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第15話 私塾の夜⑤
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「サメジマ様が御一緒で心強いです。あ……いえ、喜べる状況ではございませんわね」
「安心したのは私も同じです。こんな時に心細いと感じるのはお互い様ですよ」
便所で発見したシルヴィは多少憔悴していたものの、特段怪我などはなく行動に支障はなさそうに見える。先ほど念のためシュネルの調合したポーションを勧めてみると、「今は結構ですわ、また別の機会に」と引き攣った笑顔で遠慮された。まぁ正しい判断だろう。
「何をなさっていますの?」
俺が塵紙メモを取っているのを見て、シルヴィが手元を覗き込む。「便所でシルヴィ嬢を発見 同行する」と書いている途中だった。
「こうしておけば、誰かに手掛かりを残すことができるでしょう?」
「それはいい考えですわね。でも――」
懐へナイフとともにメモを仕舞う俺に、シルヴィがためらいがちに言った。
「まるで御自分が帰れないと確信していらっしゃるみたい」
足を止め、彼女の顔を見返す。黄昏色の薄い光が差した彼女は、こちらを向いて小首を傾げていた。
――帰れない。
彼女の言葉が胸中で反響する。自分の命を勘定に入れていないという自覚はあった。だが「死ぬ」という言葉よりも、「帰れない」という言葉が胸に刺さる。
「どうされました?」
「――いえ、なんでもありません。不躾なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
「不躾だなんて、そんな! 私はただサメジマ様が無謀なことをお考えではないかと不安になっただけですわ。私こそ気遣いが足りていませんでした」
暗い表情になるシルヴィの肩にぽん、と手を置く。相手が男爵令孫ということを考えれば不敬もいいところだが、今の彼女は歳相応の子供だ。気丈に振る舞っていようが、不安を感じないはずがない。
(何があろうと、君が帰れるよう全力を尽くすよ)
言葉には出さず、心にそう誓った。
●
「……おや?」
私は今出てきたばかりの小部屋を振り返る。そこにいたのお嬢様ただ一人だった。
「サメジマ君は?」
「サメジマ様……ですか?」
シルヴィは不思議そうに私を見返す。
「たった今、シュネル様の後を追って部屋を出られたのではないのですか?」
「そんなはずはないから聞いているんだろう」
小部屋の中には彼女一人。そして小部屋と繋がる教室には、私一人しかいない。我々の間にいたはずのサメジマ君は忽然と姿を消した――そうとしか言いようがない。
「隠れ身のスキル、でしょうか」
「アレが彼程度の人間に使えてたまるかい、隠れ身は盗賊系ギルドの門外不出なスキルだ。そもそも……いや、今はいい」
どこにも物理的に身を隠すことのできる場所はない。画し扉のようなものは見当たらないし、あったとしてもそこに隠れられるような猶予はなかった。
私はしばし逡巡した後、鞄から二本の試験管を取り出す。中身の液体を混ぜ合わせると、活性化してブクブクと泡立ち始めた。
「そ、それは……?」
「カイロウエビという甲殻類の殻を煮詰めてた液体だよ、彼――いや、彼らは面白い特性を持っていてね」
試験管からはとめどなく泡が発生し、濃い煙を宙に撒き始めた。
「彼らは脊椎動物にしては珍しく、一度つがいになると生涯その一匹としか交尾をしない。その性質は死ぬまで……いや、死んだ後も続き、死骸となっても磁石のようにくっつこうとするんだ」
「それがサメジマ様と、どう関係するんですか?」
煙に決して触れない距離を保ちながらシルヴィが続けて問う。
「彼の衣服に、これと対になる液体を染み込ませてある」
「……本人に御承諾を得ておられるんですよね」
「こういう時に大人が使う便利な言葉があるよ。『事後承諾』といってね、役に立つから憶えておくといい」
「つまり内緒でやったと」
「ほら、緊急避難だから」
「前々から仕込んでおくのは緊急避難と言わないのでは⁉」
「うるさいお嬢様だなぁ……」
飛んでくる批難の眼差しを黙殺し、発生した煙を注視する。この付近にサメジマ君がいれば、彼の衣服を追って煙が移動するはずだった――が。
「動きませんけれど」
「阿呆じゃないんだ、言われなくとも分かるよ」
