神代永遠とその周辺

7番目のイギー

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#63 永遠と刹那と庸子と玲乃 ―ヘアスタジオ レノ④―

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♪~♫~

 アコギの音、手触り、弦の振動。どれもこれも新鮮だ。弾きながらそんな感覚が私を支配する。私が今までずっとエレキギターばかり弾いていたのは『パパがそれしか送ってこなかったから』で、要するにアコースティックギター自体をよく知らないってだけなのだ。だからこうして弾いてみると、アコギっていいかも。アンプも必要ないし。

 ビー◯ルズにしてもストー◯ズにしても、曲によってはアコギって使ってるもんね。ならなぜパパはアコギを送ってこなかったのかな?

「やっぱりギターを持つと違うね永遠とわさん、『カワッコイイ』マシマシだよ! じゃあちょっと斜に構えてみて……うんうんいいよいいよ!」

 今、『ヘアスタジオ レノ』はちょっとしたライブハウスになっていた。もちろん演者は私。観客はたった5人。人前で歌うなんてほとんど経験ないけど、意外と悪くない。実際は鼻歌に近いハミングですけど。
 
 そういえばパパってこれ以上の、それこそ数万人を前に演奏することもあるんだよね? 一体どんな気持ちなんだろう……緊張しないの?

 ちなみに歌っているのは主に50年代のスタンダードナンバー。このあたりの曲はコード進行も単純だし、コード弾きくらいならすぐにできちゃう。しかも曲も短いから覚えるのも容易という、実にお得なジャンルである。

 それはさて置き、せっかく目の前にヨーコさんがいるのにビー◯ルズを演らないのにはちゃんと理由があるのだ。ただでさえ半トランス状態の彼女に大好きなビー◯ルズなんか弾き始めちゃったら……と思いつつ、今ビー◯ルズを演ったら彼女はどうなっちゃうかな? なんて不穏なことも思ったりして。

 おそらく撮影も佳境だよねとヨーコさんに視線を移せば、肩で息してだいぶお疲れの様子。なら、それを癒してあげようかなとそれまで弾いていた曲を止め、フーッと深い呼吸で二酸化炭素を排出した。

「ワン・ツー・スリー・フォー……♪~♫~」
「!! 永遠さんそれ……」

 そう、奏でたその曲はもちろんビー◯ルズの『And Y◯ur Bird Can Sing』。ヨーコさんが大好きなあの曲だ。でも、お泊まり会でセッションみんなで合奏したものとは違う。

 これは正確に言うと『And Y◯ur Bird Can Sing(first version/take2)』。最近出た『リボ◯バー(スペシャルエディションデラックス)』という、新たにリマスタリングしたCDで二枚組のアルバムの中の一曲。ディスク1は通常の『リボ◯バー』なんだけど、ディスク2はアルバム未収録のヴァージョンなんかが収録されていて、その中に入っているのが『And Y◯ur Bird Can Sing(first version/take2)』なのだ。first versionだけあって、アレンジがだいぶ違う。ジョ◯の4カウントから始まるこのヴァージョンは、印象的なギターイントロもなく、綺麗なアルペジオがその代わりを担ってる。で、私はこれを弾いたというわけ。

「このヴァージョン視聴したらね、すごくよかったから私も買っちゃったんだ、二枚組のやつ」
「永遠さん買ったんだ……私もこのヴァージョン好きなの。でも私は『スペシャル・エディション5CDスーパー・デラックス』買っちゃった!」

 ちょっとドヤ顔の彼女もふんすと宣言する。まぁ私より好きだもんねビー◯ルズ……って『5CDスーパーデラックス』!?

「ほんとに!? あれ高いよね?」
「えぇ……貯金、切り崩しました……」

 おぉ……さすがマニアのヨーコさん。あれ、私もチラッと通販サイトで見たけど、二万何某とかしてたもんね。

 シャッターを切る手を止めずにヨーコさんのリボ◯バー語りが始まる。
 
 詳しいことはわからないけど、各楽器がミックスされた4チャンネルのマスターテープから楽器各パートを分離して、新たにミックス・リマスターしてあるんだって。だから音がグンとよくなってたのか! かがくのちからってすげー!

