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第20話 エリーゼの恋 -8-

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エリーゼは抜け殻のようになった。

そして2年が過ぎた。

結婚適齢期の娘を両親は早く嫁がせたいようだった。ノアと結婚できないのなら、夫になるのは誰だって一緒だ。一応は貴族の娘だし、政略結婚の可能性は常に考えていたから、恋愛感情のもてない男と夫婦になる覚悟は幼少時からできている。

しかし、わたしが花嫁では、相手の男性に子供のいない人生を強いることになる。子が成せない貴族の女など何の価値もない。妻に先立たれたシングルファザーの後妻に入るか、愛人などに産ませて自分の子として育てる道もあるだろうが、それはさすがに気が進まなかった。

結婚は諦めて、他の貴族の家に使用人として働きに行くことを考えた。父親の家系のツテをたどり、遠い親戚にあたる公爵家へ使用人として雇って欲しいと手紙を書いた。返信には、ある侯爵家の次男を紹介する、もし結婚が成立しないのであれば侍女として採用するとあった。

「縁談かあ」

どうせ結婚しないのに見合いなど面倒でしかなかったが、職を得るための条件なのだから受けないわけにはいかない。

縁談の相手は、カルヴィン・ボークラーク侯爵。エリーゼより5歳年上。

兄たちがあちらこちらから情報を集めてきてくれたが、侯爵は社交の場にはほとんど顔を出さないため有用な話はあまり得られなかった。

ほんの数年前に爵位を継ぎ、領主になってからは精力的に領地運営をしているようで、領地は経済的に潤っている。実業家としてもかなりのやり手らしい。ただ、降ってくる縁談はすべて断っており、あまりに女性を寄せ付けないので、社交界では変わり者の独身主義者と呼ばれている。また、仕事中毒とか金にしか興味のない冷徹人間だとまことしやかに囁かれているようだ。

どんな変人かと覚悟を決めて、エリーゼは見合いに臨んだ。



指定された日に侯爵邸へ向かった。カルヴィン・ボークラーク当主は、みずから出迎えてくれた。

初めて会ったカルヴィンは穏やかで落ち着いていて、実年齢よりも年上にみえた。喜怒哀楽の塊のようなノアとは真逆なタイプ。

兄たちによると、美丈夫の長男と比べて次男は地味で華がないなどと言われているそうだが、十分にハンサムといえる顔立ちだ。

人の噂などあてにならないものだと、エリーゼは思った。


カルヴィンには愛する人がいるという。その女性と結ばれることは叶わないが、生涯愛していきたいと切なそうに語った。

エリーゼはカルヴィンのそんな姿に自分を重ねていた。

私も結ばれたい男性ノアとは結婚できなかった。この先もずっとノアと過ごした輝くような日々を忘れられることはないだろう。

こんなことを真っ先に打ち明けてきたのは、おそらくエリーゼの方から結婚を断らせる為に違いない。女性が恥をかかないよう、自分が悪者になるつもりでいることは容易に想像できた。カルヴィンの優しい人柄がうかがえる。

エリーゼは好印象を持った。たとえ男女の愛がなくても、この人とならきっと家族として敬いながら暮らしていける。気づいたら自分から結婚を申し込んでいた。

カルヴィンはどうにか諦めさせようとしていたが、エリーゼの粘りに負けて、最後には結婚を承諾してくれた。



結婚生活が始まってからのカルヴィンは、思った通り、誠実で思いやりのある人だった。領民からの支持も厚く、使用人たちからも慕われている。

カルヴィンのことは心から尊敬できたし、知れば知るほど、彼の役に立つ家族になりたいという思いを強くした。家庭が夫にとって癒しの場所になるよう、女主人として屋敷のことには精一杯気を配った。


彼の想い人が、義姉のミーシャだということはすぐにわかった。ミーシャは可憐という言葉がぴったりの女性だった。おそらく男性なら誰もが守ってあげたくなるような、温室で大切に育てられた薔薇の花のような愛くるしさ。

やるせなそうにミーシャを見つめるカルヴィン。決して口にはできない想いを胸に秘めている苦しさはエリーゼにも理解できた。かつてノアに片思いしていた日々を思い出す。好きで好きでたまらないのに、必死で無関心を装っていたっけ。


義父の誕生会のあった夜、カルヴィンにキスされた。酒の勢いもあったのだろうか、彼らしからぬ行動に驚きはしたが、触れられて少しも嫌だとは感じなかった。

エリーゼを抱きしめながら、せつなげにミーシャの名前を呼ぶカルヴィンの心をたとえひと時でも慰めてあげたいと思った。ベッドに誘うと、カルは素直に従った。このような経験は初めてなのか、ぎこちなかったが、エリーゼの身体に触れるその手には優しさが溢れていた。

その後も求められるままにカルヴィンに抱かれた。

幾度となく夜を過ごすうちに、最初はいっぱいいっぱいだったカルヴィンにも余裕が出てきた。エリーゼの感じるところを探し当て、丁寧に愛撫してくる。もともと体の相性もいいのだろう、今では蕩かされるばかりだ。性格もあるのか、わざと焦らしたり、ベッドの中で駆け引きをするようなことはせずに、エリーゼの望むまま快楽を与えてくれた。

始まりは確かに義姉ミーシャの身代わりだった。最愛の女性への表には出せない恋心をエリーゼにぶつけていた。

しかし、いつしか、カルヴィンはミーシャの代理ではなく、エリーゼ自身を求めてくるようになった。閨でミーシャの名前を呼ぶことはなくなり、足しげく通っていた本邸にもめったなことではいかなくなった。

エリーゼを街に連れ出したがり、望めば領地の視察にも喜んで同行させてくれた。カルヴィンが一人で遠出した時には、お菓子やアクセサリーなどのプレゼントを必ず持ち帰る。


愛など要らないと思っていたが、誰かに大切にされるのは嬉しいものだった。領主の妻としての仕事にやりがいも感じられるようになり、毎日がとても充実している。

カルヴィンから注がれる愛情は日増しに大きくなり、それを喜んで受け入れている自分がいた。


しかし、運命はときに意地悪なことをする。
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