発生した煙はふわふわと教室を漂ったままだ。
「……おかしい、半径50メテール程度なら余裕で追跡するはずなんだが」
「もう少し辺りを探してみましょうか」
「探してどうにかなる状況でもないだろう?」
小馬鹿にしたような(実際馬鹿にしていたのだが)態度の私に対し、シルヴィがむっとした表情を浮かべて詰め寄る。
「ならどうしろと――」
ごとん、と。
言い合いに発展しそうだった私たちの間に、何かが音を立てて落下した。視界の端で捉えつつも、「そんなことが起こるはずはない」と淡い期待を抱きながら二人揃って足元へと視線を向ける。
床に落ちて――いや、突き刺さっていたのはナイフだった。サメジマ君がショートソードを私の部屋に置きながら「これくらいなら大丈夫でしょうか」と、腰に帯びて確認していたナイフ。見紛うはずがない。
そしてナイフの横には、数枚の塵紙。重なっていたうちの何枚かがはらりとめくれ、書かれている内容が露わになる。
――「夏の41日目 アントリム氏の私塾を探索中に謎の木造建築へ転移? 怪異の仕業か」
――「便所でシルヴィ嬢を発見 同行する」
顔を上げた。正面で同じくメモ帳をまじまじと見ていたシルヴィも同じく顔を上げ、私と目が合う。
「違います、私、知らない」
「……だろうね」
もしこれが彼女の仕業なら、わざわざ私に疑念を抱かせるような行動は慎むだろう。さらにその裏をかいて……という可能性も勿論なくはないが、除外する。今はそれどころではない。
ナイフと塵紙を視認した後、私たちは天井を見上げた。貴族の所有する不動産にしては質素な、木の板でできた私塾の天井が見える。もちろんサメジマ君の姿はなく、ナイフ等を置いておくような場所もない。
「最悪だ」
やられた。油断していた。怪異を調べるという立場にありながら、自分たちがこうも簡単にその脅威に晒されるという用心を怠っていた。
「お嬢さん、心から謝罪する。君たちが見たのは幻覚でも何でもない、本物の怪異だ。そして――サメジマ君は今、怪異の手の中だ」
●
「あれ……?」
立ち止まり、懐を検める俺をシルヴィは不思議そうに見上げた。
「どうかされましたか、サメジマ様?」
「ナイフがないんです、それにメモも。さっき確かにここへ納めたはずなんですが……」
廊下を振り返るがそれらしきものは見当たらない。どこかへ落としたのではないのか?
「すみません、少し戻って探してきます。それまで――」
踵を返した俺の腕をシルヴィが掴む。唇を震わせる彼女が、不安げな視線を向けていた。
「私を置いて行かれるのですか……?」
「いえ、それは――すみません。軽率でした」
そう、軽率だ。どうせナイフがあったところで怪異達相手に役立つとは思えない。メモだってそうだ、塵紙くらいその辺で拾えるだろう。なければ壁にでも書き付ければいい。
俺が諦めたと悟り、ようやくシルヴィに笑顔が戻る。
「そういえば、シルヴィ様はいつこの校舎に?」
「サメジマ様と同じだと思いますわ。あの小部屋にいたと思ったら、次の瞬間にはあのおトイレに。シュネル様もこちらにいらっしゃるのかしら?」
「そうであれば多少は心強いのですが……。何かこちら側に来るきっかけのようなものは見ましたか」
ふるふると首を横に振るシルヴィ。どうやら俺と似たり寄ったりな経緯のようだ。
「申し訳ございません、お力になれなくて」
「気にすることはありませんよ、私とて同じです。仕方ありませんが、やはり地道に手掛かりを探すしかないようですね」
「何か心当たりが?」
「いいえ、残念ながら全く」
胸を張っていうことではないが、隠し立てできることでもない。無駄に自信のある俺の仕草にシルヴィも苦笑いを浮かべた。
「ただ私達がこの異世界へ何らかの意思を以て連れて来られたのだとすれば、座して待っていても状況が好転するとは思えません」
とはいえ自分一人であれば多少の無茶はできるだろうが、今はシルヴィのことも案じなければならない。先ほど便所へ踏み込んだような無謀は慎むべきだろう。
「シルヴィ様、できるだけ私から離れないで下さい」
「分かりました! ……あら?」
はっきり返事をしたシルヴィだが、俺の背後を見て声を上げる。
「あちら、どなたかおられませんか?」
振り返り、彼女が指し示す方へ視線を向ける。それの姿を見た瞬間、体が頭より先に動いていた。傍らにあった教室の扉を素早く、そして音もなく開けるとシルヴィを押し込む。
(……見られたか?)
