騎士様に愛されたい聖女は砂漠を行く ~わがまま王子の求婚はお断り!推しを求めてどこまでも~

きのと

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第34話 恋する乙女は無敵のヴィーナスと成りえるのか

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カタバーン大渓谷。
太古の大火山帯だった名残で、巨大なクレーターや火口が連なっている。
ここは西の大陸の瘴気の吹き溜まりである。空気が目で見てわかるほどに濁り、岩肌がタールを塗り付けたようにべっとりと黒ずんでいた。
身に着けている純化石が瘴気から体を守ってくれる。ロッシュ洞窟で採取してきて正解だった。
もちろん私は浄化の魔法もつかえるが、この濃度では数分ごとに呪文を唱えなければならない。あっという間に魔力を使い果たしてしまうだろう。

私とサリッドは特大サイズのクレーターの淵に立ち、底をのぞき込んでいた。
そこには、なんともおぞましい化け物がのたうち回っていた。例えるなら、黄土色の巨大な芋虫だろうか。

「レイシー、あれは、一体……」
「ね、サリッドはクリスタルの神話を覚えている?」
「ああ、もちろん」

神話の時代、地上では恐ろしい疫病が流行しており、人々は死の恐怖に怯えていた。人間を気の毒に思った医療の神リゾルテはどんな病でも治すクリスタルを与える。人々はとても喜んだ。しかし、いたずら好きな神ルーンがクリスタルを4つに割り、世界のあちこちに隠してしまう。人々は再び病に苦しめられることになった。

「あの話には続きがあるの。腹を立てたリゾルテ神は、最後のクリスタルを隠そうとしていたルーン神を捕まえて罰を与えた。お前がクリスタルをバラバラにしたせいで、人々は再び苦しまなければならなくなってしまった。人間から赦しをもらえるまで、お前もそこで苦しむがいいといって、西の大陸の瘴気が溜まる場所にルーン神を置き去りにしたの。いくら神いえども、長い長い年月を瘴気に曝されては無事ではいられない。体が醜く爛れてしまった」

「まさか……あれが?」
「ええ、ルーン神よ」

かつては数いる神々の中でもその美しさを称えられていた美丈夫の変わり果てた姿。

「でもね、腐りきった肉体から解放してあげれば、魂は天上の神の国に戻れるの。そこで新たに肉体を再生することができる」
「そういえば、ルーン神はアイティラ女神の末の弟だったな。きょうだいを救うために君を遣わしたのか」
「ええ、そうなのかもしれないわね」

神のお告げというのは私のでっち上げだが、私がアイティラ女神を信仰するコルトレーン王国のキャラに転生したのは、見えざる何かの意図が働いていたのかもしれない。

「神を討つ、か」

サリッドはふーっと長く息を吐いた。
信仰深いディルイーヤの民にとって神に刃を向けるのは、これ以上なく恐ろしい所業だろう。

「レイシー、頼みがある。もし俺が命を落とすようなことになってもクリスタルは陛下に届けて欲しい」
「サリッド……」

いままで見たことがないくらい厳しい表情に、言葉が詰まってしまった。

サリッドは私を抱き寄せると、強引に唇を重ねてきた。
流星群の夜空の下で交わした甘いキスとは違う、荒々しく情熱的な口づけ。
頭の芯が痺れて、何も考えられなくなってしまう。

「これで思い残すことはないかな」

微笑む彼を私は睨みつけた。

「いやよ。こんな素敵なキスが一度きりなんて」
「なら、全てが終わったら続きをしようか」
「ええ、約束よ」


クレーターの底へ向かって、一気に駆け降りる。

大丈夫。
今の私は無敵だ。
相手が神だろうが、ひるむ理由などない。

作戦はシンプルだ。
肉を削り、骨を断ち、むき出しになった心臓を叩き潰す。


敵意を感じとったルーン神は、獣の咆哮のような唸り声をあげながら体を震わせた。
もはや、理性など失われている。
本能だけで侵入者を排除しようとしているのだろう

巨大な芋虫のような背中から、ぼこぼこと無数の突起状の物が現れた。
それはにょきにょきと伸びると長い触手に姿を変え、鞭のようにしなり、私とサリッドに襲い掛かってきた。

上から、横から、正面から、四方八方、次から次に降ってくる触手をかわしながら、ひたすら切り落としていく。
そしてまた、顔の前に迫ってきた触手をレイピアで叩き切った。
注意がそちらに向いていたので、足元にもう一本近づいてきているのに気が付かなかった。
一瞬で足首を絡めとられる。
しまった!と思った時には遅かった。私は逆さに吊るされていた。

「レイシー!」

サリッドが触手を切り落とし、宙に浮いた私を抱きとめる。
地面に優しく降ろしてくれた。

「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
「気を付けて」

そう言うと、私の額に軽くキスをする。
さすがに、わかっていらっしゃる。愛しいあなたこそが、私にはなによりの復活の呪文だ。
気の利いたカンフル剤のお礼に、サリッドに回復の呪文をかける。

やまない触手の波状攻撃に、再び剣をふるって立ち向かう。
でも、このままじゃ埒が明かない。
触手は次から次に現れる。
皮膚の一部が姿を変えているのだから、いつかは尽きるだろうが、その前にこちらに限界が来るだろう。

いつまでも私たちを捕らえられないことに焦れたのだろうか、ルーン神はダイナミックに身体をよじり始めた。
時には跳ね上がり、己の体を地面に叩きつける。
そのたびに足の裏にビリビリと振動が感じられた。
侵入者わたしたちを押しつぶすつもりのようだ。

巻き込まれぬよう、ルーン神から離れるが、あっという間に距離を詰められる。
クレーターの壁が迫る。
逃げ場が少なくなってきた。
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