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第22話 カルヴィンの救済 -1-
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「奥様がお戻りになりました!」
侍女のステラがカルヴィンを呼びに来た。
エリーゼの亜麻色の髪からは水滴が滴り、薄手の外套もずぶ濡れになっている。肌は血色を無くし、唇は青ざめていた。
「まさか、こんな嵐の中、歩いて帰ってきたのか?」
「旦那さま、勝手に外出しまして申し訳ございませんでした」
「そんなことは後でいい」
カルヴィンは侍女たちに命じた。
「すぐに着替えさせて、何か温かい飲み物を。急いで湯の用意を頼む」
侍女たちに付き添われて湯殿へ向かうエリーゼを見送る。
あの男と何があったのだろうか。
偽らざる気持ちを言うなら、エリーゼを閉じ込めて、もう二度と過去の男なんかと関わらせないようにしたかった。
しかし、結婚当初の約束では恋愛は自由にしていいことになっていたのだし、エリーゼが恋人を持っても責めることなどできない。
カルヴィンだって今こそエリーゼだけを愛しているが、ミーシャに恋焦がれていた時に誘われていたなら、妻がいようが喜んで愛人になっていたはずだ。
好きな男と再会できたというのなら、なぜあんなに暗い顔をしているのか。せめて幸せであってくれたらいいのに。
深い森に迷いこんだように、カルヴィンはいまだに答えを出せないでいた。
約束もなしに、本邸の侍女長のマリーが西の領主館を訪ねてきた。
二十年にもわたって勤めあげてくれているベテランで、カルヴィンも子供のころから世話をしてもらっていた。
マリーは応接室に通されるなり、深々と頭を下げる。
「カルヴィン様、どうか若奥様を助けてさしあげてください。お願いいたします」
「どうしたんだ? ミーシャに何かあったのか?」
急いで馬車を走らせ、本邸へ向かった。
ミーシャは私室のベッドに寝かされていた。顔には大きな絆創膏が張られ、右足首と右上腕には分厚く包帯がまかれていた。ほかにも大きな青いあざや擦り傷がいくつもできている。もともと細かった体は、さらに瘦せてしまっていた。
「……ミーシャ」
あまりにも痛々しく、カルヴィンはかける言葉を失った。
「なぜ、こんなことに?」
侍女長は声を詰まらせ、涙ながらに答えた。
「若奥様は結婚当初より若旦那様に暴力を振るわれていました。そして一昨日……」
深夜、アンディは泥酔して帰宅すると、出迎えたミーシャに言い放った。
囲っていた愛人が妊娠した。もし男の子だったら引き取って養子にするから、ミーシャは養母になるようにと。
しかし、ミーシャが「はい」と即答しなかったため、苛立ったアンディは妻の顔を強く叩いた。運悪く、場所が踊り場だったため、バランスを崩したミーシャは階段から転げ落ちた。幸い、頭部は打たなかったが、足首は捻挫し、右腕の骨にはひびが入った。
結婚生活に満足できていないことはミーシャの口ぶりからわかっていたが、まさかそんな目にあわされているなんて想像もしていなかった。
「兄さんは?」
「若奥様に怪我を負わせて以降、お屋敷には戻っておりません。おそらく別宅の愛人のところかと」
「なんてこと……」
お茶に呼ばれたあの時にもっと強引に話を聞きだせばよかった。どこにでもある夫婦のささやかな諍いかと思い、適当に流してしまったこと、後悔の念に駆られた。
何年もこんな苦しみに一人で耐えていたなんて。
ミーシャに手を挙げた兄と、おそらく兄の所業を知りながら放っておいた両親に対してカルヴィンは怒髪天を衝く程の怒りを覚えた。
「ミーシャをこんなところに置いておくわけにいかない。僕が連れていく。マリー、準備を手伝ってくれ」
カルヴィンは必要な荷物をまとめるように侍女長に頼んだ。
自らミーシャを抱き上げ、馬車へ運ぶ。薬が効いているのか、ミーシャは眠ったままだった。
西の領主館へ連れて行けばすぐに兄に見つかってしまうだろう。結婚してから購入した別荘なら知られていないはずだ。そこに向かうよう御者に命じる。
馬車が走り出すと、ミーシャはうっすら目を開けた。
「……カルなの? あなたがどうして」
「もう大丈夫。兄さんからは僕が守るから安心して」