心臓の鼓動が早鐘を打つ。隠れてよかったのか、逃げるべきだったのか、彼女を連れて? しかし――思考がぐるぐると巡り、無用の熱が脳を焦がす。
「サメジマ様……?」
不安像そうに尋ねるシルヴィに、口の前で指を立てて「話すな」とジェスチャーする。通じるかどうか不安だったが、彼女は慌てて口を押さえた。
教室の窓からはすっかり陽の落ちた外の景色が見える。薄暗いため身を隠すには十分だろう。そして廊下に面する壁には擦りガラスの窓が嵌まっていた。あからさまに姿を晒さない限り、中に誰かがいるとは外から分からないだろう――と、思いたい。
扉をわずかに開けて一瞬だけ顔だけを出す。俺が歩いてきた方角の教室から、階段を挟んで反対側。確かにシルヴィの言う通り、廊下の奥からゆっくりと何かが近付いて来る。足を引きずるようにして進んでいるのだろう、時折床をゴリゴリと擦る音がここまで響いていた。幽かな光がそれの姿を浮かび上がらせた時、俺は再び扉を閉じて中へと隠れた。
分かっていたことだ、それなのに実際目の当たりにすると動揺せずにはいられない。まさかシルヴィが言った通りのアレが歩いているとは。
「もしかして、さっきの姿は石像では?」
「……二宮金次郎だ」
「ニノ、ミヤ?」
「異世界の……何か、偉い人です。昔は色んな学校にあの石像があったんですよ。もちろん動かないのが普通なのですが、不気味に感じていたのでしょうね。『夜に動く』という噂があったんです」
「不思議ですね。サメジマさん、まるで異世界を見たことがあるみたい」
「それは……ッ!」
シルヴィの口を押え、顔の前で人差し指を立てる。視線で「何か?」と問うてくる彼女に見えるよう外を指さし、続けて指を二本立てた。
外の足音が、いつの間にか二つに増えている。
「安心したのは私も同じです。こんな時に心細いと感じるのはお互い様ですよ」
便所で発見したシルヴィは多少憔悴していたものの、特段怪我などはなく行動に支障はなさそうに見える。先ほど念のためシュネルの調合したポーションを勧めてみると、「今は結構ですわ、また別の機会に」と引き攣った笑顔で遠慮された。まぁ正しい判断だろう。
「何をなさっていますの?」
俺が塵紙メモを取っているのを見て、シルヴィが手元を覗き込む。「便所でシルヴィ嬢を発見 同行する」と書いている途中だった。
「こうしておけば、誰かに手掛かりを残すことができるでしょう?」
「それはいい考えですわね。でも――」
懐へナイフとともにメモを仕舞う俺に、シルヴィがためらいがちに言った。
「まるで御自分が帰れないと確信していらっしゃるみたい」
足を止め、彼女の顔を見返す。黄昏色の薄い光が差した彼女は、こちらを向いて小首を傾げていた。
――帰れない。
彼女の言葉が胸中で反響する。自分の命を勘定に入れていないという自覚はあった。だが「死ぬ」という言葉よりも、「帰れない」という言葉が胸に刺さる。
「どうされました?」
「――いえ、なんでもありません。不躾なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
「不躾だなんて、そんな! 私はただサメジマ様が無謀なことをお考えではないかと不安になっただけですわ。私こそ気遣いが足りていませんでした」
暗い表情になるシルヴィの肩にぽん、と手を置く。相手が男爵令孫ということを考えれば不敬もいいところだが、今の彼女は歳相応の子供だ。気丈に振る舞っていようが、不安を感じないはずがない。
(何があろうと、君が帰れるよう全力を尽くすよ)
言葉には出さず、心にそう誓った。
●
「……おや?」
私は今出てきたばかりの小部屋を振り返る。そこにいたのお嬢様ただ一人だった。
「サメジマ君は?」
「サメジマ様……ですか?」
シルヴィは不思議そうに私を見返す。
「たった今、シュネル様の後を追って部屋を出られたのではないのですか?」
「そんなはずはないから聞いているんだろう」
小部屋の中には彼女一人。そして小部屋と繋がる教室には、私一人しかいない。我々の間にいたはずのサメジマ君は忽然と姿を消した――そうとしか言いようがない。
