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第一章『姿の見えない竜』

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ハルトの顔を見つめていたスズカは、

彼の瞳になかに、心が吸いこまれていくような感覚をおぼえた。

胸がきゅっとする。こんな感覚は、生まれてはじめてだった。


彼なら、ほんの少し心をゆるしても、よさそうな気がする――。


「……あ、あのさ」

ふいに、ハルトが先に口を開いた。

「もしかして帽子、持ってないの?」


恥じらいながらも、言葉の引き出しからようやくつまみ上げたような言葉だった。

スズカはドキリとした。

気づかってくれている?  そんな、どうしよう。なんて答えればいい?


「……持ってる」

しぼりだすような声でそう答えたが、すぐにかぶりをふって、


「ううん……持って、ない……!」


うっかり、答えを切りかえてしまった。見え見えの嘘だ。

ああ、なんてことを言ってしまったんだろう。

せっかく心ゆるせそうな子に出会えたのに。

親切心ほしさに嘘をつくなんて、やっぱり、わたしは最低だったんだ。


一方、ハルトは彼女のおかしな返事に戸惑っていた。

女の子の心は世界で一番読み取りにくいと、

何かのドラマかアニメで耳にしたけれど、本当のことだった。

上着を持っているのに、持っていないと言いかえる理由はなんだろう?

かわいくてきれいな顔のわりに、ひどく内気な女の子だと思っていたのに、

こんなあからさまな嘘をつくなんて。


(もしかすると、この子、

うっかり他人に見せたくない帽子を持ってきちゃったのかな。

そうだ。きっと、そうに違いない)


確証はなかったが、

どんな対応をすればいいか、ハルトは小学生なりに導き出した。


「じゃあ、さ……貸してあげようか?」


えっ?  思いもよらない優しい返事に、スズカは顔を上げた。


「……い、いいの?」


「うん。ぼく、もう一個持ってきてるんだ。

ゲームのドラゴンキャラの刺繍が入ってるけど。

どうせなら、キャンプが終わるまでずっとかぶってていいよ」


「……あ、ありが、と」


スズカはかなり面食らったような顔をしたが、ハルトに後悔はなかった。

これが、ふたりが最初に言葉を交わした時となった。



「――ふふふ、なんだかあのふたり、いい感じ。

ああいう素敵な子たちといっしょに、ぼく、飛びたいなあ。

あの人に相談してみようかな」


ふたりの気づくよしのない空の上で、だれかが微笑ましそうにつぶやいていた。

姿の見えない彼は、無重力のなかで全身を優雅に翻したあと、

来るべき出会いの瞬間にむけて、ある場所へ飛んでいくのだった――。
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