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第1話 空中国家クリムゾンヘブンと薄紅色の翼の少女
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授業の終わりを告げる鐘の音が校舎に鳴り響く。
「コーラル、これからマルシェに行くだろ?」
少年が声をかけると、コーラルと呼ばれた少女が振り向く。
「もちろん!早くしなきゃお菓子が売り切れちゃう」
ノートやペンをかばんに放り込みながら返事をする。
「ジリアンはどこにいるんだ?」
「職員室に呼ばれてるよ」
「じゃあ先に行ってるか」
少女と少年は背中の赤い翼を広げると教室の窓から空へと飛び立った。
ここは地図に載らない国、クリムゾンヘブン。
宙に浮かぶ空中国家だ。
赤い翼をもつ翼人、赤羽の一族が暮らしている。
今日は月に一度のマルシェの日。
街の中央に位置する円形広場にはもう沢山の人が集まっていた。
色とりどりの屋台がいくつも並び、客を呼び込む売り子たちの元気な声が響く。
コーラルとザックは広場に降り立った。
母親の出店を手伝うというザックと別れ、遅れてやってきた親友の少女ジリアンと合流した。
屋台に並んでいるのはすべてマケドニア王国から仕入れた商品だ。
マケドニアはクリムゾンヘブンの真下にある地上の国で、同盟関係にある。
国民同士の交流は基本的には禁止されているが、赤羽一族の中のトランスポーターと呼ばれる職業の翼人が定期的に両国を行き来し、交易をしている。
マケドニアから輸入するのは特産品の銀製品のほか、酒、食品、野菜の苗など多岐にわたる。
クリムゾンヘブンからは飛空炭が輸出されている。
飛空炭は浮力をもつ翼人の羽を練りこんだ炭で、これを魔道具に仕込むと宙に浮かぶようになり、飛ぶことができるのだ。
コーラルとジリアン、二人のお目当てはマケドニアの老舗パティスリー、ラッセルの焼き菓子だ。
「あった!!」
黄色のリボンで可愛らしく飾られた屋台からは、甘く香ばしい香りが漂ってくる。
今回はカップケーキとマカロン、リーフパイ、クッキーだ。
どれも美味しそう!急いで飛んだ甲斐があった。
散々迷った挙句、コーラルは木いちごのマカロンを、ジリアンはくるみとチョコのクッキーを買った。
一個ずつ交換する。
待ちきれず、さっそく口に放り込む。
「おいしい!!!」
銀製品の屋台には、アクセサリーや銀の糸で刺繍したハンカチが並んでいた。
特にアクセサリーは繊細な細工が美しく、赤羽の女性たちに大人気だ。
クリムゾンヘブンにも職人はいるけれど、実用性重視なためデザインではマケドニアのものには遠く及ばない。
「よお、コーラル、ジリアン、ネックレスはどうだい?」
アクセサリーを売っているのはトランスポーターをしているザックのお父さんだ。
「むり、むり。お金が足りないよ」
マケドニアの銀製品は子供の小遣いで買えるほど安価ではない。
ふと見ると、はなやかなデザインのペンダントやバングルの中に、涙の形をしたシンプルなピアスがあった。
「これ可愛い!」
コーラルはそっとピアスをつまみあげる。
小指の爪ほどの大きさの銀の台座には、丸いマットなピンクの石が埋め込まれている。
「それが気に入ったのかい?」
「うん」
「見習いが練習で作ったやつだから300ベルでいいよ」
それなら買える。
代金を払うと、コーラルはさっそく耳につけた。
「似合うかな?」
鏡をのぞき込むと、ピアスは揺れながらキラキラ光っていた。
コーラルの実家は仕立屋だ。
主に赤羽一族の伝統衣装を作っている。
母が機を織り、父が服を縫う。
普段着ている民族衣装と、宗教儀式用の礼服を仕立てているが、精霊シルファへの感謝祭が近づくこの季節は礼服の注文が殺到し、一年で一番忙しい。
コーラルも仕上がった服を届ける手伝いをしている。
今日はクリムゾンヘブンの端にある果樹園まで納品に来た。
「そばで見るとやっぱり高いなあ……」
コーラルは城壁を見上げた。
空中国家クリムゾンヘブンは堅牢な城壁に囲まれている。
翼のある赤羽一族にとって城壁より高く飛ぶのはたやすいことだが、それは禁止されているため、コーラルは外の世界を見たことはなかった。
となりで翼竜がグゥーと低い声で鳴いた。
「ごめん、ごめん。おなかすいたね、早く帰らなくちゃ」
コーラルは翼竜の首をぽんぽんと叩いた。
今日は納品する服が多かったので、荷物持ちのために翼竜のクルも連れてきていた。
「よし、近道しよう」
たしか森を突っ切れば大きな歩道に出られるはず。
……そう思って森の中を進んだが一向に出られる気配がない。
10分も歩けば拓けた道に出られるはずなのに、かれこれ1時間は彷徨っている気がする。
上空から道を探したくても、木々にはうっそうと葉が生い茂り隙間がない。
ここを飛んだから枝で翼を傷つけてしまう。
完全に帰り道がわからなくなってしまった。
「どうしよう?私、方向音痴なの忘れてた」
クルに話しかけるが、翼竜はキュルキュルと鳴き、首をかしげるだけだ。
仕方なく歩き続けると、前方に煉瓦でできた赤茶色の建造物が見えた。
「ねえクル、あれ、なんだろう?」
緑のツタがびっしりと生い茂り、長らく放置されていたことがうかがえる。
昔、使っていた倉庫だろうか?
入り口をふさぐように板が打ち付けられているが、風化しぼろぼろになっているので、女の子の力でも簡単に外せそうだ。
板切れを取り払い、中をのぞく。
「おじゃましまーす……」
恐る恐る足を踏み入れる。
入ってすぐに下に降りる階段があり、その先は長い通路になっていた。
「もしかして秘密の抜け道トンネルだったりして?」
淡い期待を胸に、どんどん奥へすすむ。
クルも後ろからついてきている。
通路の突き当りには大きな扉があった。
ようやく森から脱出できるかもしれない!
閂を外すと全力で扉を押し開けた。
勢いよく風が吹き込み、視界が開ける。
「わあっ!!」
コーラルの目に飛び込んできたのは、初めて見る地上の国マケドニアだった。
真下にはこんもりとした樹が生い茂る森が広がっていて、まるで深緑色のカーペットのようだ。
その先にあるのは白亜の城、あれが話に聞くマケドニアの王宮だろう。
三角錐の大きな鉄塔、そこから放射線状に伸びるまっすぐな道路、道沿いには高い建物がいくつも並んでいる。
そして豊かな水をたたえた湖とおだやかな流れの川、はるかその先にあるのは絵本で見たことがある海なのだろうか、沈みゆく夕陽が反射しオレンジ色にキラキラと輝いている。
「これが、地上の国……」
コーラルは翼を広げると、扉から飛び立った。
なんて広くて大きくてきれいなのだろう。
時が経つのも忘れ、眼下に広がる景色に見入っていた。
急に空が暗くなり、ぱらぱらと雨が降り始めた。
気づけば、出てきた扉ははるか後方にあった。
戻らなければとはわかっているけれど、地上の美しさに目が離せない。
突如、雷鳴がとどろき、それを合図にするかのようにスコールのような土砂降りになった。
そういえば夜からは嵐になるってお母さんが言っていたっけ。
あっという間に服も羽もびしょぬれになった。
慌てて引き返そうとした瞬間に叩きつけるような突風がコーラルを襲った。
見えない力で上から押さえつけられバランスを崩す。
重力に逆らうように必死に翼をはためかせるが、水をたっぷり含んだ羽は重く、いうことを聞いてくれない。
だめだ、落ちちゃう!
地上がどんどん近づいてくる。
とっさに両腕で頭をおおった。
どすんと背中から地面に落ち、全身に衝撃が走る。
強く背中を打ちつけたのでうまく呼吸ができない。
体をよじりながら懸命に息を吸い込んだ。
「誰かいるの?」
暗がりから不意に声がした。
「コーラル、これからマルシェに行くだろ?」
少年が声をかけると、コーラルと呼ばれた少女が振り向く。
「もちろん!早くしなきゃお菓子が売り切れちゃう」
ノートやペンをかばんに放り込みながら返事をする。
「ジリアンはどこにいるんだ?」
「職員室に呼ばれてるよ」
「じゃあ先に行ってるか」
少女と少年は背中の赤い翼を広げると教室の窓から空へと飛び立った。
ここは地図に載らない国、クリムゾンヘブン。
宙に浮かぶ空中国家だ。
赤い翼をもつ翼人、赤羽の一族が暮らしている。
今日は月に一度のマルシェの日。
街の中央に位置する円形広場にはもう沢山の人が集まっていた。
色とりどりの屋台がいくつも並び、客を呼び込む売り子たちの元気な声が響く。
コーラルとザックは広場に降り立った。
母親の出店を手伝うというザックと別れ、遅れてやってきた親友の少女ジリアンと合流した。
屋台に並んでいるのはすべてマケドニア王国から仕入れた商品だ。
マケドニアはクリムゾンヘブンの真下にある地上の国で、同盟関係にある。
国民同士の交流は基本的には禁止されているが、赤羽一族の中のトランスポーターと呼ばれる職業の翼人が定期的に両国を行き来し、交易をしている。
マケドニアから輸入するのは特産品の銀製品のほか、酒、食品、野菜の苗など多岐にわたる。
クリムゾンヘブンからは飛空炭が輸出されている。
飛空炭は浮力をもつ翼人の羽を練りこんだ炭で、これを魔道具に仕込むと宙に浮かぶようになり、飛ぶことができるのだ。
コーラルとジリアン、二人のお目当てはマケドニアの老舗パティスリー、ラッセルの焼き菓子だ。
「あった!!」
黄色のリボンで可愛らしく飾られた屋台からは、甘く香ばしい香りが漂ってくる。
今回はカップケーキとマカロン、リーフパイ、クッキーだ。
どれも美味しそう!急いで飛んだ甲斐があった。
散々迷った挙句、コーラルは木いちごのマカロンを、ジリアンはくるみとチョコのクッキーを買った。
一個ずつ交換する。
待ちきれず、さっそく口に放り込む。
「おいしい!!!」
銀製品の屋台には、アクセサリーや銀の糸で刺繍したハンカチが並んでいた。
特にアクセサリーは繊細な細工が美しく、赤羽の女性たちに大人気だ。
クリムゾンヘブンにも職人はいるけれど、実用性重視なためデザインではマケドニアのものには遠く及ばない。
「よお、コーラル、ジリアン、ネックレスはどうだい?」
アクセサリーを売っているのはトランスポーターをしているザックのお父さんだ。
「むり、むり。お金が足りないよ」
マケドニアの銀製品は子供の小遣いで買えるほど安価ではない。
ふと見ると、はなやかなデザインのペンダントやバングルの中に、涙の形をしたシンプルなピアスがあった。
「これ可愛い!」
コーラルはそっとピアスをつまみあげる。
小指の爪ほどの大きさの銀の台座には、丸いマットなピンクの石が埋め込まれている。
「それが気に入ったのかい?」
「うん」
「見習いが練習で作ったやつだから300ベルでいいよ」
それなら買える。
代金を払うと、コーラルはさっそく耳につけた。
「似合うかな?」
鏡をのぞき込むと、ピアスは揺れながらキラキラ光っていた。
コーラルの実家は仕立屋だ。
主に赤羽一族の伝統衣装を作っている。
母が機を織り、父が服を縫う。
普段着ている民族衣装と、宗教儀式用の礼服を仕立てているが、精霊シルファへの感謝祭が近づくこの季節は礼服の注文が殺到し、一年で一番忙しい。
コーラルも仕上がった服を届ける手伝いをしている。
今日はクリムゾンヘブンの端にある果樹園まで納品に来た。
「そばで見るとやっぱり高いなあ……」
コーラルは城壁を見上げた。
空中国家クリムゾンヘブンは堅牢な城壁に囲まれている。
翼のある赤羽一族にとって城壁より高く飛ぶのはたやすいことだが、それは禁止されているため、コーラルは外の世界を見たことはなかった。
となりで翼竜がグゥーと低い声で鳴いた。
「ごめん、ごめん。おなかすいたね、早く帰らなくちゃ」
コーラルは翼竜の首をぽんぽんと叩いた。
今日は納品する服が多かったので、荷物持ちのために翼竜のクルも連れてきていた。
「よし、近道しよう」
たしか森を突っ切れば大きな歩道に出られるはず。
……そう思って森の中を進んだが一向に出られる気配がない。
10分も歩けば拓けた道に出られるはずなのに、かれこれ1時間は彷徨っている気がする。
上空から道を探したくても、木々にはうっそうと葉が生い茂り隙間がない。
ここを飛んだから枝で翼を傷つけてしまう。
完全に帰り道がわからなくなってしまった。
「どうしよう?私、方向音痴なの忘れてた」
クルに話しかけるが、翼竜はキュルキュルと鳴き、首をかしげるだけだ。
仕方なく歩き続けると、前方に煉瓦でできた赤茶色の建造物が見えた。
「ねえクル、あれ、なんだろう?」
緑のツタがびっしりと生い茂り、長らく放置されていたことがうかがえる。
昔、使っていた倉庫だろうか?
入り口をふさぐように板が打ち付けられているが、風化しぼろぼろになっているので、女の子の力でも簡単に外せそうだ。
板切れを取り払い、中をのぞく。
「おじゃましまーす……」
恐る恐る足を踏み入れる。
入ってすぐに下に降りる階段があり、その先は長い通路になっていた。
「もしかして秘密の抜け道トンネルだったりして?」
淡い期待を胸に、どんどん奥へすすむ。
クルも後ろからついてきている。
通路の突き当りには大きな扉があった。
ようやく森から脱出できるかもしれない!
閂を外すと全力で扉を押し開けた。
勢いよく風が吹き込み、視界が開ける。
「わあっ!!」
コーラルの目に飛び込んできたのは、初めて見る地上の国マケドニアだった。
真下にはこんもりとした樹が生い茂る森が広がっていて、まるで深緑色のカーペットのようだ。
その先にあるのは白亜の城、あれが話に聞くマケドニアの王宮だろう。
三角錐の大きな鉄塔、そこから放射線状に伸びるまっすぐな道路、道沿いには高い建物がいくつも並んでいる。
そして豊かな水をたたえた湖とおだやかな流れの川、はるかその先にあるのは絵本で見たことがある海なのだろうか、沈みゆく夕陽が反射しオレンジ色にキラキラと輝いている。
「これが、地上の国……」
コーラルは翼を広げると、扉から飛び立った。
なんて広くて大きくてきれいなのだろう。
時が経つのも忘れ、眼下に広がる景色に見入っていた。
急に空が暗くなり、ぱらぱらと雨が降り始めた。
気づけば、出てきた扉ははるか後方にあった。
戻らなければとはわかっているけれど、地上の美しさに目が離せない。
突如、雷鳴がとどろき、それを合図にするかのようにスコールのような土砂降りになった。
そういえば夜からは嵐になるってお母さんが言っていたっけ。
あっという間に服も羽もびしょぬれになった。
慌てて引き返そうとした瞬間に叩きつけるような突風がコーラルを襲った。
見えない力で上から押さえつけられバランスを崩す。
重力に逆らうように必死に翼をはためかせるが、水をたっぷり含んだ羽は重く、いうことを聞いてくれない。
だめだ、落ちちゃう!
地上がどんどん近づいてくる。
とっさに両腕で頭をおおった。
どすんと背中から地面に落ち、全身に衝撃が走る。
強く背中を打ちつけたのでうまく呼吸ができない。
体をよじりながら懸命に息を吸い込んだ。
「誰かいるの?」
暗がりから不意に声がした。
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