「隠れ身のスキル、でしょうか」
「アレが彼程度の人間に使えてたまるかい、隠れ身は盗賊系ギルドの門外不出なスキルだ。そもそも……いや、今はいい」
どこにも物理的に身を隠すことのできる場所はない。画し扉のようなものは見当たらないし、あったとしてもそこに隠れられるような猶予はなかった。
私はしばし逡巡した後、鞄から二本の試験管を取り出す。中身の液体を混ぜ合わせると、活性化してブクブクと泡立ち始めた。
「そ、それは……?」
「カイロウエビという甲殻類の殻を煮詰めてた液体だよ、彼――いや、彼らは面白い特性を持っていてね」
試験管からはとめどなく泡が発生し、濃い煙を宙に撒き始めた。
「彼らは脊椎動物にしては珍しく、一度つがいになると生涯その一匹としか交尾をしない。その性質は死ぬまで……いや、死んだ後も続き、死骸となっても磁石のようにくっつこうとするんだ」
「それがサメジマ様と、どう関係するんですか?」
煙に決して触れない距離を保ちながらシルヴィが続けて問う。
「彼の衣服に、これと対になる液体を染み込ませてある」
「……本人に御承諾を得ておられるんですよね」
「こういう時に大人が使う便利な言葉があるよ。『事後承諾』といってね、役に立つから憶えておくといい」
「つまり内緒でやったと」
「ほら、緊急避難だから」
「前々から仕込んでおくのは緊急避難と言わないのでは⁉」
「うるさいお嬢様だなぁ……」
飛んでくる批難の眼差しを黙殺し、発生した煙を注視する。この付近にサメジマ君がいれば、彼の衣服を追って煙が移動するはずだった――が。
「動きませんけれど」
「阿呆じゃないんだ、言われなくとも分かるよ」
発生した煙はふわふわと教室を漂ったままだ。
「……おかしい、半径50メテール程度なら余裕で追跡するはずなんだが」
「もう少し辺りを探してみましょうか」
「探してどうにかなる状況でもないだろう?」
小馬鹿にしたような(実際馬鹿にしていたのだが)態度の私に対し、シルヴィがむっとした表情を浮かべて詰め寄る。
「ならどうしろと――」
ごとん、と。
言い合いに発展しそうだった私たちの間に、何かが音を立てて落下した。視界の端で捉えつつも、「そんなことが起こるはずはない」と淡い期待を抱きながら二人揃って足元へと視線を向ける。
床に落ちて――いや、突き刺さっていたのはナイフだった。サメジマ君がショートソードを私の部屋に置きながら「これくらいなら大丈夫でしょうか」と、腰に帯びて確認していたナイフ。見紛うはずがない。
そしてナイフの横には、数枚の塵紙。重なっていたうちの何枚かがはらりとめくれ、書かれている内容が露わになる。
――「夏の41日目 アントリム氏の私塾を探索中に謎の木造建築へ転移? 怪異の仕業か」
――「便所でシルヴィ嬢を発見 同行する」
顔を上げた。正面で同じくメモ帳をまじまじと見ていたシルヴィも同じく顔を上げ、私と目が合う。
「違います、私、知らない」
「……だろうね」
もしこれが彼女の仕業なら、わざわざ私に疑念を抱かせるような行動は慎むだろう。さらにその裏をかいて……という可能性も勿論なくはないが、除外する。今はそれどころではない。
ナイフと塵紙を視認した後、私たちは天井を見上げた。貴族の所有する不動産にしては質素な、木の板でできた私塾の天井が見える。もちろんサメジマ君の姿はなく、ナイフ等を置いておくような場所もない。
「最悪だ」
やられた。油断していた。怪異を調べるという立場にありながら、自分たちがこうも簡単にその脅威に晒されるという用心を怠っていた。
「お嬢さん、心から謝罪する。君たちが見たのは幻覚でも何でもない、本物の怪異だ。そして――サメジマ君は今、怪異の手の中だ」
●
「あれ……?」
立ち止まり、懐を検める俺をシルヴィは不思議そうに見上げた。
「どうかされましたか、サメジマ様?」
「ナイフがないんです、それにメモも。さっき確かにここへ納めたはずなんですが……」
廊下を振り返るがそれらしきものは見当たらない。どこかへ落としたのではないのか?
