近未来怪異譚

洞仁カナル

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人体実験

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 暗い夜道、僕と奨君はまだ興奮が冷めていなかった。



 水鈴ちゃんや白蛇を苦しめていたとはいえ、あの女性も苦しんでいた。


 そしてその苦しみから解き放たれて幸せそうに踊る姿に、僕はすっかり心を奪われてしまったのだ。



 大きくなったスルガの背中で、龍治さんの上着に包まって寝息を立てている水鈴ちゃんを見た。


 血を拭き取ってもらったその顔は、今まで見たことないくらいに安心した表情をしていた。


 これからは心穏やかに過ごせるだろう。



「なんでここが分かったの?」


 奨君が荒い鼻息を抑えながら龍治さんに尋ねた。


「昔の文献とかを調べて、この子の家の近くで怪しいところがないかを探してみたら、あの石碑が近くにあることが分かったんだ」


「あの石碑ってなに?」


「あの 蛟みずちさんを弔うために建てたんだろうな」



 長い話になるけど、と前置きして龍治さんは話し始めた。



「昔この辺りで雨が降らない日が続いて町の人が困ったことがあったらしいんだよ。


いつの時代でも雨不足の問題ってあるんだよ。


そこで、ある女性が雨乞いの舞を踊ったら雨が降り、女性は水神として崇められた。


でも、雨が降ったのは単なる偶然だったんだろうな。


また日照りが続いて女性を崇める人はいなくなった。


人々からの信頼を失って慌てた彼女は、占い師に相談して医者を紹介されて、人体実験で蛇の遺伝子を組み込んでもらい蛟になろうとした。


そういえば蛟って何か分かるか?」



僕と奨くんは同時に頷いた。


手足の生えた蛇のような妖怪。


雨を降らせる水神。


医者とは、前に奨君が言っていた人体実験をしていた医者と同一人物だろう。



「でも身体が蛟に近づいたところで蛟の能力が手に入る訳でもなく、身体を改造しても結局雨は降らなかった。


そんな蛟さんの気も知らず、町の人は偶然見つけた白蛇を、縁起がいいからと奉ったらたまたま雨が降った。


まあ天気なんてそんなもんだろう。


こうしてあの蛟さんは必要とされなくなり、力も得られず、何もかもを失った。


怒り狂って占い師を殺して、白蛇も殺し、雨乞いの力を得ようと白蛇の血を啜った。


そこで憎しみのあまり妖怪化したんだろう。


陰陽師に退治されたって記述が文献に残ってた。


でも、蛟さんの魂は成仏できていなかったようだな。


あの石のせいでこの世に縛り付けられたんだろう」



龍治さんは寝息を立てている水鈴ちゃんを一瞥した。



「この子が石を拾って身につけたせいで、石を媒介して取り憑いたんだろうな。


服についていた血を調べてもらったら蛇の血だってことが分かった。


だから、生前と同じように蛇の血を飲んでいたんだろうと思ったんだよ。


煌の枕元に現れる白い女性が、血が足りないって言うから、その女性が血を吸われている蛇だと予想した。


煌のおかげで場所の特定ができたんだ。ありがとな。


本当はもっと早く終わらせたかったんだけど、これだけ調べるのに時間がかかってさ。


とりあえず白蛇の貧血が回復するまでは次の事件は起こらないと思って調べさせてもらったよ」



 スルガは話についていけなくなったのか小さく欠伸をした。



 僕はスルガの顎を優しく撫でてあげた。


「血を飲んでその生き物の力を得るなんてできるんですか?」


僕も奨君に倣って質問をする。


「血にそんな効果はねえよ。でもあの蛟さんは能力を得られると信じて疑わなかったみたいだな。思い込みは時にすごい力を発揮するから」


 前に奨君が言っていたプラシーボ効果を思い出した。



「あの石は?」



 奨君が尋ねる。


「きっと蛟さんの両親か、可哀想に思った町の人が備えてくれたんだろうな。


あの石は赤鉄鉱といって、『血の石』って呼ばれる、血と関係が深い石だ。


そしてピラミッドの形は石の力を増幅させる。


白蛇の言ってた牙の形の石っていうのもこれだな。


あの蛟さんはこの石のせいで血液に執着するようになったんだろう」



「なんでそんな怖い石をお供えしたの?」



「赤鉄鉱には災い避けの効果もあるんだよ。


石の裏には『オン』『バザラ』『タラマ』『キリク』とそれぞれ刻まれてた。


女性が一人歩きしている時の魔除けになる、千手観音の真言だ。


無事にあの世へ行けるように願いを込めたんだろう。


残念ながら蛟さんには、そっちの効果は発揮されなかったようだけど」


 あの石にそんな意味があったのか。


 世の中には僕の知らないことがいっぱいあるんだな。


 知らない世界を、もっと知りたい。


 だから、もっと勉強しよう。


 色々な世界を覗いてみたい。



「今回は退治しなかったんですね」


 僕は龍治さんに聞いた。


「話が通じないとかよっぽど酷いことをしたヤツ以外は基本的に戦わないよ。争わずに成仏してもらうに越したことはない」


 龍治さんはちょっと苦笑いした。


「ところで、水鈴ちゃんの親にはなんて説明するの?」


「そうなんだよなー。なんて言ったらいいと思う?」



 僕と奨君は唸りながら考えたが、全く頭が働かなかった。


 こういう機転に弱いのだ。



「とりあえず外で倒れてたって言うしかないよな」


「真相は?」


「あまりにもしつこかったら話すよ。信じてもらえねーと思うけどな」



 三人で話をしながら歩いていると、雲が月を隠してしまい、またぽつりぽつりと雨が落ちてきた。



「あれ? 奨君、スマホなってるよ」


先程までは興奮していたせいか全然気づかなかったが、奨君の手首に着けた小型のスマホがけたたましくバイブレーションを鳴らしていた。


「あれ? お母さんだ。なんだろう」


奨君が電話に出ると、ものすごい怒声が聞こえてきた。


「奨! あんた今どこにいるのよ!」


「あれ? お母さん、夜勤じゃ」


「迎えに行くからどこにいるか教えなさい! なんか森の中にいるっぽいけど、どの辺なのよ!?」



 お母さんの語勢の強さに、奨君は極寒の中にいるようにガタガタと震えだした。



「いや、近くにいるからすぐ帰るよ」



怯えた声で答える奨君。



「あと、煌君も一緒?」


 僕は急に名前を呼ばれて飛び上がりそうになった。


「うん、一緒だけど」



「煌、今すぐ帰ってきなさい」


低く、怒りを滲ませた声。


僕のお母さんだ。



これは相当やばい。


確認したら、僕のスマホにも大量の着信が入っていた。



「なんでバレたのかな……?」



震える手で通話を切ると、奨君が呟いた。



「まあ、普通に考えたらGPSだろうな。夜遅くに家から離れたら母親に連絡が行くように設定されてんだろ。そうでもしないとこのご時世、子どもを置いて夜勤なんて行けないだろう」



龍治さんがあっけらかんと答える。



「どうしよう! 龍治さん助けてよ!」


「お袋さんは俺にも対応できねえよ」


「そこをなんとか!」


「怖い思いしても知らないって忠告しただろ? しっかりと怒られてこいよー。雷狸、家まで安全に送ってやってくれ」


 龍治さんに縋り付いたが、龍治さんは笑って受け流すだけだった。


 僕達を狸が先導する。


 僕達は観念して、怒り心頭怒髪天の母親の元へと走った。
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