「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの

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【前日譚】夜明け前が一番暗い

終焉 ―無能勇者の死―

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第44話「グレンの話」の補完


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 ――ああ、死ぬのか。

 雪の中に倒れ込んだベルンハルトは冷静に悟る。

「グレン……」
 
 青くなった唇は固まって上手く動かない。たった三文字を絞り出すのも酷く時間がかかった。

 グレン。
 
 ベルンハルトが短い生涯の中で一番多く紡いだのは、もしかするとその名前かもしれない。

(ああ、でも……最近はずっと“お荷物“とか“役立たず“とか……そんな呼び方ばっかりだったな)

 一体、いつからだろう。
 
 
 ずっと――もう霞むぐらいずっと幼い頃は、二人は仲の良い友人だったのだ。



 ◇◆◇


 
 ――ベル。おいで、ベルンハルト。

 
 臆病で、病弱で。虚勢を張って人を遠ざけてしまっていたベルンハルト。
 
 そんな彼にも優しく接し、外の世界へと連れ出してくれたのはグレンだった。

 
「グレン、速い……もっとゆっくり歩けって前に言っただろ」

「ああ、ごめんね」

「この愚図! オレが言ったことは一回で覚えろ」

「うん。……ね、手を繋ごうか。そうしたら、ずっと一緒に歩けるよ」

「……ふんっ。置いて行ったら、許さないからな」

「わかってるよ。何だったら、ほら……〈契約フェアトラーク〉。――“グレン・アルナイルはベルンハルト・ミルザムの手を……」

「おいやめろ! そこまでしなくていい!」

「ははっ……冗談だよ。行こう、ベル」


 手を引いてくれたのも、隣を歩いてくれるのも――グレンだけだった。


 ――それが壊れたのは、いつだろう。


「ベルンハルト。お前は【予言オラクルム】と【グラディウス】――二つもの素晴らしいスキルを授かった。お前は、勇者になるんだ」

 ベルンハルトを疎んでいた父親が、生まれて初めて頭を撫でてくれた時か。

「だからもう、“アルナイルの忌み子“などとは金輪際関わるな」

「でも……お父様、グレンは……」

 或いは、口答えしたベルンハルトを見下ろす瞳の冷淡さに固まったその瞬間か。


 ――違う。


「ベルンハルト。あんた、少しはグレンに感謝した方がいいぜ?」

 投げつけられた言葉。

「ほら、その態度! お前なんか、グレンがいなきゃただの弱っちい役立たずのくせに」

 皆がその言葉に賛同した。

「そうそうみんな本当は知ってるさ。あんたは弱い。スキルがなきゃダンジョンの攻略なんてろくに出来やしない、傲慢なおぼっちゃまだ」

「その点、グレンは良いやつだよ」


「――グレンが勇者に選ばれるべきだった」

「――お前はいらない」


 皆が、ベルンハルトではなくグレンを望んだ。


 ――あの時から、全てが壊れ始めた。


 
 ◆◇◆



 故郷を出て、広い世界に出た途端。
 ベルンハルトを取り巻く雑音は酷くなった。

 ベルンハルトは自らの驕りを思い知らされ、グレンの献身と、その真の実力を知ったのだ。

 
(オレは……怖かったんだ。このままお前の人生をオレが食い潰してしまうのが。オレの我儘で……お前を、縛り付けてしまうのが)

 
「はっ……」

 乾いた笑いが溢れる。

(こんな時にまで自己憐憫か? 卑怯者。違うだろ。オレは、責任を取りたくなかっただけ。「お前のせいだ」と……言われたくなかっただけだ)

 
 ベルンハルトの白い肌からは血の気が失せ、雪と同化していく。
 
 深雪の中に残る色彩は、濁りゆく瞳の蒼と、白い衣服と肢体を穢す真紅。

 そして――今も尚、煌めく金色のみ。

 
(ああ――あんなこと、言わなきゃよかったな)

 ベルンハルトの髪と同じ色をしたグレンの双眸。
 魔王の瞳――。

(気持ち悪いなんて、思ったことは一度もない。ただ、オレはずっと……怖かった。怖かっただけなんだ)

 ベルンハルトがその色を嘲罵したその日から、グレンは目を伏せることが多くなった。
 
 そして黒い髪を重く、長く伸ばして、整った面貌を隠すようになったのだ。


「グレン……ごめん、ごめんなさい……」

 嘆いても、もうどこにも声は届かない。
 ここには誰もいないのだから。

 
(セシリアもドロシーも、オレの傍からいなくなった)

 当然の帰結だ。
 
 グレンを追放し、彼のスキルによる加護を失ったことで従来の戦い方はできなくなった。

 だと言うのにベルンハルトは頑なに“今まで通り“を貫き、そうしてパーティーを疲弊させ――。

 彼女達は“無能“を、役立たずを見捨て去っていった。

 
 元より世界から爪弾きにされていたベルンハルトに残されたのは、多くの冒険者から慕われていたグレンを追放したことによる“無能勇者“の汚名だけだ。


 
「グレン……グレ、ン……」

 ――オレはずっと、お前が怖かった。怖くて、恐ろしくて羨ましくて。

「レ、ン……」

 ――大好きだった。許されるなら、ずっと……傍にいて欲しかった。

 
 伯爵家の嫡男。麗しい容姿。二つのスキル。名誉ある勇者の称号。

 そんな全てを持っていた筈のベルンハルトが呼べる名前は、今際の際になってもたった一つ。
 

「グレン――」


 ベルンハルトは目を閉じた。
 
 幼い日に、手を繋いで向かった一面の花畑を思い出しながら。
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