「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの

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【前日譚】夜明け前が一番暗い

絶望 ―ベルンハルトの死―

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第44話「グレンの話」の補完



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 グレンが彼をようやく見つけたとき、その身体は体温を失っていた。

「ベルンハルト……」

 グレンは小さな白い手を取って、自らの頬に押し当てた。
 その冷たい手が少しでも暖まりはしないかと――そうして、彼が甦ることを祈った。

 
 けれど、無駄だった。
 
 ベルンハルト・ミルザムはすでに死んでいたのだから。


 血と埃に汚れてもなお美しいその姿。

 白い肌は雪と同化し、長い睫毛で縁取られた青い瞳は今はもう深く閉ざされた瞼の奥。

 残った色彩は、白い服を穢す紅と――彼の忌み嫌った黄金の煌めきだけ。
 
 
「あ……」

 グレンの、彼の金糸と揃いの色の瞳から涙が溢れる。

「ベル……っ、ベル……!」

 喉奥から血の味が込み上げるのも無視し大声で名前を呼び、慟哭した。

「ああ……ああっ――!!!!」
 

(俺は、勇者になどなりたくない)

 グレンは嘆く。
 彼を救えないのならば、どんな力にも肩書きにも意味などない。
 

「ベル……俺は、貴方がいれば、他の何もいらなかったんだ……」

 ――例え傍にいることができずとも、彼が幸せになれるのならば、それで構わなかった。

 そう思っていたのに。
 
(貴方を……こんな風に、一人で死なせてしまった)

 噛み締めた唇から血が溢れる。
 グレンは血濡れた唇を、ベルンハルトの顔に寄せた。

「ベル……ベルンハルト……」

 蒼くなった彼の形良い唇がまだらに赤く染まる。グレンは紅を刷くようにその唇をなぞった。

「ああ……綺麗だ……ベルンハルト」

 赤い血で口元を染められたベルンハルトは、美しい。まるで、生きていた頃のように。

「ねぇ……覚えてる? 俺と貴方はずっと幼い頃も、こんな風な白い景色を見たね」

 この雪のように白い花が咲き乱れる花園を目指して、二人は手を取り合った。

「ベル……ずっと、ずっと一緒だ」

 二人で手を繋いで、ずっと一緒に歩いていくと誓ったのだ。

「ああ、でもあの〈契約フェアトラーク〉は結局結ばなかったんでしたね」

 そこまでしなくていい、と慌てる姿を思い出し、グレンは笑う。

「――ベルンハルト。俺はもう二度と貴方の傍を離れたりしない。貴方の手を離したりはしない……貴方のためなら、なんだってする」

 一方的な誓いは〈契約〉ではない。

 だが――その決心が、グレンに新たな力を与えた。


 内側から炎のように湧き上がってくる力。

 ――真の能力スキルが開花したのだ。


「はっ……【皇帝インペラトル】ねぇ……」

 それは、全てを手に入れることのできる万能の力だと瞬時に理解し――それから嘲笑う。


(ベルがいなくなった世界で欲しいものなど何もない)

 グレンはベルンハルトの手を強く握りしめた。

 痛いのは、怖いのはもう嫌だと――体調を崩すと彼はいつもそう溢していたのを思いだす。

 グレンは、それに何も言えなかった。
 今なら思う。根拠などなくても、言えばよかったのだ。

 自分が傍にいると――ずっと、傍にいて守ると。

(そうすれば……貴方は、笑ってくれたんだろうか)

 その答えはもう、得られない。
 彼は死んだ。

 
「……後悔しても、もう遅い」

 ベル。ベルンハルト――何度も、何度も名前を呼んだ。返事がないことをわかりつつも、ただ呼び続けた。



 ◆


 
 そうして何時間、そこで過ごしただろう。

 グレンは、ベルンハルトの亡骸を抱き上げ立ち上がり、片手を空に掲げた。

「ねぇ、ベル。貴方はこんな世界なんて、嫌いだっただろう? 俺もだよ。貴方以外の全てが嫌いだ」

 凄まじい魔力が二人の頭上で渦巻く。
 
 自然の木々や大地から湧き上がる魔力が、遠くの人々の魔力が――生きとし生けるもの全てから巻き上げ吸い取られた魔力の奔流だ。

 
 中心に佇むグレンの髪は風で持ち上がり、黄金の瞳は怒りと悲しみに煌々と輝く。
 それはまるで――御伽話の魔王のような姿をしていた。


「なら全部、壊そう。そうして新しく創り上げるんだ。――君と、俺だけの世界を」

 グレンの言葉は絵空事などではない。
 “皇帝“である彼には、それが可能だった。そして今まさにそれが実現されようとしていた。

 
 それを止めたのは、彼と同じ色の瞳を持つ猫だった。
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