る。
それぞれの心中などお構いなしに、室内は紅茶の香りに包まれ続けていた。
猫車が着いたのは、見上げる程に高い城の前だった。
頭から動物の耳や、角を生やした者達や、背に羽を持つ人々を見、やはり茶桜は混乱する。
猫車の中で零れた涙は簡単に拭える程であったが、涙腺が緩んだのか泣いてしまいそうだった。
おはようございます、こんにちは、と挨拶と共に出迎えられ猫車から降りた第一歩。
カツ、とブーツと玄関ホールの床が鳴った音は固くハッキリとしていた。
「あぁウェスタ! 待ちくたびれたよ」
穏やかな落ち着いた声がウェスタを呼び、軽く手を振りながら歩いて来る男は柴犬の様に人懐っこい笑みで足取りも軽くウェスタの方へと歩く。
その歩みは遅く、手を繋ぐ白い少女の歩調に合わせている様だった。
「陛下!」
ギョ、と目を開き、慌ててウェルメリオが片膝を付けば、習いテュール、ウェスタも片膝を付く。
少女が制するように手を僅かに上げると、そうだね、と男性がうん、と頷いた。
「楽にしなさい。どうせここには、僕らしかいないのだからね」
堅苦しいのは苦手だしね? と少女に笑えば、勿論、と少女も笑みで返す。
それならば、と立ち上がったウェルメリオに、お迎えご苦労様、と少女が労う。
ところで、と柔らかそうな髪を揺らしながら、男性が立ちつくす二人へと視線を向けた。
「君達が一夏と、茶桜かな? はじめまして。僕の事はヴィレインと呼んでくれるかい。そしてこちらが」
「アルバです」
子供特有の高い声は落着きを払い、銀の髪に透き通る肌の白さ、身に纏う衣服も白く、目もまた白い白の少女は二人を見上げ、歓迎します、とそれぞれの手を取った。
「え? あの?」
戸惑い声を上げ、思わずウェスタを見た茶桜に、その様に、と答えられてはそれ以上の事は出来ない。
一夏もまた困惑しながらもウェスタに頷き、少女の好きにさせている。
「行きましょう? 皆も着いて来て」
誰か、お茶を運んで頂戴、と命令しなれた声に近くに控えていた黒いドレスの女性が頭を下げた。
今回の儀式はどうでしたか、と少女がウェスタに問いながら、それに大袈裟な程丁寧に、一つの言葉にも気を使い答える様はこの白い少女がただの少女ではないと物語る。
ヴィレインはそんなアルバを優しく見守っている。
ヴィレインが案内する形で重そうな扉の前、控えていたメイドが一礼し大きく扉を開けば、淡いグリーンと白で統一された室内が落着き迎えた。
「じゃぁ二人は僕と一緒にこっちだね」
行こうか、とヴィレインが一夏、そして茶桜を見つめ室内にある戸を開き手招く。
ちら、と一夏を見ればやはりウェスタを見、頷いた事を確認し行きましょう、と茶桜の手を引き戸へ潜った。
中扉で繋がった隣の部屋もまた落ち着いた――薄い青と白で統一されていた。
テーブルが中央付近に置かれ、椅子は三つ。
掛けて、と促されるままに腰を降ろせばさてと、とヴィレインが癖なのか、首を僅かに傾げた。
「まずは、イヴァルトゥルトンへようこそ。早速で悪いけれど、茶桜さんはどちらかな?」
「私です」
片手を少し上げ答えると、そうか、とテーブルに置かれたケースから一つ、ピアスを持ち上げた。
「一夏さんはもう持っていたよね?」
一夏の方を向き問う声に、はい、と髪に隠れた耳を出し見せればうん、と一つ頷く。
「これは言語変換を行ってくれる。最低限だけでは旅をするのに不便だからね。茶桜さんが僕の言葉を理解出来るのは、僕がこれを着け、君がわかる言葉でしゃべっているからなんだ。まだ全言語の変換は出来ないんだけど、ウェスタくんの言葉が判らないと不便だろう?」
どうぞ、と渡されたピアスは、ピアスにしては大きめな宝石が一つ飾られただけのシンプルな物だった。
一夏の物を見れば、石の色は赤く、茶桜の手にある物は透明で、良く良く見れば宝石だと思った物は石ではなく、変換機のカバーの様な物なのか、中に機械らしい物が僅かに見て取れた。
「君の血液をこの石に染み込ませれば登録は完了するんだ。着ける時に直接血液が入るから、少し痛いだけで後はおしまいだよ」
麻酔はいるかな、と問う表情は穏やかだが、拒否権は見当たらない。
「麻酔をして頂けますか? 確かに少し痛かったですから。それでいいかしら、茶桜さん?」
する、と入ったフォローにはい、と頷くとわかったよ、とヴィレインは頷き、ケースから湿った布を取った。
「耳をこちらへ」
髪を後ろへ掛け、ヴィレインへ耳を向けると、布で丁寧に耳たぶを拭かれた。
スゥーとアルコール消毒の様な感触がし、麻酔塗るからね、とクリームを塗られる。
「一夏さんと会うのははじめてだったかな?」
「はい、はじめてです」
そうか、そうか、とピアスを茶桜の手から受け取り貼り先を当てる。
耳たぶからは何も感じはしないが、視界に入ればやはり怖い、と目をつぶると、大丈夫だからね、と注射を怖がる子供の様に宥められた。
