神代永遠とその周辺

7番目のイギー

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#61 永遠と刹那と庸子と玲乃 ―ヘアスタジオ レノ②―

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「うん、いいよいいよツナちゃん……そうそう! じゃあ今度は左手を腰に添えて……いいねいいねグッド! 可愛いよ~ツナちゃん! 最の高~!」

 ……えっと。ヨーコさんのイメージが私の中で、音を立ててガラガラと崩れ去ってしまったのですが。いや、そうじゃないね。『カメラマンとしてのヨーコさん』という情報がアップデートされた、かな。でもすごくヨーコさんイキイキしてて、こんなアクティブな彼女もいいな、と細目でその背中を追っていた。

 もちろん被写体であるツナのノリの良さは言うに及ばずで、必要ないのに「イエーイ!」とか「ウエーイ!」とか言って可愛いポーズをどんどん繰り出していた。
 イエーイとウエーイって何が違うの? 気持ちの問題? なんて二人を見守ってると、

「はい! ツナちゃんお疲れ様。少し休憩挟んで次は永遠とわちゃんいってみようか?」

 それまで私の横で撮影を静観してた玲乃れのさんが、手を数回叩いて声をかける。なんか『大物プロデューサー』感がすごい。というかいつの間にかサングラスしてるし。

「ツナちゃんほんと良かった。私も気持ちよく撮れたわ、ありがとう」
「こちらこそだよヨーコさん! 気分はもうマヨちゃんだったし!」

 ツナが言う『マヨちゃん』というのは、彼女が愛読してるティーン向けファッション雑誌の人気読者モデル『マヨ』のことで、ツナは基本、その子のコーデを参考に服選びをしてるのだ。二人のタイプは似てるからね、小さ可愛くて大きめの胸とか。
 ちなみに今日のツナのコーデは、ボトムがダメージデニムのショートパンツ。で、ネイビーのキャミの上にオフホワイトのオーバーサイズリネンシャツ。足元は黒いキャンバスのデッキシューズ。うん、どこから見てもツナらしいコーデだ。

「いやいやツナちゃん、マヨにも負けてないよ!」
「そ、そうですか? ってかアミさんってマヨちゃん知ってるんだ?」
「うん、ね」
「マヨちゃん有名だもんね! 私もあんな風になりたいなー。って無理かー」
「ううん、全然ツナちゃんイケてたよ!」

 二人はキャッキャしながら待合室の椅子で、用意されたペットボトルのお茶をゴクゴク飲み干す。確かにあんな照明当てられたら暑いよね。というか次、私なんだよね……。あんなツナみたいなポーズ、私にできるのかなと少し不安になる。掌は汗が見たことないくらいに滲んでる。ギター弾いてもこんなにならないのに。

「大丈夫よ永遠さん。ポーズは指示するから、その通りにしてくれれば」
「う、うん……。うまく出来なかったらごめんね?」
「大丈夫だからね……永遠さんならできるよ……それっ」
「!」
「おおぅ……これが永遠とヨーコさんのイチャイチャ……眼福だのう」
「庸子ちゃんも変わったわね……お姉ちゃん感動だよ」
「「尊すぎて浄化されそうです、店長!」」

 予期せずに来たヨーコさんの柔らかいハグ。びっくりしたけど、徐々に心がほっこりして緊張も解れてくる。そしてギャラリーさんたち、好き勝手言わないで!

「はい永遠さん。ヨーコさんパワー、注入したからねっ」
「……ありがと。うん、もう大丈夫……その……よろしくお手柔らかにお願いします」
「! も、もう……はい、じゃあそろそろホリゾントに移動して?」

 耳を真っ赤に染めたヨーコさんに促され、覚悟を決めて撮影に臨む。

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

 美容室に飾るためのバストアップ撮影は、何事も無く順調に進んだ。

「じゃあ次は横向きで……はい、オーケー。じゃあ最後に後ろ姿くださーい」

 ってヨーコさんの的確かつ冷静な指示で終わる。で、問題はその後。全身撮影の『自由演技』なんだけど――

「ハァハァ……素敵素敵素敵素敵……ポケットに手を入れて足を少し開いて……そうそう……いい、いい、いい……これが役得これが役得これが役得……」

 ツナの時のそれとは違い、ヨーコさんはおかしなテンションでシャッターを切りまくる。目も座っちゃってるし、息遣いも正直変態さんのそれだよ……そんなこと口が裂けても言えないけど。

「えっと……ヨーコさんだいじょぶ? 息上がってるよ? 休憩する?」
「……少し斜め上を向いて軽く微笑ん……ハッ! だ、大丈夫よ永遠さん。全然平気……ハァハァ」

 肩を揺らして息も荒く答えるヨーコさん。ねぇ、全然平気じゃないよそれ。汗もすごいかいてるもん。仕方ない、を出しますか。

「平気じゃないよヨーコさん。私もちょっとだけ喉乾いちゃったから、少し休憩しよ? この後も最後まで付き合うから……
「っ! ……そうね、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎちゃった」

 最近はずっとヨーコさんの必殺技『ダメ?』をくらってばかりだったからね。ここが使い所でしょう!
 ダメ押しで彼女の頭を優しく撫でて、グッと顔を近づけて、

「はい、よくできましたヨーコさん」
「!! それオーバーキルだよ永遠さん……」

 たちまち顔も耳も真っ赤に染まるヨーコさん。
 少しぐったりした彼女の背中を摩りながらテーブルへと促せば、ふらふらと椅子に座り深呼吸、お茶を一気飲みした。うん、やっぱり喉乾くよね、じゃあ私もいただこうかな。

「どう? 落ち着いた?」
「うん、もう大丈夫。ほんとごめんね永遠さん」
「側から見てたけど、鬼気迫るというか正気の沙汰じゃないというか……チョーキマってたよ!」
「ってツナ! そんなこと言っちゃダメ! 一生懸命頑張ってるヨーコさん素敵だったからね! ほんとだよ!?」
「うん、わかってる。私もこんなになるなんて想定外だったけど。でも、いい写真は撮れてると思う。ちょっと自信あるのよ!」

 そう高らかに宣言したヨーコさんの横顔は、達成感に満ち満ちて輝いて見えた。私もギターや絵が好きだけど、ここまでにはならない。だからちょっと羨ましさを覚えた。ほんのちょっとだけどね。

 とまぁ色々ドタバタしたんだけど。これ、まだ『ビフォー』なんだよね……。

「さて、あとちょっとだけ撮ろうかな? 永遠さんお願い」
「うん、了解!」
「じゃあツナちゃんもカット始めようか?」
「はーい! 玲乃さんお願いしまーす!」

 そうして私とヨーコさんはホリゾントへ。ツナはセットチェアへ向かうのであった。
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