「すみません、少し戻って探してきます。それまで――」
踵を返した俺の腕をシルヴィが掴む。唇を震わせる彼女が、不安げな視線を向けていた。
「私を置いて行かれるのですか……?」
「いえ、それは――すみません。軽率でした」
そう、軽率だ。どうせナイフがあったところで怪異達相手に役立つとは思えない。メモだってそうだ、塵紙くらいその辺で拾えるだろう。なければ壁にでも書き付ければいい。
俺が諦めたと悟り、ようやくシルヴィに笑顔が戻る。
「そういえば、シルヴィ様はいつこの校舎に?」
「サメジマ様と同じだと思いますわ。あの小部屋にいたと思ったら、次の瞬間にはあのおトイレに。シュネル様もこちらにいらっしゃるのかしら?」
「そうであれば多少は心強いのですが……。何かこちら側に来るきっかけのようなものは見ましたか」
ふるふると首を横に振るシルヴィ。どうやら俺と似たり寄ったりな経緯のようだ。
「申し訳ございません、お力になれなくて」
「気にすることはありませんよ、私とて同じです。仕方ありませんが、やはり地道に手掛かりを探すしかないようですね」
「何か心当たりが?」
「いいえ、残念ながら全く」
胸を張っていうことではないが、隠し立てできることでもない。無駄に自信のある俺の仕草にシルヴィも苦笑いを浮かべた。
「ただ私達がこの異世界へ何らかの意思を以て連れて来られたのだとすれば、座して待っていても状況が好転するとは思えません」
とはいえ自分一人であれば多少の無茶はできるだろうが、今はシルヴィのことも案じなければならない。先ほど便所へ踏み込んだような無謀は慎むべきだろう。
「シルヴィ様、できるだけ私から離れないで下さい」
「分かりました! ……あら?」
はっきり返事をしたシルヴィだが、俺の背後を見て声を上げる。
「あちら、どなたかおられませんか?」
振り返り、彼女が指し示す方へ視線を向ける。それの姿を見た瞬間、体が頭より先に動いていた。傍らにあった教室の扉を素早く、そして音もなく開けるとシルヴィを押し込む。
(……見られたか?)
心臓の鼓動が早鐘を打つ。隠れてよかったのか、逃げるべきだったのか、彼女を連れて? しかし――思考がぐるぐると巡り、無用の熱が脳を焦がす。
「サメジマ様……?」
不安像そうに尋ねるシルヴィに、口の前で指を立てて「話すな」とジェスチャーする。通じるかどうか不安だったが、彼女は慌てて口を押さえた。
教室の窓からはすっかり陽の落ちた外の景色が見える。薄暗いため身を隠すには十分だろう。そして廊下に面する壁には擦りガラスの窓が嵌まっていた。あからさまに姿を晒さない限り、中に誰かがいるとは外から分からないだろう――と、思いたい。
扉をわずかに開けて一瞬だけ顔だけを出す。俺が歩いてきた方角の教室から、階段を挟んで反対側。確かにシルヴィの言う通り、廊下の奥からゆっくりと何かが近付いて来る。足を引きずるようにして進んでいるのだろう、時折床をゴリゴリと擦る音がここまで響いていた。幽かな光がそれの姿を浮かび上がらせた時、俺は再び扉を閉じて中へと隠れた。
分かっていたことだ、それなのに実際目の当たりにすると動揺せずにはいられない。まさかシルヴィが言った通りのアレが歩いているとは。
「もしかして、さっきの姿は石像では?」
「……二宮金次郎だ」
「ニノ、ミヤ?」
「異世界の……何か、偉い人です。昔は色んな学校にあの石像があったんですよ。もちろん動かないのが普通なのですが、不気味に感じていたのでしょうね。『夜に動く』という噂があったんです」
「不思議ですね。サメジマさん、まるで異世界を見たことがあるみたい」
「それは……ッ!」
シルヴィの口を押え、顔の前で人差し指を立てる。視線で「何か?」と問うてくる彼女に見えるよう外を指さし、続けて指を二本立てた。
外の足音が、いつの間にか二つに増えている。
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