「はい、おしまい」
少しの痛みもなく終わった事に、耳へと指を伸ばせばひんやりと冷たく硬い石に当たった。
「うん、綺麗な黄色に染まったね」
人によって色が違うんだ、面白いだろう? と笑い、さてと、と先ほどよりも表情を固くし、茶桜を真っ直ぐに見たヴィレインに自然、背筋が伸びた。
「茶桜、君は元の世界に帰る事を諦めなければならない」
ハッキリと、ヴィレインは茶桜に告げた。
ぼんやりと、異世界から来たという一夏がここに居る事にもしや、と浮かんだ考えはあっさりと公定され、それでも、ここで返事を返す事も全ての希望を捨ててしまう事の様で何かを言う事は出来なかった。
唇を噛みしめ、握った拳に力が入り服に皺が寄った。
一夏もまた、ヴィレインからではないが告げられていた。
けして元の世界へ帰る事は出来ない、と。
一夏は未練らしい未練はない。
通販で買った服や、冷蔵庫の中身や、アパートの家賃に実家の両親、弟達。
友達や職場の人々と、思う事は多々あった。
二度と会えないのかと思えば伝えたい事もあったが、それは未練と呼べるほど強い物ではなかった。
気薄だったのだろう、と一夏は振り返る。
しかし、茶桜はどうだろうか。
帰りたい、と彼女は口にしなかった。
思いはしたのだろうと短い時間ではあったがそれは感じていた。
口に出してそれを否定されたら、と気弱そうな彼女はそう思い、言えずにいたのだろうとは想像するに容易い。
「茶桜は運が悪かった。この世界へ来てしまった運の悪さ。そして、儀式試合にエントリーされた運の悪さ。君の選択肢はとても少ない」
俯いた茶桜からヴィレインへ視線を移せば、穏やかな顔で僅かに悲しそうに茶桜を見ていた。
「伝えない事も、ない希望を持たせるのも、酷だとアルバは考えているし、僕も同意見だ。だからまず、伝えた。君はウェスタと共に儀式試合に臨む事になった。イヴァルトゥルトンの民ではないが、ウェスタはイヴァルトゥルトン預かりとなっている。君が今選ぶ事が出来るのは、ウェスタ預かりとなるか、イヴァルトゥルトン預かりとなるか、だ。ここまでは解ったかい?」
ゆっくりと上がった茶桜の頬は濡れ、眉は下がりに下がり静かに泣く茶桜に思わずその手を取った一夏の手を握った茶桜の手が温かった事に、ほ、と息を付く。
知らず、一夏も緊張していたらしいと息を吐き、手を握ったままヴィレインを見上げた。
「ウェスタ預かりの場合、ウェスタがイヴァルトゥルトン預かりである間だけはイヴァルトゥルトン大国として君を助けよう。あくまで、ウェスタが君についてイヴァルトゥルトンへ助力を求めた時と限定はされるが、彼は素気ないが優しいからね、気楽に我儘を言って困らせてあげるといい。一夏もウェスタ預かりだったかな?」
問われ、そうですと答えればじゃぁウェスタが許す限りは一夏とも一緒だね、と笑う表情はやはり穏やかだ。
「取り敢えず、今の生活に不便はまぁ、時々あるけどキャンプだと思えば何とかなるわね」
茶桜への言葉にようやく、そっか、と茶桜は答えた。
「お話し中に失礼いたします」
下から響いた声に思わず床を見るも誰もおらず、気のせいだったのかと顔を上げると、玄関ホールで見た黒いドレスの女性がヴィレインの隣に立っていた。
驚きに引っ込んだ涙、ぱちぱちと瞬きの度に細かな粒となって散った。
「茶桜様、宜しければこちらでお顔をお拭きくださいませ」
差し出されたタオルをはい、と受け取り、頬へと当てればふんわりとした極上の手触りに頬をぐりぐりと押さえつける様に涙を拭う。
「紹介しよう。彼女はオーヴィラ。陛下の側近の一人だよ」
ヴィレインの紹介に一礼だけし、これで失礼致します、と一礼すれば、床に足から呑まれ消えたオーヴィラに、一夏と茶桜は言葉なく瞬いた。
「驚いたかな? この世界は魔術が生きる世界だからね。早く慣れるといいね」
微笑んだヴィレイン優しい声で面白いなぁと頬杖を付いた。
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予言姫は最後に微笑む
あんど もあ
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ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。
二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
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セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
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