ホーボー・ホーボー魔導具を巡る冒険

アトアン・グリューゼン

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王都マリエスブール

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 静かな月明りの下、黒髪の少女が窓辺に置かれた水鏡に月を浮かべ、一人瞑想している。机には魔術書が並べられている。

「誰!?」

 何者かの気配を感じ少女が振り向くと、一人の女が月明りに照らされ音もなく立っていた。

「!!」

 少女は突然あらわれた女に押し倒され、強烈な力でベッドに抑え込まれる。

「んっ!!? うっ!んー!!んー!!」

 女は少女を押さえつけ、白く柔らかな首筋に牙を突き立てる。

「ああっ!!、がっあっ、ああっ、ああ……」

 少女の力が抜けてゆく、助けを求めようとするも上手く声を発することが出来ない。

「あ……あ…………」

 少女の意識が薄れ闇に消えていく……
 
・・・・・・・・・

 ハイディとアンリの二人は王都マリエスブールを訪れていた。

 マリエスブールの名は古代帝国の時代、西方諸族への抑えとしてマリエス川のほとりに築かれた城塞が元になっている。余談だが、天災や治水工事によってマリエス川の流れが変わった為、古代帝国の時代に築かれた城塞があった場所は王都マリエスブールからは少々離れている。

「アンリ、マリエスブールまでの護衛すまないね、帰りも頼むよ……近頃は物騒だから、あたしのようなか弱い女の子の一人歩きは面倒ごとに巻き込まれかもしれんからな」

「ハイディ、あんた強いだろ、確か学生時代は主席だったんだろ?」

「魔術師をさらってどうこうしようという連中もいるからな、用心に越したことはない、あと、帝国で魔術を学んでいた頃のあたしは主席ではなく次席だ……まあ、昔の話だよ
……ああ、アンリ馬車に積んだ薬と魔法石、下すの手伝ってくれ」

 二人はマリエスブール魔術師協会への火薬と魔法石の引き渡しを終えた後、マリエスブール郊外にあるルカの家に向かった。

「ルカさん、ハイディだ」

 ハイディがルカの家のドアを叩く。

「ハイディ先生、本日はわざわざ来ていただいてありがとうございます」

 ルカはやつれた様子でハイディ達を迎え入れた。

「ルカさん気にしないでくれ」

「では、ハイディ先生こちらへ」

 寝室のベッドにルカの妻が横たわっていた、やつれて頬がこけ、顔色がすぐれない。

「魔術師のハイディだ、よろしく」

「……ハイディさん?お願いします」

 ルカの妻は上体を起こすと、やつれた身体からか細い声を絞り出した。ハイディはルカの妻の服をまくり、彼女の腹部に触れる。

「やはり、リゾーム中毒のようだ……思ったよりも体内のリゾームの濃度が濃いな」

「どうでしょうか先生?」

「危険な状態というわけではないが注意が必要だろう、そういえば、医師に見せたと言ったが、どんな方かね?」

「ヴィットーリオという方でした、丸眼鏡をかけた栗毛の男で……たしかロザーナの出身で神聖帝国に留学して医術を学んだそうで」

「ほうロザーナ人か……ヴィットーリオか……まあよくある名だな」

「物腰のやわらかな方でした」

「しかし何故、リゾーム中毒になったんだ、王都周辺の瘴気濃度はさほど高くないはずだが……
近くの井戸水を調べたが、水が瘴気に汚染されているわけでもなかったが……」

「私にもわかりません……」

「そういえば、さっき魔術師協会で聞いたんだが、王都周辺で若い女が昏睡状態になる事件が起きてるらしいが……」

「……」

「まあ取り敢えず、また薬を出しておく」

・・・・・・・・

 アンリとハイディはルカの自宅を後にし、マリエスブール市街を歩いている。

「さて、アンリどうする」

「オレは少し街を回ってくるよ」

「そうか、あたしは先に宿で休んでるよ、今夜は王都魔術学校の連中と飲もうと思ってたんだが、今日は何だか怠いし疲れたよ……運動不足かな?やはり20代の頃とは体が違うな」

 ……マリエスブールの市街にはマリエス川から伸びた運河が張り巡らされ、街の拡張と発展に取り残された古い城壁が緑にまみれて佇んでいる。

「ねえ、もしかしてアンリ?」

 ハイディと別れ石畳を一人歩くアンリの足を女の声が止めた。

「ルーネよく会うな」

「ご機嫌よう、アンリ」

「もしかして、オレの後をつけてるのか?」

「まさか、マリエスブールで手に入れたいものがあったのよ」

「へえ……ルーネ少し雰囲気変わったな、艶っぽくなった」

「ありがとう、わかる?この前に貴方から貰ったバフォメットの心臓のお陰で身体の調子が最高にいいの、魔性が強化されて身体の奥から魔力がムクムク湧いてきて……胸も少し大きくなったし、魔力が身体に馴染んで肉体がどんどん強化されていくのが感じられて、最高にいい気分よ、頭も冴えるし、肌の調子もいいし」

「絶好調みたいだな」

「こんなに身体の調子がいいのはなかなかないわね
今日、淵術協会で淵術刻印の調整もしてもらって、とても気分がいいの」

 そう言うとルーネは自身の太ももに刻まれた淵術刻印を撫でた。

「あと、術式が刻まれた下着も仕立てて新調したの、値は張ったけどね、いい下着は女の身体に馴染んでくれるの、ねえ、アンリ今から一緒に街の外へ出かけない?」

「今から?もうすぐ日が暮れるぞ?」

「絶好調の身体を試してみたいのよ……少し遠くへ魔獣討伐に行かない?淵術刻印が活性化して夜目も前より利くようになったし、一人で腕試しに行こうかと思ったんだけど、気持ちがハイになってるときに一人で無茶をして失敗するといけないからね」

「やめとくよ、もう宿を取ってるんでね」

「じゃあ、胸を貸してくれないかしら?貴方に今のわたしの全力を受け止めて欲しんだけど、魔性強化と魔力制御術式が刻まれた新しい下着の具合も確かめたいし、日頃の鍛錬の成果を試したいの、体の底から濃い魔力がどんどん湧いてきて……身体が熱くて堪らないのよ……もちろんタダでとは言わないわ……あとでお礼するから」

 アンリを見つめるルーネの瞳が銀色に輝いている。

「明日も仕事なんだ、アンタが相手じゃ身体がもたないよ」

「……そう、残念ね」

「ルーネ、王都で何か変わったことはないか?」

「王都にいる淵術士仲間もこの辺の瘴気の濃度が上がってるわけじゃないのに、魔力の上昇を感じているみたい、もしかしたら魔導具の共鳴作用かもしれないわ……淵術刻印は術者の肉体を瘴気を魔力に変換する魔導具に変えるようなものだから、カストルの何処かで強力な魔導具が稼働してるとか?……アンリ何か知らない?」

「さあ、わからないな」

「ふーん、そう……そういえば、アンリはどうしてマリエスブールにいるの?」

「ハイディの仕事の手伝いで来たんだ」

「へえ、ハイディさんと一緒なの?」

「ああ」

「ねぇ、わたしもついて行っていい?」

「多分戦闘はないぞ」

「……何だか面白そうなことがありそうじゃない」

「いいぜ、ちょうど淵術のことについて色々聞きたかったしな」
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