59 / 93
【前日譚】夜明け前が一番暗い
終焉 ―無能勇者の死―
しおりを挟む
第44話「グレンの話」の補完
-----------------------------
――ああ、死ぬのか。
雪の中に倒れ込んだベルンハルトは冷静に悟る。
「グレン……」
青くなった唇は固まって上手く動かない。たった三文字を絞り出すのも酷く時間がかかった。
グレン。
ベルンハルトが短い生涯の中で一番多く紡いだのは、もしかするとその名前かもしれない。
(ああ、でも……最近はずっと“お荷物“とか“役立たず“とか……そんな呼び方ばっかりだったな)
一体、いつからだろう。
ずっと――もう霞むぐらいずっと幼い頃は、二人は仲の良い友人だったのだ。
◇◆◇
――ベル。おいで、ベルンハルト。
臆病で、病弱で。虚勢を張って人を遠ざけてしまっていたベルンハルト。
そんな彼にも優しく接し、外の世界へと連れ出してくれたのはグレンだった。
「グレン、速い……もっとゆっくり歩けって前に言っただろ」
「ああ、ごめんね」
「この愚図! オレが言ったことは一回で覚えろ」
「うん。……ね、手を繋ごうか。そうしたら、ずっと一緒に歩けるよ」
「……ふんっ。置いて行ったら、許さないからな」
「わかってるよ。何だったら、ほら……〈契約〉。――“グレン・アルナイルはベルンハルト・ミルザムの手を……」
「おいやめろ! そこまでしなくていい!」
「ははっ……冗談だよ。行こう、ベル」
手を引いてくれたのも、隣を歩いてくれるのも――グレンだけだった。
――それが壊れたのは、いつだろう。
「ベルンハルト。お前は【予言】と【剣】――二つもの素晴らしいスキルを授かった。お前は、勇者になるんだ」
ベルンハルトを疎んでいた父親が、生まれて初めて頭を撫でてくれた時か。
「だからもう、“アルナイルの忌み子“などとは金輪際関わるな」
「でも……お父様、グレンは……」
或いは、口答えしたベルンハルトを見下ろす瞳の冷淡さに固まったその瞬間か。
――違う。
「ベルンハルト。あんた、少しはグレンに感謝した方がいいぜ?」
投げつけられた言葉。
「ほら、その態度! お前なんか、グレンがいなきゃただの弱っちい役立たずのくせに」
皆がその言葉に賛同した。
「そうそうみんな本当は知ってるさ。あんたは弱い。スキルがなきゃダンジョンの攻略なんてろくに出来やしない、傲慢なおぼっちゃまだ」
「その点、グレンは良いやつだよ」
「――グレンが勇者に選ばれるべきだった」
「――お前はいらない」
皆が、ベルンハルトではなくグレンを望んだ。
――あの時から、全てが壊れ始めた。
◆◇◆
故郷を出て、広い世界に出た途端。
ベルンハルトを取り巻く雑音は酷くなった。
ベルンハルトは自らの驕りを思い知らされ、グレンの献身と、その真の実力を知ったのだ。
(オレは……怖かったんだ。このままお前の人生をオレが食い潰してしまうのが。オレの我儘で……お前を、縛り付けてしまうのが)
「はっ……」
乾いた笑いが溢れる。
(こんな時にまで自己憐憫か? 卑怯者。違うだろ。オレは、責任を取りたくなかっただけ。「お前のせいだ」と……言われたくなかっただけだ)
ベルンハルトの白い肌からは血の気が失せ、雪と同化していく。
深雪の中に残る色彩は、濁りゆく瞳の蒼と、白い衣服と肢体を穢す真紅。
そして――今も尚、煌めく金色のみ。
(ああ――あんなこと、言わなきゃよかったな)
ベルンハルトの髪と同じ色をしたグレンの双眸。
魔王の瞳――。
(気持ち悪いなんて、思ったことは一度もない。ただ、オレはずっと……怖かった。怖かっただけなんだ)
ベルンハルトがその色を嘲罵したその日から、グレンは目を伏せることが多くなった。
そして黒い髪を重く、長く伸ばして、整った面貌を隠すようになったのだ。
「グレン……ごめん、ごめんなさい……」
嘆いても、もうどこにも声は届かない。
ここには誰もいないのだから。
(セシリアもドロシーも、オレの傍からいなくなった)
当然の帰結だ。
グレンを追放し、彼のスキルによる加護を失ったことで従来の戦い方はできなくなった。
だと言うのにベルンハルトは頑なに“今まで通り“を貫き、そうしてパーティーを疲弊させ――。