「ありが……とう……」
ミーシャはそれだけ言うと、また眠りについた。
侍女のステラがカルヴィンを呼びに来た。
エリーゼの亜麻色の髪からは水滴が滴り、薄手の外套もずぶ濡れになっている。肌は血色を無くし、唇は青ざめていた。
「まさか、こんな嵐の中、歩いて帰ってきたのか?」
「旦那さま、勝手に外出しまして申し訳ございませんでした」
「そんなことは後でいい」
カルヴィンは侍女たちに命じた。
「すぐに着替えさせて、何か温かい飲み物を。急いで湯の用意を頼む」
侍女たちに付き添われて湯殿へ向かうエリーゼを見送る。
あの男と何があったのだろうか。
偽らざる気持ちを言うなら、エリーゼを閉じ込めて、もう二度と過去の男なんかと関わらせないようにしたかった。
しかし、結婚当初の約束では恋愛は自由にしていいことになっていたのだし、エリーゼが恋人を持っても責めることなどできない。
カルヴィンだって今こそエリーゼだけを愛しているが、ミーシャに恋焦がれていた時に誘われていたなら、妻がいようが喜んで愛人になっていたはずだ。
好きな男と再会できたというのなら、なぜあんなに暗い顔をしているのか。せめて幸せであってくれたらいいのに。
深い森に迷いこんだように、カルヴィンはいまだに答えを出せないでいた。
約束もなしに、本邸の侍女長のマリーが西の領主館を訪ねてきた。
二十年にもわたって勤めあげてくれているベテランで、カルヴィンも子供のころから世話をしてもらっていた。
マリーは応接室に通されるなり、深々と頭を下げる。
「カルヴィン様、どうか若奥様を助けてさしあげてください。お願いいたします」
「どうしたんだ? ミーシャに何かあったのか?」
急いで馬車を走らせ、本邸へ向かった。
ミーシャは私室のベッドに寝かされていた。顔には大きな絆創膏が張られ、右足首と右上腕には分厚く包帯がまかれていた。ほかにも大きな青いあざや擦り傷がいくつもできている。もともと細かった体は、さらに瘦せてしまっていた。
「……ミーシャ」
あまりにも痛々しく、カルヴィンはかける言葉を失った。
「なぜ、こんなことに?」
侍女長は声を詰まらせ、涙ながらに答えた。
「若奥様は結婚当初より若旦那様に暴力を振るわれていました。そして一昨日……」
深夜、アンディは泥酔して帰宅すると、出迎えたミーシャに言い放った。
囲っていた愛人が妊娠した。もし男の子だったら引き取って養子にするから、ミーシャは養母になるようにと。
しかし、ミーシャが「はい」と即答しなかったため、苛立ったアンディは妻の顔を強く叩いた。運悪く、場所が踊り場だったため、バランスを崩したミーシャは階段から転げ落ちた。幸い、頭部は打たなかったが、足首は捻挫し、右腕の骨にはひびが入った。
結婚生活に満足できていないことはミーシャの口ぶりからわかっていたが、まさかそんな目にあわされているなんて想像もしていなかった。
「兄さんは?」
「若奥様に怪我を負わせて以降、お屋敷には戻っておりません。おそらく別宅の愛人のところかと」
「なんてこと……」
お茶に呼ばれたあの時にもっと強引に話を聞きだせばよかった。どこにでもある夫婦のささやかな諍いかと思い、適当に流してしまったこと、後悔の念に駆られた。
何年もこんな苦しみに一人で耐えていたなんて。
ミーシャに手を挙げた兄と、おそらく兄の所業を知りながら放っておいた両親に対してカルヴィンは怒髪天を衝く程の怒りを覚えた。
「ミーシャをこんなところに置いておくわけにいかない。僕が連れていく。マリー、準備を手伝ってくれ」
カルヴィンは必要な荷物をまとめるように侍女長に頼んだ。
自らミーシャを抱き上げ、馬車へ運ぶ。薬が効いているのか、ミーシャは眠ったままだった。
西の領主館へ連れて行けばすぐに兄に見つかってしまうだろう。結婚してから購入した別荘なら知られていないはずだ。そこに向かうよう御者に命じる。
馬車が走り出すと、ミーシャはうっすら目を開けた。
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ミーシャはそれだけ言うと、また眠りについた。
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