「というわけで今回デミックスされた『リボ◯バー』は買って当たり前なの、永遠さん!」
「は、はぁ……ソウデスネ……デミックス?」

 なんて話をしつつも演奏は止めず、いつしか会話も途切れ、気づけばヨーコさんも『And Y◯ur Bird Can Sing』を口ずさむ。それは私の歌と絡み合い、さらにツナの歌も溶け合う。

【 I'll be 'round, I'll be 'round(そばにいるよ、そばにいるよ)】

 こんないい曲なのになんでジョ◯はこの曲が好きじゃないんだろう。
 みんなと一緒なんだって実感できるこの曲、私は大好きだよ。

 ひとしきり『And Y◯ur Bird Can Sing』を楽しめば、長かったアフター撮影は充実とともに無事終わった。

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

「「玲乃さん、今日はありがとうございました!」」
「いえいえ私たちも楽しくできたもの。お礼を言うのはこちらの方だよ」
「そうですよ! 二人ともすっごくイケてます!」
「アミ、今度はメイク頑張りますから期待しててね、二人とも!」
「今日はいい写真、撮れてると思う……ありがとう二人とも」

 ツナと私、お互いに顔を見合わせる。目に映るのは本当に素敵な髪型に生まれ変わったお友達だ。

「私はマイナーチェンジって感じだけど、永遠はもうフルモデルチェンジだよ!」
「うん。確かに。なんか自分じゃない、って感じだもん」

 お店の鏡に映る自分を遠巻きに見やる。自分で言うのもなんだけど、すごく素敵に変身させてもらったよ。でもこれはあくまで。もうちょっと頑張って『ほんとの姿』に戻るんだから。

「うわ、もうこんな時間じゃん。そろそろお暇しないと」

 ツナに言われて時計を見ればもう18時。結構長いことお邪魔しちゃったね。
 ちなみに今日もツナはうちにお泊まりが確定してるんだけど、ヨーコさんはどうする? と機材を片付ける彼女の背中に声を掛ける。

「今日は遠慮しておくわ。本当はお泊まりしたいところだけど、片付けもあるし、これからみんなで写真のセレクトもしなくちゃいけないの。ごめんね永遠さん」
「ううん、気にしないで。でも片付けなら私たちも手伝うよ?」
「そうだよヨーコさん、三人でやれば三倍早いよ!」
「……そうね、じゃあお願いしようかな。永遠さんはあの布ホリゾントを回収して畳んでくれる? ツナちゃんには照明と三脚の撤収をお願いします」
「「はぁい」」

 私は下げられた布をどうにかこうにか取り外す。天井から吊り下げた上に床を大きく覆うだけあって、かなりの大きさを誇るそれを畳むんだけど、なにこれ大きい。なるべく埃が立たないようにしないとね。
 ツナはツナで、普段見ることも少ない三脚とか照明にドタバタ悪戦苦闘してる。

「ヨーコさん! これどうやって小さくすればいいのー!?」
「それはここのツマミをグッと回してからレバーを……そうそれで大丈夫よ」
「ひいぃ、これがあと三個かあぁぁ」
「これって少ないくらいなのよ? プロの現場だとこの倍以上――」
「マジか……カメラマンすげぇ……よし、じゃあ奥に運んどくね」

 ツナ、そんなに一気に運ばなくてもいいのに。重いし危ない……あ、転んだ。
 慌ててツナに駆け寄る。もちろん手に絆創膏と携帯用の小さい消毒薬。これも私の常備品のひとつなんだけど、使うのはほぼツナ。私は彼女の救急隊員でもあるのだ。なにしろツナは昔から活発で怪我もしょっちゅうだったから、いつの間にか救急セットを持ち歩くようになってた。

「いだいよぉ永遠~」
「無理するからだよ……はい、絆創膏貼ったし、もう大丈夫」
「あ、もう治った」
「そんなわけないでしょ?」

 調子いいなぁまったく。
 そういえば前も『眠りの質を改善する乳酸飲料』が流行ってるって聞いて、二人して試しに飲んだ時も、

「ほんとにこれで眠りが改善されるのかなぁ? 美味しいからいいけど」
「永遠は知らんけど、私レベルになると容器見ただけで眠くな……zzz」

 とか言ってたし。あの時もそういえば、

「そんなわけないでしょ?」

 って笑いながら返したんだったっけ。

 そんなこんなで色々なことがあり過ぎた土曜日の黄昏時、ようやく片付けを終えた私たちは『ヘアスタジオ レノ』を後にした。


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もちろん作者が買ったのは永遠ちゃんと同じ2CDの方。だって5CD高いし笑お話としてはやっと美容室編が終わり、閑話的は話を挟んでから、新たな『永遠の周辺』が登場予定です。
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