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③〈フレドリクサス編〉
4『川辺には、まれに珍生物だって流れ着いてくる』②
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ヨシは、自分のタオルで青い生き物をそっとくるむと、
(エコバッグでがまんしてくれよ。今はこれしかないんだ)
自分の黒い手さげバッグの中に、大事に入れてやりました
(生き物を圧迫しないように、バッグの底に本を横にして入れてからね)。
それから自分の服と所持品をトラベルバッグにつめ、外のテラスにむかいました。
そこで、テーブルで社長と話をしていた父親に、
ヨシは機嫌悪さを装いながらこう告げたのです。
「父さん。ペンション生活はもう飽きた。先に帰るよ」
「なんだと?」父親はムッとして聞き返しました。
「家に帰るのはお前の自由だが……
勉強のほうは、わしらが帰るまでに、ちゃんとノルマを達成するんだろうな?」
「心配いらないよ。ぼくは世間の子どもとは違う。やれと言われれば、やるさ。
ペンションよりも、参考書がそろってる家でやったほうが、ずっとはかどるし」
「……で、その黒いバッグはなんだ?」
「これ? タオルと読み物が入ってるんだ。電車の中ですぐ出せるようにね。
じゃあ、母さんによろしく」
とぼけ顔でそれだけを言い残し、ヨシは眠ったままの生き物を気にかけながら、
ペンション近くのバス停からバスに乗りこみ、麓のみどりかわ駅まで行きました。
その駅中にあるコンビニで、
天然水のボトルと、スライスハムを買うと、すぐにトイレにかけこみました。
それから、バッグの中の生き物をそっとひざに乗せてやり、
ペットボトルのふたに水をそそぐと、生き物の口に近づけてみます。
「ほら、飲むんだ。まだ死にたくないならね」
ヨシの気持ちが届いたのでしょう。
生き物はかすかに鼻先を動かし、飲み水を探り当てると、
ほとんど目をつむったまま、小さな舌で水を飲みはじめたのです。
意識が混濁しているせいなのでしょう。
(いいぞ。案外、生存意識が高いのかも)
スライスハムも、細かくちぎって与えてみました。
すると、先ほどよりも少し早い動作で、生き物はハムのかけらを食べたのです。
人間の食べ物を受けつけてもらえて、ヨシはほっと安堵しました。
この調子で、水と食料を与えていけば、すぐに元気になるはずです。
それから、うさみ町へとむかう列車にゆられながら、
ヨシは人目をはばかりつつ、座席で水と食料を与え続けたのです。
窓の外を流れるのどかな田園風景には目もくれず、
ひざに乗せた竜にも、犬にも似た、小さな生き物だけを、旅の共にして。
*
うさみ町に着いたヨシは、
手さげバッグとトラベルバッグを手に、空腹をおして帰路を急ぎました。
バスの中、変な形の手さげバッグを周囲に怪しまれないよう、
しれっとした顔をするのは、少々、忍耐がいりました。
それからバスを降りて、自宅まで徒歩で十分ほどかかったのですが、
その途中、ヨシは思わぬ遭遇を果たしていたのです。
「にゃ~~お」
前方の電信柱の裏から、一匹の墨色をした野良猫が現れたのでした。
そいつは、片目のそばにひっかき傷のついた、あのくろさまでした。
最近、この近辺に住みはじめたのはヨシも知っていて、
何度か見かけたこともあります。
いろんな名前で呼ばれていることも、もちろん理解していて――。
(ゴマじゃないか……あいつ、こっち見てるぞ)
くろさま改め、ゴマは、変わった匂いをヨシから嗅ぎ取ったのか、
音もない足取りで、すすすっと歩みよってきたのです。
金色の瞳が、怪しげに細めた瞳孔をのぞかせて、手さげバッグを見上げています。
(こいつ! まさか、この中にいるやつのことを見抜いてるのか?
こら、ゴマ! これはお前のエサじゃない。あっちいけって!)
ヨシは、右足でゴマを追い払うしぐさを取りました。
するとゴマは、まるでヨシのことをあざ笑うように、ニタッとしてから、
ヨシが歩いてきたほうの道へと去っていったのです。しっぽをふりふりさせて。
(ゴマのやつ、生粋の野良猫だな。エサを嗅ぎつけるプロってやつだ)
結局、家に帰りついたのは、正午を二時間も過ぎた頃でした。
自室に戻ったヨシは、まず青い生き物をタオルごとバスケットに移しかえました。
それから、昔この家で飼っていた犬用に使っていたボウルを、
台所から引っ張り出すと、天然水を注いで青い生き物のそばに差し出しました。
(母さんが飼ってたプードル犬。なんで去年、死んじゃったんだろ……)
勉学のストレスを和らげてくれた、かけがえのない友達だったのですが、
今は、この不思議な生き物のために使うことができます。
帰る途中、似たような生き物がいないか、スマホで検索し続けましたが、
やはりヒットしません。まだだれも見たことのない、新種の生物なのです。
――およそ十分後。
青い生き物はようやく回復し、ぱっちりと目を覚ましました。
「……ここは、どこ?」
まだ頭がぼけているのか、ぼうっとした様子でまわりを見回す生き物。
「よかった、目を覚ましたんだね」ヨシは、ほっと胸をなで下ろします。
「……キミは? まさか、人間か? はわわわわ~~っ!!」
突然、すさまじく動揺し、バスケットの上から床に転げ落ちてしまいました。
ヨシをひどく怖がり、顔を背けながら片手を突き出しています。
「たっ、たたた、頼むから、ぼぼぼ、ぼく、ぼくのことは、
たた、たたたっ、食べ、食べないでよーー!!」
そんな彼に、ヨシはおおらかな態度で接しました。
「なんだ、キミは怖がりだなあ。いったいだれが、キミを助けたと思ってる?」
「へっ?」青い生き物は、ふっとこちらをむき直します。目もとに涙をためて。
「まさか……ずっと水と食べ物を与えてくれたのは、キミなの?」
「まあ、そうなるね。にしても、驚いたな。キミはしゃべれるのか?」
「あ、ああ……ゴホン。も、もちろん、しゃべれるとも。
故郷じゃ、人間は恐ろしいやつだと聞いていたが、キミは大丈夫そうだ」
奇妙なやつでした。
あんなにヨシを怖がっていたかと思いきや、今度は腕で涙をふいて立ち上がり、
まるでどこぞの知的な少年みたいに堂々とした態度で、
ヨシのそばに歩みよるのでした。
「ああ。キミを助けた恩人の名前は、ヨシだよ。小野寺ヨシ」
「ヨシ、か。そうか……助けてくれたこと、感謝させてほしい。
ぼくの名前は、フレドリクサス。見ての通り、ブルー種のドラギィだ」
ドラギィ? およそ聞いたことがありません。
何かのマンガやゲームの登場キャラクターに思えてきますが、
ヨシの胸の中では、もう、ときめきが止まらぬ勢いで押しよせています。
やっぱり、新種の生物だ。
ぼくは、この世で最初の発見者になってしまったのか!
「故郷の名前は、スカイランド。空島だ。ぼくは、そこからやってきた。
下界はまだ不慣れだから、どうかぼくのために、
ここでの身のふり方について、いろいろと教えてはくれないかな?
スクールから、修行課題を出されてしまってね」
尋常ではない情報を次々とたたきこみながら、
フレドリクサスは、嘘のように爽やかな微笑みを浮かべたのです。
(エコバッグでがまんしてくれよ。今はこれしかないんだ)
自分の黒い手さげバッグの中に、大事に入れてやりました
(生き物を圧迫しないように、バッグの底に本を横にして入れてからね)。
それから自分の服と所持品をトラベルバッグにつめ、外のテラスにむかいました。
そこで、テーブルで社長と話をしていた父親に、
ヨシは機嫌悪さを装いながらこう告げたのです。
「父さん。ペンション生活はもう飽きた。先に帰るよ」
「なんだと?」父親はムッとして聞き返しました。
「家に帰るのはお前の自由だが……
勉強のほうは、わしらが帰るまでに、ちゃんとノルマを達成するんだろうな?」
「心配いらないよ。ぼくは世間の子どもとは違う。やれと言われれば、やるさ。
ペンションよりも、参考書がそろってる家でやったほうが、ずっとはかどるし」
「……で、その黒いバッグはなんだ?」
「これ? タオルと読み物が入ってるんだ。電車の中ですぐ出せるようにね。
じゃあ、母さんによろしく」
とぼけ顔でそれだけを言い残し、ヨシは眠ったままの生き物を気にかけながら、
ペンション近くのバス停からバスに乗りこみ、麓のみどりかわ駅まで行きました。
その駅中にあるコンビニで、
天然水のボトルと、スライスハムを買うと、すぐにトイレにかけこみました。
それから、バッグの中の生き物をそっとひざに乗せてやり、
ペットボトルのふたに水をそそぐと、生き物の口に近づけてみます。
「ほら、飲むんだ。まだ死にたくないならね」
ヨシの気持ちが届いたのでしょう。
生き物はかすかに鼻先を動かし、飲み水を探り当てると、
ほとんど目をつむったまま、小さな舌で水を飲みはじめたのです。
意識が混濁しているせいなのでしょう。
(いいぞ。案外、生存意識が高いのかも)
スライスハムも、細かくちぎって与えてみました。
すると、先ほどよりも少し早い動作で、生き物はハムのかけらを食べたのです。
人間の食べ物を受けつけてもらえて、ヨシはほっと安堵しました。
この調子で、水と食料を与えていけば、すぐに元気になるはずです。
それから、うさみ町へとむかう列車にゆられながら、
ヨシは人目をはばかりつつ、座席で水と食料を与え続けたのです。
窓の外を流れるのどかな田園風景には目もくれず、
ひざに乗せた竜にも、犬にも似た、小さな生き物だけを、旅の共にして。
*
うさみ町に着いたヨシは、
手さげバッグとトラベルバッグを手に、空腹をおして帰路を急ぎました。
バスの中、変な形の手さげバッグを周囲に怪しまれないよう、
しれっとした顔をするのは、少々、忍耐がいりました。
それからバスを降りて、自宅まで徒歩で十分ほどかかったのですが、
その途中、ヨシは思わぬ遭遇を果たしていたのです。
「にゃ~~お」
前方の電信柱の裏から、一匹の墨色をした野良猫が現れたのでした。
そいつは、片目のそばにひっかき傷のついた、あのくろさまでした。
最近、この近辺に住みはじめたのはヨシも知っていて、
何度か見かけたこともあります。
いろんな名前で呼ばれていることも、もちろん理解していて――。
(ゴマじゃないか……あいつ、こっち見てるぞ)
くろさま改め、ゴマは、変わった匂いをヨシから嗅ぎ取ったのか、
音もない足取りで、すすすっと歩みよってきたのです。
金色の瞳が、怪しげに細めた瞳孔をのぞかせて、手さげバッグを見上げています。
(こいつ! まさか、この中にいるやつのことを見抜いてるのか?
こら、ゴマ! これはお前のエサじゃない。あっちいけって!)
ヨシは、右足でゴマを追い払うしぐさを取りました。
するとゴマは、まるでヨシのことをあざ笑うように、ニタッとしてから、
ヨシが歩いてきたほうの道へと去っていったのです。しっぽをふりふりさせて。
(ゴマのやつ、生粋の野良猫だな。エサを嗅ぎつけるプロってやつだ)
結局、家に帰りついたのは、正午を二時間も過ぎた頃でした。
自室に戻ったヨシは、まず青い生き物をタオルごとバスケットに移しかえました。
それから、昔この家で飼っていた犬用に使っていたボウルを、
台所から引っ張り出すと、天然水を注いで青い生き物のそばに差し出しました。
(母さんが飼ってたプードル犬。なんで去年、死んじゃったんだろ……)
勉学のストレスを和らげてくれた、かけがえのない友達だったのですが、
今は、この不思議な生き物のために使うことができます。
帰る途中、似たような生き物がいないか、スマホで検索し続けましたが、
やはりヒットしません。まだだれも見たことのない、新種の生物なのです。
――およそ十分後。
青い生き物はようやく回復し、ぱっちりと目を覚ましました。
「……ここは、どこ?」
まだ頭がぼけているのか、ぼうっとした様子でまわりを見回す生き物。
「よかった、目を覚ましたんだね」ヨシは、ほっと胸をなで下ろします。
「……キミは? まさか、人間か? はわわわわ~~っ!!」
突然、すさまじく動揺し、バスケットの上から床に転げ落ちてしまいました。
ヨシをひどく怖がり、顔を背けながら片手を突き出しています。
「たっ、たたた、頼むから、ぼぼぼ、ぼく、ぼくのことは、
たた、たたたっ、食べ、食べないでよーー!!」
そんな彼に、ヨシはおおらかな態度で接しました。
「なんだ、キミは怖がりだなあ。いったいだれが、キミを助けたと思ってる?」
「へっ?」青い生き物は、ふっとこちらをむき直します。目もとに涙をためて。
「まさか……ずっと水と食べ物を与えてくれたのは、キミなの?」
「まあ、そうなるね。にしても、驚いたな。キミはしゃべれるのか?」
「あ、ああ……ゴホン。も、もちろん、しゃべれるとも。
故郷じゃ、人間は恐ろしいやつだと聞いていたが、キミは大丈夫そうだ」
奇妙なやつでした。
あんなにヨシを怖がっていたかと思いきや、今度は腕で涙をふいて立ち上がり、
まるでどこぞの知的な少年みたいに堂々とした態度で、
ヨシのそばに歩みよるのでした。
「ああ。キミを助けた恩人の名前は、ヨシだよ。小野寺ヨシ」
「ヨシ、か。そうか……助けてくれたこと、感謝させてほしい。
ぼくの名前は、フレドリクサス。見ての通り、ブルー種のドラギィだ」
ドラギィ? およそ聞いたことがありません。
何かのマンガやゲームの登場キャラクターに思えてきますが、
ヨシの胸の中では、もう、ときめきが止まらぬ勢いで押しよせています。
やっぱり、新種の生物だ。
ぼくは、この世で最初の発見者になってしまったのか!
「故郷の名前は、スカイランド。空島だ。ぼくは、そこからやってきた。
下界はまだ不慣れだから、どうかぼくのために、
ここでの身のふり方について、いろいろと教えてはくれないかな?
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