彼女達は“無能“を、役立たずを見捨て去っていった。
元より世界から爪弾きにされていたベルンハルトに残されたのは、多くの冒険者から慕われていたグレンを追放したことによる“無能勇者“の汚名だけだ。
「グレン……グレ、ン……」
――オレはずっと、お前が怖かった。怖くて、恐ろしくて羨ましくて。
「レ、ン……」
――大好きだった。許されるなら、ずっと……傍にいて欲しかった。
伯爵家の嫡男。麗しい容姿。二つのスキル。名誉ある勇者の称号。
そんな全てを持っていた筈のベルンハルトが呼べる名前は、今際の際になってもたった一つ。
「グレン――」
ベルンハルトは目を閉じた。
幼い日に、手を繋いで向かった一面の花畑を思い出しながら。
-----------------------------
――ああ、死ぬのか。
雪の中に倒れ込んだベルンハルトは冷静に悟る。
「グレン……」
青くなった唇は固まって上手く動かない。たった三文字を絞り出すのも酷く時間がかかった。
グレン。
ベルンハルトが短い生涯の中で一番多く紡いだのは、もしかするとその名前かもしれない。
(ああ、でも……最近はずっと“お荷物“とか“役立たず“とか……そんな呼び方ばっかりだったな)
一体、いつからだろう。
ずっと――もう霞むぐらいずっと幼い頃は、二人は仲の良い友人だったのだ。
◇◆◇
――ベル。おいで、ベルンハルト。
臆病で、病弱で。虚勢を張って人を遠ざけてしまっていたベルンハルト。
そんな彼にも優しく接し、外の世界へと連れ出してくれたのはグレンだった。
「グレン、速い……もっとゆっくり歩けって前に言っただろ」
「ああ、ごめんね」
「この愚図! オレが言ったことは一回で覚えろ」
「うん。……ね、手を繋ごうか。そうしたら、ずっと一緒に歩けるよ」
「……ふんっ。置いて行ったら、許さないからな」
「わかってるよ。何だったら、ほら……〈契約〉。――“グレン・アルナイルはベルンハルト・ミルザムの手を……」
「おいやめろ! そこまでしなくていい!」
「ははっ……冗談だよ。行こう、ベル」
手を引いてくれたのも、隣を歩いてくれるのも――グレンだけだった。
――それが壊れたのは、いつだろう。
「ベルンハルト。お前は【予言】と【剣】――二つもの素晴らしいスキルを授かった。お前は、勇者になるんだ」
ベルンハルトを疎んでいた父親が、生まれて初めて頭を撫でてくれた時か。
「だからもう、“アルナイルの忌み子“などとは金輪際関わるな」
「でも……お父様、グレンは……」
或いは、口答えしたベルンハルトを見下ろす瞳の冷淡さに固まったその瞬間か。
――違う。
「ベルンハルト。あんた、少しはグレンに感謝した方がいいぜ?」
投げつけられた言葉。
「ほら、その態度! お前なんか、グレンがいなきゃただの弱っちい役立たずのくせに」
皆がその言葉に賛同した。
「そうそうみんな本当は知ってるさ。あんたは弱い。スキルがなきゃダンジョンの攻略なんてろくに出来やしない、傲慢なおぼっちゃまだ」
「その点、グレンは良いやつだよ」
「――グレンが勇者に選ばれるべきだった」
「――お前はいらない」
皆が、ベルンハルトではなくグレンを望んだ。
――あの時から、全てが壊れ始めた。
◆◇◆
故郷を出て、広い世界に出た途端。
ベルンハルトを取り巻く雑音は酷くなった。
ベルンハルトは自らの驕りを思い知らされ、グレンの献身と、その真の実力を知ったのだ。
(オレは……怖かったんだ。このままお前の人生をオレが食い潰してしまうのが。オレの我儘で……お前を、縛り付けてしまうのが)
「はっ……」
乾いた笑いが溢れる。
(こんな時にまで自己憐憫か? 卑怯者。違うだろ。オレは、責任を取りたくなかっただけ。「お前のせいだ」と……言われたくなかっただけだ)
ベルンハルトの白い肌からは血の気が失せ、雪と同化していく。
深雪の中に残る色彩は、濁りゆく瞳の蒼と、白い衣服と肢体を穢す真紅。
そして――今も尚、煌めく金色のみ。
(ああ――あんなこと、言わなきゃよかったな)
ベルンハルトの髪と同じ色をしたグレンの双眸。
魔王の瞳――。
(気持ち悪いなんて、思ったことは一度もない。ただ、オレはずっと……怖かった。怖かっただけなんだ)
ベルンハルトがその色を嘲罵したその日から、グレンは目を伏せることが多くなった。
そして黒い髪を重く、長く伸ばして、整った面貌を隠すようになったのだ。
「グレン……ごめん、ごめんなさい……」
嘆いても、もうどこにも声は届かない。
ここには誰もいないのだから。
(セシリアもドロシーも、オレの傍からいなくなった)
当然の帰結だ。
グレンを追放し、彼のスキルによる加護を失ったことで従来の戦い方はできなくなった。
だと言うのにベルンハルトは頑なに“今まで通り“を貫き、そうしてパーティーを疲弊させ――。
彼女達は“無能“を、役立たずを見捨て去っていった。
元より世界から爪弾きにされていたベルンハルトに残されたのは、多くの冒険者から慕われていたグレンを追放したことによる“無能勇者“の汚名だけだ。
「グレン……グレ、ン……」
――オレはずっと、お前が怖かった。怖くて、恐ろしくて羨ましくて。
「レ、ン……」
――大好きだった。許されるなら、ずっと……傍にいて欲しかった。
伯爵家の嫡男。麗しい容姿。二つのスキル。名誉ある勇者の称号。
そんな全てを持っていた筈のベルンハルトが呼べる名前は、今際の際になってもたった一つ。
「グレン――」
ベルンハルトは目を閉じた。
幼い日に、手を繋いで向かった一面の花畑を思い出しながら。
93
あなたにおすすめの小説
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中
油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。
背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。
魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。
魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。
少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。
異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。
今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。
激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ
気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話
上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。
と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。
動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。
通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話
魔王に転生したら、イケメンたちから溺愛されてます
トモモト ヨシユキ
BL
気がつくと、なぜか、魔王になっていた俺。
魔王の手下たちと、俺の本体に入っている魔王を取り戻すべく旅立つが・・
なんで、俺の体に入った魔王様が、俺の幼馴染みの勇者とできちゃってるの⁉️
エブリスタにも、掲載しています。
転生したら本でした~スパダリ御主人様の溺愛っぷりがすごいんです~
トモモト ヨシユキ
BL
10000回の善行を知らないうちに積んでいた俺は、SSSクラスの魂として転生することになってしまったのだが、気がつくと本だった‼️
なんだ、それ!
せめて、人にしてくれよ‼️
しかも、御主人様に愛されまくりってどうよ⁉️
エブリスタ、ノベリズムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる