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3.お目付け役、任命
しおりを挟む「うっひょぉ~! ドラゴンステーキに、見たこともない料理! マジウマw」
「…………………………」
目の前に出された豪勢な食事に、ハヤトは舌鼓を打っていた。
その様子を冷めた目で見つめるカール、アル、そしてイナンナの三名。彼らは広い客間の入口の前に並んでいる。そして部屋にはもう一人、メイドのアナがいた。
栗色の髪に、円らな黒の瞳をした褐色の少女である。貧困層出身の新米メイドである彼女は、どこかぎこちなく、緊張した風に勇者の隣を右往左往していた。
ところで何故、世界救済の勇者の給仕を新米が務めているのか。
それはもう、この国のトップ3がこの勇者の扱いはこれでいいや、そう無意識下で決めたためであった。しかしそんなこととは露つゆ知らず、ハヤトはウキウキ顔で食事を進めている。更に言ってしまえば、由緒正しきメイド服に身を包んだ小柄な少女を眺め、鼻の下を伸ばしていた。
その情けない姿に、さらに呆れるトップ3。
本当にこの男が世界を救う人物、すなわちは自分たちの希望なのか。
いよいよ、ここにきてその疑念は最高潮に達しようとしていた。かと言って、それを顔に出すわけにもいかず、特にハヤトを嫌悪しているであろうイナンナは、顔面蒼白となっている。彼女の中では今、神への信仰心という、己を構成する重要なファクターが揺らいでいるのだ。
「国王様、アル……申し訳ございませんが、私はここで失礼しますわ」
そして、とうとう限界に至ったらしい。
イナンナはそう言うと、カールの答えを聞く前にふらりと外へと出て行ってしまった。ふらり、という表現は正しくないか。正確にはふらふらだった。
「う、うむ。今はゆっくりと休むがよい……」
その存在が曖昧になりそうな背中に、国王はとりあえず気遣いの言葉をかける。
返事は当然ない。王の声は、宙を舞うだけだった。
「カール国王。今後はいかがいたしましょう?」
「……む?」
そんな折である。
沈黙を続けていたアルが、小声でそう言った。
「イナンナ様は帰ってしまわれましたが、私たちだけででも勇者様――ハヤトの今後の扱いを考えねばなりません。酷ではありますが、事実は事実として受け入れなければなりません。御心……すなわち、真実がいかであろうとも、それだけは間違えてはなりますまい」
「そう、であるな。そなたの述べた通りである、アルよ」
アルの進言にふっとため息をつくカール。
的確な忠言によって多少は荒んだ心も落ち着いたのか、彼は顎に手を当てて考え始めた。メイドのアナをいやらしい視線で追いかける勇者(仮)を見る。そうして再び、息をついた。
「とりあえずは、誰か目付け役をしなければならないな。この世界の現状や貨幣などの知識、そして文字の読み書きなども教える必要がある」
「左様です。適任と思われる人間には、幾人か心当たりがありますが……」
「ふむ。知識や教養があるだけでは駄目であろう? これは国を挙げて取り組まなければならない事案だ。勇者の身の安全を考慮しても、相当に信頼できる人物が務めなければならない」
「仰る通りでございます。カール国王」
カールの言葉に、アルは深く頷く。
彼の言う通りであった。曲がりなりにも、いまアナに対して鼻息を荒くしているみっともない男は、この世界の、人類の衰勢を担う存在。生半可な対応はしてはいけなかった。ともなれば、自ずと候補は限られてくるわけであり――。
「…………………………」
――アルの背筋が凍った。頬を、嫌な汗が伝っていく。
知識、教養が身についており、かつ国王が信頼を置いている人物。その筆頭とも思える人物に、アルは心当たりがあった。否――『ある』という言葉で足りるモノではなかった。
何故なら、その人物とは……。
「時にアルよ……」
カールのその声に、アルは思考の海から一気に引き上げられた。
ハッとして王の顔を見た彼の口角は引きつっている。
嫌な予感しか、なかった。
「な、なんでしょう……?」
応じる声にも明らかな動揺、震えが感じ取れる。
しかしそれに対してカールは、どこか安堵したような声で言った。
「私はお主に多大なる信頼を置いておる。それで、だな――」
――次の言葉を聞いた瞬間。
アルの頭の中は、完全に漂白されたのであった。
◆◇◆
「…………完全に、押し付けられた」
カールが去った後、アルは無意識にそう呟いていた。
呆然自失。抜け殻のようになった彼は、ただぼんやりと、アナと談笑するハヤトを眺めていた。ちなみに、談笑といってもアナの方は完全に引いていたが。
「どうしろと、いうのですか……」
ぼそりと漏らしたアルは、直前のカールの言葉を思い返した。
『私はお主のことを信頼しておる。お主は知識も教養も、文句なしに我が国のトップクラスだ。かつ勇者であるハヤト殿とも年齢が近い。互いに気兼ねなく対話できるのではないか? そして、ついでに簡単な魔法なども教えて差し上げると良い。魔王討伐の準備、ハヤト殿の心の準備が整うまでの間、お主が目付け役となるのが最適であろう――と、私はそう決めたのだが、何か異論はあるか?』
――拒否できるはずがないではないか。
アルは改めてそう思って、頭を抱えるのであった。
カール国王の決定したことに反論すれば、最悪ここまで築き上げた地位を失いかねない。もちろん実力で伸し上がってきた自負はあるが、それは対人関係に気を遣ったのが前提である。そのためアルには、単純に拒否権がなかったのであった。
「まぁ、そこまで酷い事態にはならない、か……」
そうなると、仕方がない。
前向きに検討するしかないかと、アルは思うこととした。
もしこの案件を上手くまとめ上げることが出来れば、自分の地位はより強固なモノになる。まだ絵に描いた餅、あるいは取らぬ狸の皮算用かもしれないが、世界を救った英雄の一人としての名声を得ることも出来るかもしれない。そんな青写真が思い浮かぶのも、また事実であった。
考えてみれば、ローリスクハイリターンなのかもしれない。
それなら話は変わってくる、というモノであった。
「ふむ。では、しっかりと任を果たすことと致しますか……」
アルは、そう独りごちてハヤトとアナの方へと視線を投げた。
投げた、のだが――。
「………………………………」
――唖然とした。
文字通り開いた口が塞がらない、といった様子。
何故かといえば、視線の先にあったのは勇者としてあるまじきハヤトの行為であったのだから。それとはいったい何を指すのかといえば、
「何をしているのですか、勇者様ァ!?」
明らかに嫌がっているメイドに、触れようとする姿であった。
「んにゅ?」
何故、声を荒らげられたのか分からない。
そんなキョトンとしたハヤトの表情に、アルは早くも辟易とするのであった。
――手記にはこう残されている。
【この時、私は上手くやっていけるか甚だ不安であった】――と。
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