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第二章『お宝さがしの真実』

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「あららら~、いきなり当たっちゃったね」

アカネが残念そうに言った。


「まあ、よう……こんなこともあるって」

ケントも、呆然と立ちつくすスズカにむかって声をかけた。


「なあに、きっと何度も人が出入りしてるだろーから、

懐中電灯さえあればよゆーだろ」


ケントはそう言うと、

いやに軽い調子で鍵と懐中電灯をスズカに手渡した。

スズカは、わけも分からず絶望していた。

じつを言うと、暗いところは苦手なのだ。

それなのに、これからその暗い洞窟の中に、ひとりで入らなくてはならない。

これは何かの罰ゲーム?  いや、もしかしたらこれは――。


「あのさ、ちょっといいかな」

ハルトが四人にむかって、しゃべりはじめた。

「ぼくもいっしょに入るよ」


ええっ!?  と、四人がそろって驚いた。

そんな四人に、ハルトは食い入るように続けた。


「なぜかって?  そりゃあ、スズカちゃんをひとりで入らせたくないもの。

みんなさあ、ぼくたちの聞くところのおよばないところで、

何かいろいろと打ち合わせをしてきたみたいだね。

まるで、はじめからスズカちゃんひとりに、

洞窟に入ってもらいたそうじゃない。

どういうつもりかよく知らないけど――」


「あ、いや、ハルトくん。これはさ――」

タスクがあわてて弁解しようとした。


かまうものか。ハルトは、せきを切ったように、思いの丈をぶちまけた。


「もしもスズカちゃんを、

嫌がらせのつもりで暗いところに行かせようとしているなら、度がすぎてるよ。

今日出会ったばかりのこの子を、面白半分でよってたかって、

追いつめようとしてるふうにしか見えないじゃない。


それに四人とも、なんだか怪しいよ。

会ったばかりだからはっきり言えないけどさ、

まるで、このゲームの終わりに何が待っているか、すでに知ってるみたいだし。

気に入らないな!」


きっぱりと言い切ると、ハルトはスズカの手から鍵と懐中電灯を取って、


「行こう、スズカちゃん」

彼女の手を引き、早足で洞窟のなかへ入っていった。


東京から来た四人は、

一言も発することができないまま、ぽかんと立ちつくしていた。


      *


やってしまった。

でも、ぼくは正しいことをしたんだ。


ハルトは、スズカの手を取ってゆっくりと下へ降りながら、

もう片手の懐中電灯で下を照らしていた。

中は奇妙なほどひんやりとしていて、湿った土のにおいがツンと鼻を突いた。

こんなジメジメしたところに、女の子をひとりで行かせようとするなんて!


「ね、ねえ」

前を歩くハルトに、スズカは耳元でか細い声をかけた。


「どう、して?  また、助けて、くれた……」


今度ばかりは悪い気がするような、そのくせほっとするような、

そんな複雑にもつれあった気持ちで、スズカはたずねた。


「どうしてって、さっきも言った通り、気に入らなかったからだよ」

足元、気をつけてね。ハルトはスズカが石につまずかないよう、

冷静にそう注意をうながした。


「あのくじ、たぶんイカサマだ」

「イ……?」

「きっと全部が、赤いペンで塗られてる。

どれを引いても、キミが洞窟に入る役になるように、細工がしてあるはずだよ。

そう思ったら、だまってられなくなってさ」


「――ありが、と。ううん、ご、めんな、さい……」


「お礼も謝罪もいらないよ。

ぼくは、ぼくのしたいことをしてるだけなんだから。

それにしてもあいつら、せっかくいい友達になれると思ってたのに。

あれじゃあ、考え直さないと」


スズカは、無表情で話すハルトのことが、少し怖かった。

こんなによくしてくれる男の子に会うのは、はじめてのことだ。

でも、このもやもやした複雑な思いを、いったいどうしたらいいんだろう?


少し降りると、洞窟は平坦な一本道となって、ふたりを出迎えた。

なんだか、軽く肝試しでもしているような気分になって、

ハルト自身も背中に冷たい汗を感じてきた。


「あ、見てよあれ」


ハルトは前方に灯りをむけた。視線の先に、キラリと光る鉄の扉。

鉄格子だ。まるで罪人を閉じこめる地下の牢屋のような構え。

でも、その扉は大きく作られていて、両開きになっている。

鉄格子の扉に、ずっしりと重たそうな錠がかけられていた。


「宝物、あの中かな?」


するとその時、鉄格子の中から、だれかの声が聞こえてきた。


「あのう~、どちら様でしょうか~……?」


ふたりは、どれほど飛び上がったことだろう。

ふいにおどかすような幽霊じみた声。


「だ、だれ!?」


ストライプ状に照らし出した牢屋の中には、何の姿も見えない。


「あ、そうか~。お宝をさがしにきたんですねえ。待ってましたよ~」


やっぱり、中から声がする。

困り果てて弱りきったお母さんみたいな声。


ハルトとスズカは、心臓が早鐘のようにろっ骨をうちはじめるのを感じた。


「大丈夫ですよ~、怖がらないで……それで、あのう~、

できましたら、お持ちの鍵で扉を開けてくれると、嬉しいんですけど~……」


「かかか、か、ぎ?  ここ、これ?」


ハルトは、ポケットにしまっていた鍵を取りだすと、

中にいる何者かに見せるように、嫌にふるえる手で前に出した。

あちらには、こっちの姿は見えているようだったからだ。


「あ、それです~。それで錠を開けてください。

心配はいりませんよ~。かみついたり、引っかいたりしませんから。

だから、ね?  早く早くぅ~。

ぼく、こんなところにひとりで閉じこめられて、もう気がめいってしまって……」


見えない何者かは、どうやら牢屋を出たくて仕方がないようだ。


「いいいや、でもさ。この鍵さ、お宝の箱を、開く鍵、なんだ。

ぴったりと、あ、合うはずが。あは、ははは――」


もう笑いすらこみ上げてくる。なんだか逃げたくなってきた。


「……に、逃げ、よう?」


スズカも、ハルトの上着の袖をそっと引っぱりながら、ささやいた。


「ええぇ~……?  おふたりとも、ぼくを置いて行っちゃうんですか~?」

謎の声の主は、落胆して言った。

「ハルトくん。キミとは、いいお友達になれると思ってたのに……」


なんだって?

ハルトは、心臓がポロリと落ちこんだかと思った。

こいつ、ぼくの名前をよんだ。

どうしてぼくの名前を知っているんだ?  いや、それよかこの声――。


(ぼくは、知っている。この声を知っている。あの時、たしかに聞いた声だ)

謎の気配と遭遇した、あの崖。あそこで聞いた不思議な声。

陽ざしを受けたコットンのように魅力的で、

胸の内がほんのり温かくなる感じの――。


鍵を持った手が、重たく動きだした。

声の主を固く閉ざした鉄格子の、大きな扉にかかった錠へ。

ガチガチと緊張と不安にふるえながら――。


「やめ、て……!  なに、して……?」


スズカの恐怖に満ちた声が聞こえた気がした。

でも、意識が一転に集中していて、

まわりじゅうの音という音が消え失せてしまっていた。


(ぼくは、この扉を開けたい。中にいるものを、外へ出してあげたい……)


――鍵が穴にはまった。鍵が回った。ガチャッと音がした。

錠が開いて、床に落ち、やかましい金属音を立てた。

ハルトとスズカは、ゆっくりと四歩後ずさりする。


鉄格子の扉が、勝手にこちらへと開け放された。そして――。


ブワァッ……!


あわてて回れ右する間もあらばこそ、

ハルトたちは、突如として見えない大きなものに抱きしめられ、

たちまち洞窟の入り口へと押し出